第10話 こいつならやりかねない

〈前回までのあらすじ〉

 秀との件で一也に弁解しようとする茉衣だったが、一也は見切りをつけて冷たくあしらう。半ば自暴自棄になった茉衣は暴露した張本人、桃波を指名するが、桃波は仕返しせず茉衣への指名を思いとどまる。しかし桃波のお題により代表になった井上は一也たちのグループに追い打ちをかけ、弄ぶように茉衣を殺害。再び代表者となった井上は蒲生を指名し、秀を地獄へ落とすよう扇動する。しかし気持ちが揺れる蒲生はお題を変え、代わりに横田が犠牲となった。ゲームは進み、犠牲者が増えるにつれ部屋には更なる緊張感が漂うのだった。




 数人がまとめて死に、円が小さくなっているのが目に見えて分かった。


「みかんチーム以外」


 小林がお題を言うと、対象になった二十人ちょっとがその疲れ切った身体に鞭を打って席の争奪戦をする。俺は無事に席を確保し、両隣は小林と黒井になった。


 代表、壮人。二回目。


「なあ、一也。そろそろ俺らも同じチームになっておいた方がいいんじゃないか?」


 壮人が提案してきた。


「ああ、そうだな。何か隣に座れるような適当なお題、考えてくれよ」


 信じてきたものに裏切られた喪失感。失った大切なもの。繰り返し見させられる人の死の瞬間。もう俺は何も考えられなくなっていた。


「一也、さっきの一連のことは気の毒だと思ってる。ただ、俺らはまだ生きてる。生きてる限りは最善を尽くしたい。だから協力してくれ。俺は、お前と一緒に生き残りたい」


 壮人のその言葉を聞いても、心に明るい兆しは湧いてこなかった。


「そうだな。言葉で言うのは簡単だよな。勝つために俺が必要なのか? 必要なくなったらどうだ? 捨てるか? 俺はもう……何も信じられねえ。何も分かんねえよ……」


「何言ってるんだ! 勝つためだけにこんなこと言ってるんじゃない! 友達だからだろ?」


 壮人の綺麗ごとを止めたのは希空だった。


「やめなよ壮人。僕たちの存在なんて一也の中では所詮その程度ってことなんでしょ。頼るだけ無駄なんじゃない」


 壮人は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだようだ。


「壮人、希空。一也はお前らのこと、その程度とか思ってねえよ」


 秀が喋り出した。


「お前らのいないとこでもな、一也はお前らの話よくしてんだ。こいつ、ほんとに友達を大事にしてんだなって。今こんな風になってんのは俺のせいだ。だからよ、俺が言うのも何かおかしいけどよ、お前らには一也が信じられる存在でいて欲しいんだよ……」


 俺を裏切った張本人に庇われた。胸がざわつく。それでも言葉は何も出てこない。好きの反対は嫌いだ。大好きの反対は大嫌いだ。気持ちが大きければ大きいほど、翻った時の反動も大きくなる。俺は今、オセロの石みたいだ。何度も周りに翻弄されてひっくり返されている。そのたびに心がぐちゃぐちゃになっていく。


「なあ、壮人。俺の隣来いよ。俺で良かったらチーム入れるぞ」


 秀が誘った。


「あぁ、そうさせてもらう。まだ満員じゃないよな?」


 秀が梅島たちに確認すると、梅島によってりんごチームにいつの間にか中村が入れられていた。しかし人数は合わせて六人で、一つだけ空き枠があった。


 秀の隣は野村のむらと相沢だった。野村も相沢もカウントにリーチがかかっていたため、壮人は単独で指名することを避けた。野村はばななチームだったため候補から外れ、相沢が動かされる流れになった。


「おい、今チーム抜けただろ?」


 秀が相沢の不審な動きにすぐ気づいた。いちごチームの相沢は自分が動かなくて済むよう時計を触りチームをこっそり抜けていたのだ。


「お題は、無所属のやつだ」


 相沢を動かすため、お題が変更された。無所属の伊藤和佳奈いとうわかな、蒲生いづみ、西川千夏、若林陽奈、木村寛大、そして相沢梨花が動かされた。


「梨花ちゃん!!!」


 津田の叫びが部屋中にこだました。相沢が死んだのだ。


 またもや死体処理の一分が始まった。壮人は無事に秀の隣に座りばななチームを脱退したが、秀とどれだけ時計を合わせてもりんごチームに入れることはなかった。


 あいつらはまだ分かっていない。相沢が死んだということは、次の代表者も壮人だ。つまり秀の隣の席はまだ壮人のものではないのだ。


 壮人と秀が困っている間に、相沢の死体は堀切と新田が引きずりながら運んでいった。津田は大声で泣き喚いている。辛いのはお前だけじゃない。


 一分が過ぎ、全員が元の配置へと戻った。相沢の席がなくなり、秀の隣は野村と希空になった。


「くそぉ」


 さすがの壮人も焦っているようだ。


「このスマートウォッチ、全然スマートじゃねえよ! クソウォッチが!」


 秀が時計を罵った。


「ふふふ」


 思わず笑い声が漏れてしまった。


「おい、何で笑ってる」


 壮人が俺の笑みに気づいて不審がっている。


「いや。秀はやっぱり馬鹿だなと思って」


「な! ……なんだよ」


 秀は俺を少し恐れているようだった。


「いや、今回は壮人もか。別にお前らが同じチームになれなかったのは時計のせいじゃない」


「じゃあどうしてだ? 相沢が亡くなって、俺がまた代表になったからか?」


「そうだよ。分かってるじゃん。チームへの加入は席が隣同士なのが条件だろ? 壮人はまだ席がないんだよ」


「そうなると、死人が出たらチーム編成のコントロールができなくなるのか」


「いや、そうでもない。もし壮人の次のお題で誰かが死んだら代表者は名簿順で後ろのやつに交代だろ? 二回目は確実に座れる」


 秀が会話に入ってこない。たぶんあまり理解していないのだろう。


「じゃあ秀の隣、野村か、希空を動かせばいいんだな……」


 自分の指名でできるだけ人を殺したくないのか、やはり壮人は名指しの指名はしないようだ。


「ていうか、隣になったのに希空はうちのチーム入んねーの?」


 秀が自分の時計を希空にちらつかせる。


「いや、僕は入らないよ……」


「何か聞いてる感じ、後になるほどチーム入んのムズいみたいじゃん? せっかく隣になってんだから入ろうぜー」


 希空は近寄って来る秀に、身体を傾かせて距離を取っている。


「りんごチーム、今六人でしょ? 僕が入ったら壮人が入れなくなるよ?」


「あ、そっか」


 秀は身動きを止めて「うぜーなー」と他のりんごチームのやつらを見渡した。


「お前らまじいらねーわ。はやく抜けろよ。希空が入れねえだろ」


「不満があるならそちらが脱退しては?」


 梅島の眼鏡が青白く反射する。


「そ、そうだぞ! 邪魔なのはどっちだよ!」


 牛田が出しゃばってきた。


 ピピッ


 時計の音が大きい。


「その議論は後でいい。時間がない」


 俺は思わず止めに入る。


「野村、お前ばななチームだよな?」


 壮人が聞くと野村は首を振った。


「もう人数が少ないから脱退したんだ。今はどこにも所属していない」


「よし、じゃあお題はもう一回無所属のやつだ!」


 伊藤、蒲生、西川、若林、木村。そして野村悠ゆうが動かされるはずだった。


「おい! どいてくれ!」


 壮人が野村の前に立って急かすが野村は立たない。


「申し訳ないけど、僕、まだ脱退してないんだ。さっきのは嘘だ」


 野村は自分が動くリスクを避けるために、壮人に嘘をついていたのだ。野村の画面を確認すればすぐに分かったはずのことだったが、時間のなさに俺も壮人も焦っていた。完全に見落としていた。


「くっそ!」


 壮人が諦め、残った席を探す。対角に一つ空いていた。その席へは伊藤が走っている。


「どけー!」


 身長百八十センチの巨体が全速力で突進する。ほぼ同時だったが、伊藤は壮人と身体が軽く接触し、吹っ飛ばされ尻もちをついた。


 壮人は命を懸けた椅子取りに勝利した。ほぼ体当たりした形だったので暴力行為に当たらないか心配したが、時計に反応はなかった。今のは事故という判定になったのだろう。


 伊藤は尻もちをついた後、当然のように殺された。時計をした左手首から血が出ている。やはり強力な毒物か何かを針で注入しているのだろう。全員が百発百中で死んでいく。


 死体処理時間。壮人は肩で息をして、席から動かなかった。普段は穏やかな人間も、命懸けとなるとまるで獣だ。ラグビー部のタックルを喰らって吹き飛ばない女子はいないだろう。身体が大きいのはやはり有利だ。今回は失敗したが早くチームに引き入れたい。


 伊藤の死体はまた堀切と新田が引きずっていった。人が減って、死体運びを手伝うやつも限られてきた。特に友達が少ないやつは引きずられて雑に扱われている。俺はそんな風に死にたくない。いや、もう友達も信用しない方がいいのかもしれない。何も期待してはいけないのかもしれない。


 何もかもどうでも良くなっていた気分も、引きずられる伊藤と転がる数十の死体を改めて直視して変わってきた。生きたい。誰かを犠牲にしてでも、俺は生きたい。こんなゲームで死にたくない。家に帰りたい。


 二回代表をした壮人に代わり、名簿順に従い木村寛大が代表となった。


「なあ、寛大くん。僕のいるばななチームに加入しないか?」


 木村にそう問いかけたのは野村だった。


「え? 僕は、どっちでもいいよ」


 野村悠。美術部の絵がうまいやつ。まともに喋った記憶はないが、どこか上から目線でうざいイメージがある。死体処理の時間、壮人を騙した件で秀に責められていたようだが、全く動じていないようだ。


「無所属は狙われやすいだろう? きっと所属した方が良い」


「じゃあ僕は、野村くんの隣に座らなきゃいけないんだよね」


「あの、話してるとこ悪いんだけど」


 後藤が二人の話に入ってきた。


「みかんチームと合流しないか? 今は俺と劉弥と圭一の三人。人数多い方が何かと有利だよな!」


「あー、うん。どうしよう」


 突然の誘いに木村は戸惑っているようだ。


「うん。後々はそうするべきだな。チームの統合も進んでいくだろうし」


 野村は天然パーマの髪を人差し指でくるくる回す。ださい髪型。


「そうだね。後藤くん、とりあえず先に誘ってくれた野村くんのばななチームに入るよ。また席が隣になった時に考えるね」


 野村の意見を聞いて木村は決心がついたようだ。


 野村の席の両隣は秀と矢田だった。木村は矢田にカウント数を聞き、お題を言った。


「今のカウントが一以下の人」


 カウントが一つの希空、矢田、新田、堀切、村本。そしてゼロの牛田、梅島、茜の八人が動かされた。カウントにリーチがかかっているやつをお題に含めると、自分のお題で誰かを殺してしまう可能性がある。木村はきっと、その負担から逃れたのだろう。ただ、壮人の時も感じたがそんな生ぬるい考え方はそろそろ通用しなくなってきている。お題を出すたびに誰かが死ぬ。それが普通になりつつある。自分の利益のためなら友達でも躊躇なく犠牲にすべき時がそのうち来るだろう。


 代表、村本。


「うわ、まじかー」


 嫌そうな顔で手の甲を掻きむしっている。自分の都合で平気な顔して金城を指名したやつだ。警戒しなければいけない。


「あ、後藤くんさー、みかんチームまだ空きあるよねー? 入れて欲しいんだけど―」


 村本が軽い口調で尋ねる。


「うん。別に良いけど。俺の隣来る?」


「あー、あたし小林くんに入れてもらいたいなーって思ってるんだけど」


 舐めるような視線で小林の顔を見始めた。金城が早くに死んだ要因の一つでもあるこいつが、よく小林にそんなことを言えたものだ。小林への執着がすごい。


「え? まあ……良いけど」


「えー、ありがとうー。じゃあ横のー、和花って残基いくつ?」


 村本は小林の左隣にいる堀切にカウント数を訪ねる。


「残基? 一回だけ代表してるよ」


「んー、じゃあ武里くんは?」


「二回」


 小林の右隣にいる俺にもかすれた声で尋ねてきた。


「そっかー。え、これさ、今、武里くんとか指名したら武里くん死んじゃうってことだよね?」


 なぜか嬉しそうに早口で喋っている。


「おい、絶対やめろよ」


 こいつの思考回路がやばいことは金城の件で十分に理解している。何を考えている、この女。


「えー、どうしよっかなー」


 村本は顔の肉を釣り上げて不気味に笑った。こいつならやりかねない。興味本位で俺を殺すことを。




〈死亡〉

相沢梨花

伊藤和佳奈


〈カウント2〉

井上修司

鐘淵壮人

黒井泰人

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

谷塚秀

中村永人

野村悠

東圭一


蒲生いづみ

千住桃波

津田めぐみ

西川千夏

村本玲

若林陽奈


〈カウント1〉

木村寛大

姫宮希空

矢田優斗


新田晶子

堀切和花


〈カウント0〉

牛田拓郎

梅島京助


草加茜


残り24人




〈現在のチーム編成〉


りんご

新田晶子 牛田琢朗 梅島京助 武里一也 谷塚秀 中村永人


いちご

千住桃波 村本玲 黒井康人


みかん

後藤篤史 小林劉弥 東圭一


ぶどう

草加茜 堀切和花 井上修司 矢田優斗


ばなな

津田めぐみ 木村寛大 野村悠 姫宮希空


無所属

蒲生いづみ 西川千夏 若林陽奈 鐘淵壮人

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