6-028. お節介

「どうしたのジルコくん。今のってジェリカさんだよね?」


 ジェリカが走り去って間もなく、ネフラが空き地を覗き込んできた。

 その隣にはフロスがいて、彼女は新調した服を俺にアピールしてくる。


「ジルコさん。どうでしょうか?」


 フロスは、ネフラの服に似たエルフの民族衣装風のワンピースを着て、その上からポンチョを羽織っている。

 彼女の服装問題はこれで解決できたな。

 しかし――


「……」

「もうっ。感想いただけませんこと?」


 ――フロスには悪いが、今は服がどうこう言っている場合じゃないんだ。

 急いでジェリカを追いかけないと。


「あらあら。そちらの男性はどなた? まぁ、怪我をしていらっしゃいますのね」


 フロスがリドットの怪我に気付いて、傍へと駆け寄った。

 彼女はポケットから取り出したハンカチをリドットの痛んだ拳に巻きつけていく。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です。ありがとうお嬢さん」

「まぁ。お嬢さんだなんて」


 何やらフロスが顔を赤らめている。

 リドットと会話する婦女子はだいたいこういう反応になるのだ。


「リドットさん……」

「やぁ、ネフラ。久しぶりだね」


 ネフラはリドットの様子を見て、何かが起こったと察したよう。

 彼女にも事情を説明したいが、部外者のフロスがいる前では話しにくい。


「わたくし、ヲピダムの長パテルの娘――フロスと申します」

「フロスさんですね。僕はリドット・ゴールデンアップルといいます」

「まぁ、あなたが! お噂はかねがね――」


 どうやら気にすることはなさそうだ。

 フロスはリドットとの話に集中していて、俺の方を気にしている様子はない。

 今のうちにネフラに事情を説明してしまおう。


 俺はネフラに耳打ちする形で、リドットの事情とジェリカの誤解について話した。


「……そうなんだ。そんなことがあったの」

「まさかジェリカがここに現れるなんて思いもしなかった。しかも、かなりまずいタイミングでやってくるものだから……」

「ジェリカさんの今の気持ち、想像はできる。あまり良くない状況」

「だよな。ジェリカのやつ、泣いていたんだ」

「……」

「……」


 俺もネフラも言葉が出ない。

 ジェリカを追いかけたところで、深く傷ついたであろう彼女になんて声を掛けてやればいいものか。


「……まずはジェリカを捜そう。リドットと顔を突き合わせて、腹を割って話してもらうしかない」

「私もそう思う」


 もともと夫婦の問題に他人が割って入る余地なんてない。

 ここは当人同士で解決してもらう他ないのだ。


「リドット。すぐに手分けしてジェリカを――」

「断る」

「な、なんだって?」

「言っただろう。僕には彼女との溝を埋める自信がないと」

「そんなこと言っている場合じゃないだろう!」

「同じてつを踏みたくない。僕に彼女と向き合える自信がつくまで――」

「言っている場合かっ!! ジェリカは新大陸への渡航を考えているんだ! 二度と会えなくなるかもしれないんだぞ!?」

「……」


 リドットが黙り込んでしまう。

 ……どんな相手にも臆さずに図々しく救済の手を差し伸べるリドットが、まさかジェリカに対してはこれほど消極的になるなんて。

 どうして愛した女性ひとをもっと大事に、ずっと傍に置いておきたいと思わないのか。

 俺にはそれが理解できない。


「リドット。よく聞け――」


 俺はリドットに詰め寄り、その胸倉を掴み上げながら続ける。


「――俺の知り合いに、恋人を大切に思うあまり大事なことを何も告げず、長いこと傍を離れていた奴がいる。そいつはそいつなりに一生懸命やるべきことをやろうとしたが、結果どうなったと思う?」

「……どうなったんだ」

「取り返しのつかない破局を迎えた。本当に取り返しのつかない結末だった。そいつは彼女のことを心の底から愛していたのに、傍にいなかったから不幸を避けられなかったんだ!」

「……」

「お前がやろうとしていることは、まさにそれだ! 逃げるなリドット! 逃げないでくれ……ジェリカのためにも……お前自身のためにも……っ」


 言っているうちに、なぜか俺の視界が滲んできた。

 リドットはそんな俺の目を黙って見つめているばかり。


「……言いたいことはわかった。ジルコが正しいと思う」

「だろう!?」

「でも、正論だけでは人の心は動かせないんだ」

「お前がそれを言うかよっ」


 ……ダメだ。

 リドットは完全に腰が引けている。

 闇の時代には、どんな恐ろしい魔物が相手でも身を挺して俺達を守ってくれた男が、ジェリカ相手には完全な及び腰。

 これでは話にならない。


「なんでそうなるんだよ、リドット!?」

「……すまない。使った金は必ず全額返還する」


 そう言うと、リドットは俺の腕を振り払って通りを歩いていってしまった。


「どうするのジルコくん。彼のこと追いかける?」

「いや。今のリドットには何を言っても無駄だ」


 リドットは底抜けに優しい男だ。

 だから見返りもなく何百人、何千人もの他人のために尽くすことができる。

 彼が闇の時代に〈ジンカイト〉で戦っていたのも、報酬や名声という見返りのためではなく、人々の救済のため。

 ジエル教の司祭達より、よっぽど人類に貢献している男なのだ。


 だからこそ、あいつだってジェリカをこのままにしておきたくはないはず。

 彼女と向き合うための時間が必要なんだ。

 その答えを近々出してくれる……そう信じていいんだろう、リドット?


「行こう。俺達だけでジェリカを捜す」

「わかった」

「あのぅ……一体どういう状況なのでしょうか?」


 フロスはキョトンとしていた。

 事情を知らない者なら当然の反応だな。


「フロスも協力してほしい。ジェリカを捜すんだ」

「かしこまりましたわ。何か事情があるようですね」

「悪いな」

「いいえ。ジルコさんのためならば協力は惜しみません」


 言いながら、フロスが俺の腕に手を添えてくる。

 その瞬間、ネフラが俺達の間に強引に割り込んできた。


「それじゃさっそく捜索開始といきましょうかっ」

「そ、そうですわね……」


 ネフラに割り込まれたことで、フロスが顔を引きつらせている。

 この表情変化、マジで人形とは思えないほど精巧に出来ているな……。


「それでは、わたくしはジルコさんとご一緒に――」

「クォーツは広い。三人で別々に捜すのが効率的」

「ですがわたくし、久しぶりに人間社会に出てきましたのよ。ジルコさんのような頼り甲斐ある男性が傍にいないと不安ですわ」

「なら私が一緒にいてあげます。私はこの町の地図も暗記しているし、ジルコくんと肩を並べて戦ってきた熟練の冒険者。不足はありませんよね?」

「むぅ~。そうですわね……」


 ネフラの圧に、フロスが苦笑いを浮かべている。

 俺としても一人の方がジェリカを捜しやすいから都合がいい。


 ……その時、頭上から鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。

 顎を上げた瞬間、俺の視界は黒い影に覆われてしまった。


「ぎゃっ!」


 その影は俺の顔面に体当たりをぶちかましてきたのだ。

 あまりの衝撃に耐えきれず、俺は背中から地面に倒されてしまった。

 ……顔が重い。

 何かが俺の顔の上に乗っている。


「なんだぁっ!?」


 それ・・を掴み取ると、今度は手の甲に激しい痛みが生じた。


「ぐあっ!!」


 何か鋭い物で突かれた痛みだ。

 たまらずそれ・・を押し飛ばすと、それ・・は空へと羽ばたいていった。

 あの姿――フォインセティアじゃないか!


「フォインセティアがどうしてジルコくんを?」

「さぁな! でも、どうやら怒っているようだぞ」


 空中で旋回したフォインセティアは、再び俺の元へ急降下してきた。

 ジェリカの相棒を撃ち落とすわけにもいかないし、一体どうしたっていうんだ?


「キュウゥッ!!」


 有無を言わさずフォインセティアが突っ込んでくる。

 俺は防刃コートを脱ぎ、それを盾にフォインセティアのタックルを受け止めた。

 そして、奴が飛び上がろうと翼をはためかせた瞬間――


「獲ったぁぁぁっ!!」


 ――フォインセティアの背中に抱き着いた。

 背後から腹周りを抱きしめていれば、サンダーバードの首や足は構造上俺までは届かない。

 捕獲してやったぞ、フォインセティア!


 奴はいまだに抵抗を続けている。

 執拗に翼や足を動かし、どうにかして飛び立とうと必死だ。

 でも、逃がしはしないぞ。


「こいつ、なんで俺を襲ってきたんだ?」

「ジルコくん。これ」


 ネフラがフォインセティアの足を指さした。

 フォインセティアの足には、パーズに送る時に結んでおいた皮袋がそのまま残されていた。

 しかも、袋の中からは紙のような物がはみ出している。


 ネフラが袋からそれを引き抜くと、フォインセティアは今までの暴れっぷりが嘘のように大人しくなってしまった。

 ……なんなんだ、こいつ?


「ネフラ。それは?」

「これ、アンバー侯爵からの返信」

「本当か? なんて書いてある!?」


 ネフラが手紙を読んでいるのを待つ間、フォインセティアが不可解な行動を取り始めた。

 首から上を俺の頭にこすりつけてきたのだ。

 まるで甘えられているようで、非常に不気味だ……。


「このサンダーバード――フォインセティアさんでしたわね。彼女、ジルコさんのことが大好きなのですね」

「はい?」

「ジルコさんは種族問わず、不思議と女性を惹きつける魅力があるようですわ」

「待って。女性? それってこいつのこと?」

「はい。フォインセティアさんは女性ですよ。ご存じありませんでした?」

「……初耳です」


 フォインセティアが雌だったなんて初めて知った。

 それ以前に俺のことが好きってどういうこと?

 俺、何度もこいつに殺されそうになっているんだけど……。


「ジルコくん」

「な、なんだネフラ!?」

「パーズは今、大変なことになってるって」

「え?」

「ブラックダイヤが盗まれたみたい」

「なんだってぇぇぇっ!?」


 衝撃を受けて思わず大声を上げてしまった。

 それに驚いたのか、フォインセティアが思いきりはためかせた翼に顔面をはたかれ、俺は再度地面に転がるはめになった。





 ◇





 アンバー侯爵からの手紙には、要約して次のことが書かれていた――


 俺達こちらの事情は理解したものの、協力したくともできない問題が起きた。

 俺達がパーズを発って間もなく、ブラックダイヤが何者かに盗まれてしまったのだという。

 現在、盗人の行方を追っているが、まったく手がかりがない状態で、宝石を取り戻すのは絶望的な状況とのこと。 


 ――嫌な時に嫌な問題が重なるものだ。


「ブラックダイヤは超高価な宝石だ。盗もうとするやからがいることに驚きはないが……」

「万全の警備が敷かれていたであろうアルマス殿でんから盗みだすなんて、ただ者じゃないね。しかも犯人の目撃情報もなく、一瞬目を離した隙に消えていただなんて」

「ああ。相当な腕だ」


 厄介なことになった。

 ドラゴンが回収を命じた奈落の宝石は六つ。

 そのうち四つはトロルの集落ヲピダムに封印されていて、残り二つはそれぞれパーズとクォーツにあった。

 そのひとつが素性の知れない盗人に奪われたとなると、探しようがないぞ。


「くそっ。なんて間の悪い盗人なんだ!」

「これはいけません。宝石をひとつでも回収し損ねれば、いずれ魔物が集まってきてとんでもない事態になりますわ!」


 普段冷静なフロスもさすがに慌てている。

 彼女の言うとんでもない事態とは、すなわち大海嘯グリムス・ヴァースの発生を意味する。

 俺としてもエル・ロワ国内でそんな災厄が起こるのは避けたい。

 なんとしてもブラックダイヤを取り戻さなければ……!


「でも、手がかりがなけりゃどうしようも……」

「手がかりならなんとか見つかると思う」

「本当か、ネフラ!?」

「ブラックダイヤは魔物を引きつける。ならば、持ち主の元にはいずれ魔物が集まってくるはず」

「エル・ロワ国内で魔物が多数現れる場所があれば、そこに盗人がいるってことか」

「そう。でも、それにはきっと時間が必要」

「だよな……」


 手がかりのないブラックダイヤを追うのは、針山から一本の針を探すようなもの。

 それよりもクォーツの宝石を探しだして回収する方が先決か。


「……仕方ない。ブラックダイヤと盗人の捜索はアンバー侯爵に任せよう」

「それじゃ私達でクォーツにある奈落の宝石を探すのね」

「ああ。だけど、ジェリカの方はどうするか……」


 宝石も大事だが、ジェリカも大事だ。

 探すものが二つになっちまうなんて、色々とタイミングが悪い。

 どちらを優先するべきか決め難いな……。


「ジルコくん。ジェリカのことは私とフロスに任せて」

「え?」

「ジェリカの行きそうな場所は、ジルコくんよりも同性の私達の方が突き止めやすいと思う。それにみんなの命が掛かっているのだから優先するべきは宝石」

「……そうだな。その通りだ」


 本当にネフラは頼りになるな。

 彼女の博識は毎回助けになるし、迷った時に俺の背中を押してもくれる。


「俺は町長に宝石の件を当たる。所有者が見つかり次第、アンバー侯爵の名前を出して無理にでも受け取ってくる」

「わかった。もし私達の協力が必要だったら、それ・・で連絡して」


 ネフラは、ホルスターに収まっている宝飾銃ジュエルガンを指さして言った。

 それだけで俺は連絡方法の察しがついた。


「そうだな。解決した時は青色の光線、問題が起きた時は赤色の光線を空に向かって撃つ。後者の光線を確認した時はすぐに駆けつけてくれ」

「うん!」


 ネフラは俺にウインクするや、きびすを返して通りを走り始めた。


「フロスさん、急いで! まずは商店街からジェリカの立ち寄りそうな場所を当たりますっ」

「わかりましたわ。そう急かさないで、ネフラさん」


 フロスはネフラに返答した後、俺へと向き直った。


「どうやらわたくしに勝ち目はないようですね」

「え?」

「あなたとネフラさんの間には、わたくしが入り込む余地などないということ」

「フロス……」

「以心伝心とでも言いますか。言葉がなくとも心が通じ合っているなんて素敵です」

「……リドットとジェリカもそうだったんだ。そして、まだ間に合うはずなんだ」

「わかります。そのお二人の絆を取り戻すため、わたくしも一肌脱ぎますわ」

「ありがとう」

「それでは!」


 フロスもまた俺にウインクし、ネフラの後を追いかけていった。

 なんだかんだ彼女も話の分かる人で助かった。

 ネフラしかり、フロスしかり、俺は出会いに恵まれている。


 さて、これで俺のやるべきことは定まった。

 ジェリカの捜索は彼女達に任せて、俺は宝石を所有している可能性がもっとも高い人物――町長に当たる!





 ◇





 町長の経営している三ツ星宿〈火竜の癒し亭〉にはすぐに到着した。

 帝都の湯屋〈竜の宿〉とまではいかないまでも、それに匹敵する大きさの建物は旅人の期待感を煽る。

 入り口にはグロリア火山の伝説にあやかってか、ドラゴンを思わせる彫像が置かれていて、大きな口を開いて来店者を出迎えている。

 〈火竜の癒し亭〉はクォーツでもっとも歴史の長い宿だというが、確かにその風格は備えているな。


「!?」


 中に入ろうとした矢先、ちょうど出てきた客とぶつかってしまった。

 しかも、情けないことに俺は衝撃で吹き飛ばされ、尻もちをついてしまう事態に。

 ……恥だ。


「あっ! すまねぇだ。ちっと目ぇ離してて」

「いえ、こちらの方こそうかつでした」

「怪我もなくてよかっただ。ほんと、すまねぇな」

「ご丁寧にどうも」


 ぶつかったのは、俺が見上げるほどの大男だった。

 彼が手を差し伸べてくれたので、俺はその手を取って立ち上がった。


「悪いねぇ兄さん。こいつ、よそ見してたもんだから」

「いえいえ、お互い様です」


 大男の後ろから小柄な男がひょこっと現れ、俺に笑いかけてくる。

 ずいぶん凸凹したコンビだな。


「あんた冒険者かい? 珍しい武装してんね」

「そうですか?」

「それって銃だよね? そんな小さなやつ、どこで手に入れたんだい」

「これは特注品オーダーメイドで……」


 ……あれ?

 この二人、どこかで見たことがあるような。


「初対面の人にそっだらこと尋ねんのは失礼だろが、モルダバ!」

「うるせぇなムアッカ。お前だってそろそろ新しい銃が欲しいだろ? その情報集めだよっ」


 思い出したぞ!

 こいつら、海峡都市ブリッジのプラチナム侯爵邸に潜入した時に会った盗賊の二人組だ!!

 そんな連中とこの場で会ったということは……。


「宝石を盗みに来たのか」

「なっ!?」「へ?」


 カマをかけてみたところ、どうやら当たりのようだ。


「待てよ、こいつ……どこかで見たことないか?」

「そう言えば見覚えのある顔だな」

「……ま、まさかてめぇ!?」


 モルダバが背中に背負った槍を手に取った瞬間――


「遅いぜ、モルダバ!」


 ――俺はホルスターから抜き放った宝飾銃ジュエルガンを奴の額に突きつけていた。

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