6-018. 女の戦い ネフラVSアイオラ②

 ヘッズアップ二戦目が始まる。

 舌戦から始まったこの勝負、ネフラがアイオラ先生に押されている形だ。

 現在のチップは、ネフラが15枚、先生が25枚。

 正直、10枚差は厳しい。


 一戦目、ネフラは先生の自信ありげな態度に圧されて、よほど強い役が揃っていると思ったのだろう。

 それゆえに、ダメージを最低限に抑えるために勝負から降りた。

 しかし、それは先生の思惑通りだった。

 年の功か……心理戦はネフラより先生の方がずっと上手だ。


「……」


 ネフラが弱気な顔を見せている。

 一戦目の負けを引きずっていたら、二戦目も危ういぞ。


「ネフラ。俺はお前といて楽しいよ」

「ジルコくん……!」


 一声かけると、ネフラの表情が緩んだ。


「ディーラーとしての役割を全うしてくださいね、ジルコくん」

「……もちろんです」


 先生が釘を刺してきた。

 ディーラーはプレイヤーに対して公平であるべき、と言いたいのだろう。

 俺からネフラに励ましの声をかけるのは不公平になる。

 なんとか自分で立ち直ってくれ、ネフラ!


「シャッフルします」


 俺は改めてカードのリフルとストリッピングを行った。

 その間、先番のネフラがチップを2枚、後番の先生がチップを1枚、テーブルの上に置く。

 それを待って、カード束から二枚ずつ取ってネフラと先生の前へ並べた。

 二人がカードを手にした瞬間、ゲーム開始だ。


 二戦目、ファーストラウンド。

 場にあるチップは――先番ネフラが2枚、後番先生が1枚。

 ファーストラウンドに限り、後番の先生からアクションが始まる。


「コールします」


 先生は開始早々、コールを宣言して2枚チップをベット。

 まずは様子見といったところか?


 続いてネフラのアクション。


「……」


 初手から長考か。

 表情は澄ましている風だが、額に汗が滲んでいるのがわかる。

 手元のカードがよほど悪いのか……?


「……コール」


 ネフラも先生と同じく2枚のチップをベット。

 二人からベットされた4枚のチップを回収し、ファーストラウンド終了。

 口元に笑みをたたえるほど余裕のある先生に比べて、ネフラはどうにも重々しい雰囲気だ。


 セカンドラウンド。

 俺はカード束から三枚抜いてテーブルへ並べた。

 場に出たカードは――天秤スケールの〈2〉、シールドの〈8〉、カップ〈C〉クレリック

 果たして二人の手札にどれほど影響があるのか……。


 このラウンドからは、先番のネフラからのアクションとなる。


「……チェック」


 チェックは、ベットせずに自分のアクションをパスすること。

 このまま後番の先生にアクションが移る。

 ネフラは先生の出方を見るつもりか……。

 一方、先生は澄ました表情のまま、手元のカードとテーブルに並んだカードを見て思案している。


「チェックします」


 な、何? 先生もチェック!?

 まさか両者ともチップを賭けずにラウンドが終了するなんて……。


「運は掴むもの、と言いますよね。今、私は運の流れを掴みかけている気がします――」


 先生がネフラに向かって話しかける。


「――あなたはどうですか、ネフラさん?」


 余裕ゆえの挑発?

 それほどカードが良いのか……!?


 一方のネフラは、先生の顔をじっと見つめたまま口を開かない。


「ふふっ。やはり不純な動機では運も味方してくれない、ということでしょうか」

「……」

「あなたはジルコくんの相棒と言っていましたね?」

「……」

「ならば、彼がドラゴグに行く時は私が相棒を務めましょう」

「……」

「もちろん相棒なのですから、私だけ・・・が彼の連れ合いとなります。十年ぶりの共同生活になりますね」

「……っ」


 先生の最後の言葉で、ネフラは下唇を噛んで鋭い目つきになった。

 らしくもなく・・・・・・露骨な敵意を表している。

 落ち着けネフラ。これは先生の挑発だ!


「ジルコくん。次のラウンドへ」

「は、はい……」


 先生に急かされる形で、俺はカード束から取った一枚をテーブルに並べた。


シールド〈Q〉クイーン、ですか」


 先生がテーブルに置かれた四枚目のカードを見て、ぽつりとつぶやいた。

 彼女は目を細めて手札を眺めている。


「ふふっ。流れに乗るとはまさにこのこと。次に場に並ぶカードが目に見えるようです」


 そんなにいい手なのか?

 ……それとも、またブラフを張ってネフラを怯ませようとしているのか?


「いつまでしゃべってるの。まずは私のアクションからでしょ」

「そうでしたね。どうぞ」


 ……サードラウンド開始。

 まずはネフラのアクションからだ。


「……」


 ネフラの頬に汗が流れていく。

 落ち着き払った先生とは比べるべくもないほど、緊張しているのがバレバレだ。

 現時点でまったく手札が揃っていないと言っているようなもの。

 頼むから少しは落ち着いてくれ……っ。


「2枚……ベット」


 ネフラは2枚チップをベットした。

 2枚……か。

 いいのか、ネフラ?

 いくらなんでも弱気じゃないか。

 そんなんじゃチップに余裕のある先生とは勝負にならないぞ!?


 続いて、先生のアクションへ移る。


「コールします」


 先生はコールを宣言した。

 ということは、彼女も2枚チップをベットするということ。

 これで現状、ネフラの手元に残ったチップは9枚、先生の手元のチップは20枚。

 ちまちまチップを賭けていても勝ちの目は見えないぞ……!


「今回はファイナルラウンドまで来ましたね。ジルコくんがディーラーだと、ずいぶんいい手が入ってくるようです」

「え……」

「でも、今の・・相棒である彼女とは相性が悪いのかしら? あまり調子が良くない様子だけれど?」

「そ、それは……」


 また先生の挑発か。

 今の言い方だと、ネフラより自分の方が俺との相性が良いと言っているようなものじゃないか……!


「まだ勝負はついてない。勝った気にならないで」

「そうですね。まだ五枚目のカードが場に出ていません。決着はその時つくのですものね」

「私は最後の最後まで決して勝負は投げない。諦めずに戦い抜くっ」

「素晴らしい答え。もう少し表情がクールならばね」


 そう言うや、先生は俺に笑いかけてきた。

 次へ進めって言うんだな……。


 泣いても笑っても、ファイナルラウンド。

 俺はカード束から五枚目――最後のカードをテーブルに並べた。

 そのカードは、ソード〈K〉キング

 チラリとネフラの表情を覗き見ると――


「……っ」


 彼女の渋い顔は変わっていなかった。

 その一方で、先生は勝ちを確信したような笑みを浮かべている。

 二人の表情を見比べるに、すでに明暗が分かれた感じだな……。


 そして、ネフラの最終アクション。


「……」


 表情が硬い。

 にわかにカードを持つ指先が震えている。

 やはりダメか……。


「さぁ。コールか、レイズか、それともフォールドか。早くしてくださる?」

「わ、わかってますっ」


 ここぞとばかりに先生が圧力をかけてきた。

 ネフラに正常な判断を下せる余力が残っているか、不安で仕方ない。


「……オールイン!!」

「なっ!?」


 ネフラの宣言に思わず声が漏れてしまった。

 オールインは、自分の持つチップをすべてベットすること。

 残りすべてのチップを賭けるわけだから、相手には凄まじいプレッシャーがかかることになる。

 だが、それはあくまでも勝ちを臭わせるブラフを張っていればこそだ。

 ……なぜ今オールインなんだ?

 敗色濃厚の中、オールインしたところで相手が降りるとは思えない。


「ふふっ。ブラフを張るには、ネフラさんはクールさが足りませんね」

「……そんなことより、受けるの? 受けないの?」


 ネフラが強気に出ている。

 しかし、残りのチップをテーブルに置く彼女の手は震えている。

 明らかに動揺を隠せていない……。


「最後の悪あがきですね。仮に私がここでフォールドすれば、ベットされたチップはすべてあなたのもの――逆転勝ちとなりますが」

「……」

「でも、勝ちの目が見えている私が今さらそんなミスを犯すとでも?」

「お互いのカードはめくれていない。まだ結果はわからない……!」

「そうですね。でも、ネフラさんは人を騙すのが苦手なよう。表情から怯えが見て取れますよ?」

「……っ」


 先生の言う通りだ。

 ネフラは今もカードを持つ手が震えている。

 加えて、貧乏ゆすりまで始める始末。

 もう見ていられない……。


「ブラフを押し通すなら、もっと身振りを気にしなくては。今のあなたでは、子供も騙すことはできませんよ?」

「う、うるさいっ」

「受けてさしあげます。オールインです!」


 先生までオールイン!?

 ネフラのブラフは通用しなかった。

 むしろ先生はネフラに引導を渡す気だ。


「……先生から手元のカードをオープンしてください」

「はい」


 先生からすべてのチップ――20枚すべて――を受け取り、ファイナルラウンドは終了となった。

 すべてのラウンドが終わった後は、ショーダウンが待っている。

 お互いが、最初に手元へと配られた二枚のカードをオープンし、テーブルに出ている五枚の共通カードと合わせて、七枚の内から五枚を選んで役の確認をする。

 もちろん、役の強い方が勝者となるのは言うまでもない。


 先生の手元のカードは、ソードの〈9〉とソードの〈10〉。

 これをテーブルに出ているカードに照らし合わせると――


 手札:ソードの〈9〉

 手札:ソードの〈10〉

 共通:カップ〈C〉クレリック

 共通:シールド〈Q〉クイーン

 共通:ソード〈K〉キング


 ――〈ストレート〉の役ができあがる。

 しかも、〈9〉から〈K〉キングまで揃っているじゃないか。


「ジルコくんが素敵なカードを配ってくれました。ありがとう」

「……はい」


 ネフラの勝ちを願っていたのに、俺自身が先生に勝たせるカードを配ってしまうなんて。

 恐る恐るネフラに視線を向けると、彼女もまたカードをオープンしていた。

 なぜかその口元には笑みをたたえながら……。


「なっ!?」


 先生が声を荒げて立ち上がった。

 ネフラの手元のカードは、シールドの〈10〉と天秤スケール〈A〉エース

 これをテーブルに出ているカードに照らし合わせると――


 手札:シールドの〈10〉

 共通:カップ〈C〉クレリック

 共通:シールド〈Q〉クイーン

 共通:ソード〈K〉キング

 手札:天秤スケール〈A〉エース


 ――先生と同じ〈ストレート〉!?

 しかも、先生の〈ストレート〉よりも数字が大きい分、役としてはこちらが強い!

 つまりこれは……!!


「私の勝ち」


 ネフラの逆転勝ちぃぃーーーっ!!!?


「そ、そんな……」


 先生はふらりとよろめき、倒れるようにソファーへと腰を落とした。

 さっきまでの余裕は消え去り、唖然とした眼差しでテーブル上のカードを見下ろしている。


「ジルコくんが素敵なカードを配ってくれたから勝てたの。ありがとう」

「……はは」


 先生と同じセリフを言うなんて、とんだ意趣返しだ。

 一方、敗北した先生は一転して弱々しい表情でネフラを見返す。


「まさかさっきまでの表情や仕草はすべて演技……ブラフだったのですか?」

「もちろんです――」


 ネフラが明るい表情に戻った。


「――もう後がない私は、二戦目をなんとしても勝ちに行く必要があった。引くことができないなら、押し一択です」

「でも、あなたの表情は不安と焦燥に彩られていた。あれは絶対に演技ではなかったはず……!」

「セカンドラウンドまでは役ができそうもなくて、本気で焦っていました。でも、サードラウンドでテーブルにシールド〈Q〉クイーンが来たことで風向きが変わったと感じたんです」

「あの時点で、ネフラさんの手札には〈10〉〈C〉クレリック〈Q〉クイーン〈A〉エースが揃っていた。最後に〈K〉キングが来る確信があったと……!?」

「あなたと同じです。ジルコくんから受け取るカードなんだから、私と相性が悪いわけないんです。だって相棒だもの」

「……なるほど。相棒、ですか」


 先生が笑った。

 すっきりした表情で、ネフラと俺を交互に見つめている。


「負けました。完敗です。私などが、二人の間に割って入るなど無理だったようですね」

「先生……」

「もうこんな時間ですし、邪魔者は去りましょう」


 先生はソファーから立ち上がるや、俺に一瞥もくれず廊下へと向かって行く。

 そして、ドアを開けながら俺に向き直る。


「ジルコくん。素敵な女性と巡り合えてよかったですね」

「先生……」

「ドラゴグ行きの件はすべて忘れてください」

「……」

「ネフラさんを大切に。さようなら」


 彼女は俺に優しく笑いかけた後、静かに部屋から出ていった。

 ドアが閉まった時、俺は緊張の糸が切れてソファーをずり落ちてしまう。

 ……いつの間にか俺も全身に汗を掻いていた。


「ジルコくん、汗が凄いよ」

「ネフラこそ……」


 ネフラはいまだに汗が滲んでいる。

 ……何か様子が変だな?


「じ、ジルコくん……私、ちょっと行ってくるね」

「え? 行くってどこへ?」

「……女の子にそれを言わせる気!?」

「えぇっ!?」


 ネフラが急に顔を真っ赤にして怒り始めた。

 彼女は内股で立ち上がるや、いそいそと廊下へ駆けていく。


「ネフラ、どうかしたのか!?」

「どうもこうもないっ。これ以上我慢できないのっ!」

「我慢……? ま、まさか!」

「それ以上考えないで! おやすみジルコくんっ」


 ネフラは慌ててドアを開けるや、廊下へと飛び出して行ってしまった。

 あの様子はただ事じゃない。

 もしや先生を騙し通したネフラのブラフは、演技じゃなかったのか?

 あの子、トイレを我慢していてあんなに汗だくだったのか!!


「女の戦いって、とんでもねぇ~~~」


 なりふり構わず勝ちに行ったネフラの覚悟を、俺は素直に賞賛する。





 ◇





 翌日早朝。

 俺は起床して早々、先生の泊まっている南部屋を訪ねようとしていた。

 最後にちゃんと挨拶をしておきたかったからだ。

 あんなことがあっても、先生が俺の憧れの女性だったことに違いはないのだ。


「あれ?」


 廊下を歩く途中、南部屋からホテルの従業員が出てくるのが見えた。

 清掃用具を持っていることから、どうやら掃除をしていたようだけど……。


「ちょっといいかな」

「はい。なんでございましょう」

「南部屋の人、飲み物でもこぼしたのかい?」

「いいえ。ただ清掃の時間でしたので」

「清掃の時間?」

「はい。いつお客様がお泊まりになってもいいように、わたくしどもは誠心誠意お部屋の管理をさせていただいております!」

「……なんだって?」


 俺の聞き間違いか?

 いつお泊まりになってもって、まるで今は空室みたいな言い方だな。


「待ってくれ。南部屋には女性が泊まっているだろう?」

「はい……? いいえ。現在は空き部屋でございますが……」

「……は?」


 俺は清掃員を押し退けて、南部屋の扉を開いた。

 すると中には――


「誰も……いないだと……っ!?」


 ――先生の荷物どころか、人が泊まっていた形跡すらない。


「嘘だろ!? 一体どういうことだ!?」


 先生は確かに南部屋に泊まっていると言っていた。

 だから廊下で俺を見かけて、部屋まで訪ねてくることができたのだ。

 それがどういうわけだ?


「お客様、どうかなさいましたか? 南部屋はここ数日どなたもお入りになってはおりませんが」

「……いや、いい。俺の勘違いだった。騒がしくしてすまない」


 まるで白昼夢を見たような気分だ。

 アイオラ・ラブレス先生。

 あの人は、一体何を考えて俺に接触してきたんだ……?

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