第22話【千住桃波編①】ノーセンス

〈前回までのあらすじ〉

 助けを呼びに男が去った後、茜は自分自身を指名した。ルールの抜け道により、再び茜は代表となり、しばしの時間稼ぎが行われる。しかし助けはすぐには来ず、紆余曲折の後、一也の作戦通りばななチームの後藤が犠牲となった。


〈現在の席順〉

 小林 一也 木村 梅島 矢田 堀切 桃波 新田 野村 →小林・・・




「茜、大丈夫? 気分悪くない?」


「良くはねえだろ。……けどお前の方がよっぽど心配だっつーの」


 後藤くんを運び終わって、茜に言われた。


「お前は無理なことすんなよ。あとで後悔しない方選べよ」


 茜との会話中に後ろから突然、木村くんが割って入ってきた。


「あの、野村くんを、選ばないで……。これ以上誰も、犠牲にしないで」


 木村くんが切実な表情で茜に訴えかける。そんなこと、茜もあたしもしたくない。でも、自分が死なないためには……。


 時間が来て席に戻る。茜の最後の代表の番。


「あの、最後にちょっとあがいてみようと思うんだけどいいかな」


 いきなり喋り始めたのは野村くん。


「僕をりんごチームに加入させて、助けるつもりはないかい」


 たしかに今のりんごチームは四人で、茜を入れても五人。枠はある。あたし的には茜さえ生きてくれるなら、あとの人たちは正直誰でも……。


「だめだ」


 即座に否定したのは一也だった。


「俺たちりんごチームが生き残るために、それはできない」


「そう言うと思ってたさ。ただ、君の考えをもう少し詳しく教えて欲しいな。僕と小林くんを犠牲にすると残りは八人。そうなると、あと一人いなくなって、全員が同じチームに加入できればゲームは一応終わることになるね。そのあと一人をどうやって決めるつもりなんだい」


「それはその時考えることだろ。もし考えがあったとしても、みんなの前でわざわざ手の内を話すとでも思ったかよ」


「まさかとは思うけど、別に仲も良くないチームメイトを裏切って指名したり、あるいは……寛大くんを精神的に追い込もう、なんて非道なこと考えてるんじゃあないよな」


「そこまで悪魔じゃねえよ」


 言われてみれば、あと一人を選ぶのは難しい。現状、梅島くんや矢田くんを指名したらりんごチームの誰かが狙われるかもしれないし、カウントが二つの人は一也、新田さん、そしてあたしと茜。その場合、やっぱり消去法で新田さん……になるのかな。


「どうだろう。君は普段から人を見下すような目をしていたからな」


「言いがかりやめろよ。今さら俺を悪者にしたって仕方ないだろ」


「君、谷塚くんが亡くなる前、陰キャのくせにしゃしゃり出るなとか、お前らには生きる価値ないとか言っていたね」


「ああ。あれは悪かった……。俺も動揺してて」


「牛田くんに言った言葉も覚えてるかい? 何の価値もないクソ豚って言ったんだよ、君は。こういう極限状態になると、人の本性がよく見えるね」


 一也は普通に友達だけど、まあ野村くんの言ってることも分からなくない。何か、陰で誰かを馬鹿にしてるイメージはたしかにあって、性格悪そうだなと思うことはある。茉衣は一也のこと好きだったみたいだけど、秀とも関係持ってたし、正直、みんな同レベルで気持ち悪かった。


「俺なりに反省してる。あれは訂正する」


「口では何とでも言えるさ」


「野村くん、もう喋らなくて大丈夫だよ……」


 木村くんが止めに入った。


「草加さん、僕を指名して」


「だからお前はだめなんだって」


 茜が呆れた感じで言うと「違う!」って木村くんが大きな声を出した。


「僕、選ぶことにした。人を、殺すことにした」


 木村くんの口から初めて殺すという言葉が出てきた。


「あ? 誰を?」


「それは……僕自身だ」


「寛大くん!」


 このなんでもバスケットが始まってから、野村くんと木村くんが仲良いことを知った。というか確信した。二人が一度、放課後美術室に入っていくのを見かけたことがあった。そういえばその頃から木村くんは学校によく来るようになったような……。


「野村くん! 僕は君が死んでしまうくらいならもう生きてる意味ないよ。それでなくとも短い命なんだよ。僕の命なんてみんなに比べたら、何の価値もないんだよ!」


 短い命……? それはどういう……。


「そんなこと言うな! 君は誰よりも、生きなきゃいけない人なんだ……!」


「そうやっていつも励ましてくれて、ありがとう……。おかげで少しは楽しくなったんだ、学校。でもね、僕が二十歳まで生きられない事実は変わらないんだよ。君の人生、いや、みんなの人生はこれからもずっと続いてく。こんなところで、僕が生き残って、みんなが死ぬのを見るのが、もう、耐えられないんだ……」


 衝撃だった。確かにちょっと病弱そうだし、よく休んでたイメージだけど、二十歳まで生きられないなんて……。難病か何か? そんなの映画でしか見たことない。それで、野村くんはそれを支えてたってことなの?


「寛大くん……。どうして僕の言ってることを理解してくれないんだい。僕にとって君の二十年は、何千年どんなに輝く星よりも美しいというのに!」


 さすが美術部の表現力……。じゃなくて、木村くんの切なすぎる事実に目頭が熱くなった。


「あー……」


 二人のやりとりに茜が困った様子で頭を掻く。


「野村はよ、木村が死ぬくらいだったら自分が死ねんのか?」


 茜の質問に、野村が真剣な眼差しで答える。


「……死ねる」


 その答えが決定打になって野村くんを指名する流れになった。木村くんは最後まで可哀想なほど泣いて反対していたけど、茜はやっぱり一也の作戦に従った。


「もう僕は生きてる意味ないんだ!」


 遺体を運ぶ時間、木村くんは扉を蹴って乱暴し始めた。自暴自棄になっている。小林くんが何とかそれを止めて座らせた。


 野村くんのことは茜とあたし、そして一也が珍しく運ぶのを手伝ってくれた。


 そして名簿順でとうとう、あたしの番が来た。


 茜はあたしが座っていた席に座って、新田さんにりんごチームに入れてもらっていた。これでりんごチームは五人。


「ここであたしが、小林くんを指名すればいいってことなんだよね?」


 もうやるしかなかった。同情せず、ただ機械的に。ここで助けが来て全員助かれば、あたしもこんなことせずに済むのに……。いや、そんなこと考えちゃだめだ。茜は辛い思いをして二人分もやったんだから。


「千住さん、それについて一つ提案があるんですが」


 話しかけてきたのは梅島くんだった。


「何?」


「君が手を汚さずに、命も助かる方法が一つあるんだ」


「どういうこと?」


「僕を指名して欲しいんだよ」


 梅島くんの提案。それはあたしがばななチームに入ることを条件に、まだカウント一の梅島くんが代わりに代表になって犠牲になる人を選んでくれるというものだった。


「桃波、そんな提案乗るなよ! そんなことしたらりんごチームが狙われて、茜や俺もどうなるか分からない!」


 当然、一也は強く反対してきた。


「あぁ、どうせばななチームも残り三人だから、自分の助けたい人は入れてもらって構わないよ。ただ、例えば草加さんを入れるなら、今は両隣がりんごチームの人だから今すぐばななチームへの加入はできないね」


 茜の両隣は新田さんと堀切さん。あたしが梅島くんを指名したら木村くんと矢田くんの間に座れるから、木村くんにばななチームにすぐ入れてもらうことができる。


「じゃあ、茜は? いつばななチームに入れるの?」


「おい! 梅島の話聞くな! 全部適当に言ってるに決まってんだろ! 騙されんな!」


 梅島くんは一也を無視して話を続ける。


「僕が代表になった暁には、そうだな。新田さんを指名しよう。新田さんがいなくなれば、草加さんの隣は小林くんになるね。そうしたら草加さんもばななチームに加入できるね」


「そんな……!」


 新田さんの青ざめた表情を確認する勇気はない。


「もうこれ以上の犠牲はいらない……。僕を、殺してくれればいいんだ。僕が死ねば解決なんだ……」


 木村くんは心神喪失して、ぶつぶつと何か言っている。


「あ、私分かった!」


 やけに堀切さんの声が大きい。


「もうみんなで無所属になっちゃえばいいんだ! 実はそういうゲームなんじゃない!? 誰も死ななくてもいいゲーム! グループなんか作っちゃだめだよーって、教えてくれてるんだよ!」


 テンションがおかしい。みんな精神的におかしくなってきている。


「他にも助けたい人がいるならばななチームにどうにか入れてあげるよ。君が手を汚さずに、助けたい人は助けられる。これ以上の提案はないと思うんだけど、どうかな?」


 梅島くんの甘い提案が、あたしの心を揺さぶる。


 ――お前は無理なことすんなよ。あとで後悔しない方選べよ。


 茜のさっきの言葉を思い出す。そうだよね。無理して人を殺す必要ないよね……。


「桃波、私はどっちでも構わない。うちらが助かるなら」


 あたしが迷っているのを悟って、茜はさらに助言してきた。


「お願い、やめて……!」


 新田さんの要求も耳に入ってくる。


 もし梅島くんの提案に乗らなかったら、あたしは今から何の罪もない小林くんを殺すことになる。でもそれはりんごチームのためにやらなきゃいけないことで、茜だってここまで頑張ってやってきたこと。あたしだけこの現状から逃れるのは違う罪悪感もある。


 自分だけ手を汚さずに助かろうって考えはずるいかな? 口先では一人で背負って欲しくないとか言って、本当は自分だけ得しようとしてるのは、だめなことかな? ださいかな? あたし、またださいことしてるのかな?




「何これ、だっさー」


 千住葉月。あたしの三歳上のお姉ちゃんは、小さい頃からあたしのことをださいと言って馬鹿にした。


 小学生の頃、買ったばかりのピンクのシュシュにケチをつけられたのをよく覚えている。


「あんたセンスないわー」


 自分が可愛いと思うものはことごとくお姉ちゃんに否定されてきた。お姉ちゃんに貰うおさがりは、黒とか青のボーイッシュな物が多くて苦手だった。趣味の違いと言われたらそれまでだけど、実際お姉ちゃんはおしゃれでセンスがあるのは間違いなかった。


 それを裏付けるように、お姉ちゃんは中学でも高校でも一軍女子だったし、イケメンな彼氏もよく家に連れてきていた。それだけじゃなくて、お姉ちゃんは高二でスカウトされてモデルデビューまでした。


「まじでお姉ちゃん可愛すぎー」


「モデルのお姉ちゃんとか羨ましい~」


 あたしも中学で、モデルの妹としてちょっと話題になった。


「桃波ちゃんもやっぱ似てるよねー」

 

 自分ではあんまり分からなかったけど、雰囲気が似ているらしい。お姉ちゃんの影響でちやほやされているうちに、初めての彼氏もできた。中三の時だった。


「今日桃波の家行っていい?」


 野球部の人で、半ば押し切られる形で付き合って、まだ好きかも分からないような時に家に呼んでしまった。


「てか今日お姉ちゃんいないの?」


 あたしの部屋に入ってきて最初の言葉がそれだった。いないよ、と言うとちょっとテンションが下がったのは明らかだった。


「うわー、やっぱ似てるわー」


 ベッドに倒されて、あたしの顔をまじまじと見て、あいつはそう言った。


 あいつの目には、あたしなんてこれっぽっちも映っていなかった。


 不意にお姉ちゃんの彼氏の顔を思い出して、目の前で鼻息を荒くするイガグリ頭と比べてしまった。


 あたしは……。


 あたしは、センスがないから、こんなやつを彼氏にしちゃったんだ。


 ――だっさー


 お姉ちゃんの馬鹿にする声がまた、頭の中を駆け巡る。


「……やめて」


 胸をまさぐり始めたあいつの腕を掴んだ。


「帰って……」


「え、何で?」


「帰って!」


 あたしは気づくと泣きながらあいつを家から追い出していた。




〈死亡〉

野村悠


〈カウント2〉

小林劉弥

武里一也


草加茜

千住桃波

新田晶子


〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

矢田優斗


堀切和花


残り9人




〈現在のチーム編成〉


りんご

草加茜 千住桃波 新田晶子 堀切和花 武里一也


ぶどう

矢田優斗


ばなな

梅島京助 木村寛大 小林劉弥


無所属

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