第16話 最悪の予感

〈前回までのあらすじ〉

 西川を犠牲にしつつ、梅島は堀切をりんごチームへと丸めこむ。一方、何とか自分に代表の番を回したい一也は、木村を揺する作戦に出るが失敗に終わる。木村のお題により代表になった新田は、現在のチーム編成について探りを入れ、後藤がみかんチームを抜けていることを見破る。不審に思った村本が小林を問い詰めると、小林もみかんチームを抜けていることが判明。村本は発狂し凶行に及ぼうとするが、新田が指名し死亡。そして新田は続けて蒲生を指名し、一也や秀にとっての脅威が一つ去ることとなる。




 周囲の説得で一度は落ち着いた蒲生とはいえ、人数が減ってきたらまた秀を狙ってきてもおかしくはなかった。新田は新田で、蒲生に脅された件があったから排除したのだろうが、こちらとしても好都合。図らずとも利害が一致した。


 序盤は狂気に満ちていた蒲生が、あんなに安らかに眠っている。場外へ安置してくれる友達もいない蒲生を、堀切が踏ん張って運ぼうとしている。さすがに今回は新田が手伝うことはないし、女一人ではきついはず……。


「足持てよ……」


「え?」


 哀れんで誰かが助けるかもな、なんて思っていたら、手伝ったのは茜だった。


「いいから……」


 普段は接点のない茜が堀切を手伝い、蒲生の死体を運んだのだ。思わず秀や桃波の方を見ると、二人の視線も茜に釘付けだった。きっと同じことを思ったのだろう。堀切も驚いたはずだ。


 そして茜は何事もなかったかのように席に戻り、無事に新たな死体は処理された。


「次は、私……」


 新田の二回分の代表が終わり、名前の順で次に登場したのは堀切だった。


「えっと……」


 堀切が喋り出そうとしたところで、部屋が暗転した。久しぶりの闇にざわめきが起こり、その沈黙に不安が募る。


 ”みんなおつかれさま!”


 勝手に起動したプロジェクターがスクリーンに映し出したのは、ふざけたフォントの労いだった。


 “クラスの人数もいつの間にか半分以下になったね! ここで一つルール変更のお知らせだよ! ここからはお題を考える時間が二分から四分になるよ! 誰が生きる価値があるのか、誰と生き残りたいのか、よく考えてみてね! それでは、ゲーム再開!”


 説明がそれだけ表示され、再び薄気味悪い青ライトが点いた。変わった部分はシンプルで、話し合いの時間が延びただけだ。


「……私たちは何かを試されてるの? どうして学校でこんなことするの? 本当に、誰も何も知らないの?」


 堀切が追い込まれた様子で訴えかける。今さらながら、学校でなぜこんなことが行われているのだろう。既に二十人近い死者。大事件だ。なぜ外の人間は誰も気づかない? 先生は? 友達は? 家族は? 


「学校が容認したデスゲームなんだよ、これは……」


 牛田がおもむろに口を開く。


「どういう、こと?」


 絶望的な響きに、堀切は戦慄する。


「新しい施設。知らない講師。嘘の防災訓練。監視カメラ。何時間もこんなとこに閉じ込められて、助けはなし。がっ、学校が仕組んでるとしか思えないって言ってんだよ……」


「そんな……。どうして……。どうして私たちがこんな目に合わなきゃいけないの」


 堀切はどうにか希望を抱いて我慢してきたのだろう。あまりに暗い地続きの現実に、堰を切ったように泣き崩れた。時計には残り三分の文字。伝染するように津田もまたピーピー喚き出した。


「堀切さん。泣くことないよ」


 梅島が声をかける。


「この状況に落胆していても前には進めない。まずは僕たちが生きることを考えるんだ」


「うん……」


 もっともらしい正論だが、慰めにはなっていない。


「僕たちが生き残るために、堀切さんに一つお願いしたいことがあるんだけど」


「……何?」


 堀切は嗚咽しながらも返答する。


「牛田くんを指名してほしい」


 少しの沈黙の後、堀切は指で涙を拭いながら「できないよ……」と小さな声で言った。


「知っての通り、牛田くんはなぜか僕に怒っている。リスクは早めに消しておかないと、後で大変になるだろう?」


「も、も、元はと言えばお前が!!!」


 牛田は激昂したが、梅島は取り合わない。


「リスクとか、よく分かんないよ……。どうして同じクラスメート同士で争わなくちゃいけないの? 別に牛田くんだって何も悪いことしてないのに……」


 梅島は眼鏡を上げ直して、小さく溜息をつく。


「堀切さん。現実を直視すべきだ。このまま牛田くんを放っておいて僕が死ぬことになったらどうする? りんごチームの人数は減るし、何より君を守るために働きかける人がいなくなる。君は自分自身を守るためにも、他に選択肢なんてないんだよ」


「だからって、人を……殺すなんてできない」


 どちらの言い分も分かるが、一連の会話から、梅島が堀切を手駒にしたいことは把握できる。本当に好きな人にそんなことができるのか……。やはりあの唐突な告白も怪しい。


 結局、堀切は梅島の言うことを聞かずに”カウント一の人”を指名した。梅島は事がうまく運ばずに内心イライラしていることだろう。


 ”カウント一の人”というお題は、今や責任逃れの定番フレーズとなっている。まあ死に際の俺からしたら助かるが……。


 そして代表は希空。カウント二つ。


「カウント一の人を選んだからって、別に人を殺してないわけじゃないから。何のお題にしたって誰かのカウントは必ず一つ増えて、間接的には人を殺しているって自覚は忘れないでほしいな」


 よほど腹が立ったのか、希空が珍しくよく喋る。ほとんど堀切に向けた言葉だったのだろうが、堀切は俯いて顔を上げなかった。


「ちなみに今、カウントが一の人はどれだけいるの? ちょっと手挙げてみて」


 希空の問いかけに、茜、堀切、梅島、木村、矢田の手が挙がる。


「これだけか。まだ一度も代表やってない人はもういないよね?」


 カウント一のやつが五人ということは、残りの十一人はみんな、もう後がない。いよいよ綺麗ごとも通じない。指名するたびに人が死ぬ。……すると代表者は必ず二回お題が出せるようになる。ますます代表者の権利が強くなるわけか。


「僕だって自分の意思で人を殺したいわけじゃない。みんなもそうだろ? これは

一つの提案なんだけど」


 希空がさらさらの前髪に指を通す。


「誰が死ぬべきか、みんなで投票して決めない?」


 各自思うことはあったようだが、特に反対の意見は出なかった。


「希空、それってお前も代表でありながら死ぬ可能性があるってことだぞ?」


 俺は希空に尋ねた。どこまで見通しを立てて提案したことなのか、希空の意思を試す必要があった。

 

「それは承知の上だよ。でもそれは終盤までありえないかな。僕より死ななきゃいけない人間がいっぱいいるみたいだから」


 前髪から覗いた一瞬の眼光は、たしかに殺気を帯びていた。その鋭い視線に胸を打たれて、こいつの本気が伝わってきた。そしてそれは宣戦布告にも聞こえた。今のところ何の落ち度も見せていない希空が、俺や秀より有利なのは明らかだった。


「希空。お前、誰の味方なんだよ」


 さすがの秀も自分が不利になる提案だと悟ったのか、反対している。


「別に、誰の味方でもないよ。勝手に敵対していく人はいるけどね」


「ちなみに聞いてもいいか?」


 俺はさらに質問する。こいつの魂胆はおおよそ見えた。


「お前は誰に投票するつもりなんだよ」


「それはー、投票するまで内緒だよね」


 首を傾げて可愛い子ぶる姿に虫唾が走る。


「おもしろっ」


 何が面白いのか、井上が吹きだした。気持ち悪い。


「ちなみに、せーので指差ししようと思ってるけど、投票しなかった人は自分に票が入ることにしよう。もちろん、初めから自分を差すのもありだよ。死にたいならね」


「ちょっと待て」


 このまま投票を始めてはまずい。


「まだ何か?」


 俺のストップに、希空はだるそうに応じる。


「ここにいる大半は生きたいと思っているはず。でも中には死にたいって言ってるやつもいるだろ? 誰が死ぬべきかの前に、死にたいやつを優先させればいい。なあ、津田、お前死にたがってたよな?」


 津田は半べそをかいて何も言わない。


「まあいいや。とにかく投票には、そういう個人の意思が尊重されてもいいだろ? って話」


 とにかく、誰が死ぬべきかという主題から話を逸らさせたかった。皆に考える暇を与えたくなかった。票を分散してリスク回避、そして誰かに集中させる必要がある。


「せーの」


 そうして希空の合図の元、投票が行われた。俺に入れたのは津田と野村。秀に入れたのは希空と井上。牛田と梅島は互いを差し、堀切と木村は誰にも投票しなかった。


 そして残りのメンバーは全員、津田に入れた。


「じゃあ津田さん。時間もないし、悪いけど指名するよ」


「死にたいよ。死にたいけどっ。怖い。怖いよ。嫌だよっ」


 津田は突きつけられた死に抵抗するように身体を揺らし、また泣き出す。


「みんなで決めたことだよ。従わなきゃ」


 希空が冷たく言い放つ。


「ね、ねえ! やっぱりやめよう! こんなのあんまりだよ!」


 堀切が叫ぶが、希空の表情は変わらない。


「津田さん、相沢さんや木村さんと仲良かったよね」


 希空が穏やかに問うと、津田は「うんっ」とだけ答えた。


「待ってるんじゃない? 津田さんが来ること」


「でも……」


 泣き続ける津田に、希空は優しく、残酷な言葉をかける。


「怖いのはきっと一瞬だけだよ。早く行ってあげなよ」


「梨花ちゃんっ、咲ちゃんっ!」


「そうだよ、きっと待ってる」


「梨花ちゃんっ! 咲ちゃんっ! 梨花ちゃんっ! 咲ちゃんっ! 梨花ちゃんっ! 咲ちゃんっ!」


「指名、津田めぐみ」


「梨花ちゃ……ん。咲……ちゃ……アアアアア!」


 希空は簡単にその名を呼び、津田はあっけなく死んだ。投票で決めた分、不意な事故死より重みがあって、後味はそう良くない。


 ひとまず自分自身や秀への票が集まることは避けられた。しかし問題はこの後だ。


 ……あぁ。


 また俺は無意識に秀を助けようとしている。




「なあ、希空。何か俺に恨みでもあんの?」


 津田の亡骸などそっちのけで、死体処理時間は秀と希空の言い争いがすぐ始まった。希空が投票で秀を指名していたことについてだ。


「別に」


「何もなかったら俺に投票なんかしねえだろ! はっきり言えよ!」


「……そんなにはっきり言ってほしいの?」


「言え」


「このクラスの中で一番死ぬべきはお前だって言ってるんだよ」


「なっ……」


 面食らった秀が言葉を詰まらす。


「何でだよ! 友達じゃねえのかよ!」


「友達? 笑えるな」


「はあ?」


「気持ち悪いんだよ。人を性的にしか見れないその目が。親友の彼女と寝て、挙句の果てに人をレイプして、殺しておいて、今も平気で生きてる」


「そういうことかよ。俺はまずレイプなんかしてねえ。証拠もないのに決めつけてんじゃねーよ」


「死人に口なし。今じゃ何とでも言えるよな。普段のお前の言動が一番の証拠なんだよ」


「女の味方かよ。俺もこの際言わせてもらうけど、お前女々しいんだよ。ノリも悪ぃし、コソコソ女とつるんでよ! 気色悪ぃオカマ野郎が!」


「おい……」


「何だよ」


「……ぶっ殺してやる」


 最悪の予感が頭をよぎった。




〈死亡〉

津田めぐみ


〈カウント2〉

井上修司

牛田琢朗

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

谷塚秀

野村悠

姫宮希空


千住桃波

新田晶子


〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

矢田優斗


草加茜

堀切和花


残り15人




〈現在のチーム編成〉


りんご

新田晶子 堀切和花 梅島京助 武里一也 谷塚秀


いちご

草加茜 千住桃波


ぶどう

井上修司 矢田優斗


ばなな

牛田琢朗 木村寛大 野村悠 姫宮希空


無所属

後藤篤史 小林劉弥

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