第14話 俺たちにとっての脅威

〈前回までのあらすじ〉

 壮人を殺害された怒りから牛田に掴みかかった一也だったが、秀が鎮め、何とか冷静さを取り戻す。再び代表となった牛田のお題により東が散り、名簿順から代表はまた梅島に。堀切や西川の口論もよそに黒井が死亡。そして、たった一人作戦を立てる一也に隠し事をする希空たち。そんな中、梅島が突然堀切への秘めた想いを打ち明け始め……。




  少し弱気になっているような自分が悔しかったが、決してゲームに屈したわけでも、陰キャたちに気持ちで負けたわけでもない。このゲームで必ず生き残れる道はないのかもしれない。死の覚悟は誰でも頭をよぎる課題だと思う。


 ただ、生き残れる確率を上げる努力はできる。冷酷に自分の邪魔者を排除していくこと。安全なチームへの所属。誰かの恨みを買わないようにして、静かに仲間を増やすこと。展開の先読み。そして席を獲得するための体力、精神力。


「えぇ!?」


 堀切が梅島の告白に赤くなっている。そんなぼっち眼鏡に告白されても嬉しいものなのか?


 というか、梅島が堀切を引き入れたい理由は、本当に好意によるものなのか?


「チームに入ってくれたら堀切さんが死んでしまわないように工夫するし、いざという時、助言もできる。今はぶどうチームだよね? うちのチームの方が人数が多いし安全だよ。それに、僕の――」


「ちょっと待って」


 梅島の話を遮ったのは野村だった。


「堀切さんをりんごチームに引き入れたいってことは、堀切さんの隣に座りたいわけだ。堀切さんの両隣は寛大くんと、後藤くんだ。どういうお題を出すつもりかだけ先に教えてもらえるか?」


「なるほど。君は木村寛大くんの身を案じている。そういう解釈でいいのかな?」


 頭だけはキレる梅島は、すぐに野村の言葉の意図を察した。


「えっ、じゃあ梅島に俺も指名されるかもしれないってこと?」


 堀切の右隣にいる後藤が急に青ざめた。


「木村くんのことも、後藤くんも、何も心配いらない。わざわざ指名したりしないよ。リスクは最小限。最適なやり方は決まってるんだ」


 梅島はそう言うとまた”カウント二の人”をお題にした。


 いつも通り、崖っぷちのクラスメートたちが動き出す。俺は矢田との接戦を制し、その矢田も近くに座れたようだ。席にありつけなかったのは西川。敵に回すと厄介そうではあったので、まあ、ここで脱落してくれるのは良かったかもしれない。別に死んでほしいとまでは思っていなかったが。


 梅島はというと、後藤がいた席に座り、望み通り堀切をチームに引き入れられたようだ。堀切も長いものには巻かれていた方が身のためだと思ったのだろう。


 これでチームは俺、秀、梅島、堀切、新田の五人だ。壮人が死んで、誰もりんごチームに入りたがっていない今、もはやメンバーは何だっていいかもしれない。むしろ適当に増えた方が、りんごチームを指名されてしまった時の生存確率も上がるというものだ。


 堀切と新田が西川を運んでいった。いや、重すぎて引きずっただけだ。この状況でも善意と倫理観を忘れないあいつらはすげぇが、理解に苦しむ。デカ女を運ぶだけ体力の無駄遣いだ。だんだんと二人が死体処理の業者に見えてきた。


「僕、なんだね」


 弱々しく木村が円の中心に立った。梅島のターンを切り抜けた俺に、想定していなかったチャンスが訪れたのだ。二連続代表を終えた梅島の次。名簿順が遠くて把握していなかったが、木村らしい。


 ここで木村がカウント二以上の人間を二連続で殺せたら、名簿順で俺が代表になれる確率が高まる。俺に特別敵意を見せていない後藤と小林をうまく丸め込めればいい。逆に、ここでカウント一以下のやつが選ばれれば、また名簿が飛んで、自分が死ぬリスクが高まってしまう。


「なあ、木村。お前、クラスに消えて欲しいやつとかいないのか?」


 俺は賭けに出る。


「え?」


 木村は不意の質問に、間抜けな顔で俺を見る。


「いない」


「ちょっとムカつくやつとか、このゲーム内で邪魔になってるやつとか、誰でもいいんだよ。本当にいないのか?」


「……うん。本当にいない」


 細い、白い、やつれた子狐みたいだ。初めてまじまじと見つめて、不意にこいつが全校集会で貧血か何かで倒れていたのを思い出した。クラスで浮いてるイメージだが、どうも野村が繋ぎ止めているらしい。二人の関係は知らないが、木村だけ押し切れる、かもしれない。


「お題は? 何のお題にするつもりなんだよ」


「うーん……」


 細い脚をもじもじさせている。なよなよすんな。


「カウント一以下、の人かな……」


「お前、前もそのお題だったよな。自分の指示で人が死ぬのが怖いか?」


「怖いというか……誰にも死んでほしくない」


 生温い偽善者め。


「俺はさ、いるんだよ。邪魔なやつが。もう言っちゃうけど、カウント二以上のやつを代表にして欲しい」


「え?」


「俺に代表者を回して欲しいんだよ。俺は代表者になって邪魔なやつを消す。心配すんな、お前とつるんでるやつらには手出ししない」


「ようは、自分が代表者になるために、僕に……他の人の命を奪えと?」


「俺が指示してもいいぞ。俺の指示どおりに殺せば、別にお前の意思で殺したことにはならない。その死の責任はあくまで俺と、このゲームシステムにある」


「黙って聞いていたら――」


 やはり、口を挟んできたのは野村だ。


「寛大くんに変なことを強要しないでもらえるかい? 寛大くん、そんな手に乗っちゃあダメだ」


「あ、うん……。もちろんだけど」


 なかなか形勢をひっくり返せない。こうなったら。


「もし俺の言うとおりにしなかったら、俺がお前を全力で潰しに行くって言ったら?」


「え……」


 さすがにビビるか?


「寛大くん」


 目をぱちぱちさせる木村に、野村は静かに首を振る。


「別に、いいよ」


 息を深く吸って吐いた木村の出した答えがそれだった。木村の表情から、恐れを感じない。


「僕が誰かの命を奪うくらいなら、僕が死んだ方が――」


「寛大くん! それは違う! 君は生きるべきだ! 何度も言っているだろう!?」


 野村が食い気味に考えを否定した。


「あ、ごめん。ああ、もう時間が」


 結局木村は”カウント一以下の人”をお題にした。手の内を明かしてまで仕向けたが、せっかくのチャンスを活かせなかった。相手が悪すぎた。井上がまた、にたにたと笑っていたが完全に無視した。


 代表、新田。カウント二。


 蒲生に脅されていた最初のころ以来の代表だ。こいつがぎりぎり平静を保てているのは堀切という良心、拠り所があるからか? 今はすっかり梅島の手下になっているようだが。


「あー、一つ確認したいことがあるんだけど……」


 新田がそう言って向いたのは後藤の方だった。


「今、後藤くんは何チーム?」


「えっ、何で?」


「別に、ちょっと知りたいだけ」


「変わらずみかんチームだけど?」


「そう。じゃあ時計見せてよ。みかんの絵が出てる、よね?」


「えぇ!? 俺の言ってること、信用できない?」


 後藤の様子がおかしい。動揺している。


「さっき小林くんとか他の男子と集まって何か話してたよね。グループの移動があったのかなと思って聞いてるだけなんだけど」


 自分の時計と小林を交互に見て、焦った顔はやがて、諦めに変わった。


「俺は今、無所属。俺だけ抜けたんだよ。誰かに指名されづらいように嘘つこうと思ってたんだよ。こんな早く見破られるなんてな!」


 後藤はやっと新田に何も描かれていない時計の画面を見せる。


「そうなんだ」


 新田は納得したように返事をしたが、まだ何か含みを感じる。


「嘘ついたからって俺のこと狙わないでくれよ! 別に俺に何か恨みがあるわけじゃないだろ?」


 後藤が必死な様子で早口になる。


「えっ、えっ、ちょっと良い?」


 後藤並みの早口で喋り出したのは村本だ。


「小林くんは? 小林くんはまだみかんチームだよね? 小林くんがいるからみかんチーム入ったんだけどー?」


「うん……そうだけど」


 小林は村本と目を合わさない。


「時計は? ちゃんとみかんチームって証明してよ。後藤くんだけ抜けてるの変だよね? もしかして私、ハメられてる? えっ? いや全然、いやっ、それは全然無理なんだけど? 何で、裏切るの?」


 村本の気持ちの悪い被害妄想が始まった。茜が舌打ちする。たまたま村本の隣にいる秀も、憎悪の気持ちが顔に滲み出ている。


「ねえ、あたし小林くんのことこんなに好きなのに、何で答えてくれない? 何であんな偽善者女を選んだの? えっ、無理無理無理!」


 村本がルールも無視で立ち上がり始めた。小林に迫る村本。


「新田」


 小林はたまらず新田に呼びかける。


「ねえ、一緒に死のう?」


 村本が手を握ろうとするが小林は全力で拒む。村本の時計からルール違反による警告音が部屋に響く。


「ほら、やっぱり無所属じゃん! もういい。どうせこんなゲーム全員死んじゃうんだ。それだったら一緒に死のうよ。小林くんも愛してくれる人と一緒に死ねるなら幸せでしょ、ねえ、ねえ!」


「新田、殺って」


 小林は座ったまま必死の抵抗をする。秀が「きもいんだよ!」と怒鳴ったが、狂人はもう止まらない。


「小林くん。小林くん! 私、毎晩小林くんのこと考えてオナニーしてたの。大好きで、大好きで止まんないの。愛してる。劉弥! ずっと名前で呼びたかった。劉弥! 劉弥!」


 村本が膝をついて小林にすがりついた。


「新田!」


 まだ迷いを見せる新田。小林が珍しく大きな声を出して訴えかける。


「指名! 村本……玲!」


 新田はついにその名を指名した。


 この世で見た女の中で、間違いなく一番気持ち悪いその女は、小林の前であっさり死んだ。とんでもない醜態を見てしまって、なぜか俺まで心臓がバクバクしている。


「新田、悪かった。……ありがとう」


 死体処理時間、新田は小林の命令によって村本を殺したわけだが、新田もまんざらではなさそうだ。


「……いいの。私も、そうしようと思ってたから」


 小林は「俺は運べない」と言って村本に触れなかった。当然だ。腐ったみかんに仕方なく群がる蟻みたいに、また新田と堀切が引きずっていった。


 代表は再び新田。村本に対する動揺はあったが、もう死に対する驚きはない。それは新田も同じなのだろう。黒縁眼鏡の奥の目が据わっている。


 新田は何人かに所属を尋ね、情報収集をした後、決まっていたかのようにさらっとお題を言った。


「指名、蒲生いづみ」


 今、俺たちにとっての脅威が一つ、打ち砕かれようとしていた。




〈死亡〉

西川千夏

村本玲


〈カウント2〉

井上修司

牛田琢朗

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

谷塚秀

野村悠


蒲生いづみ

千住桃波

新田晶子

津田めぐみ


〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

姫宮希空

矢田優斗


草加茜

堀切和花


残り17人




〈現在のチーム編成〉


みかん

消滅


りんご

新田晶子 堀切和花 梅島京助 武里一也 谷塚秀


いちご

草加茜 千住桃波


ぶどう

井上修司 矢田優斗


ばなな

津田めぐみ 牛田琢朗 木村寛大 野村悠 姫宮希空


無所属

蒲生いづみ 後藤篤史 小林劉弥

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