第5話 ギャルと陰キャに飲み物を
ギャルには不思議な力がある。
バズり始めたものを見つける嗅覚と、それにいち早く飛びつくだけの行動力。あるいは、まったく無名の何かに可愛さを見出す好奇心。もしくは往年の遺物に再注目して自らに取り入れるだけの精神力。
陰キャの俺としては見習いたいような、異物すぎて恐ろしいような、不思議な感覚に陥る何かを以てして、絶えず色々なメディアから情報を吸い上げているのだ。
まぁ何が言いたいのかと言えば、前回・前々回とギャアギャア騒いだせいで使いづらくなってしまったフォンス・カフェの代わりを、美華は早くも見つけたらしいということである。
高校から最寄りの駅と、一駅離れたところの中間くらいに位置するそのカフェは名前を『ルポワール』と言った。
フォンス・カフェほど気取ってはいないが、中々にモダンレトロな雰囲気の、個人経営カフェであった。店のロゴはシャチっぽい何かのシルエット。さすがにシャチ《ルポワール》の名を冠しておいてこのシルエットがイルカやクジラってことはないだろう。
中に入ればカウンター席が8くらいにテーブル席がちょっと。個人経営らしいサイズ感である。
まず目に入るのは、今度は明確にシャチを描いたものと分かる大判の絵画。
全体的に暗い色調で、それでいて穏やかな雰囲気の絵であった。
「中村」
いつも通り、ソファ席から俺を呼びつけにするギャルを見つけて、店主らしき中年男性にちょこんと頭を下げてそちらにいく。
「ここ、良いっしょ?」
「ああ。よよ、よく、っ見つけた、な」
言いながらメニューを開けば、店主はコーヒーに一家言ありそうな人物であることが伺えた。種類と金額が一覧になっている近くに、その豆の産地やら特徴、最適なお湯の温度なんかが手書きで添えられている。
紅茶しか飲めないのが心苦しいかと思えば、紅茶に関しても結構な種類がある。
こだわり派というか消費者目線というか、ちょっとした解説があるのが面白くてついつい読んでしまう。
バイトらしきガタイの良い青年が水とおしぼりを持ってきてくれたところで、ニルギリというインド南部産の茶葉を使ったフレーバーティーを頼んでみることにした。
「珍し。ホットも飲むんだ」
「お、お、面白そっ、だから」
「分かる。ここ、メッチャ拘ってるよね」
二人でメニューを眺めながら注文の品が届くのを待つ。美華曰く、『コーヒー・紅茶・スイーツの全部が美味しくて、ママ友界隈でひそかに有名』とのことで、美華自身もちょっと前に母親に連れて来てもらったんだとか。
ちなみに美華が頼んだのはブレンドコーヒーだった。給料日までお金ないから、と笑っていた。
てっきりまた試読させられるのかとも思ったんだけれど、今日は新しい物語を持ってきたわけでは無かったらしく、俺に示して見せたのはスマホだ。
「今日はちょっと相談。中村って投稿サイトも使ってる?」
「あっ、ああ。読み、専のサイトも、っあるし、とと、っ投稿、してるサイトっも、ある」
「そっかそっか。私も色々検索してみたんだけど、どこが良いとか悪いとか、特徴とか教えてくれない?」
美華のことばに、俺自身ちょっと戸惑ってしまう。
というのも、俺も投稿サイトごとの特徴を掴んでいるわけではなく、最初に登録したところに投稿して、残りは読み専として活動しているだけだからだ。
いつか投稿するかも、と共通のペンネームで登録はしているものの、未だに投稿作品はゼロのところばかりであった。
「おおお、俺も、あんま、知らないっ、ぞ? むしろ俺、が、ししし、知りたい、くらい、だ」
「んー、でも私より詳しいと思うけど。それじゃ、私も調べてきたから一緒に特徴纏めない?」
「い、良い、ぞ」
さて、目的をはっきり定めた辺りで紅茶とコーヒーが運ばれてきた。少し苦味を感じる香ばしいコーヒーの匂いと、酸味と爽やかさが立った柑橘フレーバーの紅茶。
喉を湿らせるように口をつければ、果汁みたいな濃い香りが鼻に抜ける。
ああ、美味いな。
美味い飲み物が出てくる店は良い。
今度、編集さんと打ち合わせするときはここ使おうかな。
そんなことを考えながらも頭の中を作家モードへと切り替えていく。文字をパソコンに打ち込むのと同じく、今から俺は創作に掛かる活動をするのだ。
「じゃ、まずはサイトの名前と特徴挙げてくか。俺が使ってるのは『文筆家になろう』、略してなろうだ」
「あ、検索して最初に出てきた奴だ」
「そうだな。登録者数は最大って言われてる。だから俺もここに投稿することにした。特徴としては色んな企業とタイアップしてしょっちゅう企画やら小説賞をやってることかな。ここから書籍化すると『なろう系』なんて呼ばれたりする」
「うん。でもネットでは評判良くなかったかなー。流行りモノばっかり読まれて、それ以外は見向きもされないって」
「ああ、そういうところはあるな。いわゆる『チート転生』『人外転生』から始まって『悪役令嬢』『聖女のっとられ』だったり『成り上がり』『追放ざまぁ』や『VRMMO』『デスゲーム』なんかのジャンル隆盛が半端じゃない。最近の流行りは『もう遅い』とか『配信活動モノ』かな」
俺のことばに、美華はこくんと頷く。
「だいたいがテンプレートな設定の踏襲型だな。もちろん作者ごとに個性はあるし、新しいジャンルを開拓しようとする人や、流行りに流されない人も一定数いるけど、まぁランキングに載るのは多くが流行りものだな。あとタイトルがクソ長い」
「あ、うん。私も昨日ランキングとか眺めてたけど、あらすじみたいなタイトルがいっぱいあったね」
美華のことばに俺は思わず苦笑する。
その通りというべきか、ズレてるというべきか。
「あらすじみたい、じゃなくてあらすじなんだよ、アレ」
「えっ? でもあらすじって別にあるよね?」
「うん。まぁこれは完全に俺の予想だから『妄想乙』って感じなんだけど、あのタイトルは俺的な区分で言えばハイパーライト層に向けたあらすじなんだよ。美華も映画とかから原作に入ったって言ってたけど、最近のなろう小説はメディアミックスも多い」
「うん。中村のもコミカライズが始まるってWeb版の活動報告で」
「来月からな。まぁそれは置いといて。――ハイパーライト層ってのは、いわゆる『小説を読みなれてない層』だ。マンガやアニメをよく観る層だと思ってくれ」
美華が頷いたのを確認してことばを続ける。
「アニメを例にすると分かりやすいか。映像作品は、動画が流れて声優が喋り、BGMや効果音が付くよな?」
「うん」
「それはつまり、何もしなくても勝手に情報が入ってくる受動的な媒体な訳だ。よく、何かしながらアニメを流しっぱにしにする人とかいるだろ?
それに対して小説は文字を目で追って、読んだものを頭の中で想像するという作業が入ってくる。つまり能動的な媒体だ」
「なるほど。能動的に情報を取り込んで想像することに慣れていない人たちがハイパーライト層なのね」
まぁ俺が勝手に作った区分だけど、美華はきちんと理解してくれたようなので話を続ける。
「そういう層は長く文章を読むことに慣れてないから、読むと疲れるし想像するのも疲れる。だから読む量は少なめだし、難解な言い回しやレトリックの多い文章、伏線の多い展開は苦手なんだ」
「うん」
「そうすると読む作品は厳選することになる。ただでさえ投稿サイトは創作物が集まる。作者にとっては一作入魂で書いていても、毎日更新の未完結を追うような読者になれば、読むものが一〇個二〇個ある状態になるからな。で、あらすじを読むのも疲れるから出来ればそれすらせずに面白い作品を探したい」
「待って。タイトルがあらすじになってる理由はなんとなく分かったけど、それなら似たようなテンプレートは弾かない? 厳選するのに似たようなものを追うの?」
「ある意味自分の好きなジャンルで、展開も意外性が少ない反面、大きく外れるものも減るんだよ。ラーメン好きなやつはカレーやオムライスの店は探さないで、色んなラーメン屋を巡るだろ?」
ましてや、と付け加えるのは、作家としては良くない考えかも知れない。だが、公の場ではないし相手はギャルなので、まぁ許されるだろう。
「さっと読んで主人公目線で爽快感を得たいだけの人も多いからな。苦労やら屈辱はいらない。さっさとザマァしたりチーレム俺TUEEEしたいんだよ。バズるキーワードは手っ取り早く爽快感を味わえるポイントを表してるわけだ。この物語は『ザマァ』しますよ、ってな」
だから、ランキングには似たようなキーワードを盛り込んだ作品が乱立することになる、と締めくくって紅茶を一口。爽やかな香りが口の中と一緒に頭の中までリセットしてくれるかのようだ。
「さすが中村……なんか納得しちゃった。ネット上だと『読まれるために書きたいものを曲げるのか』って批判する意見が多かったけど」
「それもある意味正しい。『創作したから読んで欲しい』のと『読まれたくて創作する』のには大きな違いがあるからな。後者は承認欲求の方が大きい。まぁ逆に、流行りものを一切取り入れないことを『読んでもらう努力を怠ってる』とか『表現力のなさ』、『作者としての幅が狭い』なんて
「どういうこと?」
「『読んでもらう努力』ってのは、タイトルをあらすじ風にしたり、テンプレートを盛り込むことで手に取ってくれる――要するにアクセスしてくれる人を増やすってことだ。例えばあらすじだけど、あれって内容は変化させなくてもできることだろ?」
「うん」
「お店のディスプレイとかファッションの着こなしと一緒で魅力的に見えるように工夫してるんだよ。あとはプイッターでの宣伝なんかも『読んでもらう努力』だろう」
一方で、とことばを区切る。
「『表現方法の違い』ってのは結構な極論だが、『あなたの書きたいものはテンプレを使ったら表現できないんですか? むしろテンプレの中にどう落とし込んでいくのかが作家としての腕なんじゃないの?』って意見もある。流石に水が合わないものもあるけど、上手に表現できれば異色の組み合わせでも面白いものはあるし、既存の名作はそんな感じで『王道』を新しい切り口で描いたものだって意見だよ」
「んー例えば?」
「いや、パッとは出てこない。何か、合わなそうな組み合わせを挙げてみてくれ」
「ロボットものと、恋愛とかヒューマンドラマとか」
「機動騎士ガンガムとかマロクスΔとかはそういう組み合わせだな」
「スポーツものと戦争とか、ファンタジーと科学とか」
「前者ならレディース&パンツァー。戦争とはちょっと違うかもしれないけど、スポーツと戦車をうまく組み合わせてると思う。後者に至っては『サイバーパンク』ってジャンルまで確立してる」
俺のことばに、納得がいかないのか美華はコーヒーを啜りながらも唸り声をあげた。
「でもそれってパクりじゃないの?」
「どこまでがOKでどこからがNGかってのは難しい問題だ。美華って腐女子だったりする?」
「ハァ!? 何よいきなり! 違うし!」
「怒るな。ただの確認だ」
流石に俺までヒートアップしてフォンス・カフェの二の舞にはなりたくないのでどうどう、と美華を鎮める。
「俺もこないだ知ったんだが、『オメガバース』っていう世界設定が存在する。聞いたことあるか?」
「分かんない。何かのファンタジー?」
「ある意味ファンタジー」
かなり特殊だけど、と前置きして、俺は美華にオメガバースを説明することにした。
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