第17話 平気で冤罪をつくる者達
土曜日の午後。
セミフォーマルとゴスロリの中間に分類されそうなレース付きの黒ワンピに身を包んだ妹を伴っての『ルポワール』訪問である。普段はただのツインテールなんだけれどもヘアアイロンで癖をつけてくるっとした感じになっているのでなんとなく猫っぽい雰囲気がある。
靴は艶っとした黒のエナメルで、袈裟懸けのポシェットがシンプルな合皮製なのが雰囲気を引き締めていた。
「良いの? 本当に会えるの? 私をつれてったら、観測されちゃうんだよ?」
「いいいや、だっから、いる、んだ、よっ」
何で五回も六回も同じ質問をしてくるかな。
亜香里は俺に異性の知り合いがいるとどうしても信じられないらしく、しきりに心配していた。
というか観測されるってなんだよ。美華は
カロン、と涼やかなドアベルを鳴らしながら店に踏み入れば、そこにはすでに文芸部の面々が揃い踏みとなっていた。遼太郎は手伝いに駆り出されてるのか、明らかにサイズの合っていないエプロンを身に着けている。
昼食を食べたであろう子連れや、コーヒーを傍らに置いて新聞を読むおじさんなどもちょろっといるけれど、今は割と空いているほうだと思う。
掻き入れ時は昼食と三時のおやつタイムなんだろうな。紅茶もケーキも美味しいし。
「あ、え、と。いいい妹っの、亜香里、でっす」
「初めまして。いつも兄がお世話になっております。中村亜香里と申します」
俺の紹介に続いて自己紹介し、ぺこりと頭を下げるとふるんとツインテールが揺れる。
「か、可愛いっ……!」
「えっ、ありがとうございま、えええ!? もしかしてMikaさんですかっ!? 『Plum』の!?」
「えっ、あ、まぁ、はい」
「何でMikaさんがお兄なんかと!? 何か弱みを!?」
「お、おいっ、コラ」
「もしかしてメイド服を着るのってMikaさんなんですか!?」
「うん。その予定」
大興奮といった感じの亜香里は俺なんてそっちのけで美華に夢中である。ねこじゃらしに飛び付く仔猫の如く、もう延々と質問攻めにし続けている。美華もちょっと困惑していたけれど、マイナスの感情でないことを読み取ってなのか、わりと快活に答えていた。
コミュ力の高い奴等ってすげぇな。
ちなみに亜香里が美華を知っていた理由は、購読している雑誌に出ているからだそうだ。小遣いの大半をコスプレや服飾用品に使っているだけあって、定期購読している雑誌は一冊のみ。とはいえ、似たり寄ったりの友達とお互いに雑誌を交換したり捨てる予定の数ヵ月前の号を貰ってきたりと、あらゆる手を尽くして手に入れていた。
手に入ってからしばらくの間は穴が開くほど見てることが多いので、そこで覚えたんだろうな。
閑話休題。
改めて自己紹介をしあった亜香里と美華たちは、そのままキャイキャイとバックヤードへと移動してしまった。モデルとして一方的に認識していた美華はもちろんのこと、正統派美少女で華奢な感じの静城先輩のことも大層気に入ったらしく、ぶんぶん揺れる尻尾が幻視できるような態度で二人にまとわりついていた。
採寸、デザイン、新規で、とか聞こえてきたし、きっと亜香里は一から作るつもりなんだろうなぁ……受験生なんだけど大丈夫なんか?
一人ぽつんと残された俺は、皿洗いやら下膳をしている遼太郎を尻目に、スマホを取り出した。
なかむら:何か妹がすみません……ご迷惑をおかけします
弟のあね:あかりちゃん可愛い
♡美華♡:中村は正のエネルギーを全て亜香里ちゃんに奪われたのね
なかむら:ですです
なかむら:ちなみに今日もすごく心配された
♡美華♡:?
なかむら:イマジナリー異性の友達だったらと考えていたらしい
♡美華♡:やば
弟のあね:さすがに不憫 中村くんそこまで陰キャ根暗ぼっちじゃないのに
なかむら:ついてったら、観測しちゃうんだよ? だって
ん?
『そこまで』ってことは、『多少は』ってことか?
いや、やめよう。
掘り下げても傷つくだけな気がする。実際、陰キャ根暗なのは間違いないし。最近は美華とよくいるし文芸部にも入ったからぼっちは返上できそうだけど。
弟のあね:量子力学の世界だね
なかむら:シュレディンガーの友人です
弟のあね:ちなみに
弟のあね:今美華ちゃんが脱いでます
「ファッ!?」
「先輩、どうしたんですか?」
「いいいいいいいや、なななな何でも、ないっ!!!」
弟のあね:肌がとても綺麗です
弟のあね:ちなみに今日のインナーの色は、【ここから先は有料会員のみが閲覧できます】
なかむら:どこのネット記事ですか。美華に怒られますよ?
弟のあね:おや、値段は聞かなくていいのかい?
いつだか見た、ピンク色が脳裏を掠めて顔に熱が集まる。美華にバレたら確実に殺されるな、コレ。
というかこれ、もしかしなくても俺の反応を見て楽しんでいるだけだろう。
なかむら:美華に言いつけます
弟のあね:私の番になる前にこの部屋閉じるから大丈夫
なかむら:つ[スクショ]
弟のあね:ひどい! 亜香里ちゃんに言いつけてやるっ!
なかむら:何も悪いことしてないっす……
でも亜香里、可愛いものに目がないから先輩の味方するんだろうなぁ。
弟のあね:お、そろそろ私の番になりそう。
弟のあね:タイミングを逃して残念だったね。チャンスを見つけたら、迷わず飛び付くべし
なかむら:何のアドバイスですかそれは
俺が送り終えると同時にセッション終了の通知が来た。
どうやら本当に証拠隠滅を図ったらしい。
大きく息を吐くと、今度は美華からメッセージが来た。
『亜香里ちゃんすごいね』
『ご迷惑をおかけします』
『私ひとりっ子だから妹ができたみたいで嬉しい』
どうやら美華は亜香里を気に入ってくれたらしい。人見知りをしないタイプなので大丈夫かと思ってはいたけれど、やはり安心する。
待っているのも暇なので、店主さんに紅茶をお願いした。バックヤードを使わせてもらう分も合わせて今日はきちんと払う予定なので、遠慮なく値段の高いものを注文する。
サービスって言われるとかえって遠慮しちゃうよね。
『そういや、投稿した小説どうなった?』
なんかキレてるフクロウのスタンプが返ってきた。
『pv3、ユニーク3、ブクマ0、評価0』
『そんなもんよな』
『中村のpvは?』
『累計で255万pv』
『聞きたくないです』
『聞いてきた癖に』
『数の暴力でぶん殴られた気分』
『数の暴力って意味違くないか?』
『ドントシンク、フィール』
ライトなセーバーを振り回す宇宙時代劇の台詞か。せめてアルファベットにしろよ。カタカナはダサすぎる。
『亜香里ちゃんに言いつけてやる』
『何を?』
『暴力振るわれたって』
『信じないよ』
『疑われまくってるって言ってたけど、仲良いの?』
『ヒント:腕力』
『あーうん。そうね、物理的に無理よね』
言っていて悲しくなるが、インドア系で根暗の陰キャがバリバリマッチョなはずもない。握力は20ないし、その他の基礎能力だって悲惨なものである。
『体力測定は八〇点満点中一七点です』
『ひっく。私より低い』
『男女で基準違うじゃん』
『だからこそ公平なのでは?』
ぐうの音も出ない……。静城先輩の採寸が終わるまでとりとめのない話を続けたが、どうやら美華の小説はあまり上手くいっていないようであった。
覚悟していたのか、空元気か、それともまだこれから伸びる可能性を信じているのか、それほど気にした風にも見えない。
「ま、良いか」
何となくホッとしながらも、寂しいような、ちょっと複雑な気分であった。
***
「お兄、どこで知り合ったの!?」
「いいい、や、落ちっ着け、よ」
「美華さんも遥さんもメッチャ美人じゃん!? なんで!?」
「そそそりゃ、両親っの、遺伝、子がウチ、とは――」
「そういう意味じゃないよ!? なんであんな美人と知り合えるの!? ズルい!」
いや、お前もさっき知り合ったじゃん。っていうか俺のお陰で知り合えた訳だし、怒ってないで感謝したら良いと思うんだけど。
そう告げると何かに納得したような雰囲気で頷く。
そして、何時にも増して真剣な表情で俺を真っ直ぐに見据えた。
「いい? まずは失恋を待つの。で、失恋したタイミングで好きって言うんだよ。失恋のショックで冷静な判断ができない可能性もあるし、もしかしたら自棄になってOKもらえるかも――」
「……何の、はなっし?」
「お兄が美華さんか遥さんをオトす方法だよ。それ以外のチャンスなんてそれこそ弱みを握るくらいしかないじゃん」
それはただの脅迫じゃなかろうか。
どこぞのエロ本じゃあるまいし、そんなことをするわけないだろうに。
「で、相談なんですけど」
「は、い」
「お二人とも美人なので何を着ても似合うんですけど、ヴィクトリアンメイド調の服を二着作るのは時間も私の腕も足りない」
まぁそりゃそうだろう。
「あと何よりお二人がメイド服を着たら破壊力が高すぎると思うの」
「は、破壊、力って」
「美華さんは見ての通りだし、遥さんも目立たないだけでけっこう大きい」
知りたくない情報である。いや知りたくないというか知ってはいけないというか。直接測定してきた人間の言葉には妙な説得力があった。
「なので、体型が目立たない和服で攻めたいの」
なので、がどこに掛かってるのか全然理解できないけれど、亜香里はいつも通りテンション任せにことばを吐き散らすので静かに聞くことにする。
こういう時は変に反論したり口をはさんでも良いことがない。どうせ口では勝てないのだし、流されないようにだけ気をつけておけば良いだろう。
「ほら、大正浪漫的な感じで、和装にフリル付きのエプロンを合わせる感じで」
「清楚さが際立つと思うんだよ。体型も目立たなくできるし、お兄もライバル増えたら嫌でしょ?」
「で、やっぱりそうすると和装モドキを作らないといけないわけですけども、材料費がですね」
「ほら、和服ってどうしても布地多いし、ね?」
「ああでも美華さんスタイル良いから、普通のメイド服も似合うだろうな……そっちはそっちで作って
「でもでもっ、まずは清楚系の和装メイドさんだよね。普段サバサバ系でカッコいい美華さんがお淑やか系の和装に身を包んだところを想像して?」
「しかもメイドさんだからきっと三歩後ろをついてきてくれる系なんだよ?」
「遥さんも儚い感じになるだろうし、……悪代官に生まれ変わりたい! 帯をくるくるしたい!」
「ね、お兄も見たくない? 見たいよね? 見たいんでしょ?」
「あ、このピンク系の生地とか美華さんっぽい。でも濃紺も良いよね。お兄はどっちが好み? なんでピンクで顔赤くしてんの?」
「遥さんは黄緑かな? それとも小豆色? 正統派だし純和風な柄が良いと思うけど、お兄はこの中ならどれを選ぶ?」
「えー、やっぱりエプロンは化繊じゃダメだよ。だって大正だよ? こういうこだわりが雰囲気作るんだって」
「ホワイトブリム!? お兄、分かってんじゃん! 絶対要るよね!」
「お盆はブリキより木製かなぁ……」
気付いたら結構な金額の商品が通販サイトからピックアップされており、注文確定のボタンを押した後だった。
「……いや、高く、ね?」
「お兄が選んだんじゃん。ありがとうね。これで心置きなく作れるっ」
解せぬ。
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