6-024. 新たな仲間

 俺達はフロスを連れて酋長のもとへ戻った。

 部屋に入るなり、酋長はギロリと俺を睨みつけてきたが、視界にフロスが入るやその表情は途端に緩くなった。

 ……まるで箱入り娘を見る親の顔だな。


「フロスよ! 体は治ったのか!?」

「はい。この方達のおかげで、すっかり元気になりました」

「おおお~~~!! それはよかった、感謝するぞ客人方!」


 酋長の表情が満面の笑みへと変わる。

 この反応……よっぽど娘を猫かわいがりしていたんだな。


 さて。

 俺は俺で、酋長に人の町への干渉をやめるよう言わなきゃいけない。

 今のご機嫌な酋長なら素直に応じてくれるかもな。


「酋長。お話があるのですが」

「なんじゃ?」

「ドラゴンの神託についてはフロスから聞きました――」

「フロス? ずいぶん馴れ馴れしい呼び方じゃな」

「――ふ、フロスさんから聞きました」

「うむ。で?」


 ……面倒くさいジジイだなっ!


「あなた方が魔物を引き寄せる宝石を回収するため、ヒトの町にトロルを派遣していたことも理解しました。そして、その宝石はまだ二つ残っていることも」

「その通りじゃ」

「その二つについては俺達が責任もって回収します。ですから、もうヒトの町に干渉するのはやめていただきたいのです」

「それは構わん。おぬしらがくだんの宝石を回収できるという根拠を示してくれればのう」


 やはり簡単にはいかないか。

 よそ者がしゃしゃり出てきて、ドラゴンから与えられた役割を譲ってくれと言ったところですんなり納得するわけがない。

 俺達が信頼できる友であることを、なんとか示さないと……。


「大丈夫です、お父様。この方達なら信頼できますわ」

「そうか。お前が言うのなら間違いなかろう! では、宝石の回収はおぬしらに任せようかのう!」


 ……娘の一声であっさりと許可が下りた。

 この人、めちゃくちゃ娘に甘いじゃないか!


「酋長からの許可が下りましたわ。ジルコさん、宝石の件はどうぞよろしくお願いしますね」

「は、はい……」


 これでトロルがヒトの町を襲う問題は解決したな。

 クォーツの町長が出していたトロル放逐依頼クエストも完了ということになるわけだが、依頼者にどう事情を伝えたものか。

 トロルの長を説得したのでもう危害を加えられることはない、と説明して信じてもらえるだろうか……。


「ジルコよ。魔物の件はどうするつもりじゃ?」

「宝石さえ回収すれば、魔物の集合は避けられます。魔物の出現はエル・ロワも把握しているので、各個撃破の流れになるかと」

「ふむ。グロリア火山付近にも魔物は現れ始めておる。早急に退治してもらえるに越したことはないのう」

「それについてはご安心ください。今、冒険者ギルドでは魔物討伐に注力していますから」


 魔物の討伐依頼クエストを受けて、火山周辺には冒険者が集まっている。

 俺達が何もしなくとも、彼らが魔物を狩ってくれるだろう。

 数十匹の集団ならまだしも、数匹のグループなら二流の冒険者だって倒すのに苦労はないはずだ。


「お父様。わたくし、久しぶりに下山しようと思いますの」

「下山? なぜ今さらそんなことを」

「闇の時代も明け、今は復興の時代が訪れていると聞きます。新たな時代の人間社会を学んでくるのも良いかと思いまして」

「……そうじゃな。お前を行かせるのは心配じゃが、確かにこれからのヲピダムのためにも、直にヒトどもの暮らしを見てくるのは大事じゃな」

「お許しいただけますか?」

「うむ。可愛い娘の頼み事じゃ。行ってくるがよい!!」

「ありがとうございます、お父様!」


 フロスが酋長に抱き着いた。

 その衝撃は酋長の座っている椅子から床に伝わり、地震のように建物が揺れるのを感じた。

 ……ヒトサイズの俺達には危なっかしくて仕方ないな。


「旅の許可も得られました。ジルコさん、少しの間ですがよろしくお願いしますね」

「え? 少しの間って……俺達についてくるんですか!?」

「え? だ、ダメなのですか?」


 フロスが眉をひそめて悲しそうな顔に変わった。

 その瞬間、酋長の顔が戦鬼オーガの形相へと変貌する。


「んん~!?」

「あ、いえ、喜んでお供いたします!」

「ジルコも快く承諾してくれたのう。気を付けて行くのじゃぞ、フロスや」

「……」


 ほとんど脅しじゃないか!

 娘のためになら平然と無茶するなこの人は。

 もしも冒険者なんかに彼女を傷つけられでもしたら、集落のトロル総出でエル・ロワに報復を敢行しそうだ。

 それだけは絶対に阻止しないと……。


「では、アバターを用意してきます。少しだけお待ちくださいね、ジルコさん」

「アバター? 何ですそれは」


 俺が問いかけた時には、フロスは部屋を出て行ってしまっていた。

 アバターとは何だろう。

 トロルにだけ伝わる特殊なお守り的なものか?

 それとも武器とか防具の類?


「ネフラ、知っているか?」

「ううん。聞いたことのない単語」


 ネフラでも知らないとなると、トロル独特の文化のようだ。


「ジルコよ」

「はい?」

「わしらは今後一切、ヒトの町への干渉はやめる。しかし、わしらの行動でヒトの町に犠牲が出ておるじゃろう」

「……はい。パーズでは数名の兵士が犠牲となりました」

「そのようなわだかまりが残っていては、我々とヒトとの間で摩擦が消えることはなかろう」

「そうでしょうね」

「武力によって宝石奪取を強行したわしらにも責はある。せめてもの償いとして、これをパーズの為政者に渡してはくれぬか」


 言いながら、酋長は頭飾りの羽を数枚むしり取って差し出してきた。

 それは色鮮やかな虹色をしていて、大型の鳥の羽のようだった。

 こんな派手な色をした羽は初めて見るな。


 俺が羽を受け取るや、ジェリカが驚きの声を上げた。


「もしやこれはハルピュイアの羽では!?」

「はるぴゅ……? なんだいそりゃ」

「かつて存在したとされる女面鳥身の姿をしたモンスターだ! その翼は虹色の羽で彩られており、美しい歌声で人々を惑わしたという」

「女面鳥身……異形だな」

「この羽を衣装に飾り付けると美声になると言われた時代もあって、当時は一枚百万グロウの値で取引されていたという話もある!」

「百万!? こんな羽一枚で百万っ!?」

「収集家の間では今でもそれなりの値で取引されていると思うぞ!」

「ひえぇ……。モンスターの素材って凄い価値があるんだな」


 ジェリカが興奮気味に言うものだから、圧倒されてしまう。

 隣にいたネフラも目を輝かせて羽を覗き込んでいる。

 ……もしかして俺が無知なのか?


「し、しかし、どうして酋長がそんなモンスターの羽を……?」

「かつてわしが仕留めた獲物の一匹じゃからな」

「えっ。あなたがやっつけたんですか?」

「そうじゃ。もう五百年は昔のことになるかのう」

「ご、ごひゃく……」

「あの頃はよかった。純粋な剣と魔法の時代――強き者が支配し、弱き者もまた知恵と策謀で立ち回る、血沸き肉躍る弱肉強食の世界じゃ」

「はは……」


 さすが九百歳。

 そのくらいの年齢になると、もはや世界の生き字引だな。

 もっとゆっくりその時代のことを聞いていたいけど――


「お待たせしました、ジルコさん」


 ――ちょうどフロスが帰ってきた。


「え!?」


 フロスの声のした方に向き直って、俺は目を疑った。

 そこに立っていたのは見上げるほど巨大なトロルではなく、小さくきゃしゃなヒトの女性だったからだ。

 しかも、素っ裸の上にポンチョのような外套を羽織っただけ。

 緑色をした巻き毛の髪に、スラリと伸びた手足、何よりその顔はエルフを思わせるほどに美しい。


「やっぱりこの体だと世界が広くなったように感じますわね」

「……え?」

「ジルコさん達とも目線が合って、なんだか不思議な感じです」

「えぇっ!?」


 こ、これはまさか……フロスが縮んだ!?

 というか、ヒトの女性に変化しているじゃないか!

 一体全体なんでどうしてこうなった!?


「あら。驚かせてしまいましたね? うふふふ」

「フロスなのか!? 本当に……?」

「ええ。フロスです」


 にこやかに笑うフロスを見て、俺は困惑が募るばかり。

 彼女は俺のもとへと歩いてくるや、右手を差し出して握手を求めてきた。


「改めてよろしくお願いしますね。ジルコさん」

「あ、はい……」


 反射的に彼女の手を握ってしまった。

 その時、俺はその正体に気が付いた。

 手が硬いのだ。

 強張っているとか、筋肉質だとか、そういうレベルじゃない。

 まるで木材を掴んだかのように硬く、明らかに人肌ではなかった。


「……まさか」

「お察しの通りですわ。今のわたくしは仮の姿――幽体憑装操アストラル・リメインでヒトを模した人形に乗り移っているのです」

「人形に憑依する魔法……? そんなもの聞いたことがない」

「古代魔法のひとつです。今の時代では、もうほとんど忘れ去られている魔法かと思いますわ」


 どうやらフロスはクリスタに勝るとも劣らない魔導士ウィザードだったらしい。

 彼女が大陸共通言語アムアータングを流暢に喋れるのも、こうやって人形に憑依して人里で暮らしていたからなのだろう。

 顔も手足も本物そっくりに違和感なく動く精巧な人形なら、ヒトの町で暮らしていてもそうそう怪しまれることなく、人間社会を学べるというわけだ。


「しかし凄いですね。見ているだけならヒトにしか見えない」

「昔、お父様が助けたドワーフに人形師がいまして。その方より贈っていただいたそうなのです。もう一体、男性用の人形アバターもありますよ」

「男性用? それじゃ酋長も……」

「はい。かつてはお父様も人形アバターを操り、百年以上ヒトの町で暮らしていたそうです」

「百年かぁ……」


 以前リヒトハイムに立ち寄った時もそうだったけど、長寿の種族と話すとスケールの違いについていけなくなる時がある。

 今がまさにそんな感じだ。


「それでは行って参ります、お父様!」

「うむ。気をつけてな! 旅先で近づいてくる男どもにはくれぐれも注意するんじゃぞ? 特にヒトの男は狼。危険を感じたらすぐにその首をねじ切るのじゃ!」

「大丈夫です。わたくしにはジルコさんがついていますもの――」


 そう言って、フロスが俺の腕に絡みついてきた。


「――ね? ジルコさん」

「そ、そうです、ね……」


 その間、ずっと酋長が戦鬼オーガの形相で俺を睨みつけていたので、生きた心地がしなかった。


「痛っ!」


 突然、後ろから誰かに尻を蹴られた。

 振り向くと、ジト目で俺を睨んでいるネフラの姿が……。


「早く行こう。いつまでも宝石をそのままにできないでしょ」

「あ、ああ」

「ふんっ」


 ネフラは不機嫌そうな顔のままきびすを返してしまった。


 ……いきなり機嫌が悪くなったぞ。

 まさかフロスのことで焼きもちを焼いているのか?

 だとしたら酷い誤解だ。

 フロスはトロルだし、そもそも人形なんだぞ!?


「あっはっは。恋する乙女の扱いは大変よな、ジルコ?」

「笑い事じゃないっ」


 俺の気も知らないで、ジェリカが楽しそうに笑っている。

 フロスもフロスだ。

 いちいち俺に抱き着かず、普通に接してくれればいいものを……。


「わかります。恋する乙女は繊細ですもの」

「!?」

「わたくし、ジルコさんのご活躍は聞き及んでおります。命懸けで勇者を守り、魔王と戦い抜いた陰の立役者――直にお会いして、それが事実だったのだとひしひしと感じております」

「ふぇ!?」


 俺は思わず変な声を出してしまった。

 頬を染め、瞳を潤ませているフロスの顔を見て、混乱するのは当然だろう。

 だって人形なんだぞ?

 いくらなんでも精巧過ぎるだろうっ!


「ジルコォー」

「な、何?」


 ジェリカがさっきと違う調子で話しかけてきた。


「万が一の話だが」

「うん」

「もしもネフラを裏切るような真似をすれば、お前を制裁する」

「はぁっ!?」


 ジェリカの鋭い眼光に射貫かれて、俺は鳥肌が立った。


「もちろん、そんなことはないだろうがな」

「も、もちろんだよ……っ」

「ならばよし! さぁ行くぞ。パーズに戻るか、クォーツへ向かうかは、お前に任せる!」


 そう言ってジェリカはネフラを追いかけて行ってしまう。


「お、俺達も行こうか、フロス……?」

「はい。ジルコさん」


 一向に俺から離れようとしないフロス。

 そして、今も俺の背後から伝わってくる酋長の殺意にも似た気配。

 ……さっさとこの場から逃げないと、厄介な敵を作りそうだ。


 酋長の部屋から出ようとした時、フロスが耳打ちしてくる。


「ジルコさん。この人形アバター、とても精巧に作られていますの」

「見ればわかるよ……」

「上から下まで、それはもう精巧に」

「何が言いたいんだ?」

「わたくし、まだひとつだけ人間社会で学んでいないことがあります」

「え?」

「それはつがい・・・による愛情行為。ぜひともジルコさんと学びたいと思っております」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はつまづいて顔面から床に倒れた。

 ……鼻先が痛い。


「あらあら。ジルコさんったら、そんなにはしゃがなくても。可愛いですわ♪」


 ヤバい。ヤバいぞ。

 俺はとんでもない爆弾を抱え込んでしまったのでは……?

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