第2話 けーさつのおにーさん たすけて!
翌日。
有希子は足の怪我が大したことはなかったということを伝えようと、お巡りのお兄さんに会いに派出所へ行った。
だが、派出所には知らない40代のけーさつのおじさんがいるだけだった。
「あのー……」
「ん? どうかしましたか?」
けーさつのおじさんが、有希子に気づいて声をかけてくれる。
「あの、私、昨日すぐそこでひったくりに遭いそうになった――」
「あぁ、もしかして、猫パンの女子高生か!」
けーさつのおじさんは嬉しそうな顔になった。
(猫パン……? ってもしかして、私の昨日の!? ちょっと最悪なんだけど)
とそこへ、昨日のおにーさんが派出所に戻ってくる。どうやらパトロールをしていたようだ。
「おっ、昨日の猫パンか。今日はどうした?」
「ちょっと、やめて下さい! そんな風に呼ぶの!」
有希子はぷりぷりと怒るが、深呼吸をしてから気持ちを落ち着け、昨日のおにーさんに深々と頭を下げた。
「今日は昨日のお礼を言いに来たんです。ケガも大したことなかったし……ありがとうございました」
「へぇ、今どきの女子高生にしては礼儀正しいんだな。じゃあ、猫パンはやめるか。あんた、名前は?」
「え、私は有希子……井上有希子です」
「そうか。俺は中川大介だ。改めてよろしくな」
中川巡査は有希子に手を差し出す。
有希子は一瞬戸惑ったものの、その手を取った。
「俺はいつでもこの街をパトロールしてるからな、何かあれば気軽に相談してくれよ」
「うん! わかりました」
有希子が元気よく答えると、中川巡査は唐突に顔を曇らせる。
「あー……そうだった、井上さんに言っておかなきゃいけないことがあるんだ。実は昨日の犯人、結局取り逃しちゃってね。悪いな」
「そうだったんですね……でも、ひったくりって、相手は誰でもいいってことですよね? だから私がまた遭う可能性はそんなに多くもない気が……」
「いやいや、何があるかわからないからな。気をつけるに越したことはないよ。それに、昨日みたいなことは、もうしないように」
「昨日?」
有希子は何のことを言われているのかがわからず、首をかしげる。
「昨日、カバンを持って行かれそうになった時、頑としてカバンを離さなかったでしょ。いざとなったら、バックよりも自分の身を守ること。井上さんの方が大事なんだから。気をつけてね」
「あ……」
(優しい……)
有希子は、真剣な表情でそう言ってくれる中川巡査にキュンとした。
それからというもの、有希子は交番の前を通るたびに、今日は中川巡査がいるかなーと思いながらドキドキしているのである。
ただ、勤務中は話してはいけないため、朝と帰りのほんのひと時の会話しかできないのだが、それでも有希子にとっては十分すぎるほどに幸せな時間だった。
そんな毎日が続いたある日の夜。
有希子は部活で、いつもより少し帰るのが遅くなっていた。
まだ6時台ではあるものの、田舎の夜早く真っ暗になる。
(ヤバいヤバい! 早くしないと門限の7時に間に合わなくなっちゃうよ。走らなきゃ!)
そう思って加速しようとした時――
ドンッ
「きゃっ!?」
有希子の世界が唐突に反転する。
誰かに横から突き飛ばされたのだ。
有希子は地面に寝そべった状態になっている。
「この前は余計なことをしてくれたな! 死ね!」
有希子の視界が地面に向けられている状態で、頭の上からそんな男の日との声が聞こえてくる。
恐怖というよりは、状況把握ができず、何も考えられない有希子。
「そこのお前! 何をしている!!」
すると、また別のところから、安心できる声が聞こえてきた。
「ちっ、マズイ……」
「待て!」
有希子に殺意を向けていた声の主は、有希子から遠ざかっていく。その代わり、安心できる声の主が有希子に近づいてくる。
「おい、大丈夫か」
安心できる声の主が、有希子の上半身を起こしてくれる。
そこでようやく有希子は、自分を支えてくれているのが中川巡査だと認識する。
「中川さん……」
「あいつ……この前のやつだな。逆恨みされたのかもしれない。……立てるか?」
中川巡査は中腰になり、有希子に手を差し伸べる。有希子もその手を取るが、足腰に力が入らなかった。
「だめ……腰が抜けて立てないみたい……」
「……まぁ、そうなっても仕方ないか。前回とは違って、今度は井上さんを狙ってきたわけだしな」
中川巡査は、パトカーを読んで有希子を家に送り届けてもらうようにしようかと考えたが、地面にへばっている有希子を見て自分で送り届けることにした。
「おい、俺の背中に乗れ。背負って家まで届けてやるから」
こうして、有希子は中川巡査に背負われながら家に向かうことになった。
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