第8話 お前、クソビッチだな

〈前回までのあらすじ〉

 井上に指名され、二度目の代表者となった一也。呆然としている所を秀に励まされ、めげずに作戦を考える。引き延ばし作戦からチーム編成を意識したお題が主流になっていく中、西川が出したお題はりんごチーム。一也はりんごチームではないはずの牛田になぜか席を奪われ、死の危機に直面する。




「一也!」


 青ざめる俺に声をかけたのは茉衣だった。


「ま……い……」


「ここ座って!」


 茉衣は立ち上がって、そのまま寄ってきた。


「私、もしかしてと思って座らずにお尻浮かせてた! だからまだ座ってない! 一也あそこ座って!」


 茉衣に手を握られた。その温かい手は、小刻みに震えていた。


「茉衣、ほんっとに助かった……」


 茉衣の手を強く握り返し、俺は席に座った。まだ心臓がばくばくしていて、全身が熱い。


「西川さんさー! 何でお題りんごチームにするわけ? もうちょっとで死んじゃうとこだったじゃん!」


 茉衣の怒りは西川に向けられる。


「そんなこと言われても……」


「りんごチームの命はどうでもいいわけ?」


「いや、そこまで言ってないけど……」


 西川が返事に困っている。


「もういい。とにかく足引っ張んなよ」


 俺はまだ生きている実感が湧かずに、目の前にある現実が遠ざかっているような不思議な感覚に襲われていた。


「ていうかさー、何か牛田と新田さん動いてなかった? 何で?」


 そうだ、それが俺の最大の疑問だ。茉衣が尋ねるが、二人は言葉を詰まらせて何も言わない。


「何とか言えよ」


 茉衣が苛立っていると、牛田がやっと話し始めた。


「お、俺らは梅島に言われてりんごチームに入れられたんだよ!」


 牛田の言うことに新田も頷いている。


「梅島? まじで言ってんの?」


「そうだよ。僕が仕組んで牛田くんと新田さんを引き入れた」


 梅島の眼鏡が反射で光る。


「何勝手なことしてんだよ!」


 茉衣が怒鳴る。


「勝手? 別にりんごチームは君たちのものじゃない。武里くんは僕に言った。勝ちたいならどうするべきかお前なら分かるだろって。結局君たちはりんごチームに友達を引き入れて仲の良い七人で勝ちたいんだよね。遅かれ早かれ、僕は空気を読んでりんごチームを脱退しなきゃいけないわけだ。でも本来、加入脱退は自由。別に僕がチームに誰を引き入れようと誰も文句は言えないはずだよね。納得いかないなら、君たちがチームを抜ければいい」


「ふざけんなよ。そんなの、通じるわけねえだろ……」


「通じない? おかしなことを言ってるのはどっちかよく考えてみた方がいい。僕は自分が勝つための選択しかしない」


 正直やられた、と思った。りんごチームの空き枠を埋められては、残りのメンバー四人が加入できない。かと言って梅島たちを強制的に脱退させる術もない。仮に俺たちが抜ければ、また別チームで七人集まるのにも時間がかかる上、ましてやチームを占領しようとしている俺たちを入れる馬鹿はそう多くないだろう。


「うざすぎ。もうお題決めた! 梅島、牛田、新田!」


 茉衣は感情に任せて一気に三人指名した。俺たちが抜けるか、あいつらが抜けるか。それともあいつらを”消す”か、というわけだ。


 しかし茉衣のお題はうまくいかなかった。動き出した三人の時計から警告音が鳴ったのだ。茉衣の時計には「無効お題」と表示されたらしく、全員が元の位置に戻ることになった。


「何でだめなの! くそ」


 茉衣が時計に暴言を吐いている。


 お題が無効になったのは初めてだ。チームメイトを指名することがだめなのか。それとも複数人の指名がだめなのか。細かいルールがはっきりしていない。


 茉衣の時計から警告音が鳴る。タイマーが再開したのだろう。


「あー、もう!」


 茉衣は興奮して取り乱している。


「茉衣、落ち着け。立たせたいやつの共通点とか考えてみろ」


「共通点? 分かんない無理!」


 アドバイスするも、茉衣に考える余裕はなかった。


 ピピッ


 時間が迫り、茉衣の時計から大きめの音が鳴った。


「例えば名前とか、漢字とか、特徴とか!」


 一度は助けてもらった命。少しでも茉衣の力になりたい。


「牛田、新田、梅島。牛田、新田、梅島……」


 茉衣が名前を唱えだす。意地でも立たせたいようだ。


「名前に、田んぼの田がつく人!」


 茉衣が絞り出したお題だった。言われてみれば牛田と新田、あとは横田、矢田……。このクラスは「田」が多い。しかも俺ら七人の中に「田」はいない。井上と蒲生も動かない。茉衣がそこまで配慮したとは思えないが悪くないお題だ。ただ、大元の梅島を消さなければこの事態は解決しない。


 狙いだった牛田と新田にはあっさり座られ、代表は津田つだめぐみになった。


「どうしよう~。めぐ、もう二回目っ」


 そういえばこんな「田」もいた。きもい二重顎のくせにぶりっ子なやつ。自分のことを名前で呼んでいるのもきつい。強烈すぎてたびたび男子の間でネタにされている。


「どうしよう~。めぐ死にたくないっ」


 頭を両手で抱えて振っている。その動作をやめてくれ。


「お題とか分かんないよ~っ」


 なぜか泣き出した。


「めぐみちゃん、大丈夫だよ。自分の仲良しな子とかが選ばれないお題考えてみて」


 堀切が見ていられなくなったのか助け舟を出した。堀切はどんなきもい弱者にも優しい。


「梨花ちゃんと、咲ちゃんっ」


「めぐ、私たちいちごチームだよ」


 梨花りかえみ、どっちか知らないが津田にヒントを与えると、津田はお題を「いちごチーム以外」にした。友達さえ生きていれば他の都合は何でも良い人間は多い。


 代表、若林陽奈わかばやしひな。そこから戸田朱理とだあかり木下世利菜きのしたせりな飯田勇樹いいだゆうき相沢梨花あいざわりか遠藤陸えんどうりく黒井泰人くろいやすひと木村咲きむらえみ東圭一ひがしけいいちと続き、誰も死ぬことなくカウントだけがじわじわと増えていった。もちろん助けは来ないし、もはや時間がどれだけ経ったのかも分からなくなってきた。青白いライト。二つの死体。ずっと気を張ってありえない瞬間ばかり見ているからか、疲れて身体がだるい。もうゲームには飽き飽きした。このゲームが終わるのは自分が死ぬ時か、勝った時だけなのだろう。幸い井上や蒲生、梅島にも大きな動きはなく、俺たちに危機が迫ることはなかった。


「じゃあ、いちごチームで」


 東がお題を出すと、いちごチームの六人、桃波、村本、相沢、木村、戸田、黒井が立ち上がった。何度も何度も立たされ座らされ、全員の動きがやや鈍いように見える。


 桃波が「はぁ」と大きなため息をつく。桃波の席がなくなったのだ。ついにカウント一。


 まだ代表を一度もやっていないやつはあと何人いるのだろう。茜と、梅島、蒲生、牛田もまだだ。あと一回席がなくなれば死ぬやつが多くなってきている中、余裕があって羨ましい。


「桃波、チーム入れてよ」


 茜が桃波に頼んだ。


「いいよ」


「他のチーム入るくらいだったらりんごチーム来いよー、二人とも」


 秀が話に割り込む。


「いや……遠慮しとく」


 桃波が顔を引きつらせて拒んだ。


「何でー? チームごと狙われるのが怖いからか?」


「ていうかそもそもあんたと同じチームに入るつもりないから」


「は?」


 秀の表情が曇る。最悪の空気が流れ始めた。


「お前誰と勝つつもり?」


 秀が尋ねると、桃波はまたため息をついた。


「あの、はっきり言ってきもいんだよね。あんなことしといてさ」


「お前、そんな風に思ってんだ」


 秀の声色が変わる。


「はあ? 桃波酷くない? 友達のこと信用してないんだ」


 桃波の言いぐさに茉衣も加勢する。


「あれが原因で自殺したのも同然でしょ。最期の言葉が全部物語ってる」


「だから! あいつだって俺のこと誘ってたんだって! あいつだけ被害者面して死にやがって」


「桃波ちゃん。そいつ、殺していいよ」


 蒲生が舌打ちし、桃波を焚きつける。真鍋の話になると蒲生が必ず加わってくる。これは良くない流れだ。


「待って、桃波まじ最低。自分だって人に何か言える立場? ずっと処女じゃないって私らのこと騙してたくせに」


「それは、悪かった。でもそれとこれとは別でしょ」


「自分が処女だからって嫉妬してんでしょ」


 さすがに聞いていられない。


「おい、茉衣! その辺にしとけ」


「一也は酷いと思わない!? 自分もしたことないからってすっかり真鍋さんの味方になって正義気取っちゃってさ!」


「いい加減にしてよ……。前から思ってたけど、あんたたちのそういう下品なとこ大っ嫌いなんだよね」


 桃波が声を震わせている。どうしてこうなってしまうんだ……。


「お題、小菅茉衣」


「は? ざけんなよ!!!」


「おい! 俺たちが仲間割れしててどうすんだよ!」


 俺たち……。俺たち? 自分で言っておいて不安になってきた。俺たちって一体……。




 八月中旬


「えっ、桃波浴衣まじ可愛い~」


 茉衣が俺の浴衣姿よりも桃波の浴衣を絶賛していた。


「一也、早く行こうぜ! たません食いて~!」


 俺、茉衣、秀、桃波の四人は一緒に夏祭りに行った。


「なんかダブルデートみたいで嫌なんだけどー」


 桃波は秀とペアみたいになるのを少し嫌がっていた。


「どういう意味だよー! 別にいいだろ!」

 ただそれは冗談半分で、俺たちはなんだかんだ祭りを楽しんだ。ノリの良い茉衣と冷静な桃波。四月、二人は初対面だったらしいが意外と仲良くなるのも早かったと思う。


 希空は他クラスの親友、壮人はラグビー部、茜は三年の彼氏、といった具合にあとの三人はいたりいなかったりだったが、俺たち四人は特に一緒にいる時間が長かった。


 普通に教室で過ごしていれば、こんな対立が起こることはなかった。七人で生き残る未来が少しずつ遠ざかっている。




 代表、小菅茉衣。カウント二。


「もう最悪。友達だと思ってたのに」


 茉衣も泣きそうになっている。


「桃波、お前の気持ち分かるけどさ、やりすぎっしょ」


 茜が珍しく止めに入った。


「茜は気持ち悪いって思わないの?」


「気持ち悪いよ、心底。でもそれをやったのは秀のやつじゃん。茉衣を指名することないじゃん」


「めちゃくちゃ馬鹿にされたの茜も聞いてたでしょ! あのビッチに」


 桃波が茉衣に冷たい視線を向ける。


「ビッチ呼ばわりしてんじゃねえよ!」


 茉衣が桃波の前に立って怒鳴りつける。


「ビッチじゃん! 誰でもいいんでしょ! 一也と付き合った後も秀とヤってたくせに!」


「は?」


 聞き捨てならない事実が突然現れた。


「は!? んなことしてないし! 変な嘘言わないでよ!」


 茉衣が動揺している。


「お、おい!」


 秀が誰に向けたか分からない謎のつっこみを入れた。なぜか焦っている。


「茉衣?」


 信じられず名前を呼ぶ。


「違うんだって! 桃波が適当なこと言ってるだけだって」


 必死に反論している。


「秀?」


「いや、茉衣の言う通りだって。そんなことしてねえよ……」


 頭を掻いて、目を合わさない。昔から分かりやすいやつ。


「なあ?」


 俺は全てを悟って、茉衣の顔を改めて見る。


「何?」


 茉衣と目を合わせて湧いてきた感情は憎しみだった。もう、何もかも終わりだ。友情も、恋愛も、俺の信じてきたものは一体、何だったのだろう。


「お前、クソビッチだな」




〈カウント2〉

飯田勇樹

遠藤陸

黒井泰人

後藤篤史

武里一也

谷塚秀

東圭一

横田凱十


相沢梨花

木下世利菜

木村咲

小菅茉衣

津田めぐみ

戸田朱理

西川千夏

若林陽奈


〈カウント1〉

井上修司

鐘淵壮人

木村寛大

小林劉弥

中村永人

野村悠

姫宮希空

矢田優斗


伊藤和佳奈

千住桃波

新田晶子

堀切和花

村本玲


残り33人




〈現在のチーム編成〉


りんご

小菅茉衣 新田晶子 牛田琢朗 梅島京助 武里一也 谷塚秀 


いちご

相沢梨花 木村咲 千住桃波 戸田朱理 村本玲 黒井康人


みかん

後藤篤史 小林劉弥 東圭一


ぶどう

木下世利菜 草加茜 堀切和花 井上修司 矢田優斗


ばなな

津田めぐみ 遠藤陸 鐘淵壮人 野村悠 姫宮希空


無所属

伊藤和佳奈 蒲生いづみ 西川千夏 若林陽奈 飯田勇樹 木村寛大

中村永人 横田凱十

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