第2話 えっちな女の子、出会う


 魔領にあるというサキュバス居留地。そこはきっと天国のような場所だろう。えっちで美人なお姉さんたちによる楽園だ。

 しかしきっとそこは地獄のような場所だろう。女の子ボディに転生してしまったために前世の相棒とはお別れしてしまったのだ。相棒ムラマサがあれば100人斬りだろうと1000人斬りだろうとできただろうに、ムラマサは鞘から抜くことなく生涯を終えてしまったのだ。

 抜いてないのに何故斬れるって言い切れるか?

 使ってないなら切れ味が鈍る理由がないからだよ! だからきっと名刀のはずなんだ!


 閑話休題。


 おれがお姉さんに出会ったのは魔領から少しだけ人族の領域に入ったところだったので、12歳のおれでも一日二日歩けば魔領に突入できるくらいのところ。そして、人族の領域と魔領との境目といえば、まさに戦闘が行われている場所だ。

 当然、荒くれものの冒険者もたくさんいるし、戦力とか壁として奴隷も大量投入されている。質でいえば魔族の勝ちだけれど、人族の強みは量。

 消耗戦を強いることで魔族を圧殺しようとしているのだ。

 それゆえに、というか、それゆえの、というか。


「へへっ。随分な上玉じゃねぇか。こりゃあ拾い物だぜぇ」

「ガキとはいえこりゃ良い値段になりそうだ」

「その前に味見くらいはいいだろ?」


 使いつぶされる側の人間は溜まったもんじゃないので当然、逃げようとする。

 人目を避けるように戦場から離れた山を超えようとしたのが良くなかったらしい。

 おれは、逃亡奴隷と思われる人族に絡まれていた。実際に逃亡奴隷かどうかはわからないけど、腰にぼろ布を巻いただけの衣服に、一見して歪んでるのが分かるような剣を抜き身で持ってるだけなのだから、まぁまともな職業ではないだろう。

 そいつらはおれを見つけて取り囲むと、ぼろ布にを張った状態で下衆げすなことを口走っておれへと手を伸ばした。

 汗とか汚れとかだろうか。むわっとする臭いに思わずしゃがみ込んでしまう。

 触るな、とか汚い、とかいろんな気持ちがごちゃまぜになって動けなくなる。

 

 怖い。


 気持ち悪い。


 何しろおれは現状12歳の女の子だし、前世だって平和な日本の大学生だ。

 刃物をチラつかせながら絡まれるような場面に出会ったことはないし、それをどうにか出来る実力もあるはずがない。


 うずくまるようにして身を守るしかないおれはしかし、逃亡奴隷に掴まれることはなかった。

 代わりにどちゃどちゃと水っぽくて重い音が響いてきて、顔を上げる。

 そこにいたのは、血の滴る剣を構えた女の子と、ばらばらになった逃亡奴隷たちの欠片だった。

 女の子は栗色の髪を宝石付きのサークレットでまとめた、ちょっとクールな感じの美人だ。年齢は高校生くらいだろうか。

 少し不機嫌そうなキリッとした目で見つめられたら、何もしてなくても謝ってしまいそうな迫力がある。装備も上等で、ところどころに金属の補強が入った革製の鎧に、ブーツにも金属の脛当て付き。おまけに手に持った剣には精緻せいちな彫刻が施されていた。

 女の子は血のように紅い瞳でさげすむように男たちを睨んでいた。


「……下種ゲスが」


 あっ、ありがとうございますご褒美です。

 ……じゃなくて、お礼!

 とりあえずお礼を言わないと。

 あたふたしていると、


淫魔サキュバスか」


 奴隷たちの血で濡れた剣を突きつけられた。

 地面に座り込んでいたおれに出来ることはない。

 命乞いの言葉すら浮かんでこないでいると、不意に女の子の頭がかしいだ。そのままぐらり、と揺れたかと思うと、くたっと倒れ込んだ。

 助かっ……た……?

 恐る恐る倒れ込んだ女の子を見ると、背中から矢が生えていた。それも、三本。

 状況が濃すぎて何も分かんない……分かんないけど助けなきゃ!

 おれは女の子を引きずりながらその場を後にする。12歳の身体とはいえ、サキュバスは魔族だ。普通の人よりは力は強いので、ギリギリ運べる。

 重いけど! 意識ない人ってふにゃってしてるからすっごい重いけど!

 とりあえず洞窟みたいなところを見つけたのでそこに女の子を降ろす。息は浅いしぽたぽたと血がしたたっている。

 震える手で矢を引き抜いて、革鎧を脱がす。

 そのまま鎧下の服も破いて傷口を見た。溢れる血にどきんと心臓がはねるのを何とか抑える。


 おちつけ。おちつけおれ。

 この子を救えるのはおれだけだ。

 サキュバスのお姉さんに教わった魔法の中に、治癒魔法がある。

 教わっただけで使ったことはないし、いくら魔力量の大きいサキュバスとはいえおれは発生したてで能力が全体的に低い。

 それでも、おれがやるしかないのだ。


「《癒風ヒール》」


 ふわり、魔力が身体から抜けるのを感じる。それと同時に、ぼんやりとした青の光が傷口に降り注ぐ。

 血は止まらない。

 傷口が小さくなっているのかもわからない。

 でも、魔法は発動した。


「《癒風》、《癒風》、《癒風》!」


 おれに出来るのは、とにかく回復魔法を連発することだけだ。


「《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》!」


 青い光があふれるように傷口を覆っていく。傷が小さくなり、出血が減ってきたのが目で見て分かる。

 これなら、助けられる!

 そう考えたのと同時に、ぐにゃりと視界がゆがんだ。


「《癒風》、《癒――うぇっ……!」


 魔力切れだ。

 視界が歪んで、内臓がかき回されたかのような気持ち悪さがこみ上げてくる。

 まだ女の子の血は止まっていない。

 さっきに比べれば小さな傷にはなったけれど、ここに来るまでの出血量を考えると、一滴だろうと無駄にできないくらい逼迫ひっぱくしているはずだ。

 魔力を回復しなくてはならない。

 魔力を。

 おれはお姉さんから魔力の回復方法を教わっている。

 ――回復方法を。

 目の前にいる、女の子へと視線を落とす。

 うつ伏せで、服はびりびり、意識なし。

 いやでもこれは緊急措置だから。

 人工呼吸をファーストキスにカウントしないように、これもカウントしない!

 セーフ、セーフです!

 無罪なんです!

 心の中で誰に対するものともわからない言い訳を重ねながら、女の子の首筋を舐める。そのまま抱きかかえるようにして身を起こし、破けた服の隙間に手を入れた。

 そう、サキュバスの魔力回復は、えっちなことが一番効率がいいのだ。

 魔力はそのまま生命を維持するためのエネルギーとなり、同時に魔法を発動するための燃料となる。魔力主体で生まれた精霊的な種族の特徴だそうだ。性的な興奮や快楽がそのまま生命活動用のエネルギーとなるのがサキュバスの種族的な特性なのだ。

 前世でムラマサを一度も抜かなかったおれにとってはちょっとした刺激だけで十分に魔力を回復できる。

 意識のない女の子の匂いをかいで、回復魔法を唱える。


「《癒風》」


 ぷにっとした艶やかな唇に触れて、回復魔法を唱える。


「《癒風》」


 ぷるんとハリのあるそれを揉んで、回復魔法を唱える。


「《癒風》」


 ほっそりとした首筋に舌を這わせ、回復魔法を唱える。


「《癒風》」


 どれほどそうしていただろうか。回復する傍から魔力を使っていくのでおれの体調はどんどん悪くなっていく。視界はぐらぐらするだけでなくどんどん狭まっていくし、意識ももうろうとしてきた気がする。

 チカチカする視界の中、おれの片手がついにへその下へと突入しようとした辺りで、その手ががしっと掴まれた。


「……もういい」


 ちょっとだけ恥じらったような女の子の声に魔力が高まるのを感じた辺りで、おれは気を失った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る