朝靄の中に

Scent of moon

第1話

 玄関を出たら冷たい空気が私の体を迎え入れる。透き通った青い空には雲一つない。早朝の空は少し緑がかっていて、何も不純物がない、きれいな感じがする。吐いた息は白くなり、顔の前でゆらゆらと揺れる。小さい頃は雲みたいだとはしゃいでいたが、今はもう寒さを感じる代名詞でしかなくて、うっとうしさが勝ってしまう。

 登校中は一人の時間を楽しめる。学校に行ったら否応なく話さなくてはいけない場面があるし、こんな私にも友達がいるので、コミュニケーションはとらなくてはならない。

 学校までの道のりをゆっくりと歩く。ホームルーム開始ギリギリの時間を攻めると人がいっぱいいて、ボッチの私には視線が痛い。多分私なんかを見ている人はいないのだろうけど、自意識過剰にそう感じてしまう。だから、私は少し早めに家を出ることにしている。

 住宅街はまだ静かだ。みんな、やっと起き始める時間か、まだ寝れると思って二度寝をしている時間。歩いていると体が温まってきて、汗ばんでくる。冬だといえど服を重ね着しているので熱く感じる。たまに吹いてくる冷たい風が心地いいぐらいだ。

 住宅街を抜けると、海沿いの道に出る。歩いているといつも朝日が見えてとてもきれいだ。夏は暑すぎて嫌気がさすけど、今の季節は海の寒さと太陽の温かさが混ざってちょうどいい感じがする。

 今日はいつもより時間があったので浜辺に出てみる。サクサクと少し湿り気を含んだ砂を踏みつけるのが楽しい。そのまま波打ち際まで歩いてみる。一瞬、靴を脱いで海に入ってみようかと考えたが、こんな寒さの中そんな行為をするのはバカバカしいと思ってやめた。でも、どれくらい冷たいんだろうという好奇心には抗えず、指先だけ水に入れてみる。水に触れた瞬間少し痛いような刺激が走る。ありきたりの表現だが、まるで氷だ。その表現が一番正しいと思う。

 海のほうを向くと、冷たい水に太陽が反射してまぶしい。ずっとこうしていたいと思うが、そろそろ学校に向かわなくてはいけない時間が迫っている。私は名残惜しい気持ちを抑え、立ち上がる。大きく息を吐くと目の前が白くなった。太陽光が白みがかって目の前が白い光に包まれる。まつ毛に湿気を感じて目を閉じた。瞼の裏側に感じる光。こんなんだとせっかくセットした前髪が崩れてしまうなあとか考えながら、目を開ける。すると、


 ただ目の前にあるのは青色だけ。青色しか認識できなくて驚く。でも単調な青ではなくて、いろいろな青色が広がっている。水色、藍色…。ここはどこなんだろう。

 きょろきょろと周りを見渡してみる。家の近くだろうかと少し期待を持ったが、見慣れた景色などない。ただ一つだけわかったのは、とんでもない大自然の中に立っているだろうこと。山があり、そのふもとには森が広がっている。でも私が立っている周りには何もない。まるで砂漠みたいだけれど、地面は白い。砂とかコンクリートとかではなくて、ふわふわしている。これは、綿だろうか?ふわふわしているけど確かに芯はあって、落ちてしまうということはなさそうだ。

 すぐ近くに地面の途切れ目があるから、そこから下を見下ろしてみる。フェンスや私の体を支えてくれるものはないから、慎重に端まで歩いていく。何しろ地面がふわふわでどこまで歩いていけるのかわからない。そんなにおびえるほどここは高いところにあるのかさえ、私にはわからない。

 おそらくここまでしか歩けないだろうというところで私は立ち止まる。風が強く吹き付けて、落ちないかと心配になるけど、勇気を振り絞って下をのぞき込んだ。

 私はただの女子高校生だ。漫画で起こるようなファンタジーとか、奇跡とか。こんな現代世界で起こるわけがないじゃないかちさえ思っている夢のない人間。でも目の前の光景を目の当たりにして、自分は、ただただこれは、物語の世界に入り込んでしまったのではないかと思わずにはいられなかった。

 いつも通っている道。近所のアパート。学校。コンビニ。そして私の家。すべてがミニチュアの世界に見える。そう、ここは。




 ここは空の上だった。

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