第23話【千住桃波編②】Choose One
〈前回までのあらすじ〉
最期まで互いをかばい合う野村と木村だったが、茜は決意し野村を犠牲にする。そして名簿順で代表となった桃波は、ばななチームに入らないか梅島に勧誘される。様々な思惑が飛び交う中で、桃波は自分の選択に自信が持てないでいた。
〈現在の席順〉
小林 一也 木村 梅島 矢田 堀切 茜 新田 →小林・・・
あいつを家から追い出して以来、関係は自然消滅して、最初の彼氏は最悪の思い出になってしまった。
あいつはあたしのことで色々悪い噂を流したようだった。一つ耳にしたのは、お姉ちゃんより地味な癖にプライドだけ高い、というレッテルだった。根も葉もないことだったけど、あながち間違いではない気もしていた。悪評のせいかその後、中学卒業まで男子が近づいてくることはなくなった。
別に彼氏ができなくても、一軍じゃなくても、洋服が好きだった。でも、買い物は嫌いだった。買い物は選択。センスを問われる。これ、ださくないかな。あたしの頭に浮かぶことはいつもそれだった。自分の選択に自信がないせいで、だいたい何も買わずに重い気持ちで家に帰ることになる。
彼氏のことも、買い物のことも、どんなことも、お姉ちゃんには相談できなかった。またださいって見下されるだけだから。
「今、十代から絶大な支持を受けているタレント&モデルの千住葉月さんです!」
あたしの重い気持ちと反比例するみたいに、お姉ちゃんの人気は跳ねていった。いつの間にかテレビでも見かける人気者になっていて、家に帰ってくることが減っていた。あたし的には、ちょっとホッとした。
春。高校に入学して、悪い噂は桜と一緒に散っていった。あたしはまた人気モデルの妹として廊下で噂される存在になった。中学の時よりも一層、周りの友達も可愛い子が増えた。もしかしたら、あたしはついに一軍女子なのかもしれない。そう思った。
でも本当は足が震えていた。いつあたしのだささがバレて、馬鹿にされるか分からない。可愛い子が周りにいても、最新のトレンドアイテムを持っていても、あたしの心はいつまでも底の抜けたバッグみたいで何も満たされなかった。
茉衣は特にそうだけど、みんな経験が早かった。だからそういう話になることも多かった。
「あたしは、中学の時の彼とだよ」
「えー! どんな人だったの?」
「野球部の子でね、かっこいい人だったよ。振っちゃったけど」
「桃波が野球部とか意外かもー」
キャラを保つために平気で嘘をついていた。仲間外れにされたくない。がっかりされたくない。その一心で。
間違った努力のおかげで、あたしのことを高嶺の花なんて呼ぶ人もいるみたいだった。周りがあたしをブランド化すればするほど、あたしは惨めになっていった。心の中にあるメッキが厚塗りされて、隠した錆がだんだん身体を蝕んでいる気がした。
そんな中で、まだ出会ったことのなかった人種が茜だった。キレイ系でも、カワイイ系でもない、男勝りなギャル。
爪はそんなに綺麗じゃない。巻いた髪もちょっとボサっとしていて、そこまで美意識は高くなさそうだった。言葉遣いも乱暴で、ちょっと最初は怖かった。
休み時間になると、他のクラスのギャルとヤンキーっぽい先輩が来て茜を連れて行った。最初は何かださいと思って遠目で見ていただけだったけど、だんだん茜の表情が目につくようになってきた。
なんか、そこまで楽しそうじゃないような……。
「茜、今日放課後空いてたらカフェとか行かない?」
「カフェ? 悪いけど彼氏と遊ぶから」
気になったあたしは、茜に少しでも近づけるように色々誘ってみた。最初のうちはだるそうに断られた。きっぱり断る姿もかっこいいと思っていたから、特別嫌な気持ちにはならなかった。
そのうち茜は心を開いて、時々カフェにも行ってくれるようになった。
「紗綾と凜華また喧嘩してクッソだるい。しかも理由、唐揚げの取り合い。しょうもねー」
日々、茜の話を聞いているうちに、茜が浮かない顔をしている理由が分かってきた。茜は素直で真っすぐなのと同時に、情に厚い子だった。ぶつぶつ言いながらも、最初に友達になったギャルや、先輩たちを無下にはできないんだ。
少々のことは目をつぶりながら、茜は茜なりに、集団に適応しようとしていた。
ただあたしと似ているようで全然違うのは、人にどう思われるかばかり気にして、自分を偽るようなことはしないところだ。あくまで茜は、偽りのない自分と他人との折り合いに悩んでいる。
それでも、悩む茜が出す答えはいつも決まってる。それは、自分自身の心の声に従うこと。
一也はばななチームに負けないためにあたしの選択を強制してくる。新田さんは死にたくないから嘆いている。木村くんは死にたいから文句を言っている。梅島くんはこの状況を変えたいからあたしを誘ってくる。
じゃあ、あたしは?
誰かの意見に従うんじゃない。
あたしは――。
――だっさー
あたしは、どうしたい?
――だっさー
――あたしは、
――あんた、センスないわー
――あたしは、
――あたしは、ださくない
――あたしは、あたしの
「指名――」
――考えを貫く!
「梅島京助くん!」
あたしの決断に、一也は唖然としていた。茜は納得したように静かに頷いていた。きっと、どちらを選んでも同じ顔をしたんだと思う。
その選択を茜は否定しない。そしてあたしもこの選択を後悔しない。
誰かに大切にしてもらって、初めて自分の気持ちを大切にできた。
あたしの奥底で、小さなセンスが光り始めた。
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