第5話 負けるはずがない

〈前回までのあらすじ〉

 蒲生の脅しに屈しなかった新田は村本を指名した。その村本は、普段からあまり良く思っていなかった金城にここぞとばかり不満をぶつけ、金城を指名する。ゲームは進み、矢田のお題によって蒲生が代表者として中央に立つ。再び秀に命の危機が迫る。




「誰か! 蒲生を座らせてくれ! このままだと秀が!」


「蒲生! ちょっと待てって!」


 俺と秀は必死だった。


 その様子を勝ち誇ったように嘲笑う蒲生。誰も蒲生に席を渡そうとはしない。善人の金城は既にカウント二つ。作戦に従ったやつらもカウントは一つずつ。代表者をしたくないやつらはまず譲らない。まだカウントゼロなのは俺を含めて十人くらいのはず。秀の死が迫る今でさえも率先して誰も手を挙げようとしない。分かる。気持ちは分かるんだ。自分の命がもちろん一番大事だ。でも、それでも、秀のことを少しでも考えてくれるやつはいないのか……?


「俺が立つ! 蒲生、座れ!」


 時が来たと思った。俺がカウントを犠牲にするタイミングは今だ。


「一也……」


 秀が立ち上がった俺を見つめている。


「誰がお前の命令聞くんだよ」


 蒲生が生意気な口をきいてくる。ここは我慢するしかない。


「蒲生! 確かに秀は悪いことしたかもしれないけど、別に死ぬ必要ないだろ? そんなんで真鍋は報われない!」


「お前さ、実那の何を知っててそんなこと言ってんの? 実那は誰にも言えず一人で苦しんでたんだよ。あいつのことが憎くて憎くてしょうがないまま死んだんだよ! 私は実那の願いを叶える。あの男を許さない。それが実那の意思でもあるんだよ!」


「お前が秀を殺すなら、俺はその後お前を全力で潰しにいく。他のやつらも黙ってない。お前も死ぬ。それでもやるのか?」


「あいつを殺した後はどうでもいい。好きにすればいい。その時は実那に会いに行くだけ。それで実那と一緒にあいつを地獄の底の底まで叩き落とす。二度とどこにも戻ってこれないように」


 蒲生の中にあったのは秀に対する憎悪と、強い覚悟だった。秀は、本当にここで死ぬのか……?


 ピピピピピピピピピ


 俺の時計が警告音を鳴らし始めた。細かい振動が腕に伝わってくる。


「お前、死にたいの? お前のせいで私のタイマー止まってんだけど。早く座れよ」


 蒲生が睨みつけてくる。俺にできることはもう、ないのか……? 差し迫った秀の死に胸がばくばくして身体が熱くなった。


「蒲生、やめてくれ」


 秀が髪を指でぐしゃぐしゃにしながらつぶやいた。


「ここ出れたら真鍋のことはいくらでも償うって」


 近づく死に動揺している。


「蒲生! お前のやってることは間違ってる!」


 壮人が止めようとしている。


「そうだよ。やめて……。もう悲しいことを繰り返しちゃだめ……」


 金城は涙目になって説得を試みている。


「そうだよ……やめろよ!」


 茉衣も声を上げた。


「いづみちゃん!」


「蒲生!」


 秀に死んでほしくないやつら、そして間違いを正そうとするやつら、みんなが蒲生に訴えかけている。


「うるさい! うるさい! 黙れよ! お前らに実那の何が分かってんだよ!!!」


 蒲生の叫び声に負けないくらい俺の警告音も大きくなってしまっている。もう、無理やりにでも……!


「触んなよ!」


 俺は蒲生の腕を掴んで自分の席に無理やり座らそうとする。しかし蒲生の抵抗は激しい。


 ピピピピピピピピピ


「一也! めっちゃ音鳴ってる! 一也もやばいって! 座って!」


 茉衣が俺の心配をしている。


「一也!」


 秀も立ち上がって蒲生の片腕を掴む。


「きもいんだよ! 触んな!」


「一也、座って! もう座って!」


 茉衣の必死な声が聞こえてくる。


「一也!」


 壮人にも呼ばれた。


「武里くん、いったん座って」


 誰だ? 左の席の方からあまり聴き慣れない声が俺の名前を呼んでいる。


「一也! 座れ!」


 壮人が俺の腕と蒲生の腕を掴んで引き離そうとしてきた。


「壮人! 俺のことはいいから蒲生を座らせてくれよ!」


「お前もやばいだろ! とりあえず座れ!」


 俺は蒲生の腕を離してしまい壮人の力に圧倒されながら座らされた。同じく警告音が鳴っていた壮人と秀も座り、再び立っているのは蒲生だけになった。蒲生の時計から電子音が鳴る。タイマーが再開されたようだ。


「武里くん、その席に座る一つ前はどこに座ってた?」


 冷静な口調で俺に語りかけていたのは梅島うめしまだった。


「え? そこ。今、後藤が座ってるとこ」


 俺は質問の意図も分からないまま後藤の席を指さす。


「後藤くん、武里くんの席に座って。武里くんはもう一度立って」


「え? でも……」


 戸惑う後藤に「いいから立って」と梅島は急かした。


 後藤が移動するには問題ないだろうが、俺は元の席に戻ることはできない。それをするとさっき矢田の言ったお題で俺は動かなかったことになる。


「そんなことしても俺はそこに座れ――そうか!」


 後藤が俺のいる席に座った。


 俺のひらめいた顔を見て、梅島は黙ってうなずいた。


「蒲生、お前の席はここだ」


 俺が一つ空いた席を指さすと、蒲生は「は?」と首を傾げた。


「俺は元いた席に座ることはできない。俺が座れる席はもうない。でもお前はこの席に座れるよな? お前は代表者になれない。お前の席はここに用意されてる」


 俺の代表者のタイマーがスタートした。


「お前のタイマー、もう表示消えたんじゃないか? もう代表者じゃないからな!」


 状況を理解し、蒲生は席に座らざるを得なくなった。


「私、もともとその辺座ってたんだけど。代われよ」


 蒲生がまだ懲りずに代表者になろうとしている。


「木村、津田、小林!」


 おそらく元の自分の席かその両隣のやつと席を交換して自分を座れなくしようとしているのだろう。


「誰もお前が代表者になるように協力なんてしない! 諦めろ!」


 俺がそう言うと、蒲生は「クソ!」と一言放ってやっと黙った。


「梅島。俺だけじゃ絶対思いつかなかった。助かった」


 梅島……。下の名前は忘れた。がり勉の眼鏡。知らないがたぶんパソコン部か科学部。休み時間も誰とも話さず勉強しているようなぼっち。その甲斐あってか頭は良かったようだ。秀はあいつのアイデアで救われた。


「まじで助かった。お前良いやつなんだな。見直したぞ」


 秀が褒めると梅島は黒縁眼鏡の両端をつまんで少し上げた。


「梅島はさっき一也を止めて座らせてほしいって俺に頼んできたんだ」


 壮人が梅島のファインプレーを得意げに話している。なるほど。自分の力じゃ止められないからと壮人を使ったわけか。


「別に君たちを助けたかったわけじゃない。蒲生さんと武里くんは同じチームだし、不毛な争いをして自滅されては困るので」


「同じチーム? 梅島、りんごチームなのか?」


 俺が聞くと梅島はりんごが表示された時計の画面を見せてきた。


「目立つとろくなことにならないだろうから今まで黙ってたけど、そろそろチーム戦ということを頭に入れて行動した方が賢明じゃないかな。同じチームとして、これ以上仲間割れを起こすなら僕はりんごチームを脱退する」


「ちょっと待ってくれ。現状、誰がどのチームなのか全然分かってねえんだけど。ちょっとりんごチーム手挙げてみてくれ!」


 手を挙げたのは茉衣、梅島、蒲生、金城、木村寛大きむらかんた横田よこただった。偶然にも彼女が同じチームだったのはいいが、天敵の蒲生がいるのは厄介だ。梅島は計画を立てていたのかカウントはまだゼロ。しかし木村と横田は確かカウントが一つずつ。金城に至ってはリーチがかかっている。


「なあ、梅島。このまま指名制続けていいと思うか?」


「続けたい人は続ければいいよ。僕は助けられるなんて望みはないと思って行動したい。だから引き延ばしにまだ協力する人は各チームを脱退してほしい。勝ちたい人が勝つために」


 引き延ばし作戦を始めてもう一時間は経とうとしている。授業時間は五十分。授業の後半はたしか避難訓練の予定だった。他のクラスは何をしている? この二年一組が丸ごといなくなっていることに誰も気づかないわけがない。ここまで流れで金城の案に乗っていたが、もしものことを考えた時、後々不利になるような状況を作りたくない。


「分かった。じゃあお題言うぞ。お題は――」


 指名制を続けるには限界がある。カウントを増やすことは死ぬリスクが跳ね上がることを他のやつらも理解してきているはず。一部のやつを除いて、誰も代表者なんかやりたくない。俺は、今のチームなんてどうでもいい。秀を救ったこの一回を"損"したと思いたくない……!


「名前の順で姫宮希空より名前が後ろになるやつ」


 俺の友達が動かなくて済むかつ、井上や蒲生も動かないお題。それが名前だった。井上修司、鐘淵壮人、蒲生いづみ、草加くさかあかね、小菅こすげ茉衣、千住桃波、谷塚秀、姫宮ひめみや希空。これで利害のない希空より名前が後ろの数人だけをピックアップできる。

 

 数人がばたばたと走り出す。そして俺は秀の隣に座っていた堀切を動かすことによって、秀の隣に座ることができた。新たに代表者になったのは横田よこただった。


「武里くん。僕の話、聞いてた?」


 梅島が冷たく話しかけてきた。


「チームメイトが代表者になってしまうようなリスキーなお題を出してどうするの? 横田くんは同じりんごチーム。これでまたこのチームが――」


「あー、悪い。俺、今のチームのまま勝つ気とかないから。このゲーム、チームへの加入と脱退ができるだろ? 横田、お前りんごチーム抜けろ」


「え?」


「ほら、りんごの画面にして、五秒間長押し」


 横田が戸惑っている。


「チーム編成を変えるつもり? 一体どんなチームに……」


 梅島はまだ分かっていない。


「横田、お前仲良いやつとかにまた別のチーム入れてもらえよ」


 俺は横田がチームを脱退したことを確認すると、隣に座る秀をぶどうチームから抜けさせた。そして二人の時計の画面を合わせると一瞬振動して、秀の画面は無所属の薄暗い無地からりんごのネオンに変わった。


「梅島。俺もお前と同じ意見だ。そろそろチームで戦うことを意識してもいいと思う。ただ、メンバーは変えさせてもらう。一チーム七人。誰と生き残るか選べと言われたら、お前だって仲の良いやつを選ぶだろ? お前は秀を助けてくれた。だからチームから抜いたりはしない。でもお前だって好きなチームに移動していい。勝ちたいならどうするべきか、お前は頭良いから分かるだろ?」


 梅島、お前に仲の良い友達なんていないと思うが。


 ゲームは最後の一チームまで続く。俺と秀、既に同じチームの茉衣。後は壮人、希空、桃波、茜の隣に何とか座ってチームに引き込む。ちょうど七人。今のりんごチームのやつらには抜けてもらう。まあ、梅島は何かと使えそうだから最後の方まで残しておくのもありだ。


 コミュ力、運動神経、見た目。何もかもレベルの違う俺が。俺たちが。劣った遺伝子のやつらに負けるはずがない。




〈カウント2〉

谷塚秀

横田凱十

金城真矢


〈カウント1〉

飯田勇樹

遠藤陸

鐘淵壮人

木村寛大

黒井泰人

後藤篤史

小林劉弥

武里一也

中村永人

野村悠

東圭一

矢田優斗


相沢梨花

伊藤和佳奈

木村咲

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