第二章 不良令嬢、めちゃくちゃにする

2-001. 第一級危険人物

 ギルド〈ジンカイト〉の密偵レンジャージャスファ。

 彼女は見た目もハデだが、生き方もハデハデだ。


 たび重なる脅迫、暴行。

 特定施設の不法占拠に破壊活動。

 王国兵ならびに貴族への賄賂わいろ

 貴族令嬢からの貴金属窃盗。

 極めつけは、依頼クエストで確保した禁制品の横領に横流し。

 さらに俺が付け足すならば、豪遊するためにギルド名義で銀行から融資を受けまくり罪。


 ゴブリン仮面が役所や王国軍などから仕入れた情報によって、これだけの悪事が浮き彫りとなった。

 ……これはヤバい。ヤバすぎる。

 そして、俺は確信できる。

 あの女なら、これらを全部やっている、と。


「はぁ……。こいつ、よく今まで無事でいられたもんだ」


 コーフィーハウスでの会合から明けて翌日。

 俺はギルド二階の談話室でネフラがやってくるのを待っていた。

 コンコン、とドアがノックされ、間を置いてドアが開かれる。

 廊下からひょこっと顔を覗かせてきたのはネフラだった。


「おはよう」


 朝の挨拶を終えると、ネフラがミスリルカバーの本を抱きかかえて談話室に入ってきた。


「重そうだな」

「大切なものだから」


 ネフラが俺の対面の椅子に座るのを待って、ジャスファの情報が記載された羊皮紙を机の上に出した。


「最初はジャスファ?」

「ああ。こいつは早くなんとかしないとマズイ」


 第一級危険人物――俺にとってジャスファの位置づけはそれだ。

 ぶっちぎりでギルドナンバーワンの厄介者をどうやって解雇するか……。

 この不愉快な罪状を本人の前で並べ立てても、証拠を出せと言われれば閉口するしかない。

 ならば、証拠の必要ない方法で解雇を認めさせてやる!


「ここ最近、ジャスファは貴族のパーティーを頻繁に出入りしているらしい。しかもあいつが招かれたパーティーでは必ず貴金属が紛失する」

「犯人はジャスファ。だから言い逃れできないように窃盗の決定的瞬間を現行犯で押さえる」

「その通り。察しが良いな」

「ジャスファ、手癖が悪いもんね」


 あいつ、ネフラからもそういう印象なんだな。

 まあ、ギルドでジャスファと仲良い奴なんていないからなぁ。


「そうと決まれば、すぐにジャスファを捜そう」

「居場所はわかるの?」

「ゴブリン仮面があいつの隠れ家をいくつか割り出してくれている。そのどこかには居るはずだ」


 俺はネフラを連れて談話室を出た。

 廊下に並ぶガラス窓の外に目をやると、遠目に曇り空が見える。

 やると決めた次の瞬間、暗い雲を見るとは……。


「雨になりそう。……嫌だな」


 ネフラも曇り空を見て、憂鬱そうにぼやいた。





 ◇





 ギルドを出てから数時間。

 ゴブリン仮面から得た情報を頼りに、王都にあるジャスファの隠れ家をひとつずつ当たっていったが、いまだヒットしない。

 隠れ家はどこも鍵が掛かっているか、中に入れたとしても無人だった。


「ジルコくん。雨」

「ちっ」


 六つ目の隠れ家もハズレだとわかって外へ出たところ、街路にポツポツと雨が降り始めた。

 空一面を真っ暗な雲が覆っており、大降りを予感させるには十分だった。


「どこか店に入って少し休むか」

「あそこ」


 ネフラが指さした先に目を向けると、一軒の小洒落こじゃれた酒場があった。

 外の看板には〈大当たりラッキーストライク〉と書かれている。

 こんな雨の中、縁起の良い名前の酒場だ。





 ◇





 酒場に入ると、店内は思いのほか賑わっていた。

 だが、客層が悪い。すこぶる悪い。

 貧民街が近いのでこんな客層なのは仕方ないが、煙草の臭いに加えて、あちこちから甘くて香ばしい匂いまで漂ってくるのは如何いかがなものか。

 あまりこういう店にネフラを連れ込みたくなかったが、緊急避難ということで止むをえまい。


「お二人さんかい。そこの空いてるテーブルにどうぞ」


 不愛想な店員に、やる気のなさそうな態度で席へと案内される。

 なんという雑な接客……。

 少しはコーフィーハウスのウェイトレスを見習え!


 俺達が案内された席も、ある意味でなかなかのものだ。

 凹凸だらけの天板、傾いている脚……。

 この無骨さときたら、忘れていた闇の時代の感覚がよみがえるね。

 思えば〈ジンカイト〉も設立当初はこんなボロボロの机やら椅子やらを骨董市で買ってきたっけな。


「居心地悪い」


 ネフラが椅子に座って開口一番のセリフがそれだった。


「無視しろ。俺以外は大根だと思えばいい」


 俺は平静を装いながらも、心中、憤慨していた。

 周囲の男どもがネフラを視る不愉快な目つき。

 彼女の白い肌やエメラルドグリーンの髪を、値踏みするように、あるいは食い入るように見入っている。

 ネフラが不快感を持つのも無理はない。


「注文は?」


 俺達を案内した店員が、やはりやる気なさそうに聞いてくる。

 少し苛立ちながらも、俺は店の壁に掛かっているメニューボードを見て、適当なものを選んだ。


「この店で一番良い葡萄酒ワインをくれ」

「私も」


 注文を聞いた店員は、ジロリとネフラを見入る。


「お嬢ちゃんは蜂蜜酒ミードじゃなくていいのかい?」


 店員がからかうような口調で言うので、ネフラもムッとしている。

 客も店員も、いちいち面倒くさい連中ばかりだ。


「おい。ごちゃごちゃ言わずにさっさと持ってこい」

「あっ……は、はい。少々お待ちくださいっ」


 少し脅し口調で言ってみれば、これだ。

 時代が変わっても、こんな場所でくすぶっているような連中は何も変わっていないのだ。


「一杯飲んだら出よう」

「うん」


 ネフラには悪いことをした。

 せめて店一番の葡萄酒ワインが不味くありませんように。


「雨、止むかな」

「どうだろうな。近くに傘屋が居れば――」


 最後まで言うことなく、俺は硬直した。

 ネフラを視ていた視界の端に、見知った顔が映り込んだからだ。


「ジャスファ」

「え」


 俺が思わず口に出した名前を聞いて、すぐにネフラが背後へと振り返る。


 酒場の最奥。

 もっとも大きなテーブルを囲んでいる数人の男達の中に、俺が今一番会いたい人物が混ざっていた。


「――でよぉ。そのジルコの馬鹿が傑作でな!」


 聞き耳を立ててみれば、よりにもよって俺の話をしてやがる。

 しかも、馬鹿呼ばわりかよ!


姐御あねごはジルコの旦那嫌いでやんすからねぇ」

「ああ、嫌いだね! 真面目ぶりやがって。そのくせ女のケツばかり追いかけてたもやし野郎がっ!!」

「はははっ! しかも相手が相手でしたものねぇ」

「そうなんだよ。あの馬鹿、いつも一緒に居て勘違いしちまったのさ。はたから見てても滑稽こっけいだったね!」


 おい……っ。やめてくれジャスファ!

 それ以上、ネフラが聞いているところで余計なこと言うなっ!!


「そういやあねさん。週末、本当に行くんスか?」


 おっ。いいぞ取り巻き!

 もっとその話を押して話題を変えてくれ!!


「あー。そうだったそうだった」


 ジャスファは思い出したように言った後、ホットパンツのポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出した。


「次の狩り場はここさ。ゴールドヴィア四番地」

「ここってコイーズ侯爵の――」

「馬鹿! 口に出すなっ!!」


 ジャスファがとっさに取り巻きの口をふさいだ。


 今、たしかにコイーズ侯爵と言ったぞ。

 ……これは、もしかすると重要な会話かもしれない。


「はっ倒すぞこの馬鹿!」

「す、すみませんス」

「まぁいい。……聞け、てめぇら。次の土曜はクリスタルヴィアの一番高い酒場を貸し切っとけ!」

「……てことぁ、姐御あねご!」

「久々にでかい魚を釣ってくるからよ。みんなでパァーっとやろうぜ!」


 わっと取り巻き達が盛り上がった。


 高い酒場を貸し切り。

 でかい魚釣り。

 なるほど。ジャスファの考えが読めてきたぞ。


「貴族なんざクソ食らえぁーーーっ!!」

「「「「「さすが姐御あねごっ! 俺達にできないことを平然とやってのける! そこに痺れるっ! 憧れるぅ!!」」」」」


 ……ずいぶん盛り上がってらっしゃる。

 周りの客からは奇異な目を向けられているほどだ。


「ジャスファの次の狙いがわかった」

「コイーズ侯爵のところ」

「ああ。きっと今週の土曜にパーティーか何かがあるんだ」

「侯爵家のお庭で園遊会がある」

「それだ! そこに必ずジャスファが現れるぞ」


 目的は、園遊会に集まる貴族令嬢の持ち物に違いない。

 願ってもないチャンスが巡ってきた。


 ……だが、俺達にはまだ足りないものがある。

 貴族の屋敷に潜り込むのは簡単じゃない。

 ジャスファだって、時間をかけて作ったコネか何かを利用したはず。

 週末までに、俺達も園遊会に参加するツテを探さなければ!


「出よう」

「はい」


 退席の途中、飲み物を運んできた店員のトレイに銀貨4枚と銅貨12枚を乗せて、俺達は店を出た。

 しかし、幸先よくない。

 店の外はどしゃ降りの雨となっていたのだ。

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