第9話 次は自分かもしれない

〈前回までのあらすじ〉

 茉衣の助けで命拾いした一也は、梅島が牛田と新田を勝手にりんごチームに加入させていたことを知る。梅島に激怒した茉衣は梅島たちをまとめて立たせようとするが失敗に終わる。ゲームは進み、代表者は初の桃波。桃波は秀への嫌悪感を露わにし、やがて茉衣との口論に発展する。仲間割れが始まり混乱する最中、桃波が口論の勢いで茉衣と秀には体の関係があると暴露する。茉衣と秀の動揺を見て一也はその話に確信を得、一也の中で憎しみと絶望が一気にこみ上げる。




 小菅茉衣。あいつのことは友達の繋がりで一年の時から存在は知っていた。顔が可愛くて、髪が綺麗で、明るくてノリが良さそうな子。気になっていた矢先、同じクラスになった。向こうも俺のことを認識していて、初めから距離感が近くてよく絡みにきた。


 五月


「一也って彼女とか作んないの?」


 たまたま二人で帰ることになったある日。学校の最寄り駅のベンチで不意に恋愛の話をした。


「まあ良い人いれば作りたいけど」


「良い人いないんだ?」


「そんなことないけど」


「え、誰、誰ー?」


「いつもうるさくて生意気なやつ」


「誰それ。うざいだけじゃん!」


「お前のことだし」


「え?」


 二人で顔を赤くして電車を一本逃した。そして次の急行電車がやって来る時にはもう、付き合っていた。


 恋人は高校に入ってすぐに付き合って別れた即席彼女以来だった。俺は秀と違って一人の子を大切にするし、長く付き合っていくつもりだった。九月には付き合って四か月を迎える、はずだった。くじ引き屋台のはずれストラップ。ベッドで語った将来の話。二人の記憶で埋まっている写真フォルダ。輝いていた夏の思い出が、想像もしなかった夕立に打たれて滲んでいく。俺が寄り添って大切にしていたものは全部、もろい張りぼてだったのだろうか。




「一也、ほんとに違うんだって! 秀とは何もないって!」


「もういい。もう喋んな」


「ねえ! 聞いてよ! それは違うんだって!」


 思わず笑ってしまった。


「それって何だよ、それって。あれもそれも同じだろ。俺を裏切ってたことに間違いないだろ」


「違う! 秀のことなんか何とも思ってないし、今も一也のこと大好きだよ? 好きじゃなかったら身代わりなんかするわけないじゃん……」


 近寄ってしゃがんできた。夏休み中に何度も見た上目遣いでこちらを凝視してくる。今になっては不快で仕方ない。


「寄ってくんな。お前チーム抜けろ。裏切り者はチームにいらねんだよ」


「一也ぁ……」


 泣き出した。


「茉衣、お前時間やべーんじゃねえのか……? とりあえずお題言わねえと……」


 秀が控えめに茉衣を急かした。


「もうお題決まってるし」


 そう言って後ろに向かって指を差した。


「千住桃波」


 桃波が舌打ちした。


「あんた分かってんの? あたしが次にあんたを指名したらあんた死ぬんだよ」


 桃波はまだ声が震えている。


「そしたら桃波は殺人犯になるね。一生私を殺した罪を背負って生きてけばいいじゃん」


 桃波。カウント二。桃波は黙ったままで時間が三十秒ほど経過した。


「桃波、間違うなよ。お前が誰かを殺す必要ねえぞ」


 突っ立って下を向いているだけの桃波に茜が念押ししている。正直、俺はもうどうなってもいい。何もかもくだらない。


「男子」


 桃波はぽつりとお題を言うと、男子全員が動かされた。


 代表は井上になった。最悪なタイミングだったが、もうその最悪を感じる心の余裕もない。感情が動かない。


「またなっちゃったな……。ところで武里。さっきの面白かったよ。親友に彼女を寝取られた君の顔」


 楽しそうに話しているが、井上の顔を見る気力もない。


「クズかよ」


 茜が代わりに反撃している。


「一番のクズはお前だろ。人の弱み握った時だけ調子乗ってんじゃねえよ」


「黙れよ。アバズレ」


 井上の侮辱に何か言い返しそうになる茜だったが、次の言葉を飲み込んだ。怒りを何とか抑えようとしているようだ。


「桃波、お前が言ってた茉衣の話まじなの?」


 一呼吸置いて茜が桃波に尋ねた。


「……本当。茉衣が夏休み前に自分から言ってきたの」


「だからそんなことしてねえよ。親友の彼女に、手出すわけないだろ……」


 秀が反論している。どうせまた目を泳がせながら焦っているのだろう。


「じゃあ確かめてやろうか? その猿と小菅が本当に何もないのか」


「そんなこと誰が証明できんだよ!」


 秀が言うと、井上は愉快そうに笑った。


「それはお前たちの心が一番よく知ってるんじゃないのか?」


「お前、まさか」


 秀の頭でも井上のやろうとしていることを理解できたようだ。


「良いよね? 武里」


「……好きにしろよ」


 もう結果は見えている。そしてもうその結果に興味がない。どっちがどうなろうと俺とは関係ない。あいつらが生きてようが、死んでようが、もはや”失っている”ことに何ら変わりはない。


「お題。この二か月の間に二人以上とセックスしたやつ」


 秀と茉衣は動かなかった。誰も動かなかった。しかしやがて二人の時計から警告音が鳴った。秀は悔しそうに声にならない声を上げていた。茉衣はただ泣く。立った二人はお互いの場所を入れ替わろうとした。当然井上はそれを阻止した。井上は茉衣が座るのを阻み、茉衣の席がなくなった。


「一也、ごめん……」


 茉衣は死ぬ間際、それだけ言い残した。自分への罰を受け入れるかのように、茉衣は案外静かに倒れて動かなくなった。あんなにうるさかったのに。


 死体処理の時間で茉衣の死体を運んだのは茜と壮人だった。桃波は泣いているだけで席から動かなかった。別に誰も誰かを責めたりすることなく、葬式みたいなただただ陰気臭い雰囲気だった。俺は席から動かず、その光景をつまらない映画でも観ているような気分で眺めた。


「一也、夏休み前に一回やらかしただけなんだよ。もう許してくれとか言えねえけどまじでごめん。俺、最低だ」


 秀が俺の前で土下座してきた。


「あの、もういいからさ。とりあえず俺の視界に入んないで」


 親友と恋人の裏切り。恋人の死。親友の無様な謝罪。一遍に起こりすぎてどれも受け入れられない。何も感じられない。今は秀の顔も、誰の顔も見たくない。このゲームもやめたい。今すぐ消えてしまいたい。


 一分が過ぎ、代表者は戻って井上。


「ざまあみろ」


 井上は汚い声で笑った。きっと俺と秀に言っているのだろう。


「お前らは友情も恋愛も脳みそも全部、ぺらぺらですかすかなんだよ。そんなやつらに限って偉そうに群れて騒ぐんだよ。お前らクズなんか生きてる価値ないんだよ」


 一通り暴言を吐き、井上はとある方向を指さした。


「指名、蒲生いづみ」


 ついに蒲生が代表者になった。何も知らない俺だったら、また秀を救うために必死に何か策を考えただろうか。


「ほら、蒲生。最高のチャンスだ。友達まで失ったどん底のレイプ犯をとうとう地獄まで落とせるぞ」


 井上の発言に、蒲生は何も反応しなかった。


「なあ、蒲生。俺死にたくねえ。俺のこと殺したって仕方ねえって。まじで生き残って償うからさ。お前も生きてさ、後からいくらでも俺のこと責めてくれて構わねえからさ。頼むよ。殺さないでくれよ」


 すっかり弱ってしまったのか、秀が命乞いしだした。


「今さらきもいんだけど。お前今から死ぬんだよ。黙って死ねよ」


「俺、死ぬ地獄よりさ、生きる地獄の方が良いんだよ。もう取返しつかねえことばっかりだけどさ、死んだらもう何も分かんなくなんじゃん」


「黙れって……」


 蒲生に勢いがない。


「あー、別に秀の肩持つわけじゃないけど」


 突然希空が目線を下に逸らしながら話し始めた。


「実那ちゃんは確かに秀を殺したいほど憎んでたと思うよ? でもさ、実那ちゃんはいづみちゃんに秀を殺して欲しいとまで思ってるかな? 二人は仲良かったんでしょ? 親友が苦しみながら手を汚す姿なんて、実那ちゃんは望んでないんじゃない?」


 蒲生は動揺したのか、両拳を強く握り俯いている。


「うるさい。私は実那の望んでいたことを叶える……。それだけ……」


「友達想いじゃないんだね。誰かを意図的に殺したって心に残るのは深い傷だけだよ。ここで秀を殺せば秀は死に地獄に行くかもしれないけど、君は生き地獄を這いつくばるんだよ? 僕はそんな風になって欲しくないな」


 希空は淡々と蒲生に伝えた。蒲生の表情は曇っていった。


「じゃあ、どうすればいいの……。私はあいつを殺しても殺さなくても地獄に変わりない……。実那を失った私の辛い気持ちは……どこに行けばいいの」


 狂っている、と思っていた蒲生もただの人間なんだと認識させられた。大切なものを失ったその時、人は強く、そして弱くもなる。


「おい、蒲生。せっかくチャンスをやったのに、何つまらないこと言ってるんだ? はやくやれよ」


 気持ちが揺れる蒲生に、井上は苛立っているようだ。


「井上、お前には人の心がないのか?」


 壮人が険しい顔で責める。


「いづみちゃん! 私にはいづみちゃんの気持ち全部は理解できないかもしれないけど、辛くなった時は助けたいと思ってるよ!」


 堀切が励ます。


「谷塚」


 蒲生が静かに秀の名前を呼ぶ。


「おう……?」


 秀は伏し目がちに返事をする。蒲生の身体は小刻みに震えて、力が入っているのが分かった。


「お前のことは許さない……。それだけは、忘れないで……」


 蒲生が涙を流しながら訴える。秀は黙って頷いた。


「お題、無所属の人」


 蒲生の中で少しは気持ちの整理がついたのか、秀は指名されなかった。秀が生き残ったことに今自分が喜んでいるのか悲しんでいるのか、何も分からない。どうしたいのか分からない。ただ、全てが辛い。


 初めて無所属の人間が動かされ、代表者は横田になった。カウント三つ。死んだ。


「横田氏ぃぃぃぃぃぃ!」


 牛田が叫んでいた。


「横田、うっそだろ……」


 仲の良かった中村も絶句している。


 秀を殺さなかった蒲生も、間接的には横田を殺したことになる。そういえば、横田を二回目の代表者にさせたのも、りんごチームを強制的に追い出したのも俺だった。俺も横田が死んだ一因になっているのか。牛田や中村に恨まれないといいが。


 死体はさっさと運ばれ、椅子を一つ減らしたのは蒲生だった。横田の哀れな叫び声は全員の脳裏から離れることはないだろう。気分が悪い。


 そこからというもの、カウントにリーチがかかっていたやつらが続々と死んでいった。一つ一つの死が軽くなって、後の処理も事務的になっていくようだった。次は自分かもしれない。その恐怖が全員の心に重くのしかかっていった。




〈死亡〉

飯田勇樹

遠藤陸

横田凱十


木下世利菜

木村咲

小菅茉衣

戸田朱理


〈カウント2〉

井上修司

黒井泰人

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

谷塚秀

中村永人

野村悠

東圭一


相沢梨花

伊藤和佳奈

蒲生いづみ

千住桃波

津田めぐみ

西川千夏

若林陽奈

〈カウント1〉

鐘淵壮人

木村寛大

姫宮希空

矢田優斗


新田晶子

堀切和花

村本玲


残り26人




〈現在のチーム編成〉


りんご

新田晶子 牛田琢朗 梅島京助 武里一也 谷塚秀 


いちご

相沢梨花 千住桃波 村本玲 黒井康人


みかん

後藤篤史 小林劉弥 東圭一


ぶどう

草加茜 堀切和花 井上修司 矢田優斗


ばなな

津田めぐみ 鐘淵壮人 野村悠 姫宮希空


無所属

伊藤和佳奈 蒲生いづみ 西川千夏 若林陽奈 木村寛大

中村永人

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