第20話 一筋の光

〈前回までのあらすじ〉

 秀の死のショックからか、酷い白昼夢を見ていた一也は、茜の平手打ちによって正気を取り戻す。そんな中、希空が代表の矢田と口論を始める。希空の妙な発言から、このゲームの運営側ではないかと睨んだ牛田。その疑いから希空が死亡し、代表は茜に移る。守るものも敵対するものもいなくなった一也は、生き残って今までの過ちを悔い改めたいと心に決めるのであった。




「なあ、茜」


「あ?」


 茜はいつものぶっきらぼうな返事をした。


「さっきは、ありがとう」


「何が?」


「俺、完全にバッド入ってたからさ、茜のおかげで戻ってこれた」


「あ~。別に良いって」


 三十五人いたクラスも三分の一以下になるとさすがに静かだった。


「あとさ、改めてなんだけど、りんごチーム入らないか? グループの人数、多い方がいいかなと思って」


「あー、まあ、別にいいけど。桃波は?」

 

 茜が桃波の方を向く。


「えっと、今、いちごチームってあたしと茜だけ……なんだよね。うーん……まあ、別にいいけど」


 歯切れの悪い返答だった。要するにこの二人は、秀と同じチームに入りたくなかったのだと思う。秀が死んでやっとチームに友達が加入する。複雑な気持ちだ。


「仮に入るとして、お題でりんごチームのやつの隣に座らなきゃいけないわけだろ?」


「そういうこと。俺の隣に来るのが確実だと思うけど」


 俺の隣は木村と小林だった。


「でもよ、私のお題で誰か死んだら、また私が代表なんだろ? じゃあこのタイミングじゃなくてもいいわけだろ?」


「そうしたとして、カウント一のやつが代表になれば茜の代表ターンは終わって、りんごチームに入れない可能性が出てくる」


「じゃあカウント二のやつらを指名……するのはだめか」


 そう、それをすると俺や桃波を危険にさらすことになる。


「今、カウント一のやつってどんだけいんの? 手挙げて」


 茜が呼びかけると、梅島、矢田、堀切、そして木村が手を挙げた。


「確実にりんごに入るには木村をどかせばいいってわけか」


 茜が考え込んでいる。命がかかっている局面であるからか、さすがの茜も慎重だ。


「寛大くんの指名及び、ばななチームを危険な目に合わせることは僕が許さないよ」


 木村のことになると野村が目を光らせてくる。


「りんごチームの、一也じゃなくて他の人に入れてもらうのはだめなの?」


 桃波が提案する。


「例えば、堀切さん、りんごチームだよね? 入れてくれない?」


 桃波の隣は堀切と新田だった。都合の良いことに、二人ともりんごチームだ。


「私は構わないけど……」


 堀切の目線が梅島に移る。このりんごチームで気がかり、というか邪魔になっているのはやはり梅島だ。


「……構わないよ。この期に及んで、チームを少人数で独占する意味はないからね」


 意外とあっさり許可が降りた。堀切は安心した様子で桃波と時計のスクリーンを重ね合わせた。


 梅島は、このまま俺たちを数合わせとしてりんごチームに加入させておくつもりか? もちろん梅島にとっても死のリスクを減らせるわけだからメリットはあるが……。やっぱりあの眼鏡、いまいち何を考えているか分からない。


「あの、梅島くん……」


「何かな?」


 新田が自信がなさそうに梅島に呼びかけた。


「梅島くんは今、本当にりんごチームなの?」


「……どうして疑うの?」


「私、ちょっと前に、後藤くんと梅島くんが端の方で何か話してるの見てたんだ。その時、腕時計の画面、合わせるような素振りがあった気がしたから……どうなのかなって」


 梅島はいつも通り冷静で、反論しようとはしなかった。


「おい梅島、画面見せろよ」


 茜が攻め寄る。


「はあ……。新田さんの目は誤魔化せないってわけだね」


 うつむいた梅島の眼鏡がきらっと反射した。


「そうだよ。僕は今ばななチームだ」


 画面に黄色の絵が映っている。


「おい、ばななチームって今誰がいんだよ。手挙げろ」


 牛田、木村、後藤、小林、野村の手が挙がる。


「そんな! 梅島くんどういうつもり!」


 裏切られた堀切が久しぶりに張りのある声を出す。


「お前らばななチーム何かコソコソしてんなあ! 決めた、やっぱお題はお前らにする」


 茜がキレ始める。感情に任せて決めるのは危険だ。


「茜、ちょっと待て! 考えるから!」


「あぁ? あと二十秒しかねえって!」


 今のばななチームは梅島を入れて六人。対するりんごチームは俺と桃波、堀切、新田。茜を入れてもまだ五人。


 残るは別チームの矢田のみ。この番でばななチームを一人。茜の二回目のお題でもう一人消せれば人数でアドバンテージが取れる。しかも茜の次は名簿順で桃波。さらに人数で有利な状況を作れる。


 いや、でも待て。向こうのチームにはカウントがまだ一の梅島と木村がいる。もしその二人のうちどちらかが代表になると、権利が完全にばななチームに移行して不利。おそらく梅島はそこまで想定済み。となると、梅島は必ずカウント一を利用してわざと代表になってばななチームの流れを作ってくるに違いない! だめだ、これは罠だ!


「お題は、ばななチームじゃない。ばななチームの、カウント二のやつ単体指名だ!」


「お前、それって」


 茜が顔をしかめる。


「そうだよ! そうでもしないと勝てない! 生き残れないんだよ!」


 残る人数は十二人。このまま最短でゲームが終わるのはチームが一つだけになった時。つまり最大人数の七人。あと五人が犠牲になればこのゲームは終わる。もし梅島や矢田、ややこしいやつに主導権を握らせれば、自分たちの命が危ない!


「いや、いくら何でも!」


「やれ! このままだと桃波も失うことになるぞ!」


「他に方法はないのかよ!」


「ない。生きるために、やるしかない時が来てるんだよ!」


「くそ! お題!」


 茜、辛い役を背負わせてすまない。


「牛田」




 茜の選択は間違っていなかったと信じている。もしあそこで中途半端にばななチームを選んでいたなら、梅島がわざと代表になってりんごチームのカウント二のやつを狙ってきただろう。特に俺は邪魔だろうから優先的に殺されていたと思う。名簿順で梅島の次は木村、後藤、小林と続く。りんごチームを潰すには十分すぎる流れだ。


「くそっ、気分悪ぃ」


 茜が輪から出て床に座り込んだ。


「茜! 大丈夫?」


 桃波がすぐさま茜のもとへ駆けつける。


 そして俺は仕方なく牛田の死体を運んだ。一人で運ぼうとしているのを小林が手伝ってくれた。


「茜、すまない」


 運び終わり、俺はすぐに茜の元へ行って指示の意図を説明した。


「なるほどな……。次も私に、人を殺させようってか」


「ほんとはこんなこと茜にやらせたくない。でももう他に道がないんだよ」


「分かってるよ……。私だって、生きたいからさ……仕方ないことだって分かってる……」


 茜の額の汗。強がる口調とは裏腹に、手が震え、青ざめているのは明らかだった。




 のそのそと円の中心に茜が戻り、ルールに従い二度目の代表となった。


「新田、状況整理してくれ。今どのチームに誰が何人いる」


 俺は初めて新田に頼った。


「え? ……えっと、りんごチームが武里くん、千住さん、和花ちゃん、そして私。ばななチームが、梅島くん、木村くん、野村くん、後藤くん、小林くん。残りが矢田くんで、脱退とかしてなければぶどうチームのはず……」


「そうか、ありがとう。……なあ、新田。お前、記憶力めちゃくちゃ良いだろ」


「あ、うん……。短期的にだけど一度見たこと、聞いたことは忘れない、かな」


 やはりそうだった。おそらくもっと人数が多い時から新田は、正確にチームやカウントを記憶していたのだろう。


「梅島はその能力を知っていて、新田をりんごチームに引き入れた。何かと役に立つって思ってたんだろ? なあ」


 梅島の口角が一瞬緩む。


「言いがかりだな。僕はりんごチームの枠を埋めるために無作為に選んで誘っただけだよ」


「ねえ、梅島くん。私をりんごチームに入れたのは何だったの? 私、このままじゃ――」


「あぁ、それは」


 梅島が面倒臭そうに堀切の話を遮る。


「今からまた誘おうと思ってたんだ。僕は気が変わってばななチームで勝つことにしたんだよ。今、牛田くんが死んで枠も一つ空いたことだし、ばななチームに来ないかな? あぁ、でも今は矢田くんと千住さんが隣だからすぐにはチームに入れないね」


「あの、何かさ」


 後藤が控えめに話し始める。


「チームに梅島を入れたの俺なんだけどさ、梅島は牛田が死んで何とも思ってないっしょ? つまりさ、例えばチームメイトの俺が死んでも、何とも思わないってことなんだろ? それって何かさ……いいように使われてるだけっていうか……」


「僕も同感するね」


 珍しく野村が話に乗ってくる。


「君は人を自分が勝利するための道具としか見ていない目をしているよ。愛がないな」


「梅島くん。私への告白は、嘘だったの? 私は何かの道具なの?」


 ヘイトが梅島に向き始めた。


「みんな僕を憶測で語りすぎでは? みんなだって目的は生き残ることでしょう? 僕はその目的に向かって行動しているだけで。人の心配ばかりしていたら、自分の足元がすくわれるよ」


「なあ、草加。次もばななチームの誰かを指名すんのか?」


 後藤が尋ねる。


「そうだよ」


「そうやればお前たちが勝つのか?」


「そうだよ!」


 ドンドンドン


 視聴覚室の扉を強く叩く音がしたのはその時だった。


「おい! 中に誰かいるのか!」


 誰か男の声がして、堀切が勢いよく立ち上がる。


「い、います! 助けてください! 閉じ込められてます!」


「もしかして、二年一組の人か!?」


「そうです。助けてください! 人がたくさん死んでるんです! 事件なんです!」


 俺たちにやっと一筋の光が差し始めた。

 



〈死亡〉

牛田琢朗


〈カウント2〉

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

野村悠


千住桃波

新田晶子


〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

矢田優斗


草加茜

堀切和花


残り11人




〈現在のチーム編成〉


りんご

千住桃波 新田晶子 堀切和花 武里一也


いちご

草加茜


ぶどう

矢田優斗


ばなな

梅島京助 木村寛大 野村悠 後藤篤史 小林劉弥


無所属



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