第24話 最後の一手

〈前回までのあらすじ〉

 自身の心の声を信じた桃波は梅島を指名。一也のいるりんごチームを脱退し、ばななチームへ加入することになる。


〈現在の席順〉

 小林 一也 木村 桃波 矢田 堀切 茜 新田 →小林・・・




 桃波が茜とどんなやりとりをしていたのか知らないが、俺にとって最悪の選択をしたのは言うまでもない。


「賢明な判断だよ」


 梅島が満足げな表情で桃波と交代した。そして桃波は木村と画面を合わせる。


「桃波、何でだよ。そんなことしたら俺が……りんごチームが!」


 桃波は何か言おうとしたがそれよりも早く、外で人の声がした。


 堀切も声を聞いたようで「助けて! 助けて!」と繰り返し叫ぶ。


 外から聞こえたのは男女の声。


「おーい、誰かいんのー?」


 男が扉の向こうから声をかけてきた。


「います! 閉じ込められてます! 人が死んでます! 警察! 警察呼んでください」


 一度は断たれたかと思われた望み。堀切が訴えかけ、いつもは静かな新田も「助けてください!」と声を上げた。しかし、それより大きな声を出したのは茜だった。


「楓馬!? もしかして楓馬!?」


「茜? うわやっぱいたじゃん、えぐ!」


 楓馬……。あぁ、茜の彼氏の……。


「まじか!」


「え、やばくね」


「茜何してんのー? 閉じ込められたー?」


 複数人の声が聞こえてくる。たぶん全員いつも茜とつるんでるやつらだ。


「凜華! 紗綾! 泰河先輩もいる?」


 茜がこのゲームが始まって以来、一番明るい顔をしている。


「みんないるよー。ガチで人死んでんの?」


 女の一人が尋ねる。


「ガチだよ! 何かデスゲームとか言ってクラスメイトめっちゃ死んでるんだって。警察呼んで!」


「やば、ドッキリとかじゃないんだ」


 女の一人は半笑いのようで、どうも信用しきっていないようだ。


「茜、すぐ助けるから待ってろ!」


 茜の彼氏は信じているらしい。


「てかわんちゃん頑張ったら開くんじゃね?」


 もう一人の先輩が扉を揺らし、そして蹴り始めた。


「あんま乱暴すんなって。まじでやばいからさ、警察呼んで! まじ!」


 茜が焦り始めた所で、あんなにザワついていた外が一瞬静まった。


 スコンっと何かが鋭く飛ぶような音が聞こえて、その後、一斉に悲鳴が上がった。


「何! 何かあった!?」


 茜が尋ねるが、外はパニック状態のようで「紗綾! 紗綾!」と女の一人が騒いでいる。


「てめえ!」


 男がドスの利いた声で威嚇している。どうやら誰かもう一人現れたらしい。スコンっとまた同じ音がして、何かが倒れたような鈍い音。男が喋らなくなった。何となく状況に察しが付く。


「おい、大丈夫かよ!」


 茜が立ち上がる。


「何……嫌だ……嫌だ」


 堀切が耳を塞いで丸くなってしまった。


「終わった。はい終わったー。俺らも終わりー。クソゲーかよ」


 矢田も俺と同じ想像を巡らせているようだ。


 その後も鉄砲ではない何かが発射される音が二、三回して、騒々しかった外はあっという間に元の静寂へと戻った。


「おい! 楓馬! 凜華! 紗綾! 泰河先輩……」


 茜が呼びかけても返事はない。


「嘘……だろ……?」


 いつまで経っても反応のない扉の外。茜は力が抜けたように座り込んだ。


「殺され……たのか?」


 小林も驚いている。


「シッ」


 梅島が人差し指でジェスチャーし、そっと扉の方に向かって歩く。


 黙って聞いていると外で複数の足音が聞こえた。


「死体運んでんのか?」


 矢田が軽率に口を開くので、小林は静かに、と小声で止めた。


「ねえ! 何でこんなことするんですか! 子供を殺して楽しいですか!? 助けてー! もう終わりにしてくださーい!」


 構わず堀切は喚いた。そしてまたうずくまるように、おいおいと泣き始めた。まともな情緒でなくなってしまっている。


「そうだよ! 俺らのこと弄んで楽しいかよ、犯罪者ども!」


 今、外でうごめいている人々が黒幕であると確信し、矢田も叫ぶ。


「ん、時間が……」


 梅島が時計を見ながら円の中心に戻ってきた。


「時間が止まってる」


「動いてないの?」


 新田が尋ねると、梅島は頷き、画面を新田に向けて見せる。


「あ、動き出した」


 新田の隣に座っていた小林も画面を覗くと、再びカウントが動き出したようだ。


「残り三分四十五秒。ゲームの進行を妨げる外的要因がある間は意図的に時間が止められていた……」


 梅島が考え込む。梅島の言いたいことは理解できる。


「俺たちにどうしても話し合いのゲームを続けさせたいみたいだな」


「そういうことみたいだね」


 俺が意見すると、梅島は冷静に同意した。


「誰が生きる価値があるのか、誰と生き残りたいのか。ルール変更になった時に書いてあったプロジェクターの文言……」


 新田がぶつぶつと字幕を思い出している。


「私、今から梅島くんに指名されて殺されるんだよね……? 私って、やっぱりみんなより生きる価値ないかな?」


 新田の言葉に一同は返事をしない。誰もそんなことないぞ、と気休めの言葉もかけられない。価値があろうとなかろうと、誰もが生き残りたいと思っている。一部を除いて。


「少なくとも僕よりはあるよ……」


 木村が暗い調子で反応した。


「木村くんは、野村くんの思いを無駄にしちゃだめだよ……。何千年どんなに輝く星よりも美しいって、野村くんの言葉。私、ちょっと感動しちゃったんだ。そんな風に自分を思ってくれる人がいたら、どんな辛いことがあっても前に進めそうだなって……」


 木村はそれ以上喋らなかった。新田とも目を合わさず、ただ俯くだけだった。


「あのね、梅島くん。一つだけ気がかりなことがあってね。草加さんをばななチームに入れるために私は殺されるんだよね? そうすれば、千住さんとの約束を守れるってことなんだよね? 一度はチームメイトになった人を、そうやって別の約束のために簡単に殺せるって、それだと本当に梅島くんは冷酷な人だと思われると思うんだ……。なんていうか……」


 新田は一瞬言葉を詰まらせたが、無理やり明るく続ける。


「あ、ごめん。どうせもう死ぬし、こんなこと言っても仕方なかったよね」


「僕は生き残るために行動してる。一貫してね」


 梅島の主張は変わらなかった。こいつは最初から自分が生き残るために、全てを犠牲にできる人間だった。いや、犠牲にしているという意識さえも欠如しているのかもしれない。


「私たちりんごチームのことなんてどうでもいいんでしょ? 梅島くんにとって私なんか勝つための駒でしかないんでしょ!」


 見たことのないテンション感の堀切が梅島を責め立てるが、梅島は意に介さない。


「分かった。分かったから、もう争わないで欲しいな」


 新田が止め、何かを諦めたように肩を落とす。


「最後にもうちょっとだけ喋るね。私ね、このクラスの人たちが好きだった」


「あと一分半」


 梅島が無慈悲に時を告げる。


「みんな普段は仲良い子たちでグループで行動するから、ちょっと怖いなって思っちゃう時もあったんだ。けどね、一人一人のことが嫌いってことは絶対なかったんだ」


「特に和花ちゃん。いつも仲良くしてくれてありがとう。どんな時も頑張り屋さんな所、すごい尊敬してる。あとは、梅島くんがいつも黙々と勉強頑張ってる所とか、小林くんが剣道で成績残しててすごかったり、武里くんはたくさん友達いていつも楽しそうだし、千住さんはほんとに綺麗だし、私なんかにも優しく接してくれるし、憧れてた。みんなみんな、私なんかより素敵な所たくさんあるなって……」


 自分の名前が出てくるとは思っていなかった。俺は正直、新田のことなど気にも留めたことがなかったばかりか、心の中で見下していた。そんな今までの自分と比べると自身の醜さが際立つようで、あまり直視できない。


「私の詳細を覚えてる記憶力ってその日のうちだけなんだ。寝たらだいたいのことは忘れちゃう。でもね……」


 新田の声が震えだす。


「みんなの良い所とか、優しくしてくれた記憶って、私、全然忘れられないんだ」


 そう言い終えると眼鏡を外し、零れた想いを拭った。そしてまた平気そうな顔をして眼鏡をかける。一瞬見えたその素顔は、俺が思っていたよりもずっと綺麗だったように思う。


「そろそろ……」


 梅島が時計をちらっと確認する。


「梅島くんは本当にそれでいいの!?」


 堀切が涙目で訴えかける。


「何が?」


 涼しい顔で答えるが、少し苛立っているようにもみえる。


「他に策はないの? 新田さんが犠牲にならない方法は?」


 この状況の発端を作った桃波も、また気持ちが揺さぶられている。


「君たちさ――」


 梅島が歯を食いしばって切り返す。


「鬱陶しいんだよ。いちいちその場の感情に流されて文句ばっかり……!」


 両拳を強く握りしめている。初めて梅島が怒りを表した。


「私はもういいから。みんな、生きてね。どうか、嫌い合わないで」


 今まで死に際に笑顔を見せたやつがいただろうか。


「指名、新田晶子」


 俺たちに少しでも罪悪感を覚えさせないためだろう。全ての恐怖と絶望を抑え込んで、あいつは最期に微笑みを見せたのだ。本当は生きたかったに決まっている。


 残りはとうとう八人。新田が死んだことで茜の隣はばななチームの小林になった。つまり梅島の思惑通り、茜はばななチームに加入し、メンバーは全部で五人になる。りんごチームは俺と堀切のみ。あとは未だぶどうチームに残り続ける矢田。次の代表者も梅島。堀切と矢田はカウント一で、流れ的に殺されるとしたら俺だ。梅島に同情や哀れみは期待できない。


 新田の死体を堀切と桃波が運んでいる。


 俺はその光景を気に留める余裕もなく、今後のことをよくよく考えた。あと一人死ねばゲームが終わる、というわけではない。七人になって、全員が同じチームになっている必要がある。しかし今の時点でチームはまだ三つも残っている。つまり、どこか二チームはそこを脱退して、一つのチームにならなければいけない。脱退するということは、一瞬は無所属になるということだ。もし誰かが一人無所属の状態で、最後の一チーム七人が揃っていれば? 


 俺にはまだ最後の一手が残されていた。




〈死亡〉

新田晶子


〈カウント2〉

梅島京助

小林劉弥

武里一也


草加茜

千住桃波


〈カウント1〉

木村寛大

矢田優斗


堀切和花


残り8人




〈現在のチーム編成〉


りんご

堀切和花 武里一也


ぶどう

矢田優斗


ばなな

草加茜 千住桃波 梅島京助 木村寛大 小林劉弥


無所属

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