第13話 俺が死ぬまでに

〈前回までのあらすじ〉

 茜のお題によって代表者となった牛田は、梅島と口論になり、怒りから梅島を指名する。仕返しに梅島が再び牛田を指名すると、牛田は腹いせに今度は壮人を殺害。怒り狂った一也は牛田の襟元に掴みかかる。




 なあ、壮人。お前との思い出は、普段絶対もう思い出すことないようなしょうもないことばっかりだ。




七月


「俺、希空が女だったら抱いてんのになー」


 秀が妙なことを突然言い出して、驚きと笑いで鼻水が出そうになった。


「な、何、馬鹿なこと言ってんだよ!」


 珍しく希空が動揺するので、案外初心なやつだな、と心の中でつぶやいた。


「だって、希空って肌白いし女っぽいっていうかー、女だったら絶対可愛いだろ」


 プールの男子更衣室で、希空が上裸の時にそんなことを言うもんだから、ますますきもい。


「お前、男にまで手出しだしたら終わりだぞ」


 俺がドン引きしながら言うと、秀は「さすがにねえよ!」と笑って反論してきた。


「それに比べて、壮人は身体でかいよなー」


 秀は今度は壮人の身体をまじまじと眺め出した。


「まあ、鍛えてるからな」


 壮人は学年の中でも一番身体が大きかったと思う。誰よりも恵まれた体格で、それなりに筋肉のある俺や秀も壮人の隣ではただのガリだ。


「こっちも良いもん持ってんな!」


 秀が水着を履いた壮人の股間をふざけて握った。


「おい、やめろ!」


 壮人がびっくりして後ろに下がった拍子に、後ろで着替えていた牛田にぶつかった。


「あ、すまん」


 牛田は少しよろめいて、壁の方を向いたまま何も言わなかった。


「まあ、童貞だから宝の持ち腐れだけどなー!」


 秀が大きい声で壮人を茶化すと、壮人は「お前ー!」と秀を追いかけ始めた。秀は全裸でゲラゲラ笑いながら狭い更衣室を駆け回る。


「一也、もう行こう」


 着替え終わった希空がそう言い、俺と希空は呆れて先にプールサイドへと向かった。




 どうして今、そんなくだらないワンシーンを思い出しているのだろう。どうしてこんなにどうでもいい過去の出来事に、目頭が熱くなるのだろう。


 牛田に殴りかかろうとしたその時、拳を受け止めたのは秀だった。


「やめろって!」


「止めんなよ!」


 秀の手のひらを振りほどく。


「止めるよ!」


「お前は壮人死んで悔しくねえのかよ! こんなやつに殺されて! 黙ってられんのかよ!」


「俺だって悔しいよ! けど!」


 牛田を掴んだ左手をまだ離せない。


「何だよ!」


「このゲーム暴力振るったら死ぬんだろ! 死んで欲しくねえんだよ! お前に」


 歯を食いしばる。いつの間にか涙が一粒、二粒、こぼれていた。


「お前が一番、俺を死に近づけてるくせに……!」


 牛田をゆっくり解放する。


「俺、勝手なことばっか言ってるけどよ、やっぱ一也に死んで欲しくねえ。俺、一也が死んだら、どうしていいか分かんねえんだよ……」


 そう、俺はこいつを守るほど、かばうほど、カウントが増え、孤立していった。裏切っていたのもこいつだ。こいつがそもそも普段からゲスなことをしていなかったら、壮人だってまだ生きていたかもしれない。そんな未来だってあったかもしれない。


 憎い。谷塚秀。お前が憎い。死んでくれとも思った。


 でも、誰かとの、どんな記憶を思い出してもその中に全部、お前の笑顔がある。俺はもうお前といた過去から逃げられない。断ち切れないんだ。




 壮人の死体は秀と希空、そして後藤が手伝って運ばれていった。死体が占領するスペースが一段と増えた気がする。遠くからでも臭ってきそうだ。


 時計の死体処理時間のカウントが『00:00』になった。どんなに最悪な気持ちでも死にたくない俺たちは、元の席に行儀よく座り、また静かにゲームは再開される。


「俺は悪くない」


 代表は再び牛田だ。


「恨むならこのゲームの主催者を恨めよ!」


 でかい声で必死に訴えかけてくる。その言葉は自分の罪悪感を掻き消すために、そう言い聞かせているように聞こえた。


「なあ、牛田」


 俺は牛田に一つの疑問をぶつける。


「冷静にさ、何で壮人なんだ? 何で壮人を指名する必要があったんだ?」


「そんなの、決まってるだろ」


「何だよ」


「気に入らないから」


 俺の腹の虫はまだ落ち着いていない。右拳を膝に突き立てる。


「そんなことで!」


 歯を食いしばっても牛田への感情は消えない。


「別に鐘淵だけじゃないぞ。お前らだよ! お前らみたいなやつ。お前らみたいなやつが大っ嫌いなんだよ!」


 牛田が毒づくと井上がなぜか吹きだした。


「何笑ってんだよ」


 茜が井上を睨む。


「いや、あの」


 愉快そうに下を向いてにたにた笑っている。


「ざまあみろと思って」


「人が死んで嬉しいかよ、クズ」


 茜から向けられた憎悪に対し、井上は首を振る。


「別に人が死んだから喜んでるわけじゃない。お前たちが苦しそうにしてるのがおかしくってさ」


 茜が舌打ちし、桃波は「きも」と一言だけ発し、顔をしかめた。


「井上、お、お前の気持ち分かるぞ!」


 牛田が興奮気味に便乗する。


「お前たちまだ気づかないのかよ」


 牛田が俺の方を見る。


「お前らはクラスの嫌われ者なんだよ! 存在そのものが迷惑ってみんな思ってんだよ!」


 そして牛田は思い立ったようにお題を決めた。


「正直、谷塚とか草加とか、そのあたりのグループ苦手だな、嫌いだなと一瞬でも思ったことあるやつ!」


 ”そのあたりのグループ”にはきっと、俺や希空、桃波も含まれているのだろう。すぐに立ち上がったのは井上、蒲生。矢田や村本も動いた。仲の良い俺ら以外の八割くらいは動いた気がする。


 意外だったのは小林。そして警告音が鳴ってから動き出した堀切だった。クラスのことなど興味のなさそうな小林や、いい子ちゃんの堀切にまで俺たちは苦手がられているらしい。


 席を獲得できなかったのは東。動きが遅れたうちの一人だった。


 カウント三。無情な死。輪の中で募った憎しみが無作為に放たれ、何ら関係のない人間を殺している。そんな気がした。


 この犠牲に一番動揺したのは後藤だった。


「俺と圭一はさ、保育園の頃からの幼馴染でさ。中学は別々で、高校でやっと一緒にテニスできることになったんだよ。夏の大会はダメだったけど、次はもっと上、目指そうなって……」


 もうラケットを二度と握ることのない東の前で、後藤は誰に向けて言うわけでもなく、一人で語って泣いていた。


「篤史。……運ぼう」


 小林は後藤の震える背中にそっと手を置いた。




 誰かの死に心を痛めている暇はなかった。自身のお題で二回死者を出した牛田は代表を降り、名簿順で新たな代表者が選ばれることになった。


「牛田くん。また僕を代表者にしてくれるなんて、君は……」


 牛田の次。それは梅島だった。


「あっ」


 牛田も自身の失態に今気づいたようだ。迂闊だった。敵対する人間をまた代表にしてしまった。


 梅島を代表にしてしまうことは牛田にとっても本意ではなかったはず。それを避けるためには牛田がカウント一以下のやつを代表にしなければいけなかった。梅島はどこまで事態を想定していたのだろう。


「めぐみちゃん、大丈夫?」


 堀切が、隣の席でめそめそ泣いている津田の背中をさすっている。梅島はその光景を無言で見つめる。


「もう死にたいっ。めぐ死にたいよ」


 死んだ方が楽みたいな状況だが、わざわざ死にたいとかピーピー騒がないでくれ。ましてやブスの泣き言など誰も聞きたくない。


「めぐちゃん、まだ死ぬって決まったわけじゃないよ……」


 堀切が何とか励まそうとしている。そんなやつほっとけばいいのに、堀切の心の広さにはもはや呆れる。


「そんなに死にたいんなら死ねばいいのに」


 言ってはいけない言葉がつぶやかれた。西川だ。


「千夏ちゃん……! 何でそんなこと!」


 堀切が悲しそうに西川を批判する。


「だってそうじゃん? 誰も死にたくないと思ってる中で、もう死にたい人がいるなら優先して死んでもらったらいいじゃん」


 このデカ女、案外サイコパス、いや、合理的かもしれない。


「まだ生きてる人をわざとそうする必要ないよ! まだ助けが来ないとも決まったわけじゃないし……」


「綺麗事もその辺にしときなよ。和花は津田さんの代わりに死ねる? 無理だよね?」


 西川に責め立てられ、堀切は涙目になって黙ってしまった。津田の汚い嗚咽もまだ止まない。


「私も千夏ちゃんの意見に賛成」


 蒲生が久々に口を開いた。


「生きたくても生きられなかった人がまるで粗大ごみみたいに積まれてる。私は実那のためにも、実那の分も生きたい。そう決めた。覚悟のない人間は消えてよ。弱い人間は死ぬ。それが、この”ゲーム”なんでしょ?」


 静観していた梅島が「そろそろ、いいですか」とお題を言った。


「カウント二の人」


 女子たちの議論の流れで言うと津田が指名されてもおかしくないが、選ばれなかった。この際だから死んでおいて欲しかった。情緒不安定なやつは足を引っ張る。


 また俺を含む十人以上が動かされる。梅島はもう、同じチームのことも何も考えていない。とにかく人数を減らして自分が勝つ。何かブレないものを感じた。


 黒井泰人が死亡し、死体処理時間が訪れた。俺はどう動いていけばいいのか、思考を巡らせる。


 まずこのゲームを有利に進めるためには、自分にとってリスクのある人間を排除していかなければならない。それを実行できるタイミングが代表者となった時。カウントを増やさずに代表者になるためにはもう名簿順で選ばれるしか道はない。俺の名前の一つ前は小林。小林のカウントは今いくつだ? 金城が死んだ時と、確かもう一回やってた気がする。だとしたら小林を起点として俺に名簿順が回ることはない。小林の前は後藤。後藤もカウント二つな気がする。その前は?


 生き残っている男子を見渡し考える。秀は疲れ切った様子で目を閉じ座っている。小林と後藤、希空の三人は何か話をしているようだ。近くで野村と木村もその話を聞いている。そうだ。後藤の前は「き」むらだ。木村のカウントは?


「なあ、木村」


 木村に話しかけると、小林たちの会話が止まった。どうも聞かれたくない内容らしい。


「どうしたの?」


「お前って今カウントいくつ?」


「一つだよ」


 ばななチームの希空、木村、野村。みかんチームの小林、後藤。おそらくこいつらは手を組むつもりだ。


「希空」


 俺が呼ぶと、長い前髪から涼しい目が覗く。


「何?」


「りんごチームへは入んねえんだな?」


「うん、入らない」


 作り笑いみたいな口角は俺を拒絶しているようにみえた。もともと腹の底が読めないやつだったが、明確に距離を取られている気がする。


 黒井の死体はなぜか牛田が一人で引きずって処理し、代表者はまた梅島。再び独壇場だ。


「次のお題は決まってるんだ」


 梅島が眼鏡をかけ直す。


「堀切さん。りんごチームに入って欲しい」


 梅島は淡々と伝えたが、堀切は戸惑っている。


「どうして?」


「僕は、堀切さんのことが――」


 最後の一チームになるまで続くこのゲームで、生き残れる人数は最大七人。五人に一人しか生きられない計算だ。どうせそんな生存確率なら、言いたいことは死ぬ前に言っておいた方が良い。


「好きなんだ」


 とはいえ、がり勉ぼっちの梅島にもそんな秘めた想いがあったとは。意外だ。


 俺が死ぬまでに言いたいことは何だろう。誰に、何を伝えたいんだろう。ふとそんなことを考えてしまった。




〈死亡〉

黒井泰人

東圭一


〈カウント2〉

井上修司

牛田琢朗

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

谷塚秀

野村悠


蒲生いづみ

千住桃波

津田めぐみ

西川千夏

村本玲

〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

姫宮希空

矢田優斗


草加茜

新田晶子

堀切和花


残り19人




〈現在のチーム編成〉


りんご

新田晶子 梅島京助 武里一也 谷塚秀


いちご

草加茜 千住桃波


みかん

村本玲 後藤篤史 小林劉弥


ぶどう

堀切和花 井上修司 矢田優斗


ばなな

津田めぐみ 牛田琢朗 木村寛大 野村悠 姫宮希空


無所属

蒲生いづみ 西川千夏

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