第25話 ゲームセット

〈前回までのあらすじ〉

 梅島が代表となった直後、茜の友人たちは外から二年一組の救出を試みたが何者かによって阻止されてしまう。そして死を覚悟した新田は自身の想いを吐露。梅島の冷酷な指名でやむなく犠牲となる。ばななチームに形勢逆転されてしまった一也は、残された最後の一手を考える。


 〈現在の席順〉

 小林 一也 木村 桃波 矢田 堀切 茜 →小林・・・



 

 大切なものをたくさん失った。


 同時に、俺の大切にしていたものは本当に大切にすべきものだったのかも揺らいでいるのだ。


 俺の親友、恋人、環境、価値観、固定観念。そして自分自身。


 言葉では言い表せないくらい、受け入れ難い出来事が山のように起こっている。


「さて、あと一人だけど――」


 梅島は事務的で、冷たい物言いをする。


「考えてた」


 俺は一つの決心を引っ提げて、何の脈絡もなく話し始めていた。


「梅島は気づいてると思うけど、今って誰か一人無所属のやつを作って、一チームにまとまれば勝てる状況」


「あ、そっか。一チーム七人だから、もう勝ち負けが決められるんだ……」


 桃波も気づいたようだ。


「だから例えばの話、死にたい木村だけを無所属にして、あとのメンバーでばななチームに固まれば七人で勝ちになる」


「野村の言ってた通りになってるな」


 木村の名前を出すと、小林は俺に厳しい目を向けた。


「死にたいやつは死ねばいい。俺が生き残る。そう思ってた。あの時、たしかに野村の予想は正しかったよ。今までの俺だったら木村を容赦なくやってた。でも今の俺は違う。本性は……俺の生き方は、断罪されても仕方ないような悪魔なのかもしれない。でも俺は、その心の悪魔をもう封じることにする」


「話が見えないね。命乞いしたいんならもっと簡潔に述べたら?」


 梅島は呆れた様子だ。自分でも話がまとまっていないことは分かっている。


「そうだな……。俺にお前たちより生きる価値があるか、この場では俺がコントロールできることじゃない。だから、俺はこれ以上の悪あがきをやめる。これは命乞いじゃない。ただ、喋るだけ喋らせてくれないか? 新田みたいに」


「ずいぶん弱気になったんだね」


 梅島の心は読めない。しかしこいつはこの後、俺を平気で指名してくるのだろう。


「まずさ、矢田。いじめの件、お前は気にしてないって言ってたけど、改めて謝る。色々悪かった」


「あ? 何で今さら」


 矢田は目を合わせようとしない。


「俺はずるいやつだから、誰かをそそのかしてお前をいじめさせたりしてた。それで俺はいつも陰で笑ってたんだよ。バレないような立ち位置で。今考えたらくだらないことしてたと思うし、お前の気持ちなんて考えたこともなかった。すまん……」


「別に、どうでもいい」


 俺は立ち上がれない代わりに精一杯に頭を下げたが、矢田はそっけない。


「それから――」


 残り時間が気になったが、強引にでも伝えきりたかった。


「全員に謝りたい。死んだやつも含めて……。俺は他人を常に見下してた。俺より劣ってて、醜いくせに、何で努力もせずに文句ばっかり言ってんだろって。でもこのゲームが進んでいくうちに思ったんだよ。俺は今までたまたま恵まれてて、たまたま上手くいってて。しかもほんとは周りの上手くいってないことから目を背けてただけじゃないのかなって」


 梅島は時計をちらちらと見ている。


「俺が愚かなせいで、たくさんの人を傷つけてきた気がする。嫌われて当然だと思う。反省したから助けてくれって言ってるわけじゃない。ただ、謝りたかった。それだけ」


 もっともっと何か言いたいことがある気がするが、そんな時間はない。沈黙の中、梅島が大きな溜息をつく。


「君たちの自分語りにはうんざりしてるよ……」


 そして茜がおもむろに口を開いた。


「命の価値なんてもともと平等じゃねえ」


 泣き腫らした目を見られたくないのか、下を向いたまま話し始める。


「私はぶっちゃけ、桃波と楓馬が生きてりゃいい。それで良かった……。でもな、別に一也に死んで欲しいわけでもねえ。洗いざらい話して、自分の弱さを認めた今の一也だとなおさらな。どっちかっていうと今私の目からは、梅島の方がよっぽど価値ねえように見えてるよ。だから私は一也が死ぬことに反対する。一也にも、生きて欲しい」


「茜……」


 心強い言葉をもらったが、あくまで選択の権利は梅島にある。


「私も、同じ気持ちかも……」


 久しく堀切が落ち着いて話し始める。


「梅島くんは、はっきり言って最低だよ。人の心がないの? 平気で嘘ついて、人を利用して……。私、晶子ちゃんと話したことあった。梅島くんはいつも成績トップで、ずっと勉強しててすごいなって。でも一緒にいるうちに、見えるのは残念な所ばっかり……」


「ごちゃごちゃ言ってるけど、代表者は僕だよ。もう時間が――」


 梅島が時計に目を下ろした。


「止まってる!?」


 全員が驚いて梅島に注目する。


「おい、まじで言ってんのか?」


 茜の質問を無視して、梅島はスクリーンをいじり、そして指で叩いている。


「なぜ? システムが停止した?」


 梅島が辺りを見回す。角の監視カメラやプロジェクター、照明には特に変化がない。


「終わったの? そうだよ! きっと警察の人が止めたんだよ! もうおしまいなんだよ!」


 堀切が急に元気になって立ち上がった。


 ピピピピピピピピピ


「え?」


 堀切の時計が警告音を鳴らした。


「終わってない……」


 梅島が言うと、堀切はまた表情を曇らせ静かに座った。


「おん、普通にこの腕時計動いてるぞ。今グループの脱退もできたし。あっ、千住、ばななチーム入れてくれ」


「あ、うん……」


 矢田がこのタイミングでぶどうチームからばななチームへ移動した。やはり時間だけが止まって、システムはまだ稼働しているようだ。


「タイマー停止の理由は分からないけど、ゲームは続いているものとみなすよ。代表の権利はあくまで僕にある」


 梅島が睨むように俺の方を一瞬見た。時計の機能がまだ全て稼働しているなら、俺は死んでいった二十七人と全く同じ死に方をするのだろう。


「なあ、堀切」


 同じチームのよしみで一つ伝えることがあった。


「俺が死ぬまでにりんごチーム抜けてばななチームに入らないと、お前、無所属になった途端死ぬぞ」


「やっぱり、そう……だよね」


 ぶどうチームが無くなって、残りはばななとりんごのみ。最後の一チームが勝つのが条件だから、俺がいなくなった後に堀切は一時的にでも無所属になってはいけないのだ。


「茜に入れてもらえ」


 しかし堀切はなぜかためらっている様子だった。


「入らねえの?」


 茜が聞くと、堀切は小さく頷いた。


「私を利用して裏切った人と生き残るの、なんかもやもやするなと思って」


「気持ちは分かるけどよ、んなこと言ってる場合かよ……」


 堀切は何か思いついたようで、急に微笑みを浮かべる。


「ねえ、みんなりんごチームに入らない? そう、これは多数決だよ。梅島くんを生き残らせたいならばななチームに残ればいい。でもそうじゃないなら順番にりんごチームに入るの。円の全員がりんごチームになれば、ばななチームは梅島くんだけになる。その時は梅島くんに死んでもらうの」


 疲労と、人を恨む気持ちがまた人を暴走させている。そう感じた。


「また馬鹿なことを……。全員がりんごチームになろうとも、僕が自決を選ばない限りゲームは終わらない。僕は誰かを指名することに変わりはない」


「頭の賢い人の考え方って嫌だね。そうやっていつも馬鹿馬鹿って人を見下してるんだ」


「ほんとに馬鹿なのは間違いないだろう!」


 梅島が声を荒げた。


「だから嫌だったんだ……! こんな三流高校に入るのは!!!」


「高校ごと見下してるんだね。でも梅島くんだって同じレベルってことだよ?」


「同じレベル? ふざけるなよ! 僕は君たちとは違う。こんな三流からでも這いつくばって一流大学に入って、一流の世界で活躍する人間だよ! この僕の命がこんな所で潰えるわけにいかないんだよ!」


「梅島、やめとけ」


 まるで自分の一部を投影されているようで、俺は見ていられなくなった。


「お前の努力は本物なのかもしれない。でも誰かを見下すことが、回りまわって自分を苦しめることになる。俺は、身をもってそれを知ったんだよ」


「僕に説教? 君、死にたいの?」


「もう死ぬ覚悟はとっくにできてる。お前は頭脳明晰で優秀で価値ある存在かもしれない。でも、人の心だけは忘れんなよ。どんなやつも強制的に置かれた環境で頑張ってることに間違いねえからさ」


 梅島は深く呼吸して、自分を落ち着けようとしていた。それ以上の反論はなく、静かに数十秒経った。


「武里」


 右隣の小林が俺に声をかけてきた。


「りんごチームに入れてくれ」


「え?」


「ここを出た後も、俺らは大変なことをいっぱい乗り越えていかないといけない。誰と乗り越えて生きていきたいか考えた。恋人も親友も失くした者同士。俺は、今の姿のお前と生きたいと思った」


「でも、俺はどうせ今から梅島に指名されて……」


「どういう結果になろうと、これは俺の意思表示だ。……入れてくれないか?」


 金城、東、後藤。大切なものを失って辛いのは小林も同じだ。でもこいつは、一度だってブレない。こんなやつが隣にいたら、俺も何かを学んで、これからも強く生きていけるかもしれない。小林の信念のこもった瞳に、そんな頼りがいを感じた。


「私も入れてくれ」


 小林のさらに隣の茜も声を上げた。


「茜!」


 桃波は慌てたが、茜は気にせずばななチームを脱退した。


「桃波はどうする? 自分の意志で決めろよ」


「あたしは……」


 桃波は一瞬考える素振りを見せたが、すぐにりんごチームに入ることを決意した。


「矢田くんと木村くんは? 二人のどっちかがりんごに入ってくれないと、あたしりんごに加入できない」


 桃波は両隣がばななチームだったため、どちらかを説得する必要があった。


「俺はどっちでも」


 矢田はこの多数決に興味がないようだ。


「僕は……分からない……」


 木村は曖昧な返事をして行動しなかった。


「じゃあ矢田くんにお願いしたい!」


 桃波の頼みを矢田は了承し、堀切から矢田、矢田から桃波へとりんごチームは拡大した。


「ふふふふふ、ふふふふふ」


 梅島が不敵に笑いだした。


「大衆に流される意思簿弱な愚民……。誰が生き残って、将来世に貢献しているかは明白だというのに。こんなちょっと金持ちだけの無能にみんなつくっていうのかな? さすがは三流の集まり」


「そうやって見下してるから、こういう結果になってるんじゃないの?」


 堀切は攻撃的に言う。


「よく考え直した方が良い。僕は今からりんごチームの誰かを指名する。誰が死んでもおかしくない。そして、僕の次の代表者は木村くんだよ。木村くんはまだばななチーム。木村くん次第では、まだりんごチームはあと二人は死ぬことになる。今のりんごチーム六人のうち半分が死ぬんだ。ついでに言っておくと六人のうち堀切さんと矢田くんはカウント一。選ばれるのは武里、小林、草加、千住の誰かだ。ばななチームにさえいれば安全に勝てるというのに、本当にそんな賭けをしていいの?」


「賭けはお互い様だろ」


 茜が反論する。


「お前だって死ぬの怖がってるだけだろーが。もし木村が今りんごチームに入って、次の代表の時にお前を指名したら? お前は死んでりんごチームの勝ちだろ。木村が必ずりんごチームを指名する保証はどこにあんだよ」


「木村。どうするつもりなんだ」


 茜の話を聞いて、小林が尋ねる。


「分からないけど……。人は、殺せない。野村くんはそんなこと望んで僕を生かしたわけじゃないから……」


「梅島くん、もう降参してよ」


 堀切が追い打ちをかけようとする。


「もう梅島くんの味方はいないよ。せめて謝ってよ。私たちを馬鹿にしたこと」


「うるさいうるさいうるさい!」


 梅島は両手で頭を抱えて叫んだ。


「少しは使えると思って味方にしてやったっていうのに! なんで! なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」


 肩で息をしながら、急にその眼光が俺を向いた。


「もうどうなってもいい。中途半端な知能が一番目障りだからね」


 ついに覚悟していたことが起こる。


「指名――」


 そう。木村を犠牲にしない選択をした時点で、梅島に敵視されている俺はどうあがいてもこうなる運命だったのだ。


「武里一也」


 死にたかったわけじゃない。もう今までの生き方が嫌になったのだ。


 優秀な俺が死ぬわけがない。こんな陰キャどもに殺されるわけがない。負けているはずがない。そうやって自惚れて、序列でしか人を見れない自分そのものがあまりに愚かで、嫌になったのだ。


「一也!」


「武里!」


「武里くん!」


 みんなが俺の名前を呼んでいる。


 俺はその瞬間を受け入れるため、静かに立ち上がる。 




 その時だった。


 俺の腕には電撃も、毒も、針の痛みもない。


「え?」


 倒れたのは、俺以外の七人全員だった。


 時計の液晶には"GAME SET"の文字が並んだ。




〈カウント3〉

武里一也


〈カウント2〉

梅島京助

小林劉弥


草加茜

千住桃波


〈カウント1〉

木村寛大

矢田優斗


堀切和花


残り?人




〈現在のチーム編成〉


りんご

草加茜 千住桃波 堀切和花 小林劉弥 武里一也 矢田優斗


ばなな

梅島京助 木村寛大


無所属

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