第12話 部誌を編む

「部誌の発刊に関しては結構シビアな問題が絡む」


 そう言いながら静城先輩が取り出したのは入部届。


 いや昨日書いたじゃん。


「ごめん、間違えた。こっちこっち」


 入部届を当たり前に持ち歩くって相当だよな……いやまぁ思い入れのある部活が自分の代で廃部になるところだったわけだし、気持ちは分からなくもないけどさ。


 気を取り直して紙を見ると、そこには頭の痛くなるような数字の羅列があった。


『・文庫サイズ ~100P  55000円

        ~200P  85000円

        ~300P 110000円


 ・A5サイズ  ~100P  35000円

  (無線綴じ)~200P  55000円

        ~300P  75000円


 ・A5サイズ  ~100P  30000円

  (中綴じ) ~200P  50000円

        ~300P  70000円



 ・A5サイズ  ~100P  35000円

  (無線綴じ)~200P  55000円

        ~300P  75000円


 ・A5サイズ  ~100P  30000円

  (中綴じ) ~200P  50000円

        ~300P  70000円』


 印刷所の印刷料金だ。


 紙の端に『100部』と書かれているので、100部印刷したときに掛かる料金を纏めたものだろう。


「無線綴じとか、中綴じって何ですか?」


「紙を纏める形式で、中綴じはホチキス。無線綴じは文庫みたいに背面を糊付けするタイプだ」


「この代金をどう捻出するのかってことですか?」


「うん。一応、前年度以前の部費の積み立てが残ってはいるんだけど、流石に高くてね」


 はは、と笑いながら頬を掻く先輩。


 美華も五桁六桁の数字が当たり前に並ぶそれを見て小さく唸っていた。


「がっ、学校の、ここコピー機っは、借り、られなっ、んです、か?」


「顧問の宮内先生とも相談したんだが、『放課後の窓辺』休刊中に色々規則が変わったらしくてね。前はそうしてたみたいなんだけど、今は生徒の利用禁止なんだ。紙もは無料だったのが、今は無料の紙はないみたいだし」


「ぺー、ジ、数は?」


「概算だけど、部員の短編を集めたものにしようと思っている。実際はもっと細かく料金設定があるから、実際にどのくらいのページ数になるか分かってから、改めて印刷所の料金表とにらめっこしようと思ってるけど」




 先輩は家庭用プリンタやホチキスを使ったコピー本に関しても考えたものの、新しくプリンタなんかを買いそろえるよりは安くなると計算したようであった。


 確かに、プリンタそのものを買ったとして最安値の機種を選んでも五〇〇〇円程度は掛かる。そこにインク、用紙、厚みのあるものを綴じられる大判のホチキスやホチキス針なんかを足していくと結構な金額になる。


 さらに言えば家庭用プリンタで印刷となるとどれほどの時間が掛かるか。値段重視で両面印刷できない機種にしてしまえば、ページ数によってはそれこそ気の遠くなるような時間と手間が必要になる。


 原稿を裏返してもう一度印刷する手間や一冊一冊を綴じていくことまで考えると、印刷所という選択肢も仕方ないのかも知れない。


 まぁ手間を惜しんで金がない、となればどうにもならないのでその程度の手間は惜しむべきではないのかもしれないけれど、先輩が印刷所を提示した以上はそういったものを天秤に掛けた結果、印刷所の方が良いと判断したってことだろう。


 先輩のことばに頷くけれど、印刷所を使う前提だとして、それでもそもそもの部分でずれている。


「し、っずき、先パイ。今、からっ、キツ、いこと、言って、いい良いです、か?」


「うん。何でも言って。初めてのことだらけだし、少しでも意見が欲しい」


 息を吸う。


 そして吐く。


 思考を切り替える。


 これは、創作活動だ。


 喋らない。


 思考を垂れ流しにするんだ。


「そもそも、100部って数字がちょっと多くないですかね? 俺のデビュー作は3000部でしたし、新人作家の初版だと大賞作品とかでも5000部ならすごいって言われます。全国に出荷される予定のものでそのレベルなので、高校で売るだけのものならばもっと少ない部数でも良いと思います」


「まぁそれはそうかも知れないね……あくまでも例のつもりだったけど、現実的な数字を見るなら何部くらいが良いと思う?」


「正直どれくらい売れるか分からないので何とも言えないんですけど、目的は作ることですか? それとも売ることですか?」


「正直なところ売れれば嬉しいとは思うけれど、復活させることの方が大切かな」


「そうしたら、20部か30部くらいでどうでしょう。家族や友達なんかで買ってくれそうな方を簡単にカウントして、それに少しだけ部数をプラスして作るのが一番いいと思います」


「うん、そうだね……ちょっと数えてみようか。美華ちゃんと中村くんは原稿を上げてもらうことは可能? 特に中村くんはプロな訳だし、こんなお遊びに付き合わせるのも申し訳ないような気もするけど」


「構わないです。俺は正直暇な時間をほぼ全て創作に充ててるので、書籍化する見込みのない短編や長編もけっこうゴロゴロありますから」


 担当編集さんにバッサリ切られたものもあるし、自分で書いてて微妙な感じになったので諦めたものもある。きちんとカウントしたわけではないけれど、短編も二〇かそこらはあるだろう。書き下ろして欲しいと言われればいくらでも書ける。


 それだけは自信を持っている部分である。


「ありがと。でも、自分が書いてるってのは内緒にしたいんだよね?」


「「はい」」


 俺と美華の声がハモる。


「そうすると、私か遼太郎の友達、家族が付き合いで買ってくれるかも、くらいか……ほんとに30部もあれば余りそうな気がしてきた」


 うめくように呟き、スマホを操作する。


「100ページで18000円くらいになった。少部数だからオンデマンド印刷の方がコスト抑えられるみたいだけど、それでも一冊600円。高いね」


 全体の値段は下がるが、少部数にしたことで単価は高くなる。


 その上、高校生が書いたものともなればクオリティに関しても商業作品に劣り、ボリュームも劣る。


 100円200円ならばともかく、文庫本が新品で買えてしまう値段ともなれば、友達相手に買って欲しいというのもためらわれる金額である。


「本当はもっと安くしたいんだけど、部費が赤字になるようじゃまた休刊せざるを得なくなるしねぇ」


 廃部前に使い切る、とかであれば無償配布したり赤字覚悟の値段設定で良いのかもしれない。


 しかし、静城先輩は廃部にしたくなくて俺たちを引っ張り込んだわけだし、俺だって入部した以上は自分が最後の部員ですなんてのは嫌だ。


 自然と眉根が寄ってしまうのを感じる。


 どうしたものかと思案していると、古い『放課後の窓辺』をぱらぱらとめくっていた美華が手を挙げる。


「あの、売るってことは、どこかの教室を借りてブースを作るんですよね?」


「うん。一応、生徒会の子に聞いたから借りられるとは思うけど」


「いっそのことジュースとかアイスとか、そういうのも売ったらどうです? そっちで儲けを出せれば、その分部誌を安くできたりしませんかね?」


 ああ、それは確かに良いかも知れない。


「美華と静城先輩が売り子をやれば、アイスもジュースも相当売れるだろうな。いっそのことコスプレでもしたらどうだ? 完売間違いなしだろ。あと遼太郎も結構女子が来るかも知れん」


 俺からすれば恐怖心を煽るレベルのガタイだけども、マッチョ系の男子って結構需要があるようなことを聞いた覚えがある。


「えっ、中村は?」


「売上に貢献できる要素、あると思うか?」


「堂々と言わないでよ……別に売り子は嫌じゃないけど、コスプレかぁ」


「別に際どい服を着たりしろってわけじゃない。裾丈が長いメイド服とかだったら、ファミレスの制服と同じレベルだろ。その程度のコスプレでも充分食いつくと思うぜ」


「あー、その程度なら問題ないかも? でもどこでその制服を手に入れるのよ。買ったり借りたりするのにお金かけてたら本末転倒でしょ?」


 美華の疑問はもっともだ。


 とはいえ、わざわざ提案するんだから当てがないはずもない。


「たぶん家にある」


「「「「……えっ」」」」


 ぎょっとした声を発したのは美華だけでなく、静城先輩も遼太郎もである。


 さらに言えば、カウンターに座ってる店主さんも驚いた顔で俺を見ていた。


「もしかして:女装」


「不穏なサジェストすんのやめろ。妹だよ妹。趣味でコスプレしてる」


「あ、そういえば前に妹さんいるって言ってたような、言ってなかったような」


「言ってたよ。勝手になかったことにしないでくれ」


 あと俺のことばに静城先輩も遼太郎も胸を撫でおろすのやめてもらって良いですか?


 俺、どんな風に見えてたんですかね?


「妹は今、中3なんだけども俺と違ってコミュお化けでクソ陽キャだ」


 その甲斐もあって中1でレイヤーデビューを果たし、俺や親を伴ってオフ会なんかにも参加していたりする。まぁ俺が同伴するときは会場の端っこで小説読んでることが多いんだけども。


「多分だが知り合いを手繰れば美華や静城先輩にピッタリなメイド服を持ってる人もいると思う」


 というか、静城先輩と妹はシルエットが同じに見える。あくまでも概算だけど、何とかなるんじゃなかろうか。


「そしたら、私、売り子するの?」


「ああ。静城先輩に頼まれたって言えば通るんじゃないかな? 文化祭のときだけだし」


「……通るかも」


「アイスや飲み物の仕入れですか。隣駅に業務用スーパーありますよね?」


 遼太郎がスマホで調べながら言えば、店主さんが車を出すよ、と助け舟を出してくれた。流石に校内への乗り入れはできないけれど、正門前まで運んでもらえるのであればそこから先は学校の台車を借りるなり、持てる範囲で往復するなりすればなんとかなるだろう。


「それじゃ、まずはどのくらいのページ数になるか見積もってみようか」


 差し当って一番大変なのは、碌にストックのない美華だろう。そんなことを考えながらも、俺は妹に服を借りるための算段をつけ始めた。

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