第一幕・天使爆誕(前編-02)

「ベイカー街のある人から依頼があってねぇ」

ベイカー街という言葉が、英国を表していると感づいた紅蘭と未羽の顔に緊張が走る。


「そこの・・・。問題があるからイニシャルだけ言うよ。J・Bさんの依頼でねぇ」

「J・Bだと? まさか、殺しのライセンスを持つダブル・オー・ナンバーのスパイ、ジェームズ?」

「いやいや、紅蘭ちゃん。それは話が飛び過ぎだってば」


「そうでなければ、美少年殺しの視線を持つ。あの、ジャック?」

「未羽ちゃん、かなりレアなネタを・・・。もしかして、埼玉に住んでた?」


紅蘭と未羽の反応を見たヤミ――


「まぁ、それに近いかな。でも、やる気になってくれたみたいだねぇ?」

小悪魔の様な視線を2人に向けるヤミ。


「何も、引き受けるとは」

「言って無い」

「え~。嘘でしょお? ここまで聞いといて今更、逃げるなんてぇ! ひどぉいっ!」

眼鏡から溢れそうな涙を溜めて、上目遣いに紅蘭と未羽を見るヤミ。


「成功報酬はガッポリッ! 2人の取り分は言い値で良いからさぁ」

両手を合わせて、必死に拝むヤミを見て、2人は各々に思う。


(ヤミが居なければ、シートマスクは完成しなかった・・・)

(ダディ・・・、仲間は絶対に見捨てない。あの時にコイツが来てくれなかったら、今頃・・・)

2人とも、何か思う所があるのだろう。


「仕方ない。今回だけだ」

「1度だけ、手を貸してやる」

「え~! やってくれるのぉ!」

途端に表情を変えるヤミを見て、肩を竦める紅蘭と未羽であった。


 パーランドへと向かう機内――


「ミッションはねぇ」

ビジネスクラスのシートには、ヤミを中心にして両脇に紅蘭と未羽が座っていた。


「ところで、ヤミ?」

話し出そうとするヤミを紅蘭が遮る。


「何かなぁ?」

「この機内だが・・・」

「フンフン?」

「なぜ、ビジネスクラスにワタシ達しか居ないのだ?」

「わぁ、本当だ! ボク、今気づいたよぉ。流石は、香蘭ちゃん!」

「全席買占めか。準備が良い事だな」

「うわぁ、未羽ちゃん! よく分かったねぇ!」

「お前のやりそうな事だ」

「そう言ってるけどぉ」

ヤミは両脇を代わる代わる見ながら、嬉しそうに笑う。


「紅蘭ちゃんも未羽ちゃんも、ちゃーんと旅行の準備して来たじゃーん!」

「まぁ、それは・・・」

「それとしてだ・・・」

曖昧な笑みを浮かべる2人であった。




「それで、ミッションは?」

「〈マクライナ〉のアワミア半島近くの、〈ナットウポリ〉って言う港町に製鉄所があってね」

「確か、〈墨海艦隊〉が制海権を取っていたな」

「そう、そこに居るみたいなんだよ」

「誰が?」

「Mr.ゼンエンスキーさ」

「何だと!?」

「大統領は、首都・〈ケール〉に居る筈じゃ?」

「それが、そうでも無いんだよね~」

「ナットウポリ製鉄所は武装組織のアザッス連隊が守備していて、民間人も数百人残っている筈だったな」

「そう、そこからMr.ゼンエンスキーを救出して、ベイカー街へと亡命させる。これが今回のミッションだよ」

「お前は簡単に言うがな」

「無茶、いや。無理だ」

「不可能を可能にするのが、ボク達じゃないかぁ」

絶望的な表情と紅蘭と未羽、だがヤミはニコニコと笑っている。


「インポッシブルなミッション(実現不可能な作戦の意)か」

「だが、ヤミがやると言うなら」

「何か勝算があるんだろう」

紅蘭と未羽も笑った。


「一応さあ、ここからはチーム名を決めておこうよぉ」

「チーム名?」

「そんなモノは要らん」

「嫌だあぁぁぁっ! 名前が無いと、名乗りを上げられないじゃないかぁ。視聴率の問題もあるしぃ」

「そんな事は知らん!」


「ボクは、〈チャリーンズ・エンジェル〉なんて良いと思うよぉ」

「チャリーンは、硬貨の音だ。あまりにも安っぽい」

「紅蘭ちゃんの意地悪ぅ! ねぇ、未羽ちゃんはそんな事言わないよねぇ?」

縋る様な眼つきで未羽を見るヤミ。


「私の祖国には、金額の大小では無く絶対に許せない悪を成敗したという言い伝えがある」

「そうそう。ソレ、ソレ!」


「ワタシも聞いた事が有る。確か、〈HISSATSU〉とか言ったか」

「流石、紅蘭ちゃんも良い線行ってるよ。でもここは、さぁ」


「ヤミの好きにすれば良い」

「勝手にしろっ」

「んじゃ、〈チャリーンズ・エンジェル〉に決定ぃっ!」

にこやかに笑うヤミを見て、致し方無しという表情を見せる2人であった。




 パーランドのメルシャワ・キョパン空港――


「いやぁ、疲れたぁ。やっばり、長旅は腰にくるねぇ」

「前もそんな事、言って無かったか?」

「おや、未羽ちゃん。そんな事まで覚えてるのぉ?」

「単なる偶然だ。それよりこれからどう動く?」

「〈ナットウポリ〉近くまでは陸路で移動するけど、問題はそこからなんだよぉ」

「と、言うと?」

「〈ナットウポリ〉の周辺は、蠅も通さない程に厳重に囲まれてるんだよね~」

(時と場合によっては、ミラーナと事を構えるかも知れんな)

紅蘭の顔に緊張が走ったのを見逃すヤミでは無い。


(紅蘭ちゃん。ミラーナの事なら、大丈夫)

だが、それを口にしないのは何か理由があるのであろう。



※本話は、【アナザーストーリー・テルマエ学園β】の『ヤミ・紅蘭の章 (其の一~四)』  【― 混沌の系譜 ― (テルマエ学園α)】『第五話 秘書と渦巻く混沌 (Part 3)』『』『第九話 ミケネス暗躍(Part 4)』 【東京テルマエ学園】『第126話 エピローグ・新たな動き・・・』とリンクしております※


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