6-025. よもやの誤算

 酋長の家から出て早々、俺達は数人のトロルに囲まれた。

 あまりにも突然のことだったので、俺は攻撃かと思ってホルスターの宝飾銃ジュエルガンを抜こうとしたが――


「ヨクゾ巫女様、助ケテクレタ!」

「歓迎スル! 酒、飲モウ!!」


 ――トロル達から感謝の言葉を述べられて硬直してしまった。


「うふふ。みんな、あなた方を歓迎してくれていますのよ」

「さっきとえらい違いだな……」


 どうやら巫女フロスを快調させたことで、トロル達の警戒が解けたらしい。

 女子供も含めて、トロル達は陽気な笑顔を向けてきている。

 集落に着いたばかりの時に感じていたアウェイ感はどこへやら……。


「ヒトに迫害されていた時代もあったトロル我々は、部外者への警戒が強いのです」

「……なるほどね」

「でも、信用に足ると認めた相手には、例え外から来た者であっても心から歓迎する――それがトロルという種族なのです」

「俺はトロルのことを何も知らなかったんだと思い知らされるよ」

「日々、勉強ですわ。ジルコさん」


 フロスがにこりとほほ笑んでくる。

 人形とは思えない暖かい笑顔に、俺は釣られて笑ってしまう。

 ……でも、そろそろ離れてほしい。

 彼女が俺に寄り添っている間、ずっと横から・・・の視線が痛いのだ。


 その時、トロルの子供達――それでも俺が見上げるほど大きいが――に撫でられながら、リアトリスがやってきた。


「待たせて悪かったな、リアトリス」


 リアトリスはジェリカの前で足を止め、彼女に頭をこすりつけ始めた。

 あの馬がこれほど主人に甘えるとは、トロルの集落慣れない環境に置き去りにされてよほど不安がっていたらしい。

 ……そういえば、もう一匹はどこに行った?


「キュウゥッ!!」

「うぉわっ!」


 突然、黒い影が俺の頭上をかすめた。

 何かと思って目で追うと、その影はジェリカの腕へと降り立った。

 ……フォインセティアだ。


「グロリア火山の風は気に入ったか? フォインセティア」


 フォインセティアはジェリカの言葉に反応せず、ずっと俺を睨みつけている。

 ……どうして俺に対するこいつの態度はいつでもどこでもブレないんだ。

 トロルなんかよりよっぽど怖いぞ。


「わぁ! 素敵です。その子、サンダーバードですわよね!?」

「フロスは物知りだな。知っているのか?」

「昔、ルスにも行ったことがあるのです。そこで噂だけは聞いておりましたが、見るのは初めてです」

「そうか。この子の名前は――」


 フォインセティアに興味を示してくれたおかげで、フロスは俺から離れてくれた。

 女性に寄りすがられるのは悪い気はしないとはいえ、人形だもんなぁ……。


「ジルコくん。こんなところでモタモタしてていいの?」

「え」

「急がなくちゃいけないんでしょ。宝石の件」

「ああ、そうだな……」


 う~ん。

 ネフラはまだ機嫌が直っていないみたいだ。


「ジェリカ、フロス。そろそろ行こう」

「もう発つのですか? 皆が歓迎してくれますのに」

「ごめん。宝石の回収は一刻を争うんだ」

「そうでしたわね。ごめんなさい」


 フロスが手を上げると、周りに集まっていたトロル達が一斉にひざまずいていく。

 目の前の人形がフロスであることをみんな理解しているようだ。


「わたくしは重大な使命を果たすため、今一度外の世界に赴きます。わたくしが留守の間、お父様のことをお願いいたします!」


 フロスの言葉に、トロル達が歓声で応える。

 巫女としての求心力は確かなものらしいな。


「さ。行きましょうジルコさん、皆さん」


 そう言うと、フロスは俺に再び寄り添ってきた。

 ……あ。背中にまたビリビリとした視線を感じるぞ。





 ◇





 集落ヲピダムを出て、山道に開いた獣道をふもとへと下っていく。

 急な傾斜でリアトリスの引く馬車が横転しないように注意を怠れないが、同行するヘロスが馬車を支えてくれているので、事故の心配はなさそうだ。


 トロルについて伝え聞く話は蛮族としての伝説ばかりだったのに、実際に会って話してみれば、知恵も道徳も秩序もある普通の人間。

 はるばる冒険の旅に出てみなければ、トロルの実態など知る由もなかったろう。

 今回の旅では貴重な体験をさせてもらった。

 それにしても……。


「うふふっ」


 フロスが俺に寄り添ったまま、一向に離れようとしないのは困る。

 おかげで歩きにくくて仕方ない。

 しかし、それ以上に――


「……」


 ――ネフラがじっと俺のことを睨んでいて、ばつが悪い。


「フロス。そろそろ離れてくれないかな」

「なぜです?」

「なぜって……歩きにくいだろう」

「ジルコさんの体幹ならば、この程度の悪路で人間一人張り付いていても何ら不都合ないのでは?」

「いや、まぁ、そうだけど……」


 あっさり躱されてしまった。

 なんとかして離れてもらわないと、ネフラの機嫌が一向に直らないぞ。


 それに、フロスは――ヒト型人形とは言え――素っ裸にポンチョ一枚のあられもない姿。

 そんな相手にまとわりつかれていては、俺も落ち着かない。


「わたくしのことはトロルでも人形でもなく、ヒトの女性と思ってくださいな。その方がスキンシップも楽しいでしょう」

「スキンシップ?」

「こういうの、ヒトの殿方はお好きでしょう」


 腕に柔らかいものが当たった。

 何かと思って見てみると、フロスが胸の谷間に俺の腕を挟み込んでいた。


「ちょ、なっ!?」

「どうです。ヒトの女性と同じ弾力でしょう? わたくしの体は素材こそ木材ですが、顔や胸元、下腹部などは柔軟な素材で構成されているのです」

「驚きだな……っ」

「就寝時にご一緒させていただければ、もっと驚かせて差し上げますわ」


 フロスが顔を近付けてきた矢先、俺の背中に衝撃が走った。

 俺は吹き飛ばされる形で斜面につまづき、前のめりに倒れて坂道を転がっていくはめに。

 散々あちこちを打ち付けて仰向けに止まった時、斜面の上の方でネフラがミスリルカバーの本を構えている姿が目に映った。

 ネフラのやつ、あれで俺の背中をぶっ叩いたな……。


「あらあら。ネフラさん、突然ジルコさんの背中を叩くなんてどうしたのです?」

「違いますっ。本を読むことに夢中でうっかりつまづいてジルコくんの背中に思いきり本をぶつけてしまっただけです!!」


 嘘つけ! 明らかに狙いすましただろう!?

 ……とは言えない。





 ◇





 グロリア火山のふもとにたどり着いた後、俺達はパーズとクォーツのどちらへ向かうかを検討した。

 直近の目的は、それぞれの町にある奈落の・・・宝石を回収すること。

 魔物を引き寄せてしまうというその宝石を回収しないことには、人里に魔物が集まってきて取り返しのつかない事態になりかねない。


「アンバー侯爵なら、事情を説明すればわかってくれるかも」

「そうだな。俺達を指名してドラゴン調査を依頼するくらいだし、頭ごなしに疑ってかかったりはしないだろうな」

「ヘロスが一緒なら龍脈を通ってショートカットできるし、半日あればまた火山方面こっちに戻ってこられる。パーズの宝石を回収した後で、クォーツに向かう方が効率的」

「だな。それでいこう!」


 ネフラの提案を飲むことにした俺は、彼女に笑いかける。

 しかし、ネフラは俺と目を合わせるや、すぐにそっぽを向いてしまった。

 ……まだ怒っているのか。


「まずはパーズか。仕方あるまいな……」


 ジェリカが不意につぶやいた。

 クォーツにリドットらしき人物がいることがわかって、すぐにでも向かいたい気持ちなのだろう。

 でも、彼女には悪いが一旦そっちは後回しだ。


「ジェリカ。パーズの宝石はきっとすぐ回収できる。まずはこっちに集中しよう」

「ん? もちろんだ。リアトリスの足ならば、往復半日もかからんさ」


 ジェリカは頷いてくれたものの、心ここにあらずといった様子。

 王都を出発してこっち、ずっと捜し求めていたリドットの手がかりを得たのだから逸る気持ちもわかるが、優先するべきはまずは宝石だ。


「みんな、聞いてくれ――」


 俺が手を上げると、その場にいる全員が俺へと顔を向ける。


「――日が暮れないうちに秘密の道を通ってパーズに戻る。アンバー侯爵と接触できたら、事情を説明してブラックダイヤを回収。その後、クォーツへ向かう」

「衛星都市パーズですか。わたくし、衛星都市に入るのは初めてですわ。ちょっと緊張してしまいます」

「……フロスは、間に合わせの服を買い揃えるまで馬車の中で待機で」

「え? どうしてですか?」

「どうしてって……」


 トロルは普段半裸のような恰好をしているから気にならないのかもしれないが、曲がりなりにもヒトの姿で都に入るなら、半裸のままじゃまずいんだ。

 というかこの人、以前人形に入っていた時はどんな格好で旅をしていたんだ?


 その後、馬車と併走する形でヘロスを走らせ、俺達は龍脈のある森へと到着。

 ヘロスに秘密の道を開いてもらうよう頼んだのだが――


「……アレ?」


 ――ヘロスが困惑した様子でキョロキョロしている。


「どうしたヘロス」

「感ジナイ」

「え?」

「オカシイ、エーテル、感ジナクナッタ」


 ヘロスが狼狽ろうばいしている。

 エーテルを感じなくなったとは、どういうことだろう。


「フロス。どうなっているんだ?」

「おそらくヘロスに与えていた龍脈を認識する力が消えてしまったのでしょう」

「消えるものなのか?」

「はい。永続的なものではなく、一時的な貸与とでも言うべきものですから」

「もう一度、彼に同じ力を付与できる?」

「もちろんです。ヘロス、こちらへ」


 ヘロスがフロスの前へとひざまずく。

 フロスは目の前の巨人に手のひらを当てると、目をつむって集中する。


「……」


 ……。


「……っ」


 ……?


「……あら」


 ……なんだ?

 フロスの顔がどことなく引きつっているように見えるけど。


「こ、これは……えぇと……どうしましょ」

「どうしたんだフロス」

「あ……っ」


 フロスは俺と目を合わせるや、黙り込んでしまった。

 その顔は間違いなく引きつっている。


「フロス?」

「ご、ごめんなさい。できないみたい……です」

「はぁっ!?」

「ごめんなさいごめんなさいっ!」


 突然、フロスが頭を下げ始めた。

 そんな彼女を見てしまっては、俺としても困惑するしかない。


「フロス、落ち着け! しっかりせんかっ」


 ジェリカが狼狽うろたえるフロスの肩を抱き、懸命に彼女を落ち着かせようと努める。

 その甲斐あってか、フロスは少しずつ我に返り始めた。


「ま、まさかこんなことになるなんてっ」

「何が起こったと言うんだ」

「ドラゴン様の大いなる力が消えてしまっています」

「消えた? ドラゴンの力が?」

「……はい」

「人形の姿では力が発揮できない、というわけではないのか?」

「いいえ。万が一に備えて、幽体憑装操アストラル・リメイン時にも力を使えるかの確認は済ませています。器は関係ないのです」

「ならばなぜ急に使えなくなった?」

「おそらく――」


 フロスが、ジェリカからネフラへと視線を移した。


「――ネフラさんに残滓ざんしを取り除いていただいたことが原因かと」

「えっ」


 今度はネフラの顔が青ざめる。


「あっ……ああっ! もしかして、エーテル光の残滓ざんしだと思っていたものは残滓ざんしじゃなかった? あの時に抑留した黄色い光こそがドラゴンの力の根源だったとしたら……」

「わたくしが力を失ったことにも説明がつきますね」

「なんてこと……。ドラゴンの力が事象抑留オーバーイーターの抑留対象になっていたんだ」


 ネフラとフロスは原因がわかったようだが、俺にはさっぱり。


「つまりどういうことなんだ?」


 ネフラは推測だと断った上で説明を始めた。

 彼女の言葉をまとめると次の通り――


 ドラゴンはフロスに憑依した際、彼女の内側――体内という意味ではなく、魂とでも呼べばいいのか?――に力を残した。

 フロスはその力を行使することで超常的な現象を起こしたが、本来、人間には扱いきれない力ゆえに反動で体調を崩していった。

 ネフラはその症状ゆえに残滓だと解釈し、事象抑留オーバーイーターで取り除いたが、それこそがドラゴンが残した力そのものだった。


 ――つまりネフラは意図せずドラゴンの力を消してしまったのだ。

 これはよもやの誤算だ。


「わ、私……どうやって責任を取れば……っ。ジルコくん!?」


 ネフラが目元に涙を浮かべて、俺に訴えかけてきた。

 責任も何も、事故としか言いようがない。

 これについて彼女に責任を追及するのは酷というものだ。


事象解放オーバーリリースでフロスに力を戻せないのか?」

「や、やってみるっ」


 ネフラはミスリルカバーの本を開き、黄色い光が描画されたページを開いた。

 そして、息を整えて魔名を叫ぶ。


事象解放オーバーリリース!!」


 ……何も起きない。


「あ、あれ……?」

「無反応なんてことがあるのか」

「こんなこと初めて。エーテル光の残滓ざんし解放リリースできないの……? でも、う~ん……」


 ……ダメそうだ。


「仕方ない! こうなっては順番を変えるしかあるまいな!?」


 困惑する俺達を横目に、ジェリカが言い放った。

 心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいか?


「順番を変えるって、パーズを後回しにして先にクォーツへ行くってことか?」

「そうだ。ここからパーズまでは馬車で三日ほどかかるが、クォーツには一日足らずでつけるだろう」

「でも、クォーツの宝石がどういう状態なのかわからないぞ。手間取ったらブラックダイヤの回収が遅れちまう」

「ならば伝書鳩で侯爵に事情を伝えて、クォーツまで宝石を送ってもらえばいい! ワイバーン便ならば半日もかからずに手元に届く!!」

「なるほど」


 伝書鳩を使うってのは思いつかなかったな。

 手紙にVIPカードを同封すれば送り主が俺だと証明できるし、その方が確かに手っ取り早い。

 でも、手紙で事情を説明してすんなり納得してもらえるのか?

 魔物を引き寄せる宝石なんて歴史上確認されたことがないし、ブラックダイヤがそれだと証明されたわけでもない。

 加えて、あのダイヤは1000万グロウ以上の価値があるのだから、ワイバーン便で気軽に遅れるような代物じゃない。


「……ダメ元でその手で行くか」

「心配なら、フォインセティアに手紙の発送とダイヤの回収を任せればいい」

「あ。そっちの方が信頼度は高いな」

「ならば決まりだな」


 フォインセティアに向き直ると、目が合った。

 隙あらば俺を睨みつけてくるこいつと少しでも離れられるのなら、俺にとってはよい選択かもしれない……。

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