第22話 注文の多い読モギャル

『感想ちょうだい』


『辛口? 激辛?』


『激辛ニンニクマシマシ、もやし少なめ』


 どこのラーメン屋だよ、と思わんでもないけれど、どういう心境の変化があったのか美華から激辛な感想を求められた。


 ちなみにこれから批評するのは、美華が『文筆家になろう』に初めて投稿した作品『心霊探偵』に関するものだ。


 俺が読んだ時点でPVは11。ブックマークと評価は0。当然ながら、感想もない。


 いや、評価は俺が入れても良いんだけど、美華のことだから逆に怒りそうな気もするんだよな。


『なんでメッセ? 直接じゃいかんの?』


『ルポワールで泣きたくない』


『泣く前提なんかい』


『熱心なファンの方がいらっしゃる商業作家様の激辛批評ですから』


 うわ。なんか面倒くさい絡み方してきやがった……。


 しょうがないので無視してポチポチ感想を打ち込んでいく。


『まず、全体の感想だけど』


『霊能探偵の立ち位置が曖昧に感じた』


『所長が別にいるってことだったり、お祓いそのものは仏閣に丸投げだったりとか』


『正直、ここを頼るなら最初から仏閣で良いような気がする』


 既読が付いたことを確認して続きだ。


『あと、ホラーの怖さよりも鈴木夫人の旦那のクズっぷりが鼻についた』


『幽霊的な恐怖よりも、人間の汚いとことかが前にきてた』


『無理に幽霊ださんでもサイコホラー感はあったかも』


『最期の心中とかもね』


『ただ心霊系ホラーとサイコ系ホラーがゴチャッとしてて怖いポイントがぶれたように見える』


『ホラー書いたことないから本当に一読者の感想だけど』


 そこまで書いたところで、美華が既読代わりのスタンプを送ってくる。


 翼で敬礼をしているフクロウのスタンプ。


 うーん、ホントのところは泣いたりへこんだりしてるんだろうか。


『あと誤字。一応誤字報告あげといたからチェックしといて』


『マ?』


『マ』


『超見直ししたんだけど』


『俺もあるから。しゃーない』


 きっと美華は慌てて誤字報告をチェックしていることだろう。


 その間に感想の続きだ。喋るのも疲れるけれど、フリックで長文を打つのも疲れる。キーボードで打ちたい。


『あと、正直なところ整合性云々のくだりっているのかなーって思った』


『説明の意味自体は理解できたし、後半の乳児はどこへ、みたいなのに掛かってるのは分かったけど』


『怖いポイントっていうか、そこまで本筋には絡んでこないし』


『俺のイメージだと幽霊とか怪異って元々不条理なものな気がする』


 既読はついたものの反応が返ってこない。五分ほど待って、それでも感想が来ないのでちょっと不安になる。


『文章は前より各段にうまくなってると思う。とりあえずの感想はここまでかな』


 一応、感想の終了を告げた。


 さらに三分待ったが返信はない。


 ……もしかして、ホントに泣いてたりするんだろうか。


『:不在着信』


 電話も出ない。


『もしかして言い過ぎてたりしますか? 怒ったり泣いたりしてますか?』


『ブチギレ』


『マジか、ごめん』


『パパのウザさに』


 リアルで父親と何事かをしていたために返信が滞っていただけのようだった。


『そっちか。ごめんは取り消す』


『いや、それは取り消さないで。中村の物言いに傷ついたから!』


『めんご☆彡』


『激しく深く傷つきました一生の傷です重傷です責任取ってください六花堂のバターショコラと何か高級なキャビア食べたいです和牛でも良いです慰謝料代わりに奢ってください』


 リアルな友達から句読点なしで長文が送られてきたらそこら辺のホラー小説よりもホラー感あるかも知れない。


『句読点なし怖ひ・・・あと最後願望駄々洩れなんだけど』


『むしゃくしゃしてつい』


『何かあったん?』


『パパが誕生日近くなってきて券ねだってきた』


『ただのもの強請るのはかわいいんじゃない? キャビア強請るよりは』


『じゃあフォアグラ』


『脂肪肝』


『急に美味しくなさそう』


 とはいえ、美華はパパさんとの関係は大丈夫なんだろうか。


 批評以外は中身スッカスカだし、批評だって後で再開できるのだからリアルを犠牲にしてまでやるようなものじゃない。


『メッセしてて大丈夫なん?』


『大丈夫。さっき退治した』


『父親だよね? パワーワード感すごい』


『駆逐してやる!』


『やめたれ。流石に不憫』


『券を飾るための額は注文済みらしいよ』


『不憫』


『どっちが?』


『美華』


『ならよし』


 例の、『美華ができる範囲で何でもお願いを叶える券』をリクエストされたらしい。小学校くらいまでなら微笑ましいけれど、高校生になってそれはちょっとキツいよなぁ。


 いやまぁ俺にもくれたくらいだから美華的にはそこまで恥ずかしいものではないんだろうけども。


『それで、中村先生は可愛い可愛い美華ちゃんが泣いてないか心配してくれたんですか?』


『可愛い? ん?』


『亜香里ちゃんにスクショ送るよ?』


『ごめんなさい美華様超美人です』


『これはこれで送ろうかな』


『やめてください死んでしまいますよ』


 美華は何とかくっつけようと必死なようで、ちょくちょく『今日は美華さんに会うの!?』とか『寝ぐせ! 清潔感が大切なんだよ!? そういうところで印象かわるから!』『シャツのしわ! プラスになるところがないんだからせめてマイナスを消して!』とか母親みたいなことを言ってくる。


 ないって言い切るなよ……自覚はあるけどさすがにへこむだろ。


 こんなメッセージを見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。


 きっと、


「作家でしょ!? 褒める語彙少なくない!?」


「もっとロマンチックに! 本当の女の子はお兄の小説に出てくるヒロインみたいに単純じゃないよ!?」


「好きな子をイジめたくなって良いのは小学校までだからね!?」


 とか理不尽なことを言ってくるに違いない。イジメは小学生でもアウトだよ。


 面倒なので放置したいのだけれど、ちょっと今の俺は亜香里に対して頭があがらない状態である。


 というのも。


「あー、つっかれたぁ……」


「おおお、おつ、か、れ。じゅっ順調?」


「んー、後は追加の布が届くの待たないと無理。というか二着でいっぱいいっぱいだったから三着は時間的に超厳しい」


「す、すま、っん」


「良いよー。果歩さんも可愛かったし」


 吉田さんが文芸部に加入したのだ。


 当然ながら美華と静城先輩が着用するのと同じく、大正浪漫的な制服を着る流れとなり、そのしわ寄せが亜香里へと向かった。


 あと俺の財布にも大打撃。


 まぁ亜香里自身、吉田さんを見て大はしゃぎしてその場で作ることを決めてたから自業自得だけど。


 あとテンションがバグったのか、それぞれがつける予定のホワイトブリムにけも耳を追加する提案までしていた。自分で作業増やしてんじゃんよ。


「腕があと二本欲しいなぁ。どこかに売ってないかな……もしくは生えてこないかな」


 安易にクリーチャーになろうとするのやめなさい。


 いや、俺も本編書いてる間に書籍の特典SSとか依頼されるともう一個身体が欲しくなるからわかるけど。あとサイン本の量産作業の時とかマジで右腕が七本くらいあれば良いのに、と思う。


「でも果歩さんも可愛いよね。ね、誰が本命なの?」


「ほほほ、本っめ、とか、ねぇ、よっ」


「だよね。お兄ごときが誰かを選んでたら『何様のつもり』って説教するとこだった」


「えっ?!」


 じゃあ何で質問してきたんだよ。何の罠だっつの。


 今もテンションがバグってる亜香里をなだめすかして部屋に戻る。ずっと相手にしてられるほど暇じゃない。


 ちなみに亜香里は素の状態でもかなりエクストリームなことを言い出す。


 吉田さんの採寸に行ったときには、


「儲けを出したいならチェキとかどうですか? 先輩たちなら一枚1000円でも売れると思うんですよね……」


 レイヤー的な視点からかなりガチな提案をしていた。


 いや、言ってることはわかるけど個人情報とかモラルとかの観点からどうなのよ?


 普通に生徒会に却下されると思うけどね。


「直筆メッセージ書き込みでプラス300いや、先輩たちならプラス500円は取れると思います!」


 銭ゲバかよ。


 しかも本当にそれでも頼む奴等がたくさんいるだろうと予想ができてしまうのがまた何とも言い辛い。現実的なラインでの最高額を提案してくるあたりがガチである。


 何はともあれ、衣装をお願いしたことで俺の財布はガッツリ薄くなったし、亜香里には頭が上がらない。


『亜香里が衣装制作を頑張っております』


『今度何か差し入れする』


『それは喜ぶと思う』


『食べられないものとかある?』


 ないです。


 ないけど、食べ物より読モのMika様からメッセージが来たってことの方が亜香里は喜ぶ気がする。直接送ってやれって言うべきか……あれ以上テンションバグったら面倒だからそれはやめとこう。


 美華からの差し入れなら何を貰っても充分喜ぶだろう。ワンチャン、勿体ないからご神体として飾っておく、まである。


『ちなみに中村は?』


『プラスチックとガラス』


『金属は食べられるのか』


『鉄分は大切です』


『つ【フライパンのソテー】』


『熱したフライパンじゃん』


『つ【ソテーのソテー】』


『何? 哲学?』


 中身のスッカスカな会話が妙に心地よく、俺は特典用SSの締め切りを二時間ほど超過することになった。


 そこまで怒られた訳じゃないけど、担当編集から電話かかってきて超絶ビビった。後、美華に、『ごめん特典SS書くから』って言ったら、


『そうですか売れっ子作家様はお忙しいですもんね』


 何故か不機嫌になられた。


 どうしろっつうんだよ。

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