第17話 陽キャは害悪でしかない

〈前回までのあらすじ〉

 蒲生の死後、話し合いの時間が二分から四分へとルールが変更になった。絶望の最中、堀切、希空と代表が続く。そして希空は誰が死ぬべきか投票で決める提案を始める。不利な状況の秀から何とか票を分散させるべく、一也は死にたがっている人間を優先するべきだと主張する。一也の思惑通り、多数の票を集めた津田が処刑される。死体処理時間、希空の明らかな悪意に、秀が問い詰め始めると口論に発展。希空を激昂させてしまった秀に対し、一也は最悪の展開を想像する。




「みんな、聞いてたかな? 本当に悲しいよ。ちょっと事実を並べたらオカマ呼ばわりだよ。次も投票にしようと思ってるけど、何か言いたいことある人は?」


「あるに決まってるだろ」


 俺は何とか形勢をひっくり返すため、反論に出る。


「一也はさ――」


 希空が苛立った様子で俺を見る。


「一也は生きたくないの? あいつと仲良いのは分かるけど、あいつをかばえばかばうほど、お前は不利になってんのに。レイプの話を抜きにしても、あいつはお前の彼女と寝たこと認めてるんだぞ。よくそんなやついつまでもかばおうとするよな」


「茉衣とヤってたこと許すつもりはない。心底幻滅してるし、一生軽蔑する。ただ、真鍋の件は秀も反論してるし、そういう嘘つくようなやつだとは思ってない。確実な証拠もないのに雰囲気で悪者にされて、流れで死ぬのは違うだろ」


「はぁ……」


 希空はため息をつき、前髪を雑に触る。


「全部普段の行いだよ。口を開けば下ネタ。女の子たちの品定め。乱れた肉体関係。きもいんだよ。誰もがみんな性欲だけで物事判断してると思うなよ。他の女子もみんな! お前のこと気持ち悪がってんだよ」


 秀に向けられる皆の視線。秀は誰とも目を合わせられない。


「なあ、桃波、茜」


 秀は俯いたまま二人の名を呼ぶ。


「何だよ」


 茜が静かに返事をする。


「お前たちも、ずっと俺のこと気持ち悪いと思ってたのか」


「猿が発情してるの見ていちいち気持ち悪いと思わねーだろ。別に私に害あるわけじゃねーし。男なんてだいたいそんなものだろ。さすがに茉衣に手出してたのはドン引きだけどな」


 茜の言葉には裏表はないように思える。


「……あたしはきもいと思ってた」


 桃波がためらいながらも吐露する。


「深入りしたら、自分も危ないんじゃないかって思ったことある。あと、女子の胸がどうとか、身体のことばっかり言ってて最悪だなって。別に死ねって言ってるわけじゃないけど、投票するなら正直、他の……選択肢が浮かばない……」


「俺、そんなみんなのこと不快にさせてたんだ。……悪気はなかったんだよ。だから……」


「あっ、そう言うとみんな許してくれると思ってるんだ。いづみちゃんの言葉、覚えてる? お前のことは許さないって。あの時はあまりにいづみちゃんが苦しそうだったからフォローしたけど、終わらせるべきはあそこだったかなー」


 秀に票が集中しそうな流れに汗が吹き出る。


「お前結局、秀が気に入らないからって陥れたいだけだろ。さっきの津田の時の指名。俺はよっぽどお前の方が悪魔に見えたよ。行いはいくらでも改められるけどな、お前みたいなサイコパスは一生治んねえよ!」


「公平、公正に見て、死ぬべき人間をみんなでジャッジしているだけだよ。何とでも言えばいい。決めるのは僕だけじゃない。全員だ。さあ、そろそろ投票を始めよう」


「おい! 言うだけ言って終わりは卑怯なんだよ!」


 まだ粘ろうと必死に秀をかばった。


「木村は死にたがってるし、井上だってどうしようもないクズだろ! 秀ばっかりを悪者にするなよっ!!!」


「せーの!!!」


 俺の訴えに被せるように、希空の号令がかかった。


 一斉に指差しが始まる。


 俺は希空に投票。秀も俺と同じ方を差している。多少は票がばらけ、投票してないやつもいるようだが、結果は明らかだった。


「ごめん、一也ごめん」


 結果を知り、秀が口にしたのは謝罪だった。


「決まりだね」


 希空はどこか満足げに言う。


「一也、俺最低なことばっかしてんのに俺のこと必死に守ろうとしてくれて……」


 秀の声が震える。


「なあ、希空! ちょっと待てって! 頼むって!」


 俺は悲惨な秀の姿を尻目に、希空に懇願する。


「僕に言われても困るな。これは民意。多数決だよ。この中で一番生きる価値がないってもう決まっちゃったんだよ」


「お前が秀の名前を口にするんだぞ! 自分の手を汚したくないからって、そういう責任転嫁もいい加減にしろ! 秀を殺すのは、紛れもなくお前なんだよ!」


「うるさいなー。時間ないんだ。指名――」


 俺は希空がその名を口にする寸前で思わず立ち上がった。


「なあ!」


「往生際が悪いな! もう決まったんだよ!」


 希空が怒鳴ってくる。しかしもう冷静な説得などしていられない。


「生きる価値って何だよ。お前らは何にも悪いことせずに生きてきたのかよ! 何で秀が死ななきゃいけないんだよ! お前ら陰キャのくせにこんな時だけしゃしゃってんじゃねーよ! 生きる価値ねーのはお前らの方だろ! お前らが死ねよ!」


 ピピピピピピピピピ


 いつの間にか鳴っていた警告音。顔が熱い。


「一也! ごめん! 一也ごめん!」


 気づけば秀も立ち上がっていて、なだめるような柔らかさで抱き締めてきた。


「俺のために一也が悪者になっちゃだめだ」


 鳴り響く二つの警告音。


「だってよ!」


 とめどなく溢れ出る気持ちがつっかえて、言葉がもう出なかった。


「俺、散々だったし、クズだったかもしれねーけど、お前がいたからさいっこーの人生だったって思えんだよ」


 秀は俺の両肩を掴んで、徐々に押しだし始めた。


「だから、なっ?」


 優しく、強く、俺は自分の椅子の前まで押し戻された。


「嫌だ!」


 そのまま座らされそうになった。


「一也。お前は生きろ。壮人も言ってただろ?」


 もう子供のように大きく首を振ることしかできない。


「一也!」


「嫌!」


 精一杯の声を上げる。


「俺のことそんなに殺したいんならさっさと言えよ、希空!」


「言われなくとも。指名――」


 希空がその名前を呼んだら、秀は。


「嫌! 嫌だ! 嫌だー!!!」


その耐え難い現実を打ち消すように、血反吐が出そうなほど叫んだ。


「――谷塚秀」




 俺の記憶はここで途切れた。


 


 それから、どれだけの時が経ったか。




 俺は目覚めると、湿っぽい臭いがする布団の上にいた。しみのついた天井。貧乏な団地で見たことのある、安っぽい傘のついた電灯。


「お前、学校行かないの?」


 聞いたことのある声がして、身体を起こそうとする。しかしなぜか鉛がついたように重い。頭もズキズキと痛む。


 やっとの思いで声がした方を見ると、そこにいたのは古い座椅子で化粧をする母さんだった。


「母さん……。ここ、どこ?」


「はあ? 頭大丈夫?」


 母さんなのに、母さんではなかった。その喋り方、謎の小汚いワンピース。まず、母さんにお前などと言われたことがない。


「誰?」


 その違和感と恐怖から尋ねてみるが、きつい返事をされてまともに取り合ってもらえない。


「ブスな顔でこっち見ないでもらえる? 早く顔洗ってきたら」


 母さんはローテーブルに置いた小さな置き鏡に夢中でこちらを向かない。


「え?」


 汚れた洗面台の鏡に映ったのは紛れもなく自分だった。しかしかつてないほど肌が荒れていた。そして顔も腫れぼったく、髪もぼさぼさ、というか艶がなく硬い。


 時計は八時十五分を差している。


「やば」


 学校に行かなければならない。そうだ、今日は学校だった。


 自分の持ち物、制服、全てに違和感を覚えながらも適当に支度して玄関を出る。そこには庭も、花もない。コンクリートの壁。


「団地……」


 俺が小学生の頃に見た団地だった。俺は、ここに住んでいるのか……。


 錯綜する記憶。思い出せそうで思い出せない何か。経験したことがないはずの日常が頭に流れ込んできて、徐々に身体に馴染んでいく。


 遅刻は確定だったが、一応早歩きで学校へ向かう。校門までまもなくというところで、見覚えのある二つの背中が見えてきた。


「ひ、秀! 茉衣!」


 いつものような自然な声が出なかった。上ずった情けない声になってしまったが、二人には届いたようだ。


「あ?」


 秀が振り向く。


「え、誰?」


 茉衣が怪しむように目を細める。


「俺だよ!」


「武里?」


 秀が他人行儀に名字で呼んでくる。


「何か名前で呼ばれたんですけど」


 茉衣は馬鹿にするような半笑い顔だ。


「お前らも遅刻? てか朝からどういうノリ?」


 一抹の不安をよそに、気さくに話しかけてみるがやはり反応が悪い。


「えっと、どした? キャラ変?」


 俺のよく知っているはずの秀が頭の中で遠ざかっていく。


「え、きも……。やめてよ、話しかけてくんの」


 茉衣の冷たい視線。


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


 言葉が詰まって、全身から汗が止まらない。


「行こうぜ」


 二人は俺を薄気味悪がって、そのまま去って行った。


「あれ?」


 脂汗が顔を伝う。


 頭がかゆい。


 鼻の赤いニキビが痛む。


「何で……」


 静かになった道路。


「何で……話しかけたんだっけ」


 蝉の鳴き声だけがうるさく響き渡っていた。




 秀と茉衣。いや、違う……。谷塚くんと小菅さんに追いつかないように学校に到着すると、もうホームルームは終わろうとしていた。


「武里、遅刻だぞ!」


 担任が怒鳴ってきた。


「あ……」


 後ろの方にあった自分の席らしき場所に座ろうとしたが椅子がなかった。


「何してる」


 担任がすかさず尋ねてくる。


「あの……椅子がなくて……」


「あぁ? 後でどっこかから自分で取ってこい!」


 一時間目は体育だった。プールの授業だったため、椅子のことは後回しに更衣室へと向かう。


「何だ、これ」


 水着が入った水泳バッグの中から、茶色く腐ったバナナの皮が出てきた。記憶を思い出すと同時に身体がずっしり重くなる。


 そうだ、俺はこのクラスでいじめられているんだ。


「それに比べて、壮人は身体でかいよなー」


「まあ、鍛えてるからな」


 バナナのカスで汚れた水着を手で払っていると、一度どこかで聞いたことのあるような会話が耳に入ってきた。


「こっちも良いもん持ってんな!」


「おい、やめろ!」


 鐘淵くんがぶつかってきた。俺はよろめいて、棚の角で軽く頭を打つ。


「あ、すまん」


 鐘淵くんは小声で謝ってきたが、俺はうまく返事ができなかった。俺はこのクラスに友達がいない。他人にどんな態度を取ったらいいのかが分からない。自信がないのだ。


「まあ、童貞だから宝の持ち腐れだけどなー!」


 谷塚くんの大きい声。


 ――えっと、どした? キャラ変?


 登校中の冷たい言葉がまたよみがえってくる。


「お前ー!」


 鐘淵くんが全裸の谷塚くんを追いかけ始めた。この光景も、どこか、夢の中で見たような気がする。


「ぎゃはははは」


 耳障りだ。


 なぜか懐かしい、とさえ思っていた谷塚くんの声が、だんだん不快なものへと変わった。


「ぎゃはははは、ぎゃはははは」


 うるさい……。俺は、こんなに嫌な思いをしているのに、どうして谷塚くん……あいつはあんなに楽しそうに騒いでいるんだ。


 憎い。


――ぎゃはははは


 憎い。


――え、きも……。やめてよ、話しかけてくんの


 憎い。


――ぎゃはははは、ぎゃはははは


 憎い。


――えっと、どした? キャラ変?


 憎い。


――何か名前で呼ばれたんですけど


 ――ぎゃはははは、ぎゃはははは、ぎゃはははは、ぎゃははは


 ぎゃははははぎゃははははぎゃははははぎゃははははぎゃははは

 ぎゃははははぎゃははははぎゃははははぎゃははははぎゃははははぎゃははは







  陽キャは害悪でしかない。

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