第2話
不思議と寒さは感じなかった。一般的に、高度が高くなっていけばいくほど、どんどん温度が下がっていくといわれている。だが、ここには普通には考えられない、人間が生身で立っていられる雲が実際にここにあるわけだから、ここで一般論が通じるとは思わない。
こんな超常現象のようなものが起こっているにも関わらず、私の生理現象は変わらず働いているようで、私の胃は食べ物を欲し始めた。とりあえず、何もないここにいても始まらないと思い、森が広がっているほうに歩き始める。緑が広がっているのだから、なにかしらは食べれるものがあるだろうと期待して。
歩き始めて相当な時間がたっている。全然緑が近づいてこない。だんだんあの景色は蜃気楼なのではないかと自分を疑い始めた。夢の可能性もあり得る。まだ私は眠っていて、たぶん起きたら遅刻しそうだと焦るのだろう。でも、そう断定できないのはこの妙なリアル感のせいだ。夢でこんなに空腹を感じたことなんてないし、自分の意志で動くなんて、まあ世の中にはできる人もいるらしいが、私はできたことなんて一度もない。
そんなことを考えながら足をせっせと動かしていると、右手のほうから強い風が吹いてきた。
冷たい風だった。風が通りすぎた後、冬になったのかというほどに寒くなる。今まで全然寒くないからと油断していた私は、マフラーをとって、来ていたダウンも前についているファスナーを開けて、寒さには無防備状態だった。急な寒さに包まれて、私の口から白い息が吐きだされる。風はまだ吹き付けてきて、髪の毛がなびかれている。うっとうしく感じた私は風上のほうに顔を向けた。自分の吐く息が顔にかかる。
一瞬で視界が真っ白になった。風が急に止まる。それと同時に冬のような寒さも収まり、また私の息は見えなくなった。
目の前に緑が広がっている。いつの間にこんなに歩いてきたのだろうか。たくさん歩いてきたというほど疲労感は感じていない。なんにせよ、今まで青と白で視界が彩られていたため、緑という色が入ってきたおかげで、なぜかほっとした。目の前には、ちゃんとした植物。青々とした葉が生い茂っている背の高い木々が視界のほとんどを占めている。でもここら辺には食べれるような木の実や果実はなさそうだ。
方位などがわかる目印などはないだろうかと考えたあたりで、そういえばスマホがあったじゃないかと思い出す。ごそごそと制服のポケットを漁ると、指先に固いものが当たった。スマホだ。電源を付けると、12:37と表示される。今は飛行機の中でもWi-Fiが使える時代。空の上でも電波は届いているのかと感心した。さすが現代技術。
スマホがあって電波も届いているのなら、だれかと連絡が取れるはずだ。でも、連絡が取れたとして、今私のおかれている状態を説明しても理解してくれるのだろうか。ただの戯言だと思われそうだ。それに、まだ私は窮地に陥っているわけではない。空腹は耐え難くなってきているけど、まだ探索し始めたばかりだし、これから何か面白いものが見つかるかもしれない。こんな状況でも対応できているあたり、いつもファンタジー漫画を読み漁っていたおかげではないだろうか。
スマホの電源を節約するためにスイッチを切る。いざというときに使えなければしょうがない。
スマホがあるという安心感から、私はずんずんと森の奥に向かって歩みを進める。ジャングル特有の獣の声は聞こえない。通常では、雲の上には動物がすめるわけがないのだから。といってもジャングルのようなうっそうとした木々が茂っているわけではなく、どちらかというと舗装された道のわきに植えられている街路樹のような木々がきれいに生えている感じである。それでも、私の背よりは高くて、先のほうは何も見えないのだけれど。
最初のほうは自然に囲まれて、心が洗われていくような気がしたが、だんだん黄緑色に慣れて、目が痛くなってきた。そろそろ休憩しようか。いや、でも食べ物が見つかっていないし、先のことを考えると、水も欲しいところだ。食べなくても7日生きていけるが、水を飲まなかったら3日で死んでしまうらしい。3日もここにいることにならなければいいけれど、念には念を入れておけば後で後悔することもないだろう。
疲労感がたまっていきていることがひしひしと体を伝って、脳まで届けられる。疲れた。開けた場所があればそこで少し休憩しようと思って、進むのをやめてあたりを見回してみる。すると、私の右側の先のほうに大きな木がたっているのが見えた。あそこに行って少し休もうと、重い足を動かして進む。
よく神社やお寺などで見かける大きなご神木。この木を言い表すなら、そういうだろう。なんだか、不思議な感じがする。特に変なところはないけれど、妙な神々しさを感じて、歩みが遅くなった。ここの周りだけ風が吹いている。大樹がざわざわと風を揺らして、木陰を作る。休むにはちょうどよさそうだ。そう思い、幹の下に腰かける。足がじんじんする。運動した後、やっと座れたときに感じる、あのふわふわとした感じ。どれだけ歩いてきたのかはわからないけれど、この疲れ具合から、相当な距離であることが予想される。
目を閉じて風を感じる。肌をなでる風は優しく木陰を通り過ぎていく。このままずっとここにいたいなと思いながら、私はだんだんと意識を手放していった。
意識を完全に手放して少し経った後。上のほうからガサガサと葉が揺れ、気持ちよく眠っていた私は起こされることとなる。
朝靄の中に Scent of moon @twomoons
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