6-014. 責任追及
戦闘不能に陥ったトロル達はアルマス
彼らはもう観念したようで、抵抗する素振りも見せなかった。
全身に裂傷が酷く、赤い血が今も止まっていない。
疲労して縮こまっている彼らは、先ほどまで暴れていた巨人とは思えないほどに弱く小さく見える。
その一方で、トロルの犠牲となった兵士達の遺体が担架で運ばれていく。
「あのトロル達、どうなるのかな?」
「さぁ……。監獄に収監しようにも、あいつらを押し込めるようなところはないだろうし、どうするんだろうな」
「市民の犠牲が出なかったとはいえ、数人の兵士が殺されてる。それを踏まえると……」
「ただでは済まないだろうな」
俺とネフラがトロルの処遇をあれこれ想像している間も、王国兵は緊張した面持ちでトロル達に剣を突きつけていた。
彼らは同僚を殺された怒りで凄まじい形相になっている。
怒りに我を忘れて、斬りかかったりしなければいいけど……。
しばらくして、武装した装甲戦車が通りを走ってきた。
戦車を引く馬がアルマス
戦車から降りてきたのはパーズの兵士長のようだ。
兵士長は俺達を一瞥した後、すぐにトロル達のもとへと向かった。
「パーズのために戦ったのだから、少しは褒めてほしいな?」
腕に留まっているフォインセティアを撫でながら、ジェリカがぼやいた。
「本来
「しかし、兵士達もずいぶん温い警備をしているものだな。まんまとトロルの侵入を許すとは」
「確かにな……」
いくらトロルが相手でも、たった三人に門を正面突破されたとは思えない。
となると、トロル達は王国兵の隙をついての侵入――例えば、外郭壁を越えて
普段、山岳や渓谷で暮らしているトロルなら、壁をよじ登るのはお手の物だろうし、見張りに気付かれず侵入できたのも頷ける。
……しかし、そこまでして侵入する理由がブラックダイヤというのもおかしな話だが。
「三匹とも殺せ!」
兵士長が叫んだ。
それに従うように、兵士達が剣を振りかぶってトロル達に近づいていく。
「いかん!」
兵士達が剣を振り下ろすよりも早く、ジェリカが手元のフォインセティアを放った。
フォインセティアは一瞬で兵士達に近づくや、羽をはためかせるのに合わせて彼らの手から剣を叩き落としていく。
「な、なんだ!?」
「あの鳥はさっきの!」
フォインセティアが空に弧を描いてジェリカのもとへ戻るまで、兵士達は唖然とした面持ちでその動きを追っていた。
「一体どういうつもりだ?」
兵士長が怖い顔をして俺達の方へ歩いてくる。
その怒りは、明らかにフォインセティアを放ったジェリカへと向けられている。
「この場でトロルを殺す裁定を下すのは、いささか性急過ぎると思い待ったをかけた次第だ」
「奴らは敵意を持って人間の領域に踏み込んだ。現場の裁量で始末をつけることに何の問題がある?」
「問題は大ありであろうが。彼らトロルも人間ぞ」
「人間? あの化け物どもが? 〈ジンカイト〉の冒険者は人間の解釈が広いようだな」
「大陸法に照らし合わせれば、トロルもヒトやエルフ、セリアンやドワーフと変わらん。罰するのならば、裁判にかけて判決を待つべきであろう」
「蛮族を処罰するのに裁判などいるか!!」
「責任追及するのなら、それに適した場所がある。少なくともこの場ではない」
「まだ言うかっ!!」
ジェリカと兵士長が睨み合いを始めてしまった。
どうやら兵士長は種族偏重主義者のようだ。
そういう思想を持つ人間が相手では、いくら理屈で攻めたところで平行線だぞ。
昔からアムアシア大陸には
アムアシア大陸法で定められた人間とはそれらを合わせた八種族のことだが、実のところ後の四種族は差別的に捉えられている。
知恵を働かせ計略を経て国を成した四種族――ヒト、エルフ、セリアン、ドワーフ。
一方、国を築かず自然のまま文明と距離を置く四種族――ゴブリン、リザード、トロル、マーマン。
種族偏重主義にかぶれた奴ほど、ゴブリン達を非人間扱いしている。
それは文明を得た人間達の
「そちらのお二方も同じ意見か?」
「えっ」
「トロルのような蛮族にも、裁判で弁明の機会を与えるべきとお思いか!?」
「……」
兵士長が顔を真っ赤にして訴えてくる。
パーズは無謀四族の扱いが悪い都市だから、ジェリカの肩を持ったところで裁判を受けさせられるかと言ったら期待薄だ。
しかも、周辺の町々で起こっているトロル被害もあって、彼らを擁護する者は余計に少ないだろう。
下手な回答をした日には、俺達まで面倒なことに巻き込まれるぞ。
「裁判については置いておくとして、まずはトロルがどうしてこんな真似をしたのか調べるのが先決じゃないか?」
「蛮族の動機などわかるものか!」
「今までトロルがパーズに押し入ってきたことなんてないだろう?」
「……ない」
「だったらその目的を明確にすることは必須だ。二度とこんなことを起こさせないためにも」
「……それはそうだが……奴らを生かしたままにして、死んだ
「外敵を相手に王国兵の職務を立派に真っ当した。それで納得できないのなら、兵士としての覚悟に
「……」
「トロルは魔物とは違うぜ」
「……承知しているっ!」
兵士長は
この場でトロルを殺すことだけは思い止まってくれたらしい。
「上手く説得したな。さすがはジルコ」
ジェリカが嬉しそうに俺の肩を叩いてきた。
「買い被りだよ。他人事だからあんな冷静なことを言えたんだ」
「そうなのか?」
「そうさ。もしも親しい人があの兵士達と同じ目に遭ったとしたら、トロルを擁護する気になんてなれなかったと思う」
「しかし、人間の知恵が作り出した法を遵守するのも、人間としての務めではあるまいか」
「……そうだな」
その後、中央広場には王国兵の乗る馬車が何両も駆けつけてきた。
トロル達は三人とも拘束具を着せられた上、手枷足枷をはめられて監獄へと連行されていった。
俺達も当事者として事情聴取を受けることになり、温泉街に出発する旅程がまた狂ってしまった。
ネフラが口を尖らせたことは言うまでもない。
◇
その日の夜、俺とネフラとジェリカは揃って駐屯所に招かれていた。
詳細は聞かされていないが、おそらくトロルの尋問が終わったので、協力者としてその情報を共有してくれるのだろうと思う。
駐屯所の会議室で俺達を迎えてくれたのは、意外なことに兵士長ではなかった。
代わりに机の奥に座っている人物は、琥珀色のジャケットを着て、その上から毛皮のマントを羽織る男性だった。
見たところ年齢は三十代といったところか。
年の割には、赤毛の髪にまばらに白髪が見え隠れしている。
「ようこそ。ジルコ殿、ネフラ殿、ジェリカ殿ですね――」
男性は腰を上げるや、俺達を手前の椅子に座るように促した。
「――どうぞご着席ください。わざわざお呼びだてして申し訳ない」
俺達が椅子に座るのを待って、彼は自己紹介を始めた。
「私は、このパーズの領主を務めるシモン・アンバーと申します」
「アンバー? もしかしてアンバー侯爵……!?」
「いかにも私は侯爵ですが、おそらくあなたが思い立ったのは父のアンドーレのことでしょう」
「父? ということは、ご子息……?」
「はい。つい先日、父は隠居しましてね。実は今回の件が、私の侯爵としての初公務なのです」
……驚いた。
まさかアンドーレ・アンバー侯爵が隠居したなんて。
アンバー侯爵は、コイーズ侯爵やプラチナム侯爵と並んで五英傑と呼ばれるエル・ロワの英雄の一人だ。
その彼が突然の隠居とは一体何があったんだ?
五英傑は老境に入っているとはいえ、みんなまだ元気なはずだけど。
「我がパーズに襲来したトロル達の制圧、ご苦労様でした。あなた方のおかげで、被害を最小限に留めることができたと兵士長からうかがっています」
「はは……」
その情報は正しいのだけれど、実質活躍したのはジェリカだけ。
俺とネフラは、何もできずにジェリカとその愛鳥の雄姿を指をくわえて見ていただけなのだが……それは言うまい。
「本来ならば正式な場で謝辞を述べるのが礼儀なのですが、少々身辺がごたついておりまして……ご容赦ください」
「とんでもない! むしろ、わざわざあなたが俺達の前に出てきたこと自体が驚きですよ」
「そうでしょうね」
侯爵は肩を揺らして笑っている。
「……実は今回、私が無理言ってあなた方と会談させてもらったのです。せっかくの機会ですし、どうしてもお会いしておきたくて」
「? どういうことです」
「先日、
「
「そのプラチナム侯爵と父は親友でしてね。彼にパーズとその周辺の情報を渡していたのが父のアンドーレだったのです。もちろん、プラチナム侯爵にあんな裏の顔があることは知りもしなかった上でのことです」
「そ、そんなことが……」
「あの方の悪事を暴いたという英雄の姿をどうしても拝見したく、侯爵としての立場を利用してしまいました。どうかご内密に願います」
なるほど、そういうことか。
アンバー侯爵(父)はパーズの貴族や聖職者に顔が広い。
彼を通して、そこらへんの情報がプラチナム侯爵に流れていたのだろう。
結果として〈バロック〉の利になっていたのであれば、いくら闇の時代の英雄であろうとも責任追及は免れないわけだ。
「……で、どうです? 実際に会ってみた感想は」
「ネフラ殿もジェリカ殿も聞きしに勝る美しさ。恥ずかしながら、妻子がなければアプローチしていたやもしれません」
マジかこの人。
侯爵の息子なのに、存外砕けた性格しているな……。
「ありがとうございます。侯爵閣下にそう言われるなんて光栄の極みです」
「ふふふ。世辞が上手いな。わらわも夫と契る前であったなら、そなたとの人生を考えたかもしれん」
ネフラとジェリカがそつなく言い返しているのを見て、驚いてしまう。
仮にも侯爵相手に凄いなこの二人。
……というか、俺は?
「あの、俺はどうでしょう?」
「ジルコ殿は思いのほか普通の青年という感じですね」
「普通……」
「もっと気性の荒い人物かと思っていましたよ」
「えぇ~!? そ、そんなことありませんよ!」
「
「はは……っ」
笑顔が引きつる。
俺のことを知らない人間が俺のしたことを聞けば、そう思っても無理はない。
山向こうのアヴァリスやルスでは、一体俺のことがどんな人間として伝わっているのやら……ちょっと怖くなってくるな。
「まぁ、そういった理由で急遽私が爵位を引き継ぐはめになり、ここ最近はてんやわんやで。数日がまるで数年のような忙しさですよ」
「そのようで……」
年の割に白髪混じりだったのは、それが理由か……。
俺より大変な目にあっている人がいるなんて、心から同情する。
「さて、場も和んだであろう。そろそろ本題に入ってはどうだ? わらわ達をここに呼びつけたのはトロルの件であろう」
「ちょ、ジェリカ!? 仮にも侯爵を相手にその口の利き方は……っ」
俺が慌ててジェリカをたしなめようとすると、アンバー侯爵が笑い始めた。
「ふふふっ。構いませんよ。どうせこの場には私とあなた方しかいませんし、以前はギルド管理局にも務めていましたから
「そ、そうですか」
「むしろ堅苦しい貴族同士の公務よりずっと気が楽です。どうぞお二人も楽にしてください」
シモン・アンバー侯爵、なかなか話が分かる男のようだ。
アルマス
「それでは単刀直入に申しましょう――」
打って変わって、急に侯爵が真面目な顔になった。
「――ワイバーン山脈に巣食うドラゴンを殺していただきたい」
「……はい?」
魔物に、トロルに、挙句にドラゴン。
俺は休暇を取りたいだけなのに、どうも世間はそれを許してくれないらしい。
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