第18話 Mika
月曜日。
相も変わらず三谷は美華へと突撃している。どうやら先週の美華との会話で取っ掛かりを得たとでも思ったらしい三谷は、恥も外聞もなく美華へとまとわりつくようになっていた。
そして、普段の外面の良さと、その一生懸命さが最悪な化学反応を起こし、どうにも美華との仲を後押ししよう、みたいな空気が教室内には流れている。
三谷が美華へと近づくとき、クラスメイトの誰かが一緒にいるのだ。そして三谷は小説がどうだのアニメがこうだの、どう考えてもネットで聞きかじっただけの知識をひけらかすように語り、何とか美華の興味を引こうとするときに相槌を入れる。
もしかしたらクラスのグループメッセか何かで三谷がお願いしたりとか、そういうのがあったのかも知れない。
美華はあまりノッている感じではないものの、流石に第三者もいるところで面と向かってウザいとか面倒とか言える空気ではないらしく、曖昧な返答だけで躱すような、中途半端な対応になっていた。
ギャルってそういうの容赦ないんじゃないのか……?
いや、意外と空気読んだりする力もあるのかもしれないな。
三谷だけでなく、他のクラスメイトが同席しているのも一因かも知れない。
朝、休み時間、昼休みとストーカーか何かのようにまとわりつく三谷は、俺にとって不愉快の象徴そのものである。流石に美華が「トイレ」とハッキリ告げた時は諦めていたが、それ以外はもう完全にロックオンしている状態だった。
『三谷ウザイ』
『直接言ってしまえ』
『無理。何か良い案ない?』
『案1、静城先輩のとこに逃げ込む』
『先輩に迷惑かけらんない』
『案2、遼太郎召喚』
『サーバントかなにか? 強そうだけどケンカとかじゃないし』
『案3、彼氏がいることにする』
『候補は?』
遼太郎にお願いすれば三谷もビビって黙るんじゃなかろうか、と思いながらも、何となく嫌だったので静城先輩の名前も付け足して送信した。
『遼太郎、静城先輩』
『知り合い羅列しただけじゃん。しかも静城先輩入ってるし』
『他に思い付かない』
『サイテー』
『ごめん』
何だかよく分からんけど怒らせてしまったらしく、それきりメッセージは途切れる。
失敗した、と思う反面で、どうすりゃ良かったんだよ、とも思う。何しろ俺には何の力もない。
陰キャでぼっち。
クラスを味方につけるどころか、味方になってくれそうな知り合いもいない。
むしろクラスは三谷の味方をしているので、俺がしゃしゃり出ていけば学級総出で叩き潰されるだろう。
早いとこ『ルポワール』で合流して謝るか、と重たい腰をあげたところで、それが耳に飛び込んできた。
「――そんでさぁ、実は俺も小説書き始めたのよ。ライノベってやつ? 普段読まないんだけど、せっかくだから挑戦しようと思ってさ」
三谷は言いながら自らのスマホを操作し、美華へと画面を向ける。
『文筆家になろう』に投稿を始めたのだという三谷は、
「で、コレよ。2日で40000ページビュー。結構すごくね?」
それに同調するように、お供の女がきゃらきゃらと笑う。
「すっご。プロになれるんじゃない!?」
「今んところ日間っての? ランキングには載ってるよ。ここからプロデビューする人も多いらしいぜ」
「……ランキング?」
美華が訊ねれば、
「総合ランキングって奴。何か色んなジャンルがあるんだけど、ハイファンタジーってので一位になってさ。なんかスッゲー勢いで伸びてるんだよね」
「題名教えて」
「お、読んでくれんの? やっりぃ」
そうして三谷が告げたタイトルは、『エルン精霊界転生記』というものであった。さっそく『文筆家になろう』で検索を掛ける。
これだ。
日間ランキングで、ハイファンタジー部門では1位、総合では4位となっていた。驚きというか、戸惑いながらもあらすじを読む。
「でもこれはホントにすごいねー。春日部さんもそう思わない?」
「え、う、うん」
「いやー、まぁ普通に何がウケるのか考えて書けば誰でもこれくらいにはなるっしょ」
パチパチと脳内で何かが弾けるような感覚。
手が震えるのを我慢して、スクリーンショットを撮った。
そして、第一話へとアクセスする。
間違いない。
スクロールして、スクリーンショット。スクロールして、スクリーンショット。スクロールして、スクリーンショット。
無心でそれを繰り返す。
二日間で9話まで投稿されているそれを全て収めると、自分を落ち着けるために深呼吸をする。
落ち着け、落ち着け、と言い聞かせながら、必死に平静を保つ。
ぐらぐらと腹の中が煮立つようだった。
「別にそんなに難しくないぜ? 売れてるやつを参考にして、どういうのがウケるのか分析すれば良いだけだし。美華ちゃんもやってみたいなら、今度教えよっか? 俺ん家来ない?」
「……名前」
「え?」
「名前で呼ばないで。私、名前で呼ばれるの嫌いだから」
「そっか。ごめん。で、どう? この程度のレベルで良ければ、書き方教えたりできるけど――」
美華は何でもない顔をしているが、ばっちりと目が合ってしまった。
今にも泣きだしそうな、憂いに満ちた瞳。
限界だった。
「みっ、にィ! てっ、め、ふざっ、ぶっ、こっ!!!」
感情は、もはや言葉にならない。自分でも意味が理解できない何事かを獣のように咆哮し、俺は三谷へと跳びかかった。
ふざけんな。
ふざけんなふざけんなふざけんなっ!
怒りに身を任せて跳びかかる。側面からの奇襲になったことでめちゃくちゃに振り回した俺の拳が三谷の肩に当たる。
「ウワッ!? いきなり何すんだよ!」
あっさりと三谷に突き飛ばされ、俺は派手な音を立てて後ろの机とともに転がった。
痛ってぇ!
「ふ、ふざっ、け――」
「いきなり殴りかかってくるとか意味わかんねぇよ! オイ、誰か先生呼んできてくれ!」
「お、おおおお、おまっ」
「ああ!? 言いてぇことあんならハッキリ言えよ! 意味わかんねーんだよ!」
大声。
威嚇するような、マウントを取るような大声に身がすくむ。
三谷は倒れ込んだ俺の手を無理やり捻り上げ、体重をかけるようにして拘束した。すでにクラスの視線は俺と三谷に集まっており、誰かしらが教室の外へと駆け出していくのも見えた。
きっと教師を呼ぶんだろう。
「何?」「中村だって」「どうしたの?」「中村が三谷くんに殴りかかったみたい」「えっ、何かしたの?」「知らない」「中村が突然キレたっぽいよ」「美華ちゃんに向かってかなかった?」「キモ。何考えてるの?」「ああいうのってキレると怖いっていうよね」「あーうん、プッツンして暴れ出しそう」
悪意に満ちたざわめきが俺の耳朶を打つ。
反論しなければ。
そう思って口を開こうとするが、言葉にできず、うめきとなって消える。俺が暴れると思っているのか、三谷は俺が身じろぎする度に手を捩じる力を強められ、何もできなかった。
力を籠められるたびに、ぎしぎしと腕がきしむ。
そうこうしている内に、息を切らせた教員たちがやってくる。手が空いていたのか、近くにいたのか。
壮年の学年主任の林と、担任の小早川。
そして、生徒指導でもある安藤の三人であった。
「み、――春日部さんは気にせず先に帰ってて。こいつと俺だけで充分だから」
周囲からは『やるね』とか『かっこいいじゃん』みたいな気配が見て取れる。何も知らないくせに、こいつらは俺が悪者で三谷がヒーローだとでも思っていやがるんだろう。殴りかかって罵声を浴びせてやりたい。
だが、俺の力では振り解くこともできないし、俺の口からは言葉にならない何かが漏れ出るだけだ。
「く、はなっ、こここっ、ととっと!」
「はぁ? 意味わかんない。コイツ、普通じゃないっすよ」
「三谷、やめろ。刺激するな」
教師たちはそれぞれに分かれて周囲にいた生徒から話を聞いたり、三谷から受けとるようにして俺を立たせる。
「ほら、立て中村。なんでこんなバカな真似をしたんだ」
「三谷、お前も悪いが来てもらうぞ。――他に事情を知ってる奴はいるか?」
「俺だけで大丈夫っす。っていうか、中村が突然暴れて殴りかかってきただけなんで、誰も事情とか知らないと思います」
「そうか」
左右をがっちりと教員に押さえつけられた俺は、半ば引きずられるように生徒指導室へと連行されることとなった。
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