第20話 根暗陰キャの逆転
昼。
昨日は結構な夜更かしをしたこともあってなんとなく
謹慎ということで夜まで暇なので、俺はパソコンを前にカタカタとキーボードを打っていた。正直、筆は乗らない。
乗らないけれど、一日に生産できる量には限界があるので少しでも進めていくしかないのだ。こういう時は無理に執筆しても後で全て書き直すことになるので、プロットや設定を整理したり、今までに書いた分を見直して誤字脱字を直すことにしている。
あとは思い付いたアイデアをト書きにしてブレインストーミングしたりなんかもした。
操作しながらもペットボトル入りのロイヤルミルクティーで喉を湿らせていると、不意にスマホが震えた。
『ねぇ』
『なに?』
『何か噂になってる』
『何が?』
『中村が私を襲おうとしたって』
ミルクティー噴いた。
『なんで?』
『いや、私が知りたいんだけど。何で襲おうとしたの?』
『え ん ざ い』
『もしかして:性犯罪』
『えんざい』
『もしかして:ガチ恋』
『えんざい』
『ガチ恋そのものは罪じゃない』
『冤罪が罪なんですが』
『うわっ、私って、魅力あり過ぎ・・・?』
『どっかのネット広告やめろwww』
いつも通りな美華のテンションにクスっとする。
俺も美華も平常通りでいられる理由は一つ。美華が三谷の作品を読んだからだ。今朝、起きた時点で一言だけ連絡が来ていた。『ムカつく』と。
俺がどう動くかもある程度教えたので、美華のメンタルもフラットになったわけだ。
『まぁでも魅力あるよ。まつ毛がオークションで2000円になるくらいの魅力』
『微妙に低くてイラっとする』
『現実的なラインだろ』
『まつ毛売買の現実的なラインとは』
下らないやり取りをしながら、美華が授業中になるのに合わせて作業を進めていく。
『で、なんで?』
『クラスのグループで、三谷が都合良いこと言ってるみたい』
『ほう』
『えっ、何その反応。気取っててむかつく』
『へーʅ(´◔౪◔)ʃ』
『何それ?』
『いやムカつかれたからムカつかれない反応探そうと思って』
『どうしてその顔文字でムカつかれないと思ったのか』
『かわいいじゃん?』
『作家って頭おかしくないとなれないの?』
『ナチュラルにディスで草』
途中で美華のメッセージによる強制的な休憩を挟むからか、少しずつ調子を取り戻していけている気がする。学校の授業が一定時間で休憩を挟むのも、意外と科学的な根拠があるのかも知れない。
『そのグループのスクショとかもらえたりしない?』
『私もグループ入ってないんだけど。友達から聞いただけ』
『もしかして:ぼっち』
『面倒だから承認してないだけ。四月に招待DMは来たよ』
『もしかして:ギャル』
『どこがギャルなの?』
『マヂだるさパない、もぅグループとかチョーめんどーなんすけどー、的な』
『中村に襲われそうになったって証言してやる』
『それはやめてください死んでしまいます』
『スクショ欲しい? 欲しいなら美華さまっていってごらんなさい』
『美華さ、まんじゅうとか好き?』
『ギリギリ合格』
『判定ガバガバだな』
『あんまん食べたい気分だったから』
『今度奢る。ヘブンイレブンのやつ』
『急にあんまんよりフカヒレの気分になった。もしくはトリュフ』
『フカヒレって乾かしたサメのヒレだぞ? 食いたいのか?』
『そう言われると食べたくないなぁ』
何はともあれスクショが送られてきた。
クラスメイトの証言と推測がぐっちゃぐちゃに乱立したところで、三谷が都合の良いところだけ返事をしたり、しなかったり、曖昧な返答をすることで皆の考えを誘導して都合の良いイメージを作ったような印象を受ける。
流れ的には『中村がトチ狂って美華を襲撃しようとしたが、偶然居合わせた三谷がそれを防いだ』みたいなのが一番正解に近いとされていた。
まぁ、これなら充分戦えるだろう。
『ありがと、助かる』
『今夜、大丈夫そう?』
『うん。吃音がネック』
『中村さ、私に話すときどもらないのなんで?』
『えっ、メッチャどもってない?』
『どもり3、普通7くらいの割合』
『マジか』
全然気づかなかった。
『ああでも創作の話をしてるときはどもってない自覚ある』
『ちょっと前に調べたんだけど、吃音って精神的な影響もあるんだって』
『知ってる。あと青年期くらいまでで治る人が多いらしい』
『青年期って何歳くらい?』
『おれくらい。明日辺り治ってないかなー』
『40代で青年はちょっと』
『来年も券を頼むよぉ』
『昨日使ったじゃん。痴呆?』
気づけば放課後。
両親が戻ってくるまで美華とのメッセージは途切れることなく続いた。
『何か手伝えることあったら言って』
これから話し合いだと伝えた直後の返答が、妙に心強かった。
***
「それじゃあ、陸くんがどうして暴力を振るったのかを教えて貰えるかい?」
左右に担任と生徒指導を従えるように座った学年主任の林先生が、昨日の置物具合とは打って変わって司会進行を始めた。
今日は俺の両親も三谷の両親も揃っている。
「あ、ああ、んっ、どぅ、せんせっ、に、質問っ、あり、ます」
「……何だ?」
流石に今回は聞き取る努力はしてくれるらしい。
意地が悪いのは分かっているけれど、俺は恨みを石に刻んで置くタイプだ。
ちなみに俺が安藤にする質問はこう。
「あなたのサッカー人生や全力でのプレーを、ドーピングやら反則をしている人間が『大したことない記録だよ』と鼻で笑っていたら許せますか?」
やたら聞き取りにくい上に、今回の件に関係するとは思えない質問だ。最初は答えるのを渋っていたけれど、俺の両親にも答えるように促されたことで、
「許せないだろうな。許すにしても、何かしらのペナルティを課したい」
素敵な意見を頂けた。
流石は教員、聖職者である。
そこで、俺は印刷してきたものを配布する。
「みみみ、ったにっ。ここここの、しょっ、せつに、み、おぼ、は?」
題名は『エルン精霊界転生記』。
「ああ? 俺が書いた小説じゃん。何だよ、これがどう関係すんだよ」
「ととっと、盗作、は、犯、罪っだ!」
そう。
三谷の小説は盗作だったのだ。
あらすじの時点でそのことに気付いた俺は、万が一を考えて消される前にスクショを撮っておいたのである。
「ハァ!? 盗作? どこにそんな証拠があんだよ!」
「いいい、一っ、話目、ラスト、しゅじっ公の名前、直し忘、て、るぞ!」
それだけでない。
文章が完全一致する部分の多さ。
キャラクタの名前の修正ミス。
創作されたオリジナル用語の一致率。
それどころか、誤字脱字まで同じ部分に存在している。ネット上の検証班が一晩で丸裸にしてくれたが、三谷の『エルン精霊界転生記』はコピペによって作られたものなのだ。昨日、ネット上の匿名掲示板に密告リークしてからはまさに祭りと言った状況だった。
特定班は『エルン精霊界転生記』を隅から隅まで読み込んで、『どの小説』の『どの部分に似ているか』までを詰めていき、そのリストまで作成してくれたのだ。
その結果分かったことは、題名こそオリジナルだが、後は既存の小説を寄せ集めただけのものであることだ。とある物語がベースとなって7割近くパクられており、そこに他の小説の設定やら展開、キャラクタをぶち込んで出来上がっただけの歪なキメラ。
それがこの小説の正体だ。
序盤が面白いのは書籍化するような人気作をパクっているのだから当然。
さらに言えば、まだまだ短い話数だからいろんな小説の美味しいところをパクっても矛盾が見えてくる前である。
最初に複数アカウントなり誰かにお願いするなりして日間ランキングに入れば、後は読者がガンガン伸びて、ポイントもざくざく入ってくる。これが三谷ごときがランキングに入れた真相である。
そのことを淡々と告げるが、三谷には反省の色はない。
「はぁ? 似ることなんてよくあるだろ。世の中にはごまんと小説があんだよ。しかもプロでもねぇ奴等と似てたからってパクり扱いかよ。そもそもお前に何の関係があんだよ! 暴力を正当化する理由にはならないだろ!?」
「暴力、はっ正とっ化でき、ない。すすす、する、気、も、ないっ」
だから俺は親父にぶん殴られたのだ。
でも、親父は俺がキレた理由をきちんと理解してくれた。
そして、この後に起こることも許容してくれた。
だから俺は、作家としてここに立つ。
「でも、盗作は許すわけにはいかない。俺は三谷を訴える」
「ハァ!? 何言ってんだよ!」
「『エルゴくんは転生しました』『ヴァリア王国幻想奇譚』『ブラック社畜な俺が異世界でハーレム王国をつくるまで』『異世界は右側ですか?』『ゆるてん!』『異世界サーヴァント代行』。どれもこれもお前が盗作した作品だ」
「だったら何だよ」
「被害を受けた作者には昨日のうちDMダイレクトメールで連絡を取った。全員が『一番の被害者である俺に一任する』って言ってくれたから、代表して俺がお前に処分を下すんだよ」
そう。
三谷がパクったもの。その中に俺の小説も入っていた。
それも、盗作被害の中心、ベースとなるストーリーやキャラクタ、設定を盗まれたのが俺の『エルゴくんは転生しました』であった。
既に多くのユーザーから通報や報告があがっていて、ほとんどの作者さんが事態を把握していた。土日ということもあって『文筆家になろう』運営の対応は行われていないが、作者本人からも通報が入っているので数日中には消える定めにあった。
どの作者も『盗作品そのものが消えれば』くらいの穏やかな対応で充分だと言ってくれたので、三谷の投稿作品を消すことを前提にして俺に対応を任せてもらうことにしたのだ。
「何言ってる?」
「『エルゴくんは転生しました』の作者は俺だって言ってんだよ。俺はお前を訴える。盗作の証拠は保存してあるし、もう出版社にも連絡を入れてある。俺が一本連絡を入れればすぐにでも内容証明を送れるように準備してくれてる」
「待て」
「待たない。俺がキレた理由だったな。俺が心血注いで作った物語を盗作した挙句、『この程度のレベルならいくらでも書ける』とか舐めたこと言ったからだ。創作舐めんな、クソ野郎」
「待てよ! お前が作者!? 何言ってんだよ、古本屋で買ったもんだぞ!?」
「知ってるよ」
正直残念だとは思うけれど、俺だって古本屋を使うことはあるから、そういうものだと心に棚をつくることにしている。
「そして、俺が作家だってこともご存じですよね、先生方なら」
中学校生活で問題を起こして不登校になった俺がこの学校に入れたのは、『書籍化作家』というバリューがあってこそだ。
当然、面接の時にはつっかえつっかえだけれどそれを伝えているし、周囲にはバレないようにしたいという方針も注げていた。
だから、担任も学年主任も知っている。
俺の発言に対し、露骨に顔色を変えたのは安藤だけだ。
担任も学年主任も酷い顔色ではあるが、承知していることもあって重々しくうなずいた。
安藤は知らなかったか、もしくは興味がなくて聞き流していたってところだろう。流石に今日のことを踏まえて話し合いなんかもしているはずなので、報告・連絡・相談がガバガバってことはないと思いたい。
そう考えると、安藤は適当に聞き流していた可能性が高い。
「反省の色が見られないようなら、俺は三谷に民事訴訟を起こすことも視野に入れています」
俺が喋り終えて座ると、三谷は真っ青な顔で黙った。
三谷の両親も事態についていけていないのか、俺が配った資料と自分の息子を交互に見つめている。
ここまででエネルギーが切れた俺は、残りを両親にバトンタッチすることにして背もたれに身を預ける。言いたいことも言ったし、大枠での方針もきちんと話せた。
細かいところや学校側のチョンボは両親に任せてしまうことにしたのだ。
ほ、と息を吐きながら、ズボン越しにスマホを撫でる。それだけで、何故だか落ち着くような気がした。
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