第14話 ホラーをかける少女

 金曜日。


 相も変わらず『ルポワール』で放課後を過ごそうと思っていたのだけれど、ママ友会的なものがあるらしくて三時~六時半くらいまで貸切りだと静城先輩から聞いた。


ママ友会に参加するなんて選択肢があるはずもないので、それぞれ帰路についたところであった。


 ここのところ毎日のようにルポワールにお邪魔していたので何となく違和感というか、寂しさというか、不思議な気持ちになるけれど、まぁある意味丁度良かったかも知れない。


 俺は今日、あまり機嫌が良くない自覚があるのだ。


 タタンと揺れる電車になんとなく怠さを感じる。


 このままだと寝てしまうけれど、そうすると今度は夜に眠れず困るので頑張って起きてようとスマホをいじり始める。


 不意にペコンと気の抜けた音がしてメッセージが届く。


 差出人は♡Mika♡である。


『ちょっと相談したいことがあるんですけども』


『なに』


『いそがしい?』


『べつに』


 既読がついたまま返信が途絶える。


 何なんだよ一体、と口をへの字に曲げながら画面を睨んでいると、


『ちょっと電話したいから、駅に着いたら教えてください』


『メッセで』


『どうしても電話が良いの。お願い』


『りょ』


 20分ほど電車に揺られ、乗換駅についたところで美華に連絡を入れる。


 五秒と待たずに着信が来た。


「は、っい」


『良かった。ごめんね、移動中なのに』


「べっつ、に、いい良い」


『……あのさ』


 美華は若干言い辛そうな雰囲気を出しながらもおずおずと口を開いた。


『中村、何か怒ってる? 機嫌悪い? もしかして、私、何かしちゃった?』


「べ、つに」


『嘘。絶対何か怒ってるでしょ。メッセも短いし、すごく機嫌悪そうだし』


 さよか。


『何か怒らせるようなことしちゃった? 教えて』


「み、かは、悪く、ない。ただ――」


『ただ?』


「みみ美華、にっ、絡みっ続け、てる、三谷の、おお大声、がっ、うっと、しくて、イラつ、っく」


 ごめん、と短く謝られた。


 鬱陶しいのは三谷のちょっと調子に乗った感じの声だ。三谷も学習しているのか、物語や小説に絡めた話のときだと美華の反応がまともであることに気付いて、そっち方面の話題になっているのもムカつく。


 明らかにな知識であれやこれやと分かったようなことを言う三谷と、何だかんだとそれに答える美華の態度もムカつく。嫌なら嫌ってきちんと言えよ。


「べ、べっつに、良い」


『このまま電話、できる?』


「メッセ、が、良い」


『分かった。じゃあメッセで』


 言って通話を切ると、つきんと胸が痛む気がした。訳も分からずイライラして頭をバリバリと掻いて、それからメッセの画面へと切り返る。


『今夜、文筆家になろうに投稿してみようと思う』


『さよか。ジャンルは?』


『新作で書き下ろしたホラー』


 んん、と眉を寄せる。


 恋愛やコメディには目を通した記憶があるけれど、ホラー系の話には目を通していない。というよりもホラーを書いていること自体、知ったのが今である。


 遼太郎にでも読んでもらったんだろうか。


『今まで書いてた短編は? 下読みした奴』


『それも投稿しようとは思ってる。中村に色々直してもらったしね』


 でも、と美華はことばを重ねる。


『一番最初のやつは、自分の力だけで作ったのにしてみたい』


 美華の言わんとすることは理解できる。


 せっかく投稿するのだから自分の力を試してみたい、という気持ちは俺にもあったのでよく分かる。


 小説というものは評価が難しい。


 スポーツみたいに得点があるわけでもなければ、基準もない。重さや速さのように、明確な数字で比べられるものでもない。


 作品の評価がプロの編集者であっても難しいのは、商業作品であっても売れ行きに差が出る時点で明白だ。


『りょ。でもホラーってかなり難しいぞ?』


『いちおう、きちんと書けたとは思ってるんだけど』


『いや、書くのがじゃなくて』


 俺が言っているのは、『文筆家になろう』におけるホラー作品に関する立ち位置である。たくさんのジャンルに分かれたカテゴリの中には確かに『ホラー』というものも存在している。


 しかし文筆家になろうで流行っているのはファンタジー作品と恋愛系の作品である。それも主人公が転生していたり、何かしらのチートを持っているものが突出して多いので世間では『なろう系』なんて言われるくらいである。


『あんまり読まれないかもよ?』


『読者1:商業作家』


『いやそりゃ読むけど。ブクマとか評価は手心加えないよ?』


『むしろ加えないで欲しい。だから中村に教えるのも月曜日にしようと思う』


 どうやら美華は本気のようであった。


 だとすれば、止めるのも野暮なのかな、とは思う。


 美華には前に話したが、俺の処女作は読者数も少なければ評価も散々であった。美華のホラー作品がどんなものなのかは不明だけれど、びっくりするほど唐突にレベルアップしているということもあるまい。


 結果は見えてるが、それでもやりたいと思うならば止める理由はない。


『ちなみにホラーを選んだ理由は?』


『大野奈津美先生の書いたホラーに触発されまして・・・』


 テヘペロをするフクロウのスタンプ。


 美華が読んだであろう小説に心当たりがあるので、それっぽく匂わせてみる。


『美華の家が建つ前、その土地は』


『やめて』


『きっと海だった』


『まぁここら一帯は埋立地だしね』


『自信ある?』


『ない。取っ散らかってるし、テーマも曖昧だし』


『せめて自信ある奴を投稿しろよ』


『しょうがないじゃん。陽樹祭まで時間ないんだし』


『それはそう』


『あ、でも後味の悪くなる自信はある』


『何その嫌な自信。いやホラーだと大切だけど』


『ほら、人間の汚さとか嫌なところとかを煮詰めたような感じの』


『サイコホラー?』


『ちがうよー』


 何それちょっと気になるんだけど。


 サイコホラーじゃないって事は心霊とかそういう感じのだよね?


 なのに『人間の汚さ』が出てくるの?


 イメージしていたものとは違ったので、どんなものなのかがイマイチ想像できない。


『ちょっと気になる』


『読者1人ゲット! 月曜日をお楽しみに♡』


『ちなみにペンネームは決めたの?』


『まだ。中村ってどうやって決めたの?』


『母方の旧姓と名前をもじった』


 旧姓は時田なのを鴇田に変え、陸を六に変えて鴇田六ときたりくと名乗っている。


デビュー前は考えるのが面倒だったこともあって、当時ハマっていたゲームのキャラクターを無理やり漢字に変えて厳漸列洲ゴンザレスだったが、流石にこれが背表紙に載るのが恥ずかしかったのだ。


『中村のお母さんってもしかして外国人?』


『なんで?』


『ゴンザレス』


『何で知ってんの!?』


『通販サイトのレビューに載ってた』


『マジか……そっちじゃなくて、鴇田ね。母方の旧姓が時田』


 ゴンザレスというペンネームは記憶から消して欲しいけれど、レビューは嬉しい。美華の教えてくれた通販サイトにアクセスすると、確かに『ゴンザレス先生のデビュー作!最高です!』というレビュータイトルが目に入ってきた。


 ちなみにレビュアーを見ると、俺の書籍化してないやつまでがっつり感想やらレビューをくれる、いわゆる古参でした。なんならファンレターまでもらったことある人だ。


 好意的に評価して貰っているのがまたなんともコメントし辛いけど、このペンネームは消したい……勢いだけで登録した過去の自分が憎いぜ。


『私のペンネーム、何が良いと思う?』


『ギャルまつ毛』


『もしかして:まつ毛フェチ』


『毛ほども興味ありません』


『あれ、タイムリープしてない?』


『毛頭(ry』


『タイムリープしてるね』


『時を駆けるギャル子でどう?』


『タイムリープしてるのは私じゃなくて中村なんだけど』


『未来で待ってる、美華のホラーを』


『月曜日にお届け予定です』


『→配達予定を変更』


『到着予定時刻は月曜日です。交通や天候等の事情により、遅れる場合があります』


『まぁ分かった。月曜日楽しみにしてる』


 まぁ本人が頑張ろうと思っているんだから、変に口出しすることもあるまい。


 スマホの画面を消しながらそんなことを考えて、ようやく到着した乗り継ぎ電車に乗り込む。


 いつの間にか、イライラは消えていた。

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