第6話 ツクルヨロジック
オメガバースというのは、男女の性別とは別にΩ、α、βという種族? 階層? なんとも言い難いけれど、そういう区分がある世界観だ。
Ωは超希少で、αは全人口の一割程度しか存在しないエリート層。
βはその他大勢って感じ。
それぞれに男女がいるので、『Ω男』『α女』のようにして六種類の男女がいる。
そしてΩの人々は周期的な発情期があり、特殊なフェロモンで男女問わず惹き付ける。その上、一時的に性別を超えて妊娠までできるようになるというのがオメガバースというボーイズラブ発祥の世界観設定だ。
ちなみに、このΩは性別を超えて妊娠できるので、Ω男が妊娠するなんていうことも普通にあり得る。
これは一つの作品の世界観ではないので、『オメガバース』を取り扱った作品は多数存在する。
つまり、オメガバースは概念なのだ。
「中村って腐男子?」
「違う。創作のために気になったことは
「そっか。別に腐男子でも気にしないから無理に隠さないでね」
違うって言ってんだろ。
百合は多少読むけどBLは興味ねぇよ。
「話を本題に戻すぞ。オメガバースみたいな新しい概念を生み出すレベルの創作ならいざ知らず、ちょっとした違いなら『すでに何処かの誰かが創作してる』のが普通だ。それが有名かどうかとか、いつの時代かは別としてな。そういうものは『パクリ』なのか?」
「……違う、と思う」
「そうだな。『キャラクタの個性』『世界観』『ストーリー』全部が似ていたり、特徴的な部分が極端に似ていると『パクリ』と言われるが、そうでなければパクリとまではいかないと思う」
「何か納得いかない」
ぶすくれた顔の美華に思わず苦笑する。
「だから、極端な意見だって言ったろ。でもまぁ、似たような例はたくさんある。例えば『エルフ』と聞いて思い浮かべる姿を説明してみてくれ」
「尖った耳と線の細い身体。あとは弓が得意で、金髪で美男美女揃い。森の中で暮らしていて、寿命が長いとか、そういう感じ」
「うん。それは『腕輪物語』のJJRトルーキンが考えたエルフだ。元々の『エルフ』は北欧神話の存在で、耳が長いなんて記述はどこにもない」
「えっ!? マジ!?」
「大マジだ。でも、笹穂型の耳をしたエルフが登場しても『パクリだ』なんていう奴はいない。ちなみにホビットやドワーフも大多数が想像するテンプレートをつくったのはトルーキンだって言われてるな」
「……何か、わけわかんなくなってきた……」
「まぁパクリ云々は難しい問題だからこのくらいにしとくけど、似たようなものが溢れる理由はわかったか?」
俺のことばに、美華はハッとした顔で俺をみた。
「そういえば、そんな話してたね」
おいコラ。
まつ毛むしるぞ。
美華の生写真をつけてネトオクに出せばどこぞの変態がとんでもない落札価格をつけることだろう。無限に生えてくるんだったら定期的に収穫すれば良い収入になるかも知れない。
……次回作はまつ毛農家の話にするか?
さて、あり得ないくらい脱線したけど、そもそもは投稿サイトの話だったか。
「あとは『ラベルアップ+』『ベータポリス』『ヨミカキ』辺りが有名か」
「『ビクシブ』『エブスリタ』『リベリズム』ってサイトもあるみたいよ。『魔術のyランド』『蛇いちご』『鯉あっぷ』なんてのも見つけた」
「あー、うん。流石に全部には手を出せてないな。というか今初めて聞いたのも多い。なろうだと他と重複投稿してる作品も観るけど、できる気がしないんだよなぁ」
「そうなの?」
「ああ。誤字脱字とかを修正したり、後から加筆するときに全サイトを一括でできる機能がないと、俺には無理」
「それ、面倒臭がりなだけじゃない?」
そうとも言う。
でも無理なものは無理だ。それにルビ振りの方法もサイトごとに違うので、そういう細かい点を直していくのが面倒なのも俺が億劫おっくうになっている理由の一つだ。厨二病あるあるかも知れないけれど、俺は漢字に横文字のルビを振りまくるのが好きなのだ。
文筆家になろうとヨミカキは割と似ているという説もあるが、それですら面倒なのが本音である。
「というわけでなろう以外は読み専だが、それぞれに特徴があるのは間違いないな。まぁビクシブに関してはイラスト系の投稿サイトってイメージが強いけど」
「元々はそうだったみたいよ」
手書きらしい、自分で用意してきたアンチョコに視線を落としながら美華は答える。こういうとこ、本当にギャルっぽくねぇよな。
「最初はイラスト投稿サービスから始まって、途中で小説も投稿できるようなったんだって。グッズ制作とか同人誌制作とかも連携してやれるみたい。お金かかるけど」
「その手のサービスが有償なのはしょうがないな。色んなサービスがあるっていえばベータポリスも漫画とかゲームとか、色んなサービスの中に小説投稿もあるってイメージだな。あと、書籍化した作品はレンタルになって無料で読めなくなる」
まぁどうせ買うから良いけどさ。
「ヨミカキとかラベルアップ+とかは広告を作者に還元したり、読者からポイントを貰って現金化できるサービスが特徴かな。まぁ仕事にできるほどかは知らないけど、プロじゃなくても創作活動に経済的な側面ができるのは面白い」
魔術のyランドはホームページ作成サービスのイメージが強すぎる。むしろ小説の投稿とかをやってるのも今知ったレベルである。
「なんか中村の言い方を聞いてるとさ、なろうはイマイチってイメージになるんだけど」
「まぁ、思うところはいっぱいある。良い意味でも悪い意味でも」
俺の場合、ネットに挙げているものは公募で落選したものや要項に合っていないものだ。なのでなろうを利用しているのは「折角なら読者の母数が多い方が読まれるんじゃないか」といった程度の理由である。そもそも利用者数をきちんとリサーチした訳ではないから、読者の母数についてもイメージなんだけど。
もちろん、システムUIやルビなんかの仕様が使いやすいってのもあるけど、そこら辺は慣れも絡んでくるのでなろうが特別優秀かと聞かれると、なんとも言えない。
「さて、そんな感じだ。それぞれに得意ジャンル、というか読者の多いジャンルみたいなのはあると思うが、そこら辺の考察はまったくしてないから分からん。美華は分かるか?」
「まぁ、一応?」
差し出されたアンチョコに目を通すけれど、『恋愛系多い?』とか『男性向け?』とかハテナ付きの文章が多く、ネットの情報では判断しきれなかったことが伺える。
「しいて言うなら魔術のyランドは女性向けが多めっていうのと、リベリズムってサイトが一番最近オープンしたところだから混沌としてて面白いってくらいかな」
「あー、そうな。リベリズムって今年オープンしたばっかだろ? まだどんな作品があるのかすらチェックしてねぇな」
俺はアウトプットするときに何かをインプットするのが苦手な人間だ。設定をまとめるための材料なんかは読むけれど、他の小説なんかに目を通すと、その作品の影響をモロに受けてしまうのだ。
ロボットものアツいぜうおおおお、とか内容的な面ももちろんだが、一番影響を受けるのは文体だ。
一人称で軽妙な語り口だと編集さんからは評価されているが、突然三人称にしたくなったり無駄に硬い文章や言い回しが増えたりする。後で読み直して全面改稿なんてことも珍しくないので、作品設定が固まり、いざ執筆という段になると二日ほど読書の類をやめてメンタルをフラットな状態にもっていくことにしている。
おかげで自室には読みたいのに読めない本が山となっているのが実状である。
読書は好きだし、何なら好きな作者のものは予約までして発売日に買ったりもするんだけども。
こないだ買った坂井幸太郎の新刊がその山の頂点に鎮座してるのは眼前のギャルが原因だ。
「ま、短編とかを全部のサイトに同時投稿して様子をみるのも一つの手なんじゃないか?」
「あ、それ良いかも」
言っといてなんだけど、マジか。
やっぱりギャルは行動力すげぇな。
いや、単に美華がマメな性格ってだけか。
「ところで、まだ書きかけなんだけど中村センセに読んでもらいたいものがありまして」
「うわ。マジで生産力高いな……プロかよ」
はにかむような笑みを浮かべながら原稿を取り出す美華はしかし、その手を途中で止める。
「そだ。折角だから聞きたいんだけど、プロに大切なことって何?」
また返答に困る問いだ。
本を出した、という意味ではプロだけれど、そういう業界で講師をしているわけでも無ければ、エッセイを書けるほど考察や調査をしているわけでもない。
そんな俺が『プロに大切なこと』を語るなんて、おこがましいにも程がある。
いや、それを言い出したらそもそも美華の小説を批評してる時点からの話か。
気持ちに区切りをつけ、俺なりの意見を絞り出す。
「いいか、これは俺の私見だ。全然根拠はないし、もしかしたら他のプロには鼻で笑われるようなこと言ってるかもしれない。そう思って聞いてくれ。俺が思うに、プロというか作家に大切なのは『文章力』『ストーリー構成力』『生産力』の三つだ。特に生産力に関しては専業を目指すなら絶対に必要だろうな」
「文章力」
「難しく考えなくて良い。要するに『ターゲット層が読みやすい文章』ってことだ。児童文学なら児童の語彙や感性に合わせて、女性向けなら女性の感性や思考に合わせて。そんな感じだ」
「なるほど」
「まぁ、答えが出なくて未だにプイッターなんかじゃよく議論されてるけどな」
文章力なんて言い方をせずに、読みやすさ、で良いと思うのだ。
さて、また脱線したけども本筋は『プロに大切なこと』か。
毎年、数多くの新人が現れ、それこそチェックしきれない量の本が出版される。電子書籍がだんだんと増えてきた昨今でもそれは変わっていない。
しかし、デビューした作家の中で、一〇年後も作家を続けている人間がどのくらいいるだろうか。
もちろん、上村秋樹や坂井幸太郎、西野圭悟といったビッグネームならば一冊出せばそれだけでめまいがするような額の印税が入ってくるだろう。
時間をかけて設定を練り、丁寧に執筆をするからこそ多くの人が面白いと思える作品を生み出すことができるという側面もあるのだが、彼らクラスならば年に一冊――下手すれば数年に一冊でも十分に暮らしていけるだろう。
だが、俺を含めてほとんどの作家が一冊や二冊では暮らしていけない程度の収入にしかならないのが実状だ。幸いにもラノベ界隈はコミカライズや映像化、グッズ販売とメディアミックスには事欠かない。
最近で言えば、漫画だけれど悪滅の刃なんかが有名だろう。コミックスから始まり、アニメ化、映画化、関連グッズ、コラボ商品と際限なく広がっていき、一時期は猫も杓子しゃくしも悪滅コラボであった。
コンビニのおにぎりまでコラボしていた時は流石に笑ってしまったけれど、あのレベルまで行かなくともコミカライズやアニメ化による収入は大きい。
まぁそうなるってことはそもそも原作が人気ってことなんだけどね。
そういった普通の作家たちはかなりの頻度で物語を世に送り出さないと生活していくことは難しい。そういった意味では生産力がないと専業作家など夢のまた夢、といった感じである。
「俺が知ってる中で一番すごいのは、『とある魔法の梵書目録』の作者が、担当すら引くレベルの速筆家ってことかな。『短編を依頼したら文庫本一冊分書いてきた』とか『送られてきたファイルがプロットだと思ったら完成された原稿だった』とかな」
「それ知ってる人だ。同じレーベルだと成竹良悟も早いよね。ちょっと前に病気してペース落ちたけど、同時進行で四作品を定期発刊してたはず」
「あー知ってる。超エグい。知ってるか? あの人、デビュー作は就活って言い張って二〇日くらいで書き上げてるんだぜ?」
「マジ? やば」
それからしばらく小説談義をして、俺と美華はそれぞれ帰路についた。
けっこう騒がしかった記憶があるんだけど、嫌な顔一つしなかった店主さんと店員さんには感謝だ。編集さんとの打ち合わせではホントに使わせてもらうことにしよう。
……あ。
美華の書いてきたヤツ読んでねぇや。
まぁ次回で良いか。
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