6-015. トロルとドラゴン

「ドラゴンを殺せって……どういうことです?」

「失礼。いささか性急過ぎました」


 アンバー侯爵は表情を緩めると、咳払いして続けた。


「トロル達の尋問で、興味深いことがわかったのです」

「興味深いこと?」

「彼らはワイバーン山脈のグロリア火山を縄張りとする者達でした。昨今のトロル被害が特に多い地域です」

「グロリア火山ですか……」


 グロリア火山といえば、俺とネフラの目的地である温泉街クォーツが近い。

 クォーツにもトロル被害が出ていたが、グロリア火山で何かが起こっているということなのだろう。


「それとドラゴンに難の関係がある?」


 ジェリカが毅然と侯爵に問い返すので、俺は彼が機嫌を損ねないか心配になる。


「トロル達はドラゴンの命令に従ってパーズを襲撃したことを自白しました。目的はアルマス殿でんに飾られていたブラックダイヤ」

「ドラゴンの命令? グロリア火山にドラゴンがいると言うのか」

「尋問は聖職者クレリックの協力のもと行われました。トロルの証言は看破の奇跡に引っ掛かることもなかったそうです」

「興味深いな。それが事実だとしたら、目と鼻の先に伝説の生物が隠れているということになる」

「伝説によれば、ドラゴンは黄金や宝石などを収集する癖があるとか。今回の件は、ドラゴンがトロル達に命じて人里まで宝石を奪いに来させたと言うわけですね」

「実に興味深い!」


 珍しくジェリカが興奮している。

 ドラゴンの実在を感じて、冒険者心に火がついたか?

 でも、トロルがドラゴンの命令で動いていただなんて……。

 本当にそんなことがあり得るのか?


「そのドラゴンというのは、伝説に語られるドラゴンのことなのですか? それとも、ドラゴンと名乗る組織や個人なのですか?」


 ネフラが身を乗り出して侯爵に問いただした。

 伝説の生物の登場に、彼女としても興味津々の様子。


「尋問官が同じ質問をしています。答えは――」

「答えは!?」

「――わかりません」

「そんなぁ……っ」


 期待を裏切られたネフラの耳が寝てしまう。


「トロルはドラゴンに従ったと言うだけで、実のところそれ・・が具体的に何を表すのかは要領を得ない。一方で、ドラゴンは架空の産物、あるいはすでに絶滅した存在というのが学者の定説です。さすがに我々も伝説通りの生物が実在するとは思っていません」

「そうですか……」

「とは言え、トロルにドラゴンと認識されている何者かがグロリア火山に潜んでいるのは確か。それが個人か組織か、はたまた未知の存在か。我々としても、早急に把握したいのです」

「それで、その調査を私達に?」


 ネフラの質問に、にこやかに頷く侯爵。


「パーズの軍内部では、トロルの証言が信憑性に欠けるとして対応が後手に回っている状態です。兵士達は誰もドラゴンの存在なんて信じてはいませんからね」

「それで俺達に白羽の矢が立ったわけですか」

「その通り! あなた方の存在は、まさに渡りに船でした」


 ……まったく運がいいのか悪いのか。

 王都のギルドを出た時は、休暇のつもりだったのに……。


「そういうわけで、グロリア火山のドラゴンを調査の上、その正体が危険だと判断できた場合には速やかな排除をお願いしたい」

「それがドラゴンを殺せという言葉の真意ですか」

「ええ。ここ最近のトロル被害は、すべて裏にドラゴンが絡んでいる可能性があります。上手くすれば、今回の件でそれらの問題が一気に解決できるかもしれない」

「確かに……」

「やってくれますね? ジルコ殿」


 侯爵から向けられる熱い視線。

 あくまで相談事を装っているが、侯爵から持ち掛けられた話を断れるわけがない。

 為政者からの特命を拒否するのはバツが悪いし、何より五英傑の後継者から依頼を受けたとなれば、解決した時に箔がつく。

 エル・ロワで力を失いつつある冒険者ギルドの復活に大きな後押しになるぞ。


「もちろん引き受けます」

「ありがとう」


 にこりと笑う侯爵に、俺も釣られて笑ってしまった。


「ただし、この件は内密に進めてください」

「え」


 俺の笑顔はすぐに絶たれた。


「今の私が一ギルドに頼るのは周りに角が立つので。ただし、解決時の報酬は期待してください。私のポケットマネーからちゃんとお支払いしますので」

「はぁ……」


 仮にも侯爵のポケットマネーなら、さぞお高いことだろう。

 成果を公表できないのは難点だけど、まとまった金を得られるなら〈ジンカイト〉としては十分か。


 ちらりと隣のネフラの顔を覗いてみると、口を結んで俺のことを睨んでいた。

 リドット捜索に加えて、トロル放逐依頼クエストの受注に、さらにはアンバー侯爵からの特命。

 どんどんやることが増えていくなぁ。

 しばらく冒険者稼業は休むつもりだったのに、どうしてこんなことに……。


「まずは、火山のどこかにあるトロルの集落を訪ねるのが肝要でしょうね」

「集落探しか……。何日かかるかわかりませんね」

「案内人がいれば、それについては問題ないでしょう」

「案内人?」

「捕らえたトロルのうち、一人を案内役につけます。彼らは思いのほか仲間意識が強いので、残りの二人を人質にすれば素直に道案内を引き受けてくれるでしょう」

「それはそれで、集落に着いた後が怖いですね……」

「そこはあなた達冒険者の腕の見せ所ですよ!」


 あ。

 この人、無理難題をさらっと押し付けてくるタイプだな。


「わかりました。腐っても最強の冒険者ギルド〈ジンカイト〉、意地でも朗報を持ち帰りますよ」

「なんと心強いセリフ。期待していますよ」


 言いながら、侯爵は俺に四角い札を渡してきた。

 受け取ってみると、それはパーズの紋章と侯爵の名が記された黄金のカードだった。


「これは?」

「VIPカードとでも言いましょうか。パーズやその近隣にある役所や国家施設での効果は保証します。お役に立ててください」

「あ、ありがとうございます!」

「返納は結構です。多少の利得には目をつむりますが、悪用は厳禁ということで。売却する場合は紋章と私の名を削ってからにしてくださいね」

「はい。……って、金に換えたりなんてしませんよ!」


 冗談なのか本気なのか、侯爵が肩を揺らして笑っている。

 VIPカードこんなものをよこすのは信頼の証ということなのだろうけど、何か手のひらで踊らされているような気がしないでもない。


「出発は明朝にして、今日は宿をお取りください。そのカードを見せれば、パーズの宿ならどこでも無償で宿泊することができます」

「そうですね。今日はもう休ませてもらいます」

「それでは頼みましたよ。ジルコ殿、ネフラ殿、ジェリカ殿」


 話が終わり、侯爵と握手を交わす。

 その時、彼の背後に何か小さなものが飛んでいるのを見て、とっさにそれを視線で追ってしまった。


「何か?」

「いえ……なんでも」


 侯爵の後ろをゆっくりと飛んでいるのは……ハエだった。

 こんな綺麗な部屋にハエが一匹。

 ……なんだか既視感を感じる状況だな。

 まぁ、人里ならハエの一匹や二匹、どこにでもいるものだろう。


 俺は部屋を出ようときびすを返した。

 そのさなか、ドアノブに触れた時に俺はふと思い出したことがあった。


「……アンバー侯爵。ひとつお尋ねしたいことが」

「なんでしょう?」

「アルマス像に飾られていた宝石――ブラックダイヤですが、あれは誰から寄贈されたものなのですか?」

「匿名でしたので名前までは……。ただ、かなりの価値の宝石ですから、裕福な篤志家だと思いますよ。あるいは教皇庁のお偉方かも」


 さすがに名前まではわからないか……。


 ネフラが言うには、あのブラックダイヤはエーテルが淀んでいるという。

 見た目ではわからないけど、魔導士ウィザードが見れば嫌悪感すら抱くような代物だぞ。

 なんだってそんないわくありげな物を寄贈したんだ?

 何か意図があったのか……?


 ……そう言えば、アルマス殿でんを警備していた兵士が盗難防止と風雨避けのために保護魔法が掛けられているとか言っていたな。


「質問が増えて申し訳ないのですが、もうひとつ尋ねても?」

「構いませんよ」

「現場の兵士から聞いたのですが、高名な魔導士ウィザードが保護魔法を掛けたそうですが……」

「ああ、彼のことですか」

「その魔導士ウィザードの名前、聞いても?」

「たしか、スフェン・エウローラ――旅のエルフとのことです」


 スフェン・エウローラか……。

 聞き覚えのない名前だな。

 旅のエルフということは、西方からの流れ者か?

 素性を詳しく把握していないようだけど、どうしてそんなやからに高価なブラックダイヤの保護を任せたんだろう。


「こう言うのもなんですが、根無し草のはぐれ者になぜ依頼を?」

「教皇庁のお偉方から推薦があったのです。偶然近くの町に滞在していたので、急遽彼に宝石の保護を頼んだのですよ」

「そうですか……」


 もうひとつ疑問ができたな。

 そのお偉方が誰なのかまで聞きたかったけど、さすがに三つも質問をするのは野暮か……。

 そう思っていた矢先――


「その教皇庁の人物は誰なのですか?」


 ――ネフラが彼に問いただした。


「ずいぶん知りたがりですね。その情報に何の意味が?」

「好奇心というものは罪なもので、気になることは何でも知りたがるのです」

「なるほど。確かにネフラ殿は本の虫・・・でしたね。知識欲は本だけに留まらず、興味を引いた事柄すべてに向かう……納得しました」


 そう言うや、侯爵は推薦者の名を教えてくれた。


「スフェン殿を紹介してくれたのは、リッソコーラ卿ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る