第21話 平気な顔して人を殺してる

〈前回までのあらすじ〉

 茜が代表となり、残り人数は十二人。チーム編成についてそれぞれの思惑がぶつかる。梅島は秘密裏にりんごチームを抜け、ばななチームに寝返っていたことが判明。怪しい動きの多いばななチームに対し茜は感情的になり、ばななチーム全体を指名しようとするが一也が止める。一也の指示でりんごチームの中で代表を回し、他のチームに主導権を握らせない作戦が始まる。そして指名により牛田が死亡。ゲームへの考え方の違いで皆が大きく揉め始めたその時、扉の向こうで二年一組を探す男の声がした。




「人が死んでる? どういうことだ!? こっちからも開かない!」


 男が扉を開けようとしているが、どうも外からも開かないらしい。


「和花ちゃん、とりあえず座って!」


 興奮した堀切の時計が鳴った。慌てて新田が制止する。


「誰か知らねえけど助け呼んでくれ! 警察! このままじゃ全員死んじまうんだよ!」


 唯一代表者として歩き回れる茜が、声がする扉の方へ向かう。


「助けて! 死にたくないよー!」


 後藤はなりふり構わず、裏返った声を張り上げる。


「助けて!」


「助けてくれー!」


 俺たちは各々に叫び、いかに緊急事態であるかを必死に伝える。


「ちょっと待ってて! 警察への連絡と、あと今すぐ扉がどうにかできないか大人も呼んでくるから!」


 どこかで聞いたことのある声だったが思い出せない。


 そして男が立ち去って茜が円に戻ってきた。


「やべぇ」


 茜は時計を見て舌打ちする。


「ちゃんと進んでやがる」


 時間はもちろん止まらないようだ。


「茜、残り何秒ある?」


 俺が聞くと、茜は余裕のない表情を見せる。


「あと三十秒しかねえ」


「次の指名は小林、後藤、野村の誰かだ」


 俺の意見に、場はざわつく。


「ね、ねえ! 警察の人が来るならもう誰も犠牲にならなくていいんだよね!?」


 堀切が皆に問いかける。


「そ、そうだよ! もうわざわざ俺らを指名することないじゃん!」


 後藤が便乗する。


「この腕時計が止まらない限り、ゲームは終わらない! 茜、作戦は続行!」


 外部の人間が警察を呼びに行ったこの状況を運営側が放っておくわけがない。時計を操っているカメラの向こうの人物がどこにいるかも分からない。適当なお題にして流れを途絶えさせるにはまだタイミングが早すぎる……!


「まじで言ってんのか?」


「まじだよ!」


「お題!」


 後藤が選ばれたくない一心で顔を下げる。小林も野村も祈るように目をつぶる。


 茜、心苦しいが、誰を選んでもお前の罪にはならない!


「今日、彼氏とのことで悩み相談に乗ってもらったやつ!」


「え?」


 後藤が口をぽかんと開けて茜を見る。


 俺も理解が追いつかなかった。少なくとも後藤たちに当てはまるお題ではない。


「……っしゃあ」


 茜が小さくガッツポーズした。


「茜、もしかして……」


 桃波が何かに気づいた。


「そうだよ」


 茜が自慢げに桃波に向かって時計を見せている。まさか。


「自分を指名して、もっかい代表になったんだよ」


「時間、リセットされたのか!」


 俺が尋ねると茜は俺にも時計の表示を見せてきた。


 ”00:12”


 四分ぎりぎりだったはずの時間がリセットされ、新たに進んでいる。


「で、でも茜は代表するの連続三回目なんじゃないの? これは大丈夫なの?」


 桃波が眉をひそめて聞く。


「私もどうなるか分かんなかったけど、かけたんだよ」


 そうか! 代表を交代しなければいけないのは”二回連続で人が死んで同じ代表が続いてしまう時”だ。茜は自分のカウントを犠牲にすることで誰も死なせなかった。死んでいない場合は名簿が次に回らない! 二回連続という条件がつけられているということは、茜の連続代表回数はリセット。あと最大二回代表ができる……!


 このファインプレーは、最初の一分間はみんなに称えられた。命からがらの後藤は泣いて喜んでいたが、じわじわと”次”が迫っていた。たかだか四分で助けはまだ来ない。同じ手はもう使えない。茜には選択してもらわなければならない。


「茜、悪いけど作戦は変わらない」


 俺の発言に堀切が反論する。


「真矢ちゃんがやってくれてたみたいな時間の引き延ばしを続けてたら、その間に誰かが助けに来てくれるんじゃないの!?」


「堀切。助けが来たところでこの腕時計が変な動きし続ける限り、俺たちが人質であることに変わりない。それに、俺は助けは来ないと思ってる」


「何で?」


「あの監視カメラ。ずっと誰かが見てるってわけだろ? 警察呼ばれたのが分かったら何かしら対策するに決まってる。もし俺らを弄んで殺すことが目的なら、もう今すぐに殺されてもおかしくない状況なんだよ」


「その意見、賛同するよ」


 ここまで沈黙していた野村が話に乗ってくる。


「自分が殺されそうな状況で言うのもなんだけど、運営側が何のアクションも起こさないはずないね。まだ生きてるだけ奇跡。もうみんな死んでるのも同然。まあ……牛田くんがいたらこういうだろうよ。デスゲームを甘く見るな、ってね」


「カウント一の人を選んでいくのじゃだめ?」


 後藤は再び不安な様相に戻っていた。


「あと五人くらいカウント一がいるっしょ? それなら二十分くらい稼げるじゃん……」


「後藤くん、そもそも助けなんて来ないんだ。来たとしても――」


「――分かんないじゃん!!!」


 野村の言葉に被せるようにして後藤は叫ぶ。


「何で助かるかもしれないのに今死ななきゃだめなんだよ……。死にたくないよ……」


 後藤が声を震わせ泣き出す。


 嫌な空気が流れ、焦燥感が募っていく。


「ぼ、僕がやる」


 か細い声で主張してきたのは木村だ。


「これ以上誰かがいなくなってしまうくらいなら僕が代表をする……!」


「寛大くん、君はだめだよ……」


 木村の決意に野村は頭を抱える。


「草加さん、僕を指名して。僕が時間を稼ぐ」


「一也、とりあえず木村じゃだめなのか?」


 茜が困った様子で俺を見る。


「茜、さっき説明した通り、ここでばななチームのやつを指名するのは危険だ。それに、木村。お前、誰も死んでほしくないってことは、また次もカウント一のやつを指名するつもりだろ?」


「……うん」


「仮に堀切を指名したとしても、堀切もどうせ人を殺さない。そうなってくるとカウント一の残りは梅島と矢田。この二人もいずれカウント二になる。それでも助けが来なかったら? お前は人に誰かを殺す役目を押し付けることになる。後回しにしたって、結局あと少なくとも四人犠牲にならないと、このゲームは終わらない」


「……」


 木村は勢いを失くしうつむいた。


「寛大くん、君がここでカウントを犠牲にする必要はないんだ」


 野村も止め、木村は黙りこくってしまった。


「はあ……」


 茜が大きなため息をつく。


「結局誰かがやんなきゃいけねえんだろ。ならやってやるよ。自分が生き残るために!」


 決心のついた茜に対し、場に緊張が走る。


「お題!」


 時は来た。さっきのような小細工は通じない。ここで、茜の選択で、確実に誰かが一人犠牲になるのだ。


「運動部の男子!」


 剣道部の小林がすぐに立ち上がる。茜は小林が立って空いた席の近くに寄ったが、まだ座らない。なぜ座らないのか、その意図を察するのに時間はかからなかった。


 テニス部の後藤がぶるぶると震えながら席から崩れ落ちた。歩こうとしたのだろうが足が激しく震えていて、とてもそれどころではなさそうだ。


「ア゙……ア゙……」


 四つん這いになって、声にならない声で泣いている。


「篤史……」


 小林は後藤の前に立ち、まだ座らずにいる。


「イヤだ……。ジニダクナイ」


 むせび泣く後藤。小林はしゃがんで、その震える両肩に手を置いた。


「私はまだ座ってないからよ、どっちが死ぬのかは自分たちで選べよ」


 茜が座ってしまうと次の席がない後藤の死が確定する。


「ひと思いに、どっちか選んでくれればいいのに」


 小林が茜のいる方に顔を向け苦言を呈す。


「あぁ? こちとらまず人を殺す選択を自ら取ってやってんだよ。別れの挨拶できる時間あるだけましだと思えよな」


 一見残酷なやり方ではあるが、そもそも茜に究極の選択を迫っているのだから何も言えない。そしてこの死の選択の時間の間、おそらく腕時計のタイマーはどれも進んでいない。何とも皮肉な引き延ばし作戦と言える。


「ヤダァ。ゴワイ。ジニダクナイ!」


「こんなの、酷い……」


 後藤の悲痛な叫びに、堀切が泣き出した。つられるように桃波や新田も涙を流す。野村は後藤を視界に入れるのが辛いためか、顔を上げない。俺だって別に後藤に死んでほしいわけではない。たまたま別チームで、カウントが二で、優先順位の高い相手ではなかった。それだけなのだ。


「俺が……代ろうか?」


 小林の口から驚きの発言が出た。


「エ?」


 後藤が涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。


「怖いんだろ? 草加に、こっちに座ってもらうか?」


「劉弥ぁ……」


 思い詰めたようにまた頭を下げ、ヒクヒクとしゃくり上げる。

 

「お前は、優しすぎる……。怖く……ないのかよ」


 小林は声こそ落ち着いているが、よく見ると後藤の肩を触るその手が小刻みに震えている。


「怖いよ。けど、どうせいつかは死ぬし。圭一、あいつかまってちゃんだったから、一人で寂しがってるかもしれないだろ? それに……真矢にも……会いたいし」


 長時間に渡って狭い部屋に拘束され、大切な人が一人ずつ無残な姿になってゆく。積み上がる死体。部屋にだんだん漂う異臭。終わりのないゲーム。そして迫る死。気が狂ってもおかしくない状況下でも、小林はまるで平静にみえる。


「うぅ。うぅ」


 後藤が唸る。葛藤があるようだ。


「もし! 俺が死んで、お前だけ生き残ってもっ。……俺のこと、ずっと忘れないでいてくれるか?」


 さすがにいつまでもこの状況は続かなかった。後藤と小林、二人のタイマーが鳴り始めたのだ。タイムアップというわけだ。


「忘れない! 忘れるわけない! 篤史も、圭一も、みんな絶対忘れない!」


 あまり普段感情の起伏を見せない小林が強く主張した。


 後藤がそれを聞いてまたわんわん泣き崩れ、そして小林に強く抱き締められたのが最期だった。小林は後藤が座っていた席に着き、場は静まった。鼻をすする音があちこちから目立って聞こえた。




 死体は小林と、茜が運ぼうとしていた。


「茜、私が運ぶ」


 桃波が機敏に動き出した。


「あぁ? 何でだよ。いいって……」


 桃波が邪魔するかのように、後藤の両足を横入りして掴もうとする。


「おい桃波。何のつもりだよ」


「一人で背負って欲しくないの。私にも、分けて欲しい」 


 そう言って、桃波は片足を持った。


「……お人好しも大概にしろよな」


 二人のやり取りを、小林は黙って後藤の両脇を抱えながら聞いていた。




 運び終わって、茜と桃波は何やら小声で会話していた。


「あの、二人とも……」


 割って入ったのは木村だった。か細い声だったが、耳をそばだてていたので確かに聞こえた。野村くんを選ばないで、と。


 茜と桃波は返す言葉もなく、木村もそれ以上の主張はしなかった。そして死体処理時間は終わる。


 助けはまだ来ない。いや、そもそも期待していないが。警察はまだとしても、本来ならそろそろ大人の一人や二人、来てもいい頃だと思う。そういえば、助けを呼びに行ったあの男はこの場所にいるのが二年一組だと分かっていた。つまり俺たちを探していたということだ。かなり時間が経っているだろうし、俺たち三十五人の所持品だって、教室かどこかにはあるはず。一組が行方不明になったことを、たくさんの人間が認知していれば、俺たちが助かる線もなくはない……。しかし少なくともこの場所が外部の人間にバレた以上、あの男はただでは済まないだろう。他言される前に今頃消されているのではないだろうか。  


 消す……となると、やはり監視カメラの向こうの人物、あるいはあの最初に現れたおばさんはすぐに対応できるよう校内にいるのかもしれない。複数人による、学校を巻き込んでの計画的な犯行……。


 しかし、腑に落ちないこともある。話し合いの時間が延びたことだ。二分が四分になって、ゲームテンポが明らかに落ちている。延びれば延びるほど行方不明になった俺たちの話は大きくなって、この場所が見つかる可能性も上がってくる。ただ遊びで殺すことが目的なら、二分でさっさと始末をつけていった方が良かったものの……。一体何が目的なんだ。


 窓はないが、何となく壁を見つめてみる。


 きっと外はもう真っ暗だ。


 腹が減った。


 母さん、心配してるだろうな。


 ごめん、父さん。俺は今、平気な顔して人を殺してる。




〈死亡〉

後藤篤史


〈カウント2〉

小林劉弥

武里一也

野村悠


草加茜

千住桃波

新田晶子


〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

矢田優斗


堀切和花


残り10人




〈現在のチーム編成〉


りんご

千住桃波 新田晶子 堀切和花 武里一也


いちご

草加茜


ぶどう

矢田優斗


ばなな

梅島京助 木村寛大 野村悠 小林劉弥


無所属

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