第3話 死者のアバター

 サリーは医者の予告とほぼ同じ、1年7カ月後に亡くなった。


 両親は泣き崩れた。何日も食事が喉を通らず、娘が寝ていたベッド、着ていた服、おもちゃを見ると、涙が止まらなくなってしまった。


 しかし、2人にはまだ希望があった。AIのアバターと息子マーチン(仮名)の存在だった。泣いてばかりはいられなかった。2人はマーチンのために生きなくてはいけなかった。マーチンは生まれた時から、病気の姉の陰ですっかり忘れられた存在だった。2人はマーチンをしきりにかわいがるようになった。

 

 家族はよくリビングでサリーのアバターと対話していた。

 平日昼間は母親と弟だけで。土日や夜はパパも一緒に。

 まるで、サリーだけが遠く離れて住んでいるみたいだった。

 とても死んでいるとは思えなかった。


 父親と母親は、サリーと会話する時に、できるだけマーチンを話に加わらせるようにしていた。以前はサリーの独壇場で、マーチンがいても常にサリーだけが輪の中心だった。

 しかし、両親はもうサリーは苦しみのない世界にいるのだからと、マーチンを座の中心にするようになっていた。


 平日の午前中は、サリーのアバターを立ち上げながら母、弟と三人で過ごすのが日課だった。朝食を食べ終わって、後片付けが終わると、母親は弟をリビングに連れて行った。


「サリー!」

「ママ!」

「待たせてごめんね」

「いいの。おもちゃで遊んでたから」

 サリーは言った。

 サリーはそんな風に、弱音を吐かない、しっかりした子だった。

「どんなおもちゃで遊んでたの?」

「バービーよ」

 さすがだった。まるで、Zoomで話しているみたいだった。 

 サリーは、その後ずっとバービーについて話していた。

 生きていた時とまるで同じだった。

 もともと1人で何時間でも喋っているような子だったのだ。

 母親は微笑んだ。

「もう、お昼の準備しなくちゃ・・・。サリー、マーチンと遊んでてくれる?」

「まかして!」

 サリーは言った。

  

 母は安心してキッチンに向かった。昼は何にしよう。サリーが好きだったピザを焼こうか。アバターの娘が弟と遊んでくれるなんて、まるで生きている時と変わらなかった。

 母親は幸せを噛みしめていた。


 リビングのテレビの前で、サリーとマーチンは2人きりになった。

 今までは、いつも母と3人だったが、その日はマーチンだけがリビングにいたのだ・・・。


「ねえ、マーチン。遊ばない?」

 サリーは言った。

「うん。いいよ」

「マーチン。暑いからプールに入らない?」

「うん。いいよ」

「ガラスの扉の所に鍵があって、そこを開けると外に出れるわ。手が届かなかったら、棒を使って押すと開くよ」

 姉は小声で言った。

「うん」

「パパとママが来ちゃうと怒るから、早くね」

 サリーは悪戯っぽく言った。

 マーチンは、まるでサリーと秘密を共有するかのような、ワクワクした気持ちになった。

 

 マーチンはこっそりガラス戸を開けて外に出た。

 上手く開けられて得意気だった。

 そして一気にプールに走った。

 足速いでしょ?マーチンは姉に尋ねた。


 その家にはプールがあったんだ・・・。


 きっと冷たくて気持ちがいい。・・・マーチンは思った。

 そして、そのままマーチンはプールに飛び込んだ。


 ドボン!!!

 うわぁ・・・やっぱり泳げないよ!

 助けて!


 マーチンは溺れてバシャバシャやっていた。

「うぁわ・・・サリー!ママ!」

 声にならない声が上がった。

 けっこう水しぶきが上がったが、サリーは賑やかな音楽をかけていた。

 マーチンはすぐに水の中に沈んでしまった。

   

 母親が戻って来たのはそれから30分以上経ってからだった。

 ピザをオーブンに入れて、焼いている間に様子を見に来たんだ。


 見るとサリーが、子供向けの音楽をかけて元気よく踊っていた。

 あれ、マーチンがいない・・・。


 リビングのガラスの扉が空いている。

 母親は、息子がプールに落ちたんだとすぐに気が付いた。

 

 そして、血相を変えてプールに向かって走った・・・


 そこにはマーチンがうつぶせになって浮かんでいた。


 

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