第3話 えっちな女の子の帰還


 ふわふわと心地よい温かさと、なんとも言えない刺激にうながされるように目を開けると、そこは天国だった。

 目の前にはぼろぼろになった衣服をはだけた女の子。そしてマシュマロのようなふわっとしたおっぱいをおれの頬に押し付けながら、おれの胸をむにむに揉んでくれていた。

 目の前にある桜色の――


「起きたか。はなれて」


 ヴァーッ! 一口! 一口で良いから!

 先っちょだけ! 先っちょだけだから!


「……斬るぞ?」

「オハヨウゴザイマス」


 ぽいっと放り出されたので諦めた。どうやらおれの魔力を回復させるために刺激を与えてくれていたらしい。

 サキュバスは諜報や謀略のために人族の領域に浸透していることもあって、魔族の中では生態がよく知られているのだ。


「どうして?」


 いや、美味しそうなさくらんぼがあったらそりゃつまみ食いもしたくなるでしょうよ!

 おもわず強弁しようとしたけれど、真剣な表情でまっすぐ見つめられて押し黙る。


「どうして助けた? 私は人族だ」

「だって、おれのこと助けてくれたから」

「でも、貴女は淫魔サキュバス


 そりゃそうだけど。

 前世じゃ誰かが倒れてたら救急車くらい呼ぶのが普通だし、かといって前世の、それも異世界の常識を持ち出したところで分かってもらえるとは思えない。どうしたものかと良いよどんでいると、すがめるような視線のまま女の子がことばを続けた。


「発生して間もないから知らないのか。魔族と人族は争っている。助ける意味なんてない」

「それなら、あなたもおれを助けたのはなんで?」

「……人間だと思った」


 出血で意識ももうろうとしてた、と苦い顔で付け加えた女の子に、明らかに殺す気で放たれたであろう矢が脳裏をよぎる。そのことを訊ねようとして、そもそも名前を知らないことに気付く。


「えーと、名前は?」

「クリスティナ。クリスティナ・ゼリエール。貴女は?」

「おれ、は周宗也あまねそうや

「あまね、か。不思議な響きだ」


 あ、苗字と名前が逆かも知れない。

 訂正すべきか悩んでいると、クリスティナは薄く笑った。


「ほんとに発生したてなのか。私のこと知らないのか?」

「知らない。有名なの?」

「ゼリエール聖教国の認定勇者」


 聞けば、この世界では各国が魔族との戦争の旗頭として勇者を認定するらしく、クリスティナは聖教国によって選出、厳しい訓練を経て育成された勇者なんだとか。

 苗字は勇者の慣例に従ってもともとのものではなく国名となる。

 勇者は国の名を背負うプロパガンダなのだ。品行方正なのはもちろん、魔法や戦闘に関しても相当の強さを誇り、教養も一通り教え込まれているらしい。

 そりゃ魔族の中での知名度ならトップだろうし、抹殺したい相手ナンバーワンを飾る存在だろう。

 知らないってだけで、発生直後でまともな情報を持っていないと判断されるのも頷ける。

 ちなみに現状、人族の連合軍には四人の勇者がいる。多いとみるか少ないとみるかは不明だけれど、少なくともクリスティナ含めて全員がビッグネームなのは間違いない。

 ちなみにクリスティナの額を飾るサークレットが聖教国における勇者の証なんだとか。


「勇者が、なんでこんな山奥に?」


 自慢じゃないけど、まともに戦える気がしないおれは戦場からかなり離れた山中を選んで移動していた。人族の連合軍が壊滅したとかなら逃げるのはお姉さんがいた人族の街の方になるはず。少なくとも国境沿いに移動してくるのはおかしい。


「裏切られた。人間たちに」


 国名や地理が分からないので詳細までは理解できなかったけれど、政治的な力学が働いた結果としてクリスティナは聖教国からも、他国からも見捨てられたらしい。クリスティナの話では、戦争で儲けている連中が戦争を長引かせるためにわかりやすい生贄にしようとしたみたいだった。

 背中に矢が刺さっていたのは味方から射かけられたせいか。


「……助けなくてよかったのに」

「何言ってんだよ! そんなことできるわけないだろ!?」

「生きていても、良いことない」

「そんなことない! 生きていれば絶対いいことある! いや、あるかは分かんないけど、死んでも良いことは絶対にない!」


 おれの脳裏をよぎるのは、他界した両親のこと。

 おれと同じように、自動車事故で二人そろって死んだ。おりしも、ちょっとしたことで喧嘩したあとだった。墓前で何度謝ったか分からない。何度死にたいと思ったか分からない。

 でも、おれはまだ生きている。


「うるさい! ずっと、ずっと、ずっと勇者として頑張ってきた結果がこれだ! 良いことなんてない! もう勇者なんて嫌だ!」

「勇者が嫌なら逃げちゃいなよ!」

「どこに? 世界中、どこに転移したって私の居場所なんかない!」

「だったらおれが作ってやるよ!」


 悲鳴のような言葉に、思わず涙がこぼれた。

 おかしい。なんでクリスティナがこんなに苦しまなきゃいけないんだ。

 まだ高校生くらいの年齢だぞ?

 おれの世界だったら、友達と食べ歩きしたり、ダンス踊って動画とったりして笑ってるのが普通のはずだ。

 勇者に選ばれて、厳しい訓練を受けさせられて、命を懸けた戦いに駆り出されて、挙句裏切られる?

 そんなの、絶対おかしい。


「だからおれと逃げよう!」

「どこによ! 私はあらゆる魔族の仇みたいな存在だぞ。その上、勇者なんて役職だ。どこに転移したって、絶対に見つけ出される」

「……転移って、どこにできるの?」

「行ったことがある場所ならどこにでも。だから『謳うゆりかご』とか、『彷徨う庭園』とか、誰も行けない場所は無理。だからこそ、いつかは追い詰められる」


 うんごめん。まったく分からないけど何かファンタジーなのは理解した。

 厨二チックな地名(?)にちょっと頭が冷えたところで、急に閃いた。


「転移魔法って、世界、超えられるかな」

「……はぁ?」


 へんてこなものを見る目で見られた。

 これはちょっとご褒美感ないね。

 それから、つっかえつっかえだけれどおれが異世界から転生してきたことや元は人間の男であることを話すと、半信半疑ながらも理解はしてくれた。

 疑ってます、みたいな表情ではあったけれど、クリスティナとしては突っ込む元気もなかったのか、深くは聞いてこなかった。

 そして半ば自棄やけになっていたのか、勇者のサークレットに記されている秘伝、つまり聖教国の勇者が使う切り札である転移魔法をおれに教えてくれた。

 目の前に20枚くらいの複雑な魔法陣が出てきたときは度肝を抜かれたけれど、三日くらい掛けて何とか覚えることができた。何より、魔力が枯渇した状態で回復魔法を連発したのがよかったらしい。

 魔力量もかなり増えていたし、魔力の扱いもぐーんと伸びているのだ。

 覚えたって言ったら、


「ハァ?」


 って若干キレ気味に睨まれたけど、おれってサキュバスの中でも優秀な方みたいだし。

 もしかしたら転生チートかもしれないけど、自分が大変だったことがおれに簡単にできるようになったからって睨まないで下さい。

 美人の怒った顔は、本当に怖い。迫力系美人だよな、クリスティナ。

 ちなみに習得のためにたくさん魔力が必要だったんだけど、クリスが協力してくれたのでしっかり補充することができました。

 あー、これで雄淫魔インキュバスだったら最高の転生なんだけどなぁ。

 ちなみにクリスティナは聖教国で幼いころから教育されてきたこともあって、性知識はかなり厳重に管理されていたみたい。

 すっごく初心うぶで可愛かったです!

 真っ赤な顔しながら頭にはてなマークをいっぱい出して固まっちゃう感じとかもう、すき。つらい。

 ちなみにクリスティナからクリスに呼び方が変わったのはその時だ。

 そんな訳でしっかり魔力補充をして艶々になったおれは、クリスを抱きかかえるようにして転移魔法を発動させた。

 いざ、日本へ!

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