第4話 読み専たちが見てる

「中村中村、こっちこっち」


 やまびこかお前は、と言いたくなるようなセリフでもって俺を手招きするのは学年随一の美少女ギャル。カフェのソファから上半身をにょきっと出した姿はさながら猫のようでもある。


 こないだと同じくフォンス・カフェの一席である。前回から丁度一週間ぶりとなる来訪。店員さんがこないだとは別人であることを祈る。


「で、話って、なんだ?」


「うわー冷たい、かたい。まるでコンクリ。もしくはセメント」


 せっかく呼び出しに応じてやったというのに唇を尖らせながら不満を漏らす美華に、俺は思わずこのまま帰ってやろうか、と思う。


 しかし、折角駅ビルの四階くんだりまで足を運んだのにそのまま回れ右するのも何かに負けた気がするのでどかっと席に着く。


 バックパックを横に置いて、店員さんにアイスティーを注文。


「で、話ってなん、だっ?」


「無視してテイク2!? ひっどー!」


 美華は言いながらも自らのスクールバッグからクリアファイルを取り出す。中に入っているのはA4の紙が数枚。こないだみたいな手書きではなく、きちんとプリンタで出力されたものだ。


「て、手書き、やめたのか」


「うん。パパがブルートゥースのキーボードくれたから、家用のタブレットで書いてる。ぶっちゃけ手書きダルいしね」


「そか」


 丸みのある字も味わいがあって好きだったんだが、まぁ良いか。


 クリアファイルから取り上げたそれを読もうとしてふと気付く。


「……タブレットで書いてるなら、データ送ってくれりゃここまで来なくてよかったんじゃ」


「スクールカーストトップの美少女とお茶できるチャンスだよ?」


「うわ、あざてぇ……」


「美華にィ、美味しいスイーツをおごってくれても良いんだょ?」


 やたら甘ったるい声を出し、上目遣いに俺を見てくるギャル。


「そりゃ、おお、俺じゃなくてプイッターで、ひっ、独り身のおっさんに……というかキーボードっ、くれたパパって」


「何想像したかだいたいわかったけどそれ以上言ったらぶっ飛ばすわよ。お父さんよお父さん。血のつながった実の父に決まってるでしょ!」


 巷ちまたで話題のパパ活とかそういうのじゃなかったか。


 ほっとすると同時にさすがに失礼だったので謝る。


「す、すまん。冗談にしてもよく、なかった」


「まったくだわ。ほら、お詫びに読みなさい。そして中辛な感想を寄越しなさい」


「い、いや、か、感想は、辛口かっ、激辛」


「じゃあ辛口でいいわ。半熟玉子をトッピングして。あと飲み物はラッシー」


 辛味を和らげようとするんじゃねぇよ。


 苦笑しながらも読み進めていく。今回のはガラッと作風を変えてきた……のか?


 いや、恋愛モノであることには代わりはないけれど、随分とライトな印象だ。前回に比べると主人公とヒーローの掛け合いが軽く、コメディタッチになっている。


 思わずくすりと笑えば、向かい側でギャルっぽい何かがもぞもぞ動くのが見えた。集中できないからじっとしてなさい。


 そのまま読み進める。


 ざっと見た感じ、2万文字くらいだろうか。


 ワード文書っぽい横書きのままのページ数でいうと17ページ。大作だ。


 どっぷりと物語の中に浸り、余白まで見逃さないように読み進めていく。


 あとは前回と同じく、思考を垂れ流しにするだけだ。


 思い考えたことを、垂れ流す。


 自然と、口から思考の奔流ほんりゅうが出てきた。


「まず、すごく頑張ったな。一週間でこれは生産力が高いと思う。それに文章も前回に比べるとだいぶ安定してきた。ト書きも減ったし、内容的にも不自然なところは多くない。だけど、今度は逆に接続詞が多すぎる。ほら、ここら辺。『だが』『そして』『その後』『すると』って続いてて、流石に読みにくい」


「あー……うん。自分でも迷ったんだけど、ト書きよりは良いかと思って」


「そうだな。きちんと考えるのが大切だ。俺も聞いた話だけど、物語、というか文章を書くときにはリズムを気にしてみると良い。俺がよくやるのは音読だけど、ト書きになってたり装飾過多になってるとリズムが崩れるから、自分でも違和感に気付きやすい」


「音読!? マジで!?」


「マジだマジ。時と場所は選ぶ必要があるし、最初は恥ずかしいけど絶対効果あるからやってみ。なんだっけか。昔『声に出して読みたいナンチャラ』とかそんな名前の本が出てたと思うんだけど、良い文章ってのは読んだときにもするっと入ってくる。まぁ、音読中に妹に入ってこられたときは死にたくなったけど」


「分かった。ウチに帰ったら、音読してみる。中村のも」


「はぁ!? 何でだよ! やるなら自分のやれよ!」


「別に良いでしょ、お手本なんだから!」


「良い訳ねぇだろ!? クッソ恥ずかしい!」


 あ、店員さんと目があった。


 …………うん、はい、ごめんなさい。


 大きく深呼吸をして気を落ち着けると、再び本題に戻る。


「会話もキャッチボールみたいにポンポン進んでて物語の進むスピードも良い感じだ。誠と志織の性格も分かりやすいしブレてない。これは上手いと言っても良いと思う」


「やった!」


 ガッツポーズを取る美華は、花がほころぶような笑顔を俺に向ける。


「ね、この小説、ネットで公開しても大丈夫かな?」


「んー、まぁ投稿サイトは山ほどあるし、してみるのは一つの手じゃないか? なんで突然」


「プイッターで創作系のアカウント作って片っ端からフォローしまくってんだけど、『読み合い』に誘われてるんだよね」


 美華のことばに俺は思わず眉根を寄せてしまう。


「あれ、反対?」


「ああ。反対だ。いや、さっき言ったことを手直しすれば投稿そのものはして良いと思う。だが、俺は『読み合い』が嫌いなんだよ」


「何で?」


「提案者のルールにもよるが、『あなたの作品を読むから私のを読んでください』ってのは交流としてはアリかも知れんが、作家としてはどうかと思う。読むときは『読者』なんだから自分の作品を持ち出すべきではないし、読んでもらうときはどこまで行っても作者だから、『読者の作品』なんてものが介入してくる余地はない。ましてや、『お互いにブックマークをつけてポイントを入れあいましょう』なんてのは規約違反だったりコンプライアンス違反になると思う」


 俺のことばに、美華はうーんと唸る。


「じゃあプイッターで見かける『#RPリプイートした人の小説を読みに行く』とか『更新しました#RPリプイート拡散希望』は?」


「飽くまでも俺の意見だけど、前者はだいたいが『何か良いのあったら読ませて』ってプイートに対して、『自分のはどうですか』って反応するんだろ?」


「うん」


「評価やポイントを強請ねだるんじゃなければ問題ないと思う。感想を書くのが好きな人もいるし、読み手側も面白そうな作品をノーヒントで探すのは手間だから。同じプイートに『自分のはコレです』とかやってなければ良いと思うぞ」


 それに、と俺は付け加える。


「後者は普通の宣伝だ。読者と作者が垣根を越えてゴチャゴチャやるのが良くないってだけで、宣伝は『読まれるための努力』だからどんどんしていけば良いと思う。まぁ、延々と宣伝し続けるとフォロワーもうんざりするだろうし、どのくらいの頻度でどんな宣伝するかはさじ加減だな」


「あーうん。botみたいになってもスルーされるだけだよね」


「ああ。本当は純粋に感想を書くだけで良いと思うんだが、どうしても投稿サイトではポイントとランキングが絡んでくるからな。ランキング上位になれば読者の母数が桁違いになるから、ポイントも桁違いに増える」


 簡単な仕組みを美華に説明すると、またもやルーズリーフを取り出してちょこちょことメモを書き始めた。ギャルの癖して本当にマメな奴だ。


「どこまでがOKでどこからがNGなのかは良識によるところもあるが、基本的に指示は駄目だと思う。『私も読むからあなたも読んで』もそうだし、『評価の☆ほしを5にしてください』も俺の感覚だと指示だな。一方で『もし良かったら評価やブクマをお願いします』はお願いしているけれど具体性はないし、☆彡1の可能性もあるから、俺は別に良いと思う。まぁ強制力があるもんじゃないし、別に指示でも良いじゃんって意見もあるけど。どっちにしろ、不正はすぐバレる。読み専の人たちも結構いるし、頑張って書いてる作者の中にはランキングを意識してる人が多いから、おかしなポイントの伸び方をすればすぐ気付かれる」


「うーん……あんまり中身で勝負してない気がするけど、そこまでしてランキングに載りたいもの?」


「そりゃそうだ。読者の母数が違うんだから、読んでもらうためにそういうことをする奴も、中には出てくる。そもそもランキングに載るってのは中身で勝負以前の問題なんだよ。平積みでポップが書かれた本と、ただ棚に並んでいて背表紙しか見えない本、そして店員に声を掛けてお願いしないと出してもらえない本、一番売れるのはどれだ?」


「なるほど。ランキングトップと、圏内と、圏外ってことね?」


「ああ。そもそも読まれないと勝負すらできない。だからランキングを意識したり宣伝をするってのは普通のことだと思うぜ。ちなみに、俺が尊敬してる作者にそういうのを一切排して、プイッターは新刊の告知のみ、本編も前書き後書きには何も書かず、活動報告もまったく無しなんて人がいるぜ。そういう人に限ってぐうの音もでないくらい面白い」


「え、タイトル教えて」


「ん、URL送る」


「さんきゅ。読んでみる」


「ポストアポカリプスのハードボイルドSFだから、お前の好みかは知らんぞ?」


「お前? 今、私のことお前って言った?」


「……き、気のせいっ、だ。みみみっ、美華って、言った」


「……なら良いけど」


 危ねぇ……一瞬にして目つきが猫から虎に変わったぞ。両方猫科だけどまったく別もんだろあれ。納得はしてなさそうだけど、証拠はないから水掛け論だしな。


 ふう、と一息ついて店員さんが持ってきてくれたアイスティーに口をつけたところで、美華がニヤッと笑ってワザとらしい猫なで声を出す。


「ねぇ、中村セ・ン・セ。美華ァ、総合評価とか聞きたァい」


「60点。掛け合いは面白いけど文章がイマイチ。それにちょっと話の持っていき方は不自然だな。あと作者があざとい系ギャルだから減点」


「作者は関係ないでしょ!? そんなこと言ったら中村だって陰キャ気取りじゃない!」


「気取ってねぇよ!? そんなもん気取ってなんの意味があるんだ!?」


「知らないわよ! 自分の胸に手を当てて聞いてみなさい! 孤高のダークヒーローぶってるとかしょーもない理由でしょうけど!」


「ダークヒーローってなんだよ!? 何に変身するんだよ!?」


「知らないわよ! どうせプロ作家でしょ!? 戦闘力はあがらないけどすごいもん!」


 店員さんに追い出された。


 ……もうこの店使えねぇ。気に入ってたのに。


 美華に文句を送ると、


『私だって気に入ってたのに! 最悪! もっと良い店紹介してやるから首を洗って待ってなさい! あと教えてもらったのすごく面白い! 今度感想語ろっ! それから私のやつ、読んでくれてありがと! やっぱ中村は頼りになる!』


 怒ってんのか感謝してんのか不明な返信が来た。


 情緒不安定かよ。

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