第21話 ギャルと陰キャとガチなファン

 結局、三谷とその両親が頭を下げ続けたことで俺は折れてやることにした。


 訴訟を起こさない条件はたったの3つ。自分で言うのもなんだが、相当優しい人間だと思う。


 一つ目は、盗作被害者に向けて、謝罪文を書くこと。いくら俺に任せると言ってくれていたとしても、不快な思いをしたであろう著作者に誠意を見せるためのものだ。


 三谷の盗作が土日に行われたこともあって『文筆家になろう』の運営が追いつかなかっただけで、すでに物語そのものは削除されている。サイトのルールどころか社会のルールに触れることをしたのだから当然だ。


 警告なしでアカウント・小説ともに削除となっているので、現在は『この小説は削除された可能性があります』という文言がランキングの欄を一つ潰している。


 再登録もできないはずなので、今更三谷が他のユーザーに自分が盗作をしたことを謝る場など存在しない。


 なので、せめて被害者だけにでも誠意を見せるべきだと考えたのだ。


 これに関しては三谷も両親も一も二もなく頷いた。


 二つ目は、学級で自分が行ったことをきちんと説明すること。


 これはかなりゴネられた。本人はもちろんのこと、何なら担任まで三谷を庇っていた。


『今後の三谷くんにとって大きなマイナスとなる』


『中村くんと三谷くんの問題だから、他のクラスメイトは関係ない』


『これで三谷くんに何かあると、中村くんが悪者になってしまう』


 言い方はどんどん変わったけれど、要するにやめろと言うだけの内容だ。


 意外だったのは、ここで一番三谷の肩を持つと予想された安藤が沈黙を貫いていたことと、学年主任が『中村はどうしたい』『三谷はどうしたい』とという質問から始まり、あくまでも公平な態度を取っていたことである。 


 教師なんぞ碌に信用していない俺ですら、学年主任の態度は両者にとって一番良い着地点を模索しようとしているように見えた。


 ここで担任を説得するのに役立ったのが美華に送ってもらったグループメッセのスクリーンショットだ。


 三谷が曖昧な肯定や否定を繰り返したことで『中村陸は突如として春日部美華に襲い掛かり、偶然近くにいた三谷がそれを防いだ』というような、事実からはかけ離れた推測が立てられていたのだ。


 どこまで狙っていたのかは分からない。


 もしかしたら、三谷自身は「ラッキー」とか思って流れに乗っかっただけかも知れない。


「で、三谷くんの今後は考えているのに、関係のないクラスメイトにこんな風に思われてるうちの息子のことは考えて貰えないんですかね?」


 押し黙った担任と三谷を両親がガッツリ締め上げ、三谷の両親も含めて説得することで何とか言質を取ることに成功した。


 親父は俺が思っていた以上に怒っていたらしく、


「担任の林先生は、どうも三谷くんのことしか気にかけて下さらないようなので明日、謝罪する場に同席させていただきます。申し訳ありませんが学年主任の先生もご同席をお願いします。――校長先生でも構いませんし、無理そうなら教育委員会にお願いしますが」


 バッチバチなセリフを吐いていた。


 そして最後の一つ。


 それは、『学校や部活をやめない』こと。


 三谷は怪訝な顔をしていたけれど、きっと針のむしろになった学級など想像もできないのだろう。


 外面を取り繕って周囲から好かれてきた人間だ。


 化けの皮が剥がれただけではあるが、多くの人から昨日までとは別人かのように冷たい態度を取られるのは、地獄に等しい苦しみとなるはずだ。


「もしも三谷くんが学校や部活を辞めらたら、またこのグループメッセージみたいに息子が事実無根の噂を立てられる可能性がありますので」


「そ、そんなことは――」


「残念ながら林先生の言葉は何の保証にもなりませんので」


 これに関しては三谷の両親と安藤が協力を約束してくれたので、ひとまずは良しとすることにした。破るようなら法的な措置も考える、という一言は致命的に重たかった。


 そうして一夜が明ければ、俺は再びあの学校へと普通に登校することになる。で、当たり前だけれども教室に入った瞬間にとてつもない敵意が俺へと向いた。


 三谷が今日のホームルームで真実を話すまでは、クラスメイトの中では俺が悪者のままなのだから当然である。


 中学校以来となる嫌な雰囲気にチクチクしたものを感じたけれど、それをブチ壊せる強者が一人。


「中村、おはよっ!」


 美華だ。


 空間そのものが華やぐような雰囲気の彼女がパッと笑みを浮かべて俺に寄ってきたのだ。事態の把握ができないのか、学級中があっけにとられたように俺と美華を見ていた。


 もちろん俺も驚いて美華を見ている。


「中村? 無視?」


「……おおっお、っはよ、ござい、ます」


「何、突然敬語使ってんの? 普通にキモいよ」


 この野郎。


「ほら、いつもみたいに黙れギャルって言ってみなさいよ。それともそういうことを言えないムーブで陰キャに浸ってんの?」


「だ、だ、黙れっ、ギャ、ルっ」


「よーし、今日も元気でよろしい。昨日はありがとうね! んじゃ、またいつも通りに放課後!」


 わざわざ放課後にまで会うことを仄めかした美華がさっとトイレの方へ向かうのと同時。『説明しろよ』とでも言いたげな視線がそこかしこから飛んでくる。もちろん、好意的とは言い難いけれど、教室に入った直後に比べると敵意は薄くなっている。


 困惑してるとでも言えば良いんだろうか。


 グループメッセでの推測を真っ向から否定するような光景が目の前で繰り広げられていればそうなるのも当然であった。


 これだからギャルは嫌なんだよ。


 声が大きくて。


 感情的で。


 事実かどうかなんて、関係なく周囲の人間を味方にしちまうんだから。


 ホント、こんなのに敵対されたらと思うと、ぞっとするね。


 思わずあがってしまいそうになる口角を押さえながらも、俺は席に着いた。


 そうしてホームルーム開始のチャイムを待ってから入ってきたのは、担任に付き添われた三谷。


 授業参観よろしく、教室背面には三谷の両親と俺の両親も入ってきており、学年主任も様子を見に来ていた。廊下からは教頭が覗いているのも見える。


 控えめに言ってもドチャクソに大事になっていた。


 三谷が入った瞬間、教室がざわりとどよめく。


 それもそのはず。三谷は頭を丸めていた。


 前時代的というか、わかりやすいというか。


 いわゆる五厘ごりん刈りってやつだろう。青い地肌が見える三谷は、つっかえたり口ごもったりしながらも、昨日の顛末とそこに至るまでの経緯を話した。


 途中で担任がちょくちょく助け船を出していたのは気に入らないが、少なくとも誤解される余地がなくなる程度には詳しく話していたので、許してやっても良いだろう。


 その過程で俺が商業作家であることも思いっきりバレたけれど。


 最後は涙を流しながら頭を下げた三谷に、なんとも言えない空気になってしまったけれど、担任が空気を読まずに好き勝手なまとめと教訓を喋ったことで何となく白けた感じになった。


 あそこまで空気が読めないってのは、ある種の才能かも知れないな。


 『許す気持ちが大切です』『謝ること自体、勇気がいる行動です』『一つの区切りをつけて、これから改めて仲良くしましょう』とか何歳児を相手にしてんだよ。銀パチ先生だってもう少し良いこと言うぞ。


 そんな感じで三々五々、一時間目の移動教室へと向かう先で、今度は安藤が現れた。


 普段のジャージ姿ではなく、礼服みたいな黒のスーツにネクタイを締めた安藤は、三谷と同じく頭を丸めていた。清々しいまでのハゲっぷりである。


「中村、すまなかった」


 遅れないようにパタパタと急ぐクラスメイトたちのいる前で、安藤は思い切り頭を下げた。


「……ななな、何、に対っ、して、あああ謝っ、てる、っ、です、か?」


「中村の吃音を怒鳴ったことと、それを誤魔化そうとしたことだ」


 この後、俺の両親にも謝罪に行き、その上で校長先生に進退伺を提出すると言い切った安藤――いや、安藤先生に俺は大きな溜息を吐いた。


 こんな往来で大の大人が頭下げてたら、許さざるを得ないでしょうに。


「進たっ伺は、不要、ですっ。みっ谷、を、きちん、っと、監督、して、くくくだ、さい」


「……ああ、そのことなんだが、あいつはレギュラーから外そうと思ってな」


「さささサッカー、っの、事は、分から、なっの、で、おおお任せっ、します、がっ、し小説、だった、ら、さささ作品、っと、作っ者、の、っじじ人格、はぁ、関けっ、ない、です」


 安藤先生は分かった、と頷き、そして踵を返した。


 安藤先生が嫌いな人間であることは間違いない。ただ、単細胞で粗野なだけで、悪意はないのかも知れないな。いや悪意がない分、タチが悪い気もするけど。


 そして、最後に二つだけ、予想外のことが起きた。


 一つはサッカー部の全員が坊主頭になっていたことだ。


 美華が小耳に挟んだところでは、三谷の小説をランキングにいれるためだけにアカウントを取得し、全員が☆彡5の評価を入れたのがバレたとか。


 あるいは顧問に気を使って『気合を入れるため』という名目で現在の三年生が企画して、後輩を巻き込んだとか。


 なんだかよく分からん噂が流れているらしい。後者の美談っぽいのはいかにも嘘っぽいけれど、運動部の連中だとそれが否定できないだけの連帯感がある気もする。


『あれはきっと作戦よ』


『作戦?』


『全員坊主にすると、敵チームから見分けがつかないじゃん?』


『ヒント:背番号』


『あるいは太陽光で相手の目を眩ませるとか』


 太陽拳かよ。


 もう一つは、本当に、本ッ当に勘弁してほしい事態なんだが。


「あの、鴇田六ときたりく先生ですよねっ!? サイン、頂けますか!?」


 一年生の女の子に、俺のファンがいたらしく学級に突撃してきたのだ。それも、俺の著作を手にして。


 小動物系といえばいいんだろうか。栗色の柔らかそうな髪をパッチン系の平たいピンで止めておでこを出した少女は、


「あの、私、吉田果歩っていいます。ゴンザレス名義時代からの大ファンです! 『よしか』ってペンネームで先生のところに何度かファンレターを送らせていただいていて――」


 俺のガチファンだった。


 今日び、ファンレターまで書く人間はあまり多くない。


 なんといってもネット上で感想が手軽に書ける機能がついているのだ。わざわざ便箋に認したためる人間はレッドブックに載っても良いんじゃないかと思うほどに希少である。


 大御所ならともかく、俺のような駆け出しにとっては特に。


「ももっも、もし、か、っして、レビューと、かかかか書いって、くれっ、た、り?」


 目にした覚えがあるペンネームが出てきたので質問をしてみれば、ドンピシャである。


「す、すみませんっ! ご迷惑かとも思いましたが『エルゴくん』と『破棄された世界の』と『このはな』は書かせてもらいました! 『夜明けのラックサイン』も書きたいんですけど全然まとまらなくて――」


 いや、迷惑だなんてとんでもない。レビューをもらえると、うっかり小躍りするくらいテンションあがるし、場合によっては執筆量にも影響する。というか、書籍化してない奴のレビューまで書いてくれるのは本当にありがたいことなのだ。


 吉田さんは俺の吃音にも嫌な顔ひとつせず、どの作品のどんなところが魅力なのかを語り尽くしてくれた。


 ――俺のクラスメイトの前で。


「……中村、ホントに作家やってるんだ」「なんか、ちょっと面白そうかも?」「今度ブックオンで探してみよっかな」「マジ? 読んだら貸して?」「なんで中村のとこにあんな美少女が」「まぁ三谷も相手が悪かったよな」「人は見た目によらねぇな」「俺も小説書けばワンチャンあるのか……?」


 ねぇよ馬鹿。何を勘違いしてんのかは知らないが俺だってノーチャンスだっつうの。


 ともあれ創作人口が増えるなら別に止める理由はない。動機がどれだけ不純だったとしても、創作そのものに本気で向き合うのならば俺としては大歓迎だ。


 吉田さんの熱意に負けてメッセージを交換したところで、スマホがぶるりと震えた。


『ファンですか』


『そうらしいです』


『可愛い子ですね』


『そうですね』


『もしかして:スキャンダル』


『炎上商法をやれるほど知名度ないぞ』


『知名度あったらやるの?』


 やるわけなかろう。


 返信してからちらりと美華をみれば、どことなくぶすくれた表情の美華と目が合った。

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