第6話 陰キャは害悪でしかない

〈前回までのあらすじ〉

 蒲生との必死の攻防の末、梅島のひらめきにより秀を救うことができた一也。自分のカウントを一つ犠牲にしつつも、チーム編成を変える作戦を練り始める。




「一也、人の上に立つ人間になれよ」


 経営者の父さんは俺にいつもそう言っている。


「カズは優秀だから何の心配もないわ」


 母さんは俺にいつもそう言ってくれる。


 俺は小さい頃から何かに困ったことがない。運動はできるし、勉強もそこそこできる。友達はたくさんいるし、彼女もいる。家族はしたいことを言えば何でもやらせてくれる。欲しいものが手に入らなかったことがない。


 中学生くらいの時に俺は金持ちなのだとはっきり理解した。周りのやつらより家が大きいし、俺も親も身に着けているものの値段が周りとは違った。金に対する考え方も違う。そして、あまり口に出しては言わないが俺はイケメンな方だ。自分から求めなくとも女子が寄って来る。


 俺は理解できない。運動できないやつ、勉強できないやつ、暗いやつ、きもいやつ、友達いないやつ。できないんだったら努力すればいい。劣った遺伝子で、劣った家に生まれたくせに、そういうやつらに限って何の努力もしない。へこへこして、羨んで、嫉妬して、悪口言って、睨んでくるくせに、何も自分を磨こうとしない。俺は、どこにいても誰と比べても優秀だ。別に俺が上に立とうなんて思わなくても、自然とほとんどの人間が格下だった。




「もう、指名制は終わりってことでいいんだよね?」


 横田はきょろきょろしながら周りの反応を窺っている。


「終わってないよ」


 金城が反論した。


「二周目の協力ができる人はまだいるはず。限界まで助けが来るのを待ちたいの」


「じゃあ……指名されてもいいって人はいますか?」


 横田が弱々しく呼びかけるが誰も手を挙げない。梅島の発言は影響力が大きかったようだ。


 なかなか来ない助け。増えていくカウント。誰もが少しずつ怖くなっているのだ。頭によぎるのは、このまま誰も助けに来ず死んでしまったらどうしようという最悪な想定だ。


「みんなお願い……。まだ一度も代表者をしていない人も協力してほしい。こんな残酷なことを受け入れちゃだめだよ……」


 金城は村本の件以降、かなり元気をなくしているようだ。


「いい加減その言い分にも無理があんじゃねーの?」


 茜が急に喋り出した。


「最初は馬鹿馬鹿しいと思ってたけど? うちら思った以上にやべえことに巻き込まれてんじゃね。もう綺麗ごと言ってらんねえだろ。やるしかねえだろ、ガチで」


「どうしよう……」


 横田は固まった。周りに流されるだけで自分で何も決められない。ダサいやつ。


「横田氏! 自分に何の利益もない人間が当てはまるお題を言え!」


 牛田のたらこ唇からアドバイスが飛び出した。唾がこっちまで飛んできそうだ。


「利益?」


 横田は下を向いて回転しだした。


「利益利益利益。あー、時間が……」


 焦っている姿が気持ち悪い。


「女子!」


 突然背筋を伸ばして言ったお題がそれだった。あいつは今無所属。各チームに対して何の利害もないというわけだ。しかしそのお題は困る。蒲生という天敵がまた、動いてしまう!


 クラスの半分が一斉に走り出す。勢い余って正面衝突したり、誰かが誰かの足を踏んづけていたり、代表者になりたくないそれぞれの思いが、席争いをヒートアップさせているようだった。蒲生を目で追っていると、確保した席に座らずになぜか前に立っていた。あいつ、もしかしてまた! そう思っていた矢先だった。


「真矢!」


 小さな悲鳴がして、堀切が振り返って金城の名前を呼んだ。金城は真鍋の死体につまづいて転んだのだ。


「実那を蹴らないで!」


 蒲生が訴えるが、金城はそれどころではない。金城が立ち上がる瞬間、蒲生は席に座った。金城が代表者になるのを見計らってあいつは座った。


「嘘……」


 金城が三百六十度見回すが他の女子はもう全員、席についている。


「真矢! 私の席座って!」


 堀切がさっと立ち上がる。


「真矢ちゃん!」


 新田もほぼ同時に立ち上がった。自分のカウントを一つ犠牲にしてでも助けるつもりだ。


「あ……」


 金城は一瞬迷いを見せた。堀切と新田はほぼ対角の位置。


「二人とも――」


 金城は最期に何を言おうとしたのだろうか。左腕が痙攣し始めた。真鍋の時と同じだ。


「真矢? 真矢! 嫌だよ! ねえ!」


 堀切が明らかに様子のおかしい金城に向かって叫ぶ。


「嘘……でしょ……」


 新田は両手を口に当てて、呆然とまた座り込んだ。


「アガ……ガゴゴ」


 呼吸が苦しいのか聞いたことのない音を口から発し、そのまま倒れこんだ。ほんの一時間ほど前に死んだ真鍋を思い出してしまった。人が死ぬ瞬間。もうそれ以上は見ていられなかった。




「金城真矢です。部活は書道部です。得意科目は英語と国語です。苦手は数学です。よくハーフ? って聞かれるんですけどおじいちゃんがオーストラリア人のクォーターです。よろしくお願いします!」


「はいはいはい! クォーターって何ですかー!」


 四月の自己紹介の時、秀が馬鹿な質問をしていたのを覚えている。


「なあなあ、金城って子やっぱ可愛いな!」


 秀をはじめ、男子は金城の話をよくした。


「あんなお嬢様っぽい子、あんたに釣り合わないでしょー」


 茉衣は金城の話が始まるといつも少し不機嫌そうだった。


 思い出した。席替えで隣になった時、少し話したこともあった。


「なあ、金城って何でうちの高校なんか来たの?」


「え? 家が近かったからだよ」


「家が近いって理由だけで高校決めんの?」


「うん。ママが近い方が楽だよって」


「でも金城の成績だったらもっといい高校行けたんじゃねーの?」


「あー。何か色んな人と関わった方が良い経験になるよってママに言われたの」


 ママの言う色んな人というのはあまり良い意味ではない気がしたが、金城は実際どんなやつともうまくやっていたし、誰に対しても怖気づいたりしなかった。俺は自信のあるタイプだが、また違うというか、とにかく自分たちとはどこか違うなと感覚的に遠ざけていた部分がある。秀でさえも金城には手出しをしなかったのは、たぶん俺と似たような気持ちを抱いていたからかもしれない。


 誰がどう見ても良い子すぎて、人が自然と寄ってきたり、逆に避けられたり、嫉妬されたり。あいつはその性格ゆえに死んでしまったような気がしてならない。あの金城が、今、目の前で息絶えているのだ。あまりにも現実感がない。たいして興味はなかったはずなのに、失ってみると自分の心の片隅にそれは確かにあったことを認識させられる。




 全員の時計にカウント『1:00』が表示される。死体処理の時間だ。青白い照明に照らされた真鍋と金城の死体。はっきり言ってよりいっそう薄気味悪い。


「真矢!」


「真矢ちゃん!」


 金城と仲の良かった女たちが群がった。堀切は金城には近づかず、席に座ったまま号泣している。対面するのが怖いのだろう。


「あ……劉弥くん……」


 小林は悲しそうな顔一つ見せずしゃがみ、金城の顔をじっと見つめていた。


「誰かこの輪から出すの手伝って欲しい。後ろに運びたい」


 小林は両脇の下に腕を差し入れ、新田は足を持って金城は運ばれていった。


 そして、ずっと放置されていた真鍋の死体を運んだのは蒲生と壮人だった。壮人が蒲生に声をかけ運んだのだ。まともに喋ったこともない人間の死体をよく触れるな、と思った。あいつなりの正義感? 倫理観? なのだろうが、秀を殺そうとしている蒲生に協力していることにもやもやする。いや、もはやそんな小さなことはどうでもいいのだ。何にせよ最悪な状況に変わりはないし、最悪な気分で一分が終わる。


 今回も全員が元の席に戻り、椅子は一つ減った。この部屋がやけに広いのは、使わない椅子と死体を転がしておくためなのか? と頭をよぎったが、そんな考察をすることも疲れるのでやめた。代表者は一つ前に戻って横田だ。ルール上、今回はノーカウントとはいえ、三回も真ん中に立つのは生きた心地がしないと思う。死体のなくなった円は広く見える。布地のマットには血が数滴垂れたのか黒くなっている部分があった。


「俺が……俺が……」


 横田は中心に立たず、円の外、スクリーン側の監視カメラの下にいた。ぶつぶつ何か言っている。


「横田氏! 戻れ! 横田氏が悪い訳じゃない!」


 牛田が横田をかばっている。そう、本当に偶然だ。たまたまリーチのかかっていた金城が代表者になってしまっただけ。それだけのことだ。


「そうだぞ! 気にすんな!」


 横田といつも一緒にいる中村なかむらも横田をフォローしたが、気にすんな、は少し違うだろう。


 その後も牛田たちが呼びかけ続け、ようやく横田は円に戻ってきたが、身体が震え、今にも転びそうな小鹿のようになっていた。


「誰も横田くんのこと責めたりしないよ」


 新田は 優しく声をかけたが、聞こえているのか、聞こえていないのか、横田の震えは収まらない。


「横田氏! 時間を意識しろ! 何でも良いから言うんだ!」


 牛田が急かし、横田はようやく口を開いた。


「た、谷塚くん以外」


 秀以外の全員が動かされた。なるほど。自分が直接殺したと思わなくて済むように、カウントにリーチのかかっている秀以外にしたというわけか。それは賢明な判断かもしれないが、俺としては蒲生や井上が代表者になってしまうリスクがある。


 席はまだ三十二もある。遠慮なく席を獲りにいくタイプのやつはこのゲームに向いていると思う。茜や茉衣はもちろん、桃波や希空もまだカウントゼロだ。どこかのタイミングで席を隣にして、りんごチームに引き込みたい所だが……。そして蒲生は大人しく席に座った。あんなに秀を狙っていたというのに、作戦を変えたのか? 金城を見殺しにしたやつだ。油断はできない。


 それより重大な問題が今、発生した。


「井上……!」


 秀が思わずその名前をつぶやくのが聞こえた。


 井上が代表者になったのだ。


「そんな顔で見ないでもお前のことわざわざ殺したりしないから。お前は真鍋さんに引きずり込まれて死ぬ運命って決まってる。誰かさんが一生懸命阻止しようとしてるけど?」


 伸びた前髪の間から鋭い目がこちらを睨みつけている。陰湿なやつ。


「そんなことより、今は金城さんが死んだのがみんな悲しいだろ? あんな良い人が死んでしまうなんてな。どうせならゴミクズみたいなやつが死んだ方がみんなも納得いくのに……」


 井上が視線をねっとりと秀に向ける。


「このゲーム、多数決とかにしてゴミから順番に排除していった方が楽しいんじゃないか? って考えてた。例えば、武里一也」


 今度はまた俺の方を見てきた。気持ち悪い。


「何だよ」


「生徒会でお前と同じ中学だったってやつから聞いたんだけど、中学の時、いじめしてたんだって? しかもこのクラスの矢田優斗のこと」


 面倒な話を持ち出してきた。本当に、陰キャは害悪でしかない。




〈死亡〉

 金城真矢


〈カウント2〉

 谷塚秀

 横田凱十


〈カウント1〉

 飯田勇樹

 井上修司

 遠藤陸

 鐘淵壮人

 木村寛大

 黒井泰人

 後藤篤史

 小林劉弥

 武里一也

 中村永人

 野村悠

 東圭一

 矢田優斗 


 相沢梨花

 伊藤和佳奈

 木村咲

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 戸田朱理

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