2-012. 傲慢な交渉
ネフラの宿――クリスタルヴィアの五つ星の宿に到着した俺は、入り口を開いて中へと飛び込んだ。
片膝をついてミスリル銃を構えながらホールを見渡すが――
「問題なし」
――ホールには、唖然としながら俺のことを見ている係員の姿しかない。
「あ、あの。ジルコ様……ですよね?」
「ええ。この宿で何か異常はありませんでしたか」
「異常でございますか? 特に何も……」
係員が困惑しながらも返答してくれた。
「そうか。ありがとう」
さすがにジャスファが宿を占拠してるようなことはなかったか。
なら、ネフラの部屋にジャスファがいる可能性が高い。
「あの、何か私どもの宿で問題でも?」
「いえ。誤報だったようです。仲間と話したいので上がらせてもらいます」
係員に余計なことを言って騒ぎを大きくすることもない。
俺は彼らに何も告げず、ネフラの部屋がある三階へ向かった。
◇
階段を数段飛ばしで登り、三階へとたどり着く。
静まり返った廊下を歩きながら、俺はホルスターからミスリル銃を抜いた。
「ネフラの部屋は、たしか東の角部屋だったな」
階段を登った場所から東に延びる廊下を駆け足で進む。
東の角部屋――333号室にたどり着くなり、俺はドアに耳を当てて中の様子をうかがう。
「**て***ろよ、いい*****んだから」
「ジャ***! やめ*、*****の!?」
「ハッ! *********だぜ、ペ**ロし***」
……部屋の中からネフラとジャスファの声が聞こえる。
聞き取りにくいが、何か言い争っているようだ。
ガタンッという大きな音が聞こえて、居ても立っても居られなくなった俺はドアを蹴り破って部屋へと飛び込んだ。
視界の端に人の影が入った瞬間、俺は片膝をついてミスリル銃を構える。
「!!」
そこで俺の目に映ったものは――
「じ、ジルコくん……」
「なんだ。ずいぶん早かったじゃないか」
――下着姿のネフラと、彼女の首筋にキラリと光る小刀を突きつけているジャスファだった。
こ、これは……。
これはいったい、どんな状況なんだ!?
「み、見ないで!」
「いいや、見ろ見ろ。出血大サービスだぜ」
肩紐で吊られた薄く白い生地の内側に、ネフラの白肌が透けて見えている。
ネフラは後ろ手に縛られている上、両足首も縄で結ばれている状態。
さらにジャスファによって背後から抱きかかえられていて、逃げようにも逃げられる状況ではなかった。
床の上には、ネフラがいつも着ている民族衣装やストッキング、ブーツなどが散乱している。
「や……や、やりすぎだぞ、ネフラ! じゃなかった、ジャスファ!」
いかん。動揺している。
落ち着け……!
俺が威嚇のためにジャスファの顔にミスリル銃を向けると、すぐに顔を引っ込めてネフラを盾にする。
ネフラの後ろに隠れられては何もできず、俺は泣く泣く銃を下ろした。
「線が細いくせに、ずいぶんいい体してるじゃんネフラ」
ジャスファがネフラの腰に回していた手を、今度は胸の膨らみに移した。
これ以上はさすがに止めなければ……!
「いいかげんにしろジャスファ!」
「うるせぇ。これはな、あたしに舐めた真似してくれたお前への罰だ。そこでもうしばらく黙って見てろ」
「だったら俺を殴る蹴るすればいい!」
「それで済むならこんな真似しねぇよ。お前に一番良い薬は、この子をいじめてやることだ。そうだろ?」
「このっ――」
俺が足を踏み出そうとした瞬間、ジャスファが小刀の腹をネフラの喉へと押し付ける。
ダメだ。完全に主導権を握られている。
「――っくしょう!!」
「ハッ! 仲間一人助けられねぇ情けない男が、未来のギルドマスターとはね。〈ジンカイト〉も焼きが回ったもんだ!」
くそっ、くそっ、くそっ!!
なんとかジャスファとネフラを離す方法はないか!?
「銃を置いて、両手を頭の上にあげな。誰も傷つくことのないように、ここは交渉で
「ふざけるな。そんなことをされて、ネフラが傷ついてないとでも思うのか!?」
俺は、ジャスファに対してこれ以上ないほどの怒りが湧き上がっている。
湧き上がっているのだが……。
一方で冷静な俺が、この場を乗り切るためには彼女の言うことに従うしかないと考えているのも事実だ。
「じ、ジルコくん。できるだけこっちを見ないで……」
「あ。ごめん……!」
ネフラに言われて俺は一瞬目を逸らしたものの、思い直してまた視線を戻した。
こんな状態でジャスファから目を離すのは危険すぎる。
「ううぅ~」
ネフラが羞恥心で顔を伏せる。
ごめん、ネフラ。もう少しだけ我慢してくれ……!
「何が望みなんだ、ジャスファ」
「あたしを
……めちゃくちゃ言いやがる。
「それらを承諾するのなら、ネフラを開放してやる」
「無理だと言ったら?」
「……可哀そうなネフラ。片方のお目目が無くなる上に、舌も切り取られて美声が聞けなくなっちゃいまちゅねぇ~」
おどけた言い方をしながら、ネフラの右目に平然と小刀の刃を近づける。
それには赤面していたネフラも顔を青くしてすくみ上ってしまう。
「あたしは、お前みたいに甘ちゃんじゃねぇ。あたしは、あたしを舐めた奴を今まで無事に済ませたことはないんだよ」
ジャスファの冷めた眼光が俺を貫く。
寒気のする目だ。殺気のこもった恐ろしい目だ。
たしかにジャスファなら本当に言葉通りのことを実行するだろう。
「聞けよジルコ。あたしはなぁ、〈ジンカイト〉が好きなんだよ。わかるだろ? 七年も一緒に過ごしてきたギルド。みんな家族じゃねぇか。なぁ……?」
ジャスファが口元を緩めて言った。
なんて禍々しい笑顔だよ……!
「
「その前にひとつだけ聞かせてくれないか」
「んだよ。……言ってみな」
「仮にも俺達は仲間だろ。何がお前をそこまでさせるんだ!?」
俺の質問に、ジャスファは少し考えた様子だった。
「あたしが楽しく生きるためさ! そのためなら他の奴がどうなろうが、どうでもいいんだよ」
とんでもない暴論。
なにがギルドのみんなは家族、だ!
ジャスファの要望は、不正を見逃すどころか、不正に加担しろと言っているようなものだ。
ギルドの事情を何も知らないくせに、よくもそんなことを……!
俺は改めて怒りに打ち震えた。
そんな時、ネフラが――
「じ、ジルコくんは……あなたの要望なんて聞かない。ジルコくんは立派なギルドマスターとして〈ジンカイト〉を率いていくんだから……!」
――俺の目を見て言い切った。
俺を信じているという彼女なりのメッセージだと思った。
……ならば、応えないわけにはいかない。
「ネフラ、ごめん――」
俺は立ち上がると、ミスリル銃をジャスファの顔へと向けながら言った。
「――どんな傷をつけられても、絶対に俺が元通りに治してやる。だからあともう少しだけ我慢してくれ」
俺の覚悟は決まった。
ジャスファ……お前はどうだ?
「てっ……めぇら……! 正気かよ!?」
「俺の
「……!!」
ジャスファが顔を歪める。
もう交渉なんて無意味なことを悟っただろう。
ならば、ジャスファがこの後起こす行動はなんだ?
予測しろ。そして先んじろ!
「……どうやら交渉で穏便に済まそうってのは悪手のようだね」
落胆した面持ちで、ジャスファはネフラの顔から小刀を離した。
「なら――」
その刹那、ネフラの背中を俺へと向かって突き飛ばした!
「――口を塞ぐしかないね!!」
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