第12話 何の価値もないクソ豚

〈前回までのあらすじ〉

 村本のお題によって初の代表者になった茜は、桃波と同じいちごチームに入ろうと大胆にも男子全員を指名。それにより、りんごチームの中村が犠牲となった。



「中村氏……中村氏……」


 茜のお題によって死んだ中村の死体を、牛田は汗びっしょりになりながら一人で運んでいた。誰も手伝わなかった。これが人望の差。


 まあ、りんごチームに勝手に入っていた中村が消えたことは俺たちにとっては都合が良い。少なくとも壮人、希空は引き入れられる。梅島が余計な行動を起こす前に動かなくては。


 中村の死によって、代表者は戻って茜。俺はたまたま桃波の隣になったがチームには誘わない。そして誘えない。もちろん桃波から何か話しかけてくることもない。おそらく茜も桃波側だ。秀の罪は大きい。昼休みまで友達だったやつらと、俺は争わなくてはならないのだ。


「指名、牛田」


 桃波の左隣は俺で、右隣は牛田だった。桃波の隣に座りたい茜は、さっさと牛田を指名したのだ。茜とは対立する立場だが、さすがに俺を殺したりはしなかった。


 牛田、カウント一。


「お、お前らが綺麗ごと抜かしてる間に……横田氏と中村氏は死んだ! デスゲームで誰も殺したくないなんて脳内お花畑は通用しないって分かってきたかよクソども!!!」


 豚が早口でキレている。汚い肉汁を床に落とすな。


「あんなに正義ぶってた鐘淵の死に物狂いの顔見たかよ!? 伊藤をぶっ飛ばしてまで生き残ったんだぜ! 紛れもなく伊藤を殺したのは鐘淵だ!!! この”ゲーム”でよ!」


「やめろ……」


 壮人が頭を抱えて苦しそうにしている。まあ、牛田が気持ち悪いことに変わりはないが、こいつは初めからデスゲームに対して本気だった。ゲームに綺麗ごとは通じない。その点については俺も痛感している。金城や堀切がみんなで助かるとかぬるいことを言っていたのが懐かしく思える。


「梅島も梅島だ! 俺の友達も後から引き入れるって言うからりんごに入ってやったのに、話が違うだろ!」


「話が違う?」


 梅島が眼鏡をつまんでまたかけ直す。


「横田くんも中村くんも勝手に死んでいっただけじゃないか。自分の身を守れずに、流れるままに死んだ。それだけだよ」


 牛田は返す言葉がないのか、悔しそうに声にならない声を漏らした


「……脱退する。こんなクソ野郎と一緒のグループにいられるか!」


 牛田が時計を触り始めると、梅島はため息をついた。


「君はもう少し頭の良い人かと思っていたよ。見当違いだったみたいだね」


「黙れ! 指名だ! 梅島京助!」


 梅島、カウント一。


 意外な展開だ。厄介なやつらが互いに潰し合いを始めた。


「僕を指名したって何の意味もないよ。カウントの優位は僕にある。死ぬのは牛田くん、君だよ?」


 牛田は鼻息が荒く、おそらく冷静な判断ができていない。


「僕が君をここで指名すれば君のカウントにはリーチがかかる。今考えを改めてりんごチームに入り直すというのなら、君への指名はやめてあげてもいい」


「誰が……」


 牛田が拳を固く握っている。


「誰がお前みたいなゲスと同じチームにいるかよ!!!」


 友達を二人失った牛田が感情的になるのは理解できる。助けはしないが、今回ばかりは同情する。


「分からないな。何をそんなに怒っている? 君は今も誰かの犠牲のもと、ここにちゃんと生きているのに」


「梅島くん……ちょっと酷いよ」


 二人の間に入ってきたのは堀切だった。


「みんな、大切な友達を失って辛いんだよ? 勝手に死んでいったなんて言われたら誰でも怒るよ……」


 牛田が怒っているのはその理由もあるが、もっと利己的だ。りんごチームに入る条件を実質破った梅島にうまく利用されていることも気に食わないのだろう。


「勝手に死んだという言い方は悪かったよ。でも、君を他に入れてくれるチームはあるのかな。友達は死んだし、それに……無所属でいるよりはりんごにいた方がましなんじゃないの」


「僕が牛田くんを加入させるよ」


 今度は野村が割って入った。


「野村くん。君は牛田くんと仲が良いの? どうしてチームに入れようとするの?」


「仲が良いかは関係ないさ。牛田くんは居場所がなくて困ってる。だから支援するのさ。どうかな? 牛田くん」


「まあ、入れてくれるって言うなら……」


「その代わり、条件がある」


 野村が細長い人差し指を上に突き立てた。


「何だよ……」


「今後もし代表になることがあっても、僕と寛大くんが絶対に含まれないお題を出すこと。どうかな?」


「その交渉はあとにしてもらえるかな? 時間が迫っているので」


 梅島が二人の会話を止めた。


「新田さん」


 新田は梅島に呼ばれると「何?」と少し強張った表情で答えた。


「今、どこかのチームに所属しているかつ、カウントがリーチの人間は何人かな」


「えっと……十二人……かな」


「ありがとう」


 新田が即座に人数を当てたことに驚いた。様子を見るに今数えたわけではない。まるで知っていたかのような素振りだ。梅島に常に各チームやカウントを把握するよう指示されているのか? いや、そうだとしても全員のことを覚えておくのは簡単ではない。


「お題、無所属ではないかつ、男子の、カウントがリーチの人」


 りんごチームでカウント二つの俺はすぐに立ち上がり動こうとしたが、時計から警告音が鳴った。無効お題だった。


「やっぱりそういうことか……」


 梅島は一歩も動かず時計を見つめ、それだけつぶやいた。


 梅島はおそらくお題についての実験をしたのだろう。茉衣が梅島、牛田、新田の三人を指名した時も無効お題だった。無効になるお題は三つ以上の条件がある時だ。


「もう一度、お題。カウント二つの人」


 梅島の行動を分析している場合ではなかった。俺は再び席争いのために立ち上がる。十数人が命を懸けて交差する。キャッ、と短い悲鳴が聞こえた。誰かと誰かが衝突したらしい。鈍い音が響いた。しかし誰も心配する余裕はない。お構いなしだ。無事に席を確保し、俺の隣は矢田と、運良く壮人。野村に騙されて無所属になっていた壮人を、ついにりんごチームに引き入れる。これでりんごチームは、俺、秀、壮人、新田、梅島の五人となった。梅島は俺と壮人が同じチームになるところをおそらく見ていたが特に何も言わなかった。


 ぶつかったのは津田と若林だった。二人とも本気でぶつかってしまったようで、若林は床に尻もちをついていた。津田は痛そうにうなりながらも、最後の一席を獲得した。若林は十数人の勝負から脱落し、また何度も見た過程で倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。


「陽奈! 陽奈!」


 死体処理時間。若林の死を受け入れられないのか、西川は何度も若林の身体を揺さぶって薄汚れた床に涙を落としていた。そういえば、二人はバレー部で仲が良かった。大切なものを失って、西川が変な気を起こさないといいが。


 若林の死によって、代表は再び梅島。


 梅島は黒縁眼鏡を両手でかけ直し、ふーっと息を吐いた。


 梅島がさっき無所属ではないリーチのかかったやつを動かそうとしたのにはおそらく意図がある。あいつはチームを減らしたいのだ。このゲームは最後の一チームになれば勝ち。一つのチームが七人だろうと、たった一人だろうと、他のチームがなくなれば無所属の連中は死んで即クリアできる。


 俺は仲間と一緒に勝ちたい気持ちから、蒲生から秀をかばってカウントが一つ増えた。そして秀をかばうことで対立した井上に目をつけられて、カウントがリーチになってしまった。


 七人で勝つ、なんてかっこいい目標は叶わなくなった。今はもう、本当の意味で信じられるものはない。俺は大切な人を思えば思うほど弱くなり、それが仇となって返ってきている。そう、初めから、もっともっと冷酷になれていれば。一人で勝とうとしていれば……。梅島のような余裕もあったのかもしれない。


「牛田くん、最後の警告だよ。君はもう、りんごチームに入らないんだね?」


 梅島が聞くと、牛田はまた汚い言葉で反抗した。よく見ると、牛田の隣にはちゃっかり野村が座っていた。牛田はばななチームに入れてもらったのだろう。


「指名、牛田琢朗」


 梅島は警告通り、牛田に仕返しした。


 牛田、カウント二。


「クソッ」


 牛田は細い一重の目で梅島を睨みつけながら席を渡した。牛田も、黙って梅島に従っていればこんな仕打ちには遭っていなかっただろう。傍から見れば非効率だ。しかし、牛田の行動もまた、誰かを思った故のエラーなのだろう。あまり他人ごとではない気がした。


「自分なりに考えてきたんだよ」


 牛田が何か喋り出した。


「どうすればこのデスゲームに勝てるか」


 額から伝った汗が、色白の頬を流れているのが見える。


「俺もこれからは野村と木村を指名するやつを許さない。同じチームだからな。なあ野村、誓ってくれるか? 俺にもしものことがあった時、俺を殺したやつに必ず敵討ちするって」


 牛田が尋ねると野村はうっすら笑みを浮かべながら「可能な限りそうさせてもらうよ」と了承した。


「それで、俺が排除したいやつが誰なのかも考えてたんだよ。脳内お花畑のやつもよく見とけよ。これがデスゲームだ。今、目の前で分からせてやるよ」


 牛田がゆっくり指を差す。


「指名。鐘淵壮人」


「なっ!」


 秀が驚いて大きな声を出した。俺も思わず立ち上がりそうになった。俺の左隣で、壮人の時計からピシッと、機械音がした。小さい音だが確かに聞こえた。大きな身体が座ったまま硬直し、やがて揺らぎ始める。壮人が俺の方に倒れかかり、頭が俺の膝に乗った。壮人は床へとずり落ちると、横倒しに身体を丸め苦しそうにまだ呼吸している。


「か……ず……や」


「壮人! 死ぬな! 壮人―――!」


 俺は席から離れ、壮人の顔の近くでしゃがんだ。警告音が鳴り始める。


「い……」


 まだ喋ろうとしている。真っ青の顔で、何かを伝えようとしている。


「き……ろ」


 最後の「ろ」の息を吐き切る前に、壮人の意識は失せた。不思議なことだが、死んだ時、死んだと分かった。ふっ、と表情が消えて、文字通り魂が抜けたような顔つきになったからだ。


 死体処理時間。警告音が鳴りやむ。


 熊みたいな、大きな背中の死体。誰かが泣き叫ぶわけでもなく、張り詰めたような沈黙が十秒くらい続いた。


 死んだ。壮人が死んだ。壮人が、死んだのだ。


 しゃがんだまま、ふと振り返ってみると、だぼだぼした制服のズボンに、汚れた白靴下を履いた豚が仁王立ちしていた。


 みんな息を殺すように着席しているというのに、この豚だけは鼻息を下品に漏らして俺を、俺らを、見下している。


「何で……」


 もう我慢の限界だった。


「何でお前みたいな……」


 立ち上がろうとした足が、四肢の末端が、全身に広がった感情で思わず震える。


「何の価値もないクソ豚に、壮人が殺されねえといけねんだよ!!!」


 俺は両手で豚の襟元に掴みかかった。




〈死亡〉

鐘淵壮人

若林陽奈


〈カウント2〉

井上修司

牛田琢朗

黒井泰人

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

谷塚秀

野村悠

東圭一


蒲生いづみ

千住桃波

津田めぐみ

西川千夏

村本玲

〈カウント1〉

梅島京助

木村寛大

姫宮希空

矢田優斗


草加茜

新田晶子

堀切和花


残り21人




〈現在のチーム編成〉


りんご

新田晶子 梅島京助 武里一也 谷塚秀


いちご

草加茜 千住桃波 黒井康人


みかん

村本玲 後藤篤史 小林劉弥 東圭一


ぶどう

堀切和花 井上修司 矢田優斗


ばなな

津田めぐみ 牛田琢朗 木村寛大 野村悠 姫宮希空


無所属

蒲生いづみ 西川千夏

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