A-004. VS魔王群―希望―
俺は、唖然としながら勇者と名乗る人物を見上げていた。
『……いつまでそうしてる?』
『え?』
突然、その人物が俺に話しかけてきた。
いつまでも何も、俺はとても動けるような状態じゃない。
こいつはそれをわかって言っているのか?
……率直にそう思った。
だが、その時の俺は目の前にいる人物の性質をわかっていなかった。
『いつまでお尻をつけてるつもりだ、きみは!』
そいつは俺のもとまで歩いてくるなり、胸倉を掴みあげたのだ。
予想を裏切る行動に、俺は度肝を抜かれた。
『い、いや、でも……とても立てる状態じゃ』
『きみは! 地面にお尻をつけたまま! 世界を救うつもりなのか!?』
『えぇっ!?』
まったくこちらの話を聞いていない。
勇者はその後も一方的にまくしたてた。
『一度世界を救うと決めたなら! その身が裂かれようと砕かれようと! 全霊を尽くしてただ真っすぐに己の信念を貫き通せ!!』
……世界を救うとか、そこまで考えたことはなかった。
俺は〈ジンカイト〉の一員として、ただガムシャラに戦ってきただけ。
しかし、勇者に言われて俺は目が覚める思いだった。
『その信念の先にこそ、平和な世界という夢がある』
言い終えると、俺は地面に放り出された。
勇者はさらに俺を煽るように言う。
『さぁ立て! 次の
『俺の仲間がそんなミスを二度も犯すかっ』
『ならば、きみの仲間のもとへ加勢に行くぞ! 銃を取れ!!』
『……いや。俺が行っても足手まといにしか――』
『なんのために
何を言っても苛烈な言葉が返ってくるので、俺はすっかり尻込みしてしまった。
だが、俺は勇者の姿かたちと言葉に
『そ、そうだ。俺は魔物と戦うために冒険者になった……』
『ならば時は今! 命を燃やして、共に宿敵の群れへと飛び込もう!!』
『そんな無謀な……!』
『無謀も勇気。僕の信念を貫くには、いつ何時も退くことは許されない!!』
勇者はマントをひるがえして戦場へと歩み出した。
俺は、いまだその場に尻もちをついたまま勇者の背を眺めていた。
『……ついてこないのかい。本当に、きみの居場所はそこでいいの?』
なんとも不思議な感覚を抱いた。
俺が言われたいことを、ここまでポンポン言ってくれる奴がいるなんて。
『そ、そんなわけ……あるかっ!』
『ならば僕の隣に居てくれ。たった一人より、二人の方が心強い!』
『俺でいいのか……? あんたの隣なんて俺に務まる場所じゃ――』
『
言いながら、勇者は自分の胸を叩いた。
『さぁ、行くぞ! 人間の生命の輝きを! 黒き災厄どもに魅せてやる!!』
俺はいつの間にか銃を取り、勇者の隣を歩いていた。
体中に軋むような痛みがあるのに、そうせずにはいられなかった。
不意に勇者が俺に尋ねてきた。
『ところできみ、名前は?』
『俺はジルコ。ジルコ・ブレドウィナー』
『いい名だ!』
『きみは……きみの名前は?』
『僕は――』
◇
それから俺は変わった。
まさに勇者との出会いをきっかけに、俺は意識が切り替わったのだ。
戦闘は常に相手の先を読め。
人であろうと、魔物であろうと、必ず
その意味を読み違えなければ、
加えて俺の欠点――魔物をブチ抜く火力の獲得。
俺は実家の借金に回す以外の資金をすべて親方に預け、それで
その頃、親方は魔物との戦いで体を壊し、すでに冒険者を引退していた。
親方には多くの武器防具の製造依頼がきていたが、俺がギルドのサブマスターを引き継ぐことを条件に最優先で動いてもらったのだ。
そして、120万グロウと一年八ヵ月の時間を投資して生み出されたのが、鬼才ブラドのミスリル銃ザイングリッツァーだ。
それが二年前のこと。
俺は、俺の信念を貫き通すためにミスリル銃で戦場を駆けた。
数百の魔物を撃ち抜き。
七つの
もう俺が足手まといなどとは誰にも言わせない。
この時から俺は、胸を張って〈ジンカイト〉の冒険者だと言うことができた。
『ジルコ殿。なんだか人が変わったようだ』
『まったくですわ。ジルコのくせに生意気な!』
『おいジルコ。あんまり調子乗ってるとぶっ殺すかんな!?』
なんとでも言うがいい。
俺はあいつの隣で戦うために、強くあり続ける。
そう思って、俺は勇者と共にどんな戦場であろうと赴いた。
西方の砂漠地帯。
ドワーフの国の深い渓谷。
エルフの国の大いなる密林。
すべて勇者と共に踏破した。
もちろん、最強の〈
『……知ってるかい、ジル坊。お前さん、巷では〈火竜の手綱〉なんて呼ばれてるらしいぞ』
『はぁ? なんだよ、それ』
『
『そんな恐ろしい……』
『誇れよ、ジル坊。お前はもう〈ジンカイト〉の要だ』
『親方……』
〈火竜の手綱〉――その二つ名は、気恥ずかしくもあり、誇らしくもある。
曲がりにも〈ジンカイト〉のサブマスターとして、箔がつくならそれも良い。
◇
そして半年前。
大いなる密林にて、最後の決戦。
『ジルコ! クリスタ! ゾイサイト! なんとか隙を作ってくれ!!』
言いながら、勇者がほとばしるような蒼いオーラに身を包み、その手に握る剣へとまばゆい煌めきを蓄えていた。
『任せろ!』
『これで決めてくれるんでしょうね!?』
『わしにかかれば、お茶の子さいさいよ!!』
俺は装填口にダイヤモンドを収めて、引き金をめいっぱい引いた。
銃口からは特大の白い光線が射出され、波のように押し寄せてくる
次いで、ゾイサイトの全霊を込めた拳が大地を叩き割った。
俺の光線に耐え抜いた
そこへすかさず、クリスタが巨大な魔法陣を空中へと描いた。
天地を揺るがす大魔法が炸裂し、
道は開かれた。
もはや勇者の進路を阻む者などありはしなかった。
例え邪魔立てしようとも、あいつの道は俺が開く!
『覚悟しろ、最後の
勇者は光のごとき俊足を見せ、瞬く間に巨大な黒い影へと近づいた。
黒い影は何百もの触手を伸ばしてきたが、あいつにとって躱すのは造作もない。
『これで! 終わりだ!!』
天空へ飛翔し。
刀身から蒼く煌めく残像を描きながら。
勇者は自らの剣を
そのあまりにも常軌を逸した一撃は、天も地も空気すらも斬り裂くほどの剣圧となって、そのまま
まさに一瞬の出来事。
断末魔もあげずに、人間を百年間苦しめ続けてきた最後の仇敵は消え去った。
世界が、平和を取り戻した瞬間だった。
『終わった……のか』
俺は散り散りになって逃げていく魔物達を見渡しながら、肩の荷が下りた気持ちになった。
『終わりなものかよ!』
『そうよ、ジルコ。逃げ出した魔物達の掃討戦が残っているわ』
ゾイサイトとクリスタが俺のもとへやってきて、気を緩めた俺へと言った。
……たしかに、戦いはまだ終わってはいない。
俺が見上げる先――空中からゆっくりと大地へと降りてくる勇者の顔は、
彼女の考えも、他の二人と同じなのだろう。
魔物を最後の一匹まで駆逐することこそ、真の平和と言えるのだ。
『付き合うぜ。最後まで』
俺は自分の心に勝手に約束した。
最後の魔物を倒すその日まで、勇者と共に戦うことを。
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