2-013. 毒鼠のジャスファ

 ジャスファに突き飛ばされたネフラが、頭から俺にぶつかってくる。

 それと同時に、ジャスファがネフラの背中へ向けて隠し持っていたクロスボウの矢を放った。


「がぁっ!」


 間一髪。

 俺はミスリル銃の銃身を盾にして矢を弾くのに間に合った。

 しかし、それだけでは終わらない。

 息つく間もなく、ジャスファが持っていた小刀を俺へ向けて投擲した。

 それもかろうじて銃身で弾いて躱すことに成功。

 俺はジャスファの躊躇ためらいのない殺意に、肝が冷えるよりも先に怒り心頭に発した。


「それが仲間にすることかっ!!」


 今までの鬱憤うっぷんを吐き出すかのように、俺はジャスファに怒声をあげた。


「てめぇなら必ず守ると信じてたのさ!」


 俺が銃を構え直すよりも早く、ジャスファが次の行動に移った。

 腰のポーチから小さな球体を取り出し、床へと叩きつけたのだ。

 ボフッという音と共に球体は破裂し、白い煙が部屋中に充満していく。

 こんな狭い場所で目隠しとは考えたな!


 俺とジャスファを隔てるように白煙が立ち昇ったことで、視界から完全にジャスファが消えた。

 俺はとっさに飛び退き、部屋に広がり始めた煙を警戒する。

 右か、左か、下か、上か、どこから来る!?

 

 俺が警戒する中、煙の奥でガチャッという音が聞こえた。

 直後、部屋の中を漂う煙がすうっと薄まっていくのを感じる。

 その時にようやく窓が開かれたことを察した。


「しまった!」


 俺は煙を払いながら窓へと駆け寄った。

 窓は開かれており、窓枠にジャスファのものであろう靴跡が残っている。

 三階から何の躊躇ちゅうちょもなく飛び降りたのかよ!


 俺はすぐに窓の外へ身を乗り出し、街路の様子を確かめた。

 しかし――


「!? あいつ、どこ行った!?」

 

 ――右にも左にも、通りのどちらにもジャスファの姿はない。

 人が入り込めるような路地も、隠れられるような障害物も見当たらない。

 いくらあいつが俊足でも、たったの一、二秒で通りから姿を消せるか!?


「後ろっ!!」


 ネフラの声が背後から聞こえた。

 同時に跳ねるような足音も聞こえて、俺は背筋が総毛だつ。

 振り向いた瞬間、狂気染みた笑みを浮かべたジャスファが逆手で双剣を抜き放って飛び込んできた!


ったぁぁっ!!」「うわあああっ!!」


 反射的に持ち上げたミスリル銃の銃身が、偶然ジャスファの突き出してきた二振りの短剣を受け止める。

 窓枠に尻を押し付けてなんとか踏ん張ることができたものの、あわや窓から落ちるところだった。


「ちっ」


 不意打ちに失敗したと言うのに、ジャスファはめっを緩めない。

 態勢を変えずに目いっぱい力を込めて、二振りの短剣を押しつけてくる。

 その時、銃身で受けている双剣の刃から、ぬるりと液体がしたたり落ちてくるのが見えた。

 これは……神経毒だ。触れたらヤバい!


銃士ガンナーが! 狭い部屋こんなところで何ができるってんだ!? あぁ!?」


 本気だ。ジャスファの本気・・

 本気で殺しを決断したジャスファの顔は、歪んだ笑みをたたえる。

 それが人でも魔物でも、ジャスファは殺す時は笑って殺す。

 狂った悪癖……。狂人の感性……!


「ぶっ殺してやるぁ……!」


 くそっ。態勢が悪い。

 腕力は俺の方が上のはずだが、今の姿勢のままだと押し込まれる……!


「がぁっ!」


 俺はとっさにジャスファの腹を蹴り飛ばし、彼女との距離を取った。


「本気のお前は相変わらず怖いよ。〈毒鼠どくねずみ〉のジャスファ」

「げほっ……。センスのない二つ名だよなぁ」


 ジャスファは逆手持ちだった双剣を両方順手持ちに切り替える。

 そして、床を蹴って瞬きする間に俺との距離を詰めてきた。


 彼女に操られる双剣は、巧みなフェイントを織り交ぜて俺の隙を誘ってくる。

 かろうじて銃身を盾にジャスファの剣戟をさばいているが、わずかでも肌に刃をかすめればその時点でお終いだ。


「ちっ! しつけぇ!!」


 何度仕掛けても双剣が銃身によって妨げられる。

 それに苛立ったのか、ジャスファは何を思ったか俺に向かって突進してきた。

 途中で踏みとどまるとか、そういったことを計算した飛び込み方じゃない。

 まさに玉砕覚悟の特攻だ。


「くっ!」


 ザンッ、と布が深く裂ける音と共に、俺とジャスファの位置が入れ替わった。

 かろうじて刺突は避けたものの、俺の胴体を毒の刃がかすめていた。


「ハッ! ここまでだな、クソ野郎!」


 窓枠のふちに尻を置きながら、ジャスファは勝ち誇った笑みを浮かべている。


「高価なバジリコックの神経毒を使ってやったんだ。戦利品としてあんたのその銃はもらってくよ」


 へらへらと笑うジャスファ。

 勝った気でいるんだろうが、間違ってるぞ。


「おかしくて笑いたいのは俺の方だ」


 俺はジャスファに向かって裂かれたコートをヒラヒラと煽ってみせた。

 コートの下のチュニックには傷ひとつないことをアピールする。


「防刃かよ……!」

「その通り」


 神経毒の効果がないとわかって顔を歪ませるジャスファ。

 隙ができた!

 俺はすかさずミスリル銃の引き金を引く。

 銃口から射出された橙黄色の光線がジャスファの左肩を貫通した。


「ぎゃっ」


 その衝撃によってバランスを崩したジャスファは、背中から窓の外へと落ちていった。

 ……あの態勢で三階から落ちれば即死は免れないか?

 否。あの〈毒鼠・・〉がそんなやわなわけがない!


「ネフラ。すぐに決着ケリをつけて戻ってくるからな」


 俺は防刃コートを脱いで、下着姿で寝そべるネフラへとそっとかけてやった。

 もちろん内ポケットに入れてある宝石袋を取り出すのを忘れない。


「ジルコくん、気を付けて」


 こんな状態だと言うのに、ネフラは俺を気遣ってくれる。

 ネフラの声援は絶対に無駄にはしない!


「行ってくる!」


 俺は窓枠の上に飛び乗り、通りを見渡した。

 右手の通りをジャスファが走っていくのが見える。

 絶対に逃がしはしない!


 窓枠を蹴り、俺は宿の三階から飛び降りた。

 ……着地成功! ……と思ったら!!


「ぐああっ!」


 着地した瞬間、地面につけた足の裏と膝に激痛が走る。

 着地点付近には、大量に小さなまきびし・・・・がばら撒かれていたのだ。


 深々と刺さったまきびしをすべて引き抜いたものの、さすがにこの痛みでは本来の脚力を発揮できそうもない。

 ゾンビポーションを飲んでくればよかったぜ……!

 

「くそっ。なんて悪知恵の働く奴なんだ」


 走って追いかけるのは少々きつい。

 この場からジャスファを狙撃するしかない。


 俺はジャスファの走り去る方向へと向き直り、ミスリル銃の照準を合わせる。

 距離は200mほど。

 俺の視力ならこの距離でもはっきりと背中が見える。

 だが、あの女も馬鹿じゃなかった。

 俺からの狙撃を予期して、街路をジグザグに走っているのだ。

 これでは正確な狙いがつけられない!


「畜生!」


 足で追うしかない!

 俺はミスリル銃を下げて、負傷した足を無理に動かした。

 ……とても満足に走れたものじゃない。

 だが、甘えている場合じゃないことはわかっている。

 体に鞭打ってでも、足を動かせ!





 ◇





 俺は痛む足をかばいながら街路を走り続けた。

 ジャスファの脚力ならすでにクリスタルヴィアは出ているだろう。

 無茶なのはわかっていたが、それでもやるしかないんだ。

 そう自分を鼓舞していた時、薄暗い街路に立ち塞がる影が目に入った。


「はっはっはー! 見つけたぞブレドウィナー!!」


 ……この癇に障る声は。


「ここで会ったが千年目! 今度こそ僕の勝負を受けてもらうぞ!!」


 またお前か、ウェイスト・グレイストーン!

 なんで俺の邪魔ばかりするんだ、こいつは!?


 街灯に照らされたウェイストの顔を見ると、なんとまぁ……。

 その顔は、前歯が二本ほど欠けていた。

 ちょっと申し訳ない気持ちにもなったが、困らされているのはむしろこちらだと思い至ると、すぐに反省の気持ちも失せた。


「覚悟ぉー!」


 レイピアを抜き放ち、ウェイストが一直線に向かってくる。

 過去から何も学習しない馬鹿者め。


「どけ馬鹿野郎!」


 俺はミスリル銃の引き金を引き、先ほどと同じようにウェイストの手前の石畳を撃った。


「それはすでに見切っているっ!」


 敷石が破砕した瞬間、ウェイストは手前の地面を蹴って跳躍していた。


「さぁ、次はこちらの番だ!」


 ウェイストが意気揚々と着地しようとした瞬間。

 俺は二撃目をその着地点へと撃ち込んだ。


「あっ」


 当然のごとく破砕した敷石に足を取られ、ウェイストはバランスを崩して地面に向かってキスをした。


「一生そこで寝ていろ!」


 大地にキスするウェイストの横を通り抜けて、俺はジャスファを追った。

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