2-011. 狙われたジルコ②

 ギルドに戻った俺は、門扉からそーっと中の様子をうかがってみた。

 庭をほうきで掃除するアンが目に入ったので、俺は彼女を小さな声で呼びつける。


「アン、ちょっときてくれ」

「ジルコさん? 何やってんですか」


 彼女を呼び寄せると、俺はギルドの中の様子を尋ねた。

 もちろん最初に聞くのは、フローラがいるかいないかだ。


「フローラってまだいる?」

「フローラさんはもうとっくに出ていきましたよ」

「そうか、よかった……」

「ジルコさんのことマジギレしてましたけど、何かあったんですか?」


 うげぇ……。

 当分会わないようにしないと、何されるかわかったもんじゃないな。


「ネフラは?」

「あの子ならついさっき宿舎に戻っていきました。なんか新しい本が手に入ったとかなんとか言ってたなぁ」


 ネフラはもう宿に戻ったのか。

 呼び出した俺が姿を消したわけだから、そりゃそうなるよなぁ。


「わかった。ありがとうアン!」


 そう言って、俺はまた街路を走り出した。





 ◇





 ギルドのある場所から東へしばらく進むと、クリスタルヴィアに出る。

 王都で暮らす中流の貴族や商人など、裕福層が住む通りだ。

 ネフラが間借りしている五つ星の宿もこの通りにある。


 俺がクリスタルヴィアに着いた時には、すでに日は落ち、通りの灯りは立ち並ぶ街路灯のみが頼りとなっていた。

 裕福層が住む通りとは言え、夜になってしまえば貧民街のスチルヴィアやストンヴィアと雰囲気はさほど変わらない。


「ネフラ、無事でいてくれよ!」


 クリスタルヴィアの街路を走っていると、正面に人が立っている姿が視えた。

 こんな時間に、誰だ……!?


「本当に現れるとはな、ジルコ・ブレドウィナー」


 聞き覚えのある声。

 その声の主は、腰に携えたレイピアを抜き放ち、頭上高くへと掲げた。


「ここで会ったが百年目! 我が愛しのレディのため、憎き仇の貴様に今一度戦いを挑むっ!!」


 ウェイスト・グレイストーン!

 やっぱり出てきたか!!


「今回は決闘ではない! 僕の愛ゆえの暴走――手前勝手な私闘を申し込ませてもらうぞ!!」


 ウェイストは、指揮者が指揮棒を振るようにレイピアで空を斬っている。

 なんだそれは? 威嚇か?


「さぁ来い、ブレドウィナー! 僕と勝負だ!!」


 こんな馬鹿を相手にしていられるか。

 俺は口上を垂れ流しているウェイストの横を通り抜け、先を急いだ。


「おおいっ!? 僕を無視するな!」


 もう夜だってのに、でかい声を出すなっての。

 お前は俺の眼中にはないんだよ!


「待てぇぇぇぇ~~!!」


 ウェイストが叫びながら俺の後をついてくる。


「僕との勝負から逃げるなっ! 我が愛しのレディのために、きみを討つと約束したんだぁぁぁっ!!」


 知るか、そんなことっ!

 しかも馬鹿でかい声で叫びながら追ってきやがって。

 巡回中の王国兵に見られでもしたら、俺まで拘束対象になっちまう。


「ジルコ・ブレドウィナァァァーーッ!!」


 俺の名前を大声で叫ぶな!

 やむをえず俺はぐるりと後ろに向き直り、ウェイストに向けてミスリル銃の狙いを定めた。


「ブレドォォォ! ウィナァァァーッ!!」

「銃を構えている相手に突っ込んでくる馬鹿がいるか!」


 俺はミスリル銃の引き金を引き、橙黄色の光線を撃ち放った。

 光線は瞬時にウェイストとの間を突っ切り、彼の足元の石畳を破砕した。


「ああっ!?」


 ウェイストは砕けた敷石にハマり、そのまま地面へと顔面を突っ込んだ。

 彼の手から離れたレイピアが弧を描きながら街路樹に突き刺さる。

 お見事!


「そこで朝まで眠ってろ!」


 そう言い捨て、俺は再び街路を走り始めた。

 だが、今度は通り沿いの路地から突然何かが飛んでくる。


「うわっ!」


 胸に伝わる衝撃に、思わず俺は立ち止まった。

 見れば、俺のコートの上に十字の形をした手裏剣が突き刺さっている。


「なんてもの投げやがる!」


 俺はコートに突き刺さった手裏剣を引き抜くと、地面に投げ捨てた。

 着ててよかった、防刃コート。


「さすが旦那。姐御あねご鬱陶うっとうしがるわけでやんす」


 路地から五人の男達が音もなく現れた。

 こいつら、前に酒場でジャスファと一緒にいた取り巻きどもか!


「おひさしぶりでやんす。と言っても、俺らのことなんて覚えちゃいないでしょ」

「闇の時代はあねさんの指示であまり表には出なかったスからねぇ」


 雰囲気からして、街のゴロツキやウェイストとは違う。

 明らかに場慣れ・・・している。


「ウェイストの旦那はまったく役に立たなかったでやんすね」

「ま、貴族のお坊ちゃんなんてあんなもんスよ」


 五人は一定の間隔を保ちながら一列になり、道を塞いだ。

 それぞれ片手に短剣、もう片手に手裏剣を持っている。


 ……厄介だな。

 こいつらぐらいの相手だと、俺が一呼吸に撃てるのは五人のうち多くて二人。

 残り三人の投擲を防ぐのは困難だ。

 だが、危険を冒してでもこの場を押し通らなければ。

 こいつらが現れたことで確信できたことがある。

 ジャスファはネフラのところにいる!


「あいつは何を企んでる?」


 俺は質問しながら、さりげなくミスリル銃の装填口を開いて中の宝石を取り出した。


「さぁねぇ。姐御あねごの考えることは俺らの想像の斜め上を行きやすから」

「それは俺も思うよ。ちょっと理性が壊れているんだ、あいつは」


 橙黄色の宝石はポケットにしまい、代わりの宝石をコートの裏に仕込んだ革袋から抜き取る。


「酷い言い草スねぇ。ああ見えて、あねさんは優しいんスよ?」

「わからないね。俺に優しくしてくれたことはないもんで」


 鮮やかな緑色の宝石を指先で装填口へと押し込む。

 カチャリ、と音がしたのを確認して、装填口の蓋を閉じた。


「ちょっとちょっと! さっきから何してんスか旦那!」

「せっかく平和な時代になったってのに、殺しは勘弁でやんすよ旦那」


 お前達が知っているのは、俺の単射と連射だけだろ。

 宝石ひとつ使い潰しちまうが、もっと別なこと・・・・もできるってことを教えてやる。


「安心しろ。安物の石だから死にゃしない」


 俺は銃身を上げて即、左端の取り巻きへ引き金を引いた。


「ぐあっ」


 銃口から射出された緑色の光線が、取り巻きの胸を焦がして吹き飛ばす。

 と同時に、他の四人が手裏剣の投擲モーションへと入った。

 俺には避ける気はない。

 引き金を引いたまま、銃身を右へ水平に動かすだけだ。


「ぎゃっ」「がっ」「ぶほっ」「げえっ」


 俺の動きに合わせて、緑色の光線が水平に薙がれて四人の胸に火花を散らす。

 その一薙ぎで、四人は背中から倒れて動かなくなった。


 一方、手元からパキッと音がしたのと同時に、射出されていた光線が消えた。

 俺はミスリル銃の背面を下に向けて、装填口を開いた。

 装填口から粉々に砕け散った宝石がこぼれ落ち、足元へと転がる。

 これがミスリル銃で斬り撃ち・・・・した時の代償だ。


「あ……あばば……」


 最初に撃った一人を含めて、五人全員が地面に大手を広げて倒れている。

 その場に服や肉が焼けついた臭いがわずかに漂う。


「……死んじゃいない、よな?」


 少し不安になり、俺は倒れている連中の顔を覗き込んだ。


「こ、こんな奥の手があるとは……聞いてないでやんす……」


 俺が言うのもなんだが、無事なようで安心した。


 ジャスファの取り巻きは五人で全員だろうか。

 まだどこかに隠れていたり、この先で待ち構えられていると厄介だが、こいつらにそれを聞いても吐きはしないだろう。

 今は先を急ぐのが最優先だ。


「近くに夜間も開いている教会がある。そこで治療でも頼むんだな」


 俺は倒れた五人を跨いで、三度ネフラの宿へ向かって走り出した。

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