6-029. 共闘
「待て、撃つなっ!」
「抵抗しなけりゃ撃ちはしない。二人とも武器を置け」
モルダバは慌てて槍を床に投げ置いた。
ムアッカも同様に
「久しぶりだな。また会えて嬉しいよ二人とも」
「抵抗はしねぇ! モルダバから銃を下げてくれねぇかっ!?」
「……わかった」
俺はムアッカに注意を払いながらも、モルダバの顔から銃を下ろした。
「場所を移そう」
「目立たない場所で俺達を殺す気じゃないだろうな!?」
「そんなことするわけないだろう」
この二人、俺のことをなんだと思っているんだ。
……そう言えば、こいつらには〈ハイエナ〉のシャーウッドだと名乗っていたんだっけ。
プラチナム侯爵邸でのことを口封じしに来たとでも思われたのかな。
◇
宿からほど近い路地裏に入った俺達は、たかってくるハエを払いながら話の続きを始めた。
「初めに言っておくが、俺は別にお前達を狙ってきたんじゃない」
「信用できねぇな」
「そう言うのもわかるが、俺は〈ハイエナ〉じゃなく――」
「ジルコ・ブレドウィナーだろ?」
「え」
「もうわかってんだよ。俺らをダシにして英雄になったような奴、信用できるわけがねぇ!」
すでに俺のことを知られていたのか。
侯爵邸に俺が忍び込んでいたことは公になっていないはずだけど……。
「なぜ俺がジルコだとわかった?」
「頭を働かせりゃわかるよ。プラチナム侯爵邸の騒ぎがあった後、侯爵が関わる秘密結社〈バロック〉の存在が明るみになり、その企みから
「……なるほどね」
あの事件のさなかに関わったこの二人なら、俺の素性がバレても仕方ない。
問題は、俺に対して敵意を持っているかどうかだが――
「オラ達は、おめぇのおかげで侯爵邸の肖像画を手に入れることができただ。おめぇに恨みなんてねぇ!」
「ムアッカの言う通りだぜ、ジルコさんよぉ。それとも盗賊だからって理由で俺達を捕まえる気かい?」
――どうやらその心配はなさそうだ。
「お前達を捕まえるつもりはないよ。ここで会ったのも偶然だったんだ」
「そ、そうか?」
モルダバがホッとしたような表情を浮かべる。
俺にはそれが何か後ろめたいことを隠している顔に見えた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「聞きたいことぉ? こちとら仕事の疲れを癒すために温泉目当てでクォーツに来ただけだぜ!?」
「……男二人でか?」
「別に
「別にお前達の関係なんてどうでもいいよ」
俺が気がかりなのは、パーズでブラックダイヤが盗まれた直後にこの二人がクォーツに現れたことだ。
ブラックダイヤを盗んだのがこの二人なら、それと同じ奈落の宝石があるクォーツに来たことも納得がいく。
この宿に足を運んだのも、宝石が目当てと見て間違いないな。
「パーズで宝石盗難騒ぎがあった。お前達の仕業だな?」
「な、なんのことだよ!?」
「時間が押しているんだ。下手な演技に付き合っている余裕はない」
俺がホルスターに収めた
「わかった! 白状するっ!! その通りだよ!!」
――モルダバはあっさりと自白した。
「モルダバ、そんなこと言っちまっていいのか?」
「仕方ねぇだろ!? 殺されるよりゃマシだよっ」
殺しはしないって……。
どんな風に見られているんだ、俺は。
「パーズでブラックダイヤを盗んだのはお前達で間違いないんだな?」
「ああ。そうだ」
「なぜ盗んだ? 闇市で売っぱらうためか」
「そりゃ違うぜ。前にも話しただろ、俺らは貴族専門の盗賊だって」
「だったら何のために?」
「そ、それは……」
モルダバが言葉に詰まった。
二人の意思でブラックダイヤを盗んだなら今さら隠す必要はないはず。
この反応から察するに、盗みを依頼した者がいるな。
「誰に頼まれた?」
「えっ」
「お前達はブラックダイヤがどれほどヤバい物なのかわかっていない。今すぐそれを回収しないと、とんでもないことが起こるかもしれないんだ」
「なんだよ、とんでもないことって」
「信じてもらえるかわからないが、ブラックダイヤは――」
俺は二人に事情を説明した。
魔物を引き寄せてしまう呪われた宝石が存在し、そのひとつがブラックダイヤであること。
それと同じ宝石がこのクォーツにもあること。
最悪の場合、それらによって
それ以上の情報――宝石が全部で六つあることと、そのうち四つがヲピダムで封印されていることまでは話さなかったが。
「――というわけで、俺はその宝石を探しているんだ」
モルダバもムアッカも、話を聞いて驚いた顔をしている。
この表情は演技じゃなさそうだな。
「そんなヤバい宝石だったのかよ」
「あいつ、そっだら不吉な物集めさせてどうするつもりだったんだ?」
ムアッカは今、あいつ、と言ったな。
やはり二人に盗みの依頼をした人物がいるようだ。
「やっぱり依頼を受けたんだな」
「そんなヤバい物とは知らなかったんだ! あのダイヤだって侯爵の所有物だって聞いたから……」
「お前達も義賊を気取るなら、今回ばかりは手を引いた方がいい。取り返しのつかない悪行の片棒を担ぐことになるぞ」
「そうは言っても、前金はもらっちまったしなぁ」
「金のためなら大勢の人が死んだって構わない……そんなクソ野郎じゃないよな、二人とも?」
「そ、そりゃそうよ!」
モルダバは頭を掻きながら、観念した様子で話し始めた。
「
「それが依頼人か」
「ああ。フードで顔を隠していたが、ありゃ女だった。パーズとクォーツにあるダイヤを盗んでくれば、報酬に1500万グロウ出すって言うんだ」
「凄い額だな」
「前金に300万もポンと出すから、ただ者じゃないとは思っていたが……」
「それで、盗んだブラックダイヤはどこだ? もう依頼主に渡したのか?」
「いや。ブラックダイヤはこの町の銀行に預けてあるよ。依頼主とはクォーツの宝石を盗んだ後、ここで落ち合うことになってるから」
「そいつもクォーツに来る――あるいはもう来ているってことだな」
「だろうよ」
金を払って盗ませるなんて、ヲピダムのトロル達も取らなかった手段だ。
フロス達以外にも奈落の宝石を集めている者がいるのか?
そいつは何が目的なんだ……?
「依頼主は、女っていう以外に何もわからないのか?」
「侯爵が権威を示すためにバラまいた宝石を奪って鼻を明かしたい……とか言ってたな。その時は、アンバー侯爵に恨みを持ってるもんだとしか思わなかったが」
「素性は調べなかったのか?」
「そんなの普通調べねぇよ! せっかくの取引がおじゃんになっちまうし、わざわざ敵を増やす真似はしたくねぇ」
「……まぁ、そうだよな」
モルダバ達に聞かせた動機は嘘だろうな。
二つの宝石を盗ませるだけで1500万もの大金を払う約束をするなんて、とても金目当てとは思えない。
依頼主の女が何者なのかは知らないが、そいつよりも先にブラックダイヤとクォーツの宝石を手に入れることが先決だ。
「それじゃここから本題だ」
「まだ本題じゃなかったのかよ!」
「お前達を真の義賊と見込んで、クォーツの宝石入手に協力してほしい。それと、依頼主の女の素性も探りたい」
「協力ぅ!? しかも依頼主の素性を探るだと!」
「金は払えない。でも、エル・ロワのためになることなんだ」
「……」
モルダバが閉口した。
前者はまだしも、後者には抵抗があるのかもしれない。
彼らなりに義賊としての流儀もあるだろうし――
「まぁ、いいぜ」
――いいのかよっ!
「俺らはこれでも利権を貪る金持ちどもをこらしめるために盗賊やってんだ。エル・ロワに災厄を招きかねない仕事なんて、さすがに続ける気は起きねぇな」
「本当にいいのか? せっかくの1500万が水の泡だぞ」
「こんな話しておいてよく言うぜ。金ができても使う場所がなくなっちまったら意味ねぇだろ。それに前金はゲットできてるしな!」
「はは。そうだな」
俺はモルダバの前に手を差し出した。
彼はすぐに手を取り、固い握手を交わすことになった。
その上に手のひらを重ねてくるムアッカ。
これで彼らとの協力体制は築けたと考えていいだろう。
「それに英雄ジルコ・ブレドウィナーと一緒に戦うってのは、後々になって金になりそうだしな」
「おいおい。俺の弱みを握ろうってのか」
「そういうんじゃねぇよ。何十年か経った後、英雄との共闘をつづった自伝なんかを出したら売れると思わねぇ?」
「……商売上手だな」
本やら新聞やらに無責任なことを書かれるのは前からだし、その自伝とやらが冗談でなくとも驚きはしない。
でも、過剰な脚色はしないように言っておかないとな。
「で、ジルコさんよぅ。どうやって盗み出すんだ?」
「盗まないよ」
「はぁ?」
「宿の亭主――つまり町長に宝石の提供を要請する」
「……そんなん聞く相手か? 町長はけっこう金にうるさい男だと聞くぜ」
「国の一大事よりも自分の町って言うなら、その時はお前達に任せるさ」
「わざわざ試すのかよ。お前がそんな話を持ち掛けた後に盗まれたら、真っ先に疑われるんじゃねぇか?」
「かもな。でも、証拠がなければ問題なし。これもこの国を魔物の脅威から救うためだ」
「へぇ。ジルコってのは堅物の正義マンかと思っていたが、そうでもなさそうだな。気に入ったぜ」
「もちろん盗むのは不本意さ。できれば提供してほしいものだけど」
難しいだろうとは思いつつ、町長の度量に期待したいところだ。
◇
モルダバとムアッカの事前調査によれば、当該の宝石はダークブルーのダイヤモンドで、〈火竜の癒し亭〉にある一等級溶岩風呂に飾られているという。
なんでもそこには火竜の首を象ったオブジェがあり、その瞳に当たる窪みにはめ込まれているとか。
屋内――しかも裕福層だけが入れる浴場にあるのは厄介だな。
俺はいったんモルダバ達と別れ、一人で〈火竜の癒し亭〉へと向かった。
町長と直にあって事情の説明をするためだが、果たしてうまくいくかどうか。
「こちらでお待ちください」
〈ジンカイト〉の記章を見せたことで、町長との面会はすんなりと決まった。
ふかふかのソファーがある応接室で待つこと数分――
「お待たせしました。本亭の主、モリオン・コルドラーヴァでございます」
――齢六十は下らないであろう老人が入ってきた。
彼は背中が曲がっていて杖をついて歩くほどの老齢だが、足取りは確かで、一緒についてきた女性――介護士か?――の手も借りずに俺の対面のソファーへと腰を下ろした。
禿げ上がった頭に、目元を隠すほど伸びた太い眉毛、その下から垣間見える三白眼……けっこうな強面だな。
彼はソファーの後ろに立つ女性に杖を預けると、俺に向き直った。
「ジルコ・ブレドウィナー殿、でしたな」
「はい」
「先日、あなたの名でクォーツのトロル放逐依頼を請け負う連絡が届きましたが、その件ですかな?」
「その話もしたいのですが、用件は別にありまして」
「別件ですか。どのようなご事情でしょう?」
「ちょっと火急の案件になります」
「そうですか。遠慮なさらずおっしゃってください。あなたの同胞であるリドット殿には助けられておりますから、できる限り力にならせてもらいますよ」
リドットのおかげで、話は案外うまくいくかもしれない。
期待を抱きつつ、町長にさっそく話を切り出す。
「単刀直入に申し上げます。あなたが所有するダークブルーダイヤを提供していただきたいのです」
「ほう。それはなぜ?」
「あれは魔物を寄せ付けてしまう呪われた宝石です。被害が出る前に――」
口上の途中、町長の後ろに立っていた女性が突然杖を投げつけてきた。
とっさにソファーから飛び退いて躱したものの、杖の先端は深々とソファーへと突き刺さっていた。
「何の真似だ!?」
俺が起き上がるのと同時に、部屋の扉が開いて武装した男達が入ってきた。
そんな中、冷静にソファーに腰かけたままの町長。
彼は俺に冷たい眼差しを向けたまま言う。
「ジルコ・ブレドウィナーを騙る盗人め。わしの町で好きにはさせんぞ」
「はぁ!?」
「捕まえて王国兵に突き出してくれる!」
……なんだか凄い誤解を受けていた。
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