6-017. 女の戦い ネフラVSアイオラ①
女性二人の睨み合いが始まった。
「あなた何なの? この身を捧げてもいいだなんて、はしたない」
「それは私の覚悟の比喩です」
「ジルコくんは仮にもあなたの教え子でしょう。なのに、立場もわきまえずになんて下品なことを言うの」
「師弟関係は十年も前のこと。私は、今の彼を一人前の男性として認めています。仮にですが、そこに恋慕の情が湧いたとして何の問題が?」
「突然現れて、そんな立ち入ったことを言うのは失礼だと思う」
「比喩だと言ったのに、ずいぶんこだわりますね。それを決めるのはあなたではなく、ジルコくんでしょう」
「それはそうだけど、たいして親しくもない人にそういうことを言われるのは嫌だと思う」
「半年足らずですが、私はジルコくんと寝食を共にしていました。その時に彼の人となりは理解しているつもりです。もちろん逆も
「し、し、寝食を共に……っ!?」
ギロリとネフラに睨まれた。
この子、ちょっと誤解しているようだけど、寝食を共にしていたからって別に特別な関係だったわけじゃないからな?
確かに当時、俺は余りにも金がなくて先生の世話になっていた。
あれ? 今思い返すと、先生の身の回りの世話ばかりしていた気がする。
そういえば、先生ってけっこうだらしなかったっけ。
なんだかんだ姉弟のような関係だったと言えるかもしれない。
「私とジルコくんはある意味で家族のような関係でした。十年ぶりの再会だからといって、何を気兼ねすることがありましょうか」
「だ、だからって、誘惑するようなやり方はよくないと思う! さっきだって胸を強調して見せてたっ」
「強調したつもりはなかったのですが……。それに、当時ジルコくんとは一緒に生活していたのですから、裸を見られることなんて何度もありました。今さら胸元くらいで何だというのです?」
「うぐぐ……っ。じ、ジルコくんはそういうのに弱いから、ダメなのっ」
……この舌戦、ネフラが押され気味だ。
反撃が抽象的になってきたぞ。
しかも、そういうのに弱いって……俺が色仕掛けに弱いってことか?
いやまぁ確かに否定はできないけど……。
「話を戻しますが、私と一緒にドラゴグへ行くかもジルコくん次第です。無理強いはしません」
「だからジルコくんはこっちですることがあって……っ」
「そのすることとやらが終わった後でも構いませんよ。義勇兵の募集には締め切りなどありませんから」
「どうしてジルコくんをそんなに義勇兵に誘いたいんですか!? 他にも魔物と戦える冒険者はいっぱいいるでしょう!」
「闇の時代に〈ジンカイト〉のメンバーとして活躍した彼に並ぶ冒険者がどれほどいますか? しかも、つい最近も単独で
「ううぅ……っ」
……ついにネフラが言い負けた。
「何か言うことはありますか?」
「こ、このビッチ!!」
うわああぁぁ!
ネフラの口からビッチなんて下品な言葉が出てくるなんてっ!!
そんな悪い言葉どこで覚えたんだ!? ……本か。
「ネフラさん、と言いましたね。目上の人間に対して、少々口が過ぎるのでは?」
「敬えない相手にどうしろと!?」
「跳ねっ返りますね」
「若いからエネルギーが有り余ってるんです!」
な、なんてことをネフラァァァッ!!
今の一言でアイオラ先生の目つきが変わってしまった。
先生のこんな冷たい表情、初めて見た……。
「断っておきますが、私はまだ29です。若いことでエネルギーが有り余ると言うのなら、私も同じこと」
「私は17ですから! より一層エネルギーが有り余ってます!!」
「17? まだ子供じゃありませんか。多忙の中、子守りまでしているなんてジルコくんは本当に面倒見がいいですね」
「17歳は立派な大人です! エル・ロワでは15歳で成人になることをアイオラさんはご存じないんですね?」
「知っていますよ。たった17年の人生経験では子供も同然という意味です。世の中の酸いも甘いもご存じないでしょうから」
「酸いも甘いも知ってますから! それにジルコくんは私を子供扱いしません! 立派な相棒として認めてくれているんです!!」
「ふぅん。立派な相棒ですか……」
……あ、あれ?
ただの口喧嘩になってきていないか?
ネフラだけじゃなく、先生まで熱くなってきているし。
「相棒だからこそ、ジルコくんの行く先も一緒に考えるんです。ドラゴグには行きません。私達はこっちでやるべきことがありますから!」
「……はぁ。話になりません。
「ど、どっちがっ! 私、負けてませんしっ」
「退く気はないようですね?」
「当然です!」
二人とも俺の意思を無視して盛り上がっているけど、行くか行かないかは俺が決めることだぞ?
先生だってさっき自分でそう言っていたじゃないか。
俺の立場はどうなるんだ……。
「ならば、行くか行かないか……ゲームで決めましょう」
「ゲーム?」
「ゲームと言っても、遊びじゃありません。勝負です」
「勝負……。わかりました、受けて立ちます!」
ちょっと待て。
なんで俺の選択を二人がゲームの勝敗で決めることになっているんだ?
俺の意思はどこに……。
「ヘッズアップを知っていますか?
「知ってます。手元に配られたカードと場に出たカードの内、五枚の手札の組み合わせで強さを競うやつですよね」
「その通り。自らの運と勝負勘、そして心理的駆け引きが勝敗を分ける実に面白いゲームです。これで白黒つけましょう」
ヘッズアップか……。
ドラゴグの賭博場で流行っていたカードゲームのひとつだな。
いつだったか、ギルドメンバーでドラゴグに立ち寄った時にジャスファとクリスタがえらくハマっていた覚えがある。
負けがこんだジャスファに八つ当たりされたっけ……。
一方で、クリスタはずいぶんと馬鹿勝ちしていたな。
「カードはどうするんです?」
「部屋に置かれているものを使いましょう。このホテルは一部屋に1セット、ロウ・カードが置いてありますから」
「わかりました」
先生が傍にあった棚の引き出しからロウ・カードのセットを取り出す。
ご丁寧に、ゲーム用のチップも備え付けられている。
ロウ・カードとは、一般に4種類13枚+1枚の計53枚の
種類は
そこへさらに
ヘッズアップでは
「ネフラ。お前、ヘッズアップをプレイしたことあるのか?」
「ジャスファに付き合わされて、何度か」
「大丈夫なのか……?」
「大丈夫。私、勝つから」
おいおいおい。
この流れ、いつぞやのネフラとクリスタの
本当に大丈夫なんだろうな……!?
「二戦勝負で、2ゲーム終了時にチップの多い方が勝者でいかがでしょう」
「はい」
「私が勝てばジルコくんはドラゴグへ行く。ネフラさんが勝てば行かない。そういうことでよろしいですね?」
「かまいません。あなたには負けない!」
「では、ジルコくん。カードをシャッフルしていただけますか?」
「俺がディーラー役なんですね」
「ここには三人しかいませんから」
先生がさも当然のように言ってくる。
これはもう何を言っても収まりそうもないな……。
仕方なく彼女からカードを受け取り、言われた通りシャッフルを行う。
リフルとストリッピングを適当に繰り返し、カード束から二枚ずつ抜いてテーブルの上に置いた。
ネフラと先生は、テーブルを境にお互い向かい合う形になった。
「チップはどうしますか、先生?」
「即席のゲームですし、チップは
「順番は?」
「ゲームを提案したのは私ですから、初戦はこちらが先番を取るのが筋でしょう」
大した自身だな。
ヘッズアップは先番よりも後番の方が有利なのに。
俺は白いチップを20枚ずつ取って、それぞれネフラと先生に渡した。
その後、ゲームの参加料として先番の先生がチップを2枚、後番のネフラが1枚、テーブルの上に置く。
二人とも配られたカードを手元に取り上げ、ゲームが始まった。
一戦目、ファーストラウンド。
場にあるチップは――先番先生が2枚、後番ネフラが1枚。
ヘッズアップのルール上、ファーストラウンドに限り後番ネフラからのアクションとなる。
「コール」
コールは、相手と同額の
さっき先生は参加料に2枚ベットしたから、ネフラもそれと同じ枚数だけベットすることになる。
ネフラは手元のチップから2枚ベットし、参加料と合わせて賭け金は3枚に。
続いて先生のアクション。
「コールします」
先生はチップから2枚ベットし、参加料と合わせて賭け金は4枚に。
これでファーストラウンドは終了だ。
ラウンド終了に伴い、俺は二人からベットされたチップを集めた。
現在、場に出ている賭け金は7枚。
最終的に、出来上がった役の強い方がこの場の賭け金を総取りすることになる。
セカンドラウンド。
ルールに則り、俺はカード束から三枚抜いてテーブルに並べた。
場に出たカードは――
なお、このラウンドからは先番である先生からアクションが始まる。
「……」
先生が手元のカードを覗きながら思案を始めた。
数秒の後――
「2枚ベットします」
――先生は2枚のチップをつまんで場に出した。
続いて、ネフラのアクション。
「コール」
ネフラも2枚のチップを場に出し、ラウンドが終了する。
新たにベットされたチップを集めて、場に出ている賭け金は計11枚となった。
サードラウンド。
俺はカード束からさらに一枚取って、テーブルに並べた。
四枚目のカードは――
先生のアクション。
「……」
動きがない。
長考か?
「ネフラさん、あなたハーフエルフでしょう」
「え」
「図星のようですね」
……なんだ?
急に先生が勝負とは関係ない話を始めたぞ。
「確かに私はハーフエルフです。でも、それが何か?」
「出身はどちら?」
「リヒトハイムです」
「ならば苦労されたでしょう。
「さっきは酸いも甘いも知らないなんて言ってたくせに……」
「辛い過去があるからこそ、ジルコくんに依存していたいのですね」
「は?」
「故郷のない自分にも帰る場所が欲しい。そして、そこは過去に自分を蔑んだ者達を見返せるくらい輝かしい場所であってほしい。あなたはそう願って、ジルコくんの傍に居座り続けているのでしょう?」
「な、何を……っ!?」
ネフラが顔色を変えたところで、先生は――
「10枚ベットします」
――不意打ちのようにベットを宣言した。
しかも一気に10枚とは強気だな。
テーブルに
続いて、ネフラのアクションだが……。
先生は何を思ってあんなことを言ったんだ?
まるでネフラの心を揺さぶるかのような……。
「……っ」
ネフラが長考している。
否。先生の言葉に動揺しているのか?
彼女は表情を曇らせて、手元のカードと睨めっこしたままだ。
「……ネフラ。どうするんだ?」
「待って。今考えてるから」
明らかに動揺している。
先生の発言は、ネフラの動揺を誘うため――冷静な判断力を失わせるための戦略だったのか。
「……」
ネフラは一向に宣言をしない。
額には汗が滲み、手元のカードを見る目が泳いでいる。
「富、名声、力、それらを高次元に備えた男性に惹かれるのは、女性として当然のこと。でも、暗い過去を慰めるために強い男性の庇護を望むのは不純ではありませんか?」
「さっきから何言ってるの……」
「ジルコくんは優しい人ですから、あなたのことをずっと守り続けてくれるでしょう。でも、それが彼の可能性を狭めてしまうかもしれない」
「は……はぁっ!?」
「彼は新たな勇者になり得る器。こじんまりとまとまってしまっていい人間ではありません」
先生は何を言っているんだ。
ネフラの動揺を誘うためとは言え、俺のことを引き合いに出して彼女を煽るようなことはやめてくれ!
「私ならば、ドラゴグで彼にさらなる活躍の場を与えてあげられる。ジルコくんは私と来るべきなのです」
「先生っ!!」
我慢できずにとうとう口を挟んでしまった。
先生には恩もあるし尊敬もしているが、俺に過剰な期待を掛けるような発言は慎んでほしい。
でなければ、このゲームに付き合う気も失せる。
俺はそんな気持ちを込めた視線を先生へと送った。
「……しゃべり過ぎましたね」
彼女はそう言うと、口をつぐんでしまった。
一方、ネフラは――
「……っ」
――まだ判断がつかないようだ。
制限時間を設けてはいないが、さすがに長考し過ぎだ。
ダメか……ネフラ!?
「……フォールド」
フォールドは、ゲームから降りること。
それまでにベットした賭け金はそのままに、以後アクションは不可能となる。
一対一のヘッズアップでは、負けを宣言したのと同義だ。
「ネフラ、カードを」
「はい……」
俺はネフラからカードを受け取った。
彼女の手札は、
テーブル上の
だが、フォールドしてしまってはこの強い役も意味をなさない。
「初戦は私の勝ちですね」
「そうですね……。場にあるチップは全部で21枚、先生の総取りです」
これで先生のチップは25枚。
対して、ネフラのチップは15枚。
あと一戦で10枚差は大きいな……。
「続けて二戦目に入りましょう。次の先番はネフラさんです」
「……」
ネフラの顔色が悪い。
こんな調子で二戦目に勝ち筋が見いだせるのか……?
俺はカードをシャッフルするため、先生からカードを受け取った。
カード束に混ぜる際、ちらりと見えたその手札は――
「……っ!!」
――
なんてことだ……
「どうかしました? ジルコくん」
「い、いえ……」
今の一瞬、先生を見ていた俺の顔はさぞ呆けたものだっただろう。
だってまさか……
手札で勝ち目がないとわかったから、強気にベットしていたんだ。
その上で、ネフラの判断力を鈍らせるためにあんな挑発的な口上まで。
すべて計算づくだったのか、この人……!
「さぁ、最後の勝負です。油断はしませんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます