1-002. ギルド解散危機

 ギルドマスターから執務室に呼び出された俺は、話を聞いて思わずコーフィーを吹き出してしまった。


「く、解雇クビぃぃっ!?」


 何の相談かと思えば、想像の斜め上を行く内容だった。

 らしくなく・・・・・淹れたてのコーフィーを出してくれたと思ったら……。


解雇クビって、みんなを?」

「そうだ」

「俺が言うんですか!?」

「おうよ。ガツッと言ってやれ」


 筋骨隆々の褐色の大男が、執務机に頬杖をつきながら俺に言った。


「待ってくださいよ。そんなこと言ったら俺――」


 その言葉をあの連中・・・・に言った結果を想像し、俺は全身に鳥肌が立った。


「――絶対に殺される」


 俺がぼそりと言うなり、ギルドマスターが笑い始めた。

 ぶ厚い胸筋が激しく上下するほどの高笑いをするものだから、椅子がギシギシと軋んで壊れないか心配になる。


「笑いごとじゃないでしょ!!」

「いやぁ、すまんすまん。確かに、あいつらにいきなり解雇を突きつけた日には無事にゃ済まんわな」


 他人事だと思って……。

 相変わらずとんでもないことをさらりと言う人だな。

 今まで一緒に戦ってきた仲間への解雇通告なんて、どんな顔して伝えればいいんだ!?


「だが、さっきも説明した通り後援組織パトロンも減ってきちまって借金が返せんのよ。このまま負債を貯め込んだらギルドは解散を免れない」

「ウチのギルドってそんなに借金ありましたっけ」

「みんなギルド名義で銀行から融資を受けてるからなぁ。依頼クエストで町を潰したことも一度や二度じゃないし」

「あれは魔物を掃討するために仕方なく……いや、まぁ、やりすぎですよね」


 いくつか自分にも心当たりがあるため、強く言えないのが歯がゆい。


「とにかく〈ジンカイト〉を潰さんためにも、ギルドの支出は極力抑える必要がある。そのためにも、浪費の原因はすべからく対処しないとな」

「それで解雇ですか……」

「ここ最近、ギルド管理局からの圧力が凄くてなぁ。どうやら銀行のお偉いさんが国の財務大臣に泣きついたらしくて、何度も役所に呼び出されてるんだわ」


 あちゃあ……。

 とうとうウチの冒険者達のやりたい放題に待ったが掛かったか。


 〈ジンカイト〉は、勇者と共に最後まで魔王と戦った冒険者ギルドだ。

 それだけに世間からの信頼も厚いのだが、その貢献は協力者からの援助に支えられた結果でもある。

 ギルドに所属する冒険者は、誰も彼もが最高峰の武器や魔道具を所持している。

 自分専用の研究施設を持っている者すらいる。

 彼らは魔王が滅びた後も、自らの研鑽や財産の維持に馬鹿みたいに金を注ぎ込んでおり、後援組織パトロンの財政を圧迫することになったのだろう。

 かく言う俺も他人事ではない……。


「魔王が滅んで闇の時代が終わり、世界はこれから復興の時代へ移り変わっていく。その過渡期の今、冒険者ギルドに来る依頼なんてほとんどない」

「と言うことは……」

「ぶっちゃけ、借金を返す方法がないんだな」


 マジかよ……。

 最強のギルドの名を馳せた〈ジンカイト〉が、まさか最後は借金まみれで終わるなんて。

 否。まだ終わっていない。

 終わらせないための――


「解雇、なわけですか」

「そうだ!」


 ――いやいや。冗談じゃないぞ!?


「気が進みません! 苦楽を共にしてきた仲間を切り捨てるなんて!!」

「ギルド管理局から出されたギルド存続の条件は、管理職以外を全員解雇すること。それだけで借金の大半を国が担保してくれる約束だ」

「だからって!」


 ……だからって。

 仲間を切り捨てる選択をしなけりゃならないのか。


『君達と一緒に戦えてよかった』

『とても素敵なギルドだった』

『これからもギルドを――仲間達を大切に』


 脳裏にあいつ・・・の言葉が思い出される。


 ……ダメだ。ダメだろう。

 このギルドが無くなるなんて、絶対に認められない。

 かと言って、共に戦ってきた仲間を切り捨てることだってできない。

 なら、どうすればいいんだ?


冒険者みんなをそのままに、借金を返済する方法はないんですか!?」

「痛みを伴わずに借金チャラ! ってな具合の魔法や奇跡は、残念ながらないんだよ」

「解雇したみんなを改めてギルドに入れるのは――」

「ギルド管理局が納得するわけないだろ」

「じゃあ後援者パトロンの貴族達に頼みましょうよ!」

「すでにほとんどの貴族から援助打ち切りを申し入れられた。彼らにとって、これ以上の支援はメリットがないからな」


 八方塞がりじゃないか。

 魔王討伐に貢献したギルドの冒険者と言えども、利用価値がなくなれば助けるに値しないってのかよ!

 ……いや、これはギルド俺達の勝手な都合か。


 まさか世界最強のギルドと謳われた〈ジンカイト〉が、平和になった途端ここまで落ちぶれるとは思いもしなかった。

 魔王が滅びて世界は平和になったはずなのに、世界平和に貢献してきた冒険者の立場が危うくなるとは。

 なんて世知辛い世の中だ。


「そういうこって、サブマスターのお前に解雇通告は任せるわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ」


 全身からどっと冷や汗が出た。

 俺はまだ承諾したわけじゃないんだぞ!


「俺は俺で、なんとか資金繰りを頑張ってみるからよ。サブマスターのお前以外に、解雇通告できる権限がある奴なんていないだろ」

「いやいや。マジで俺、殺されちゃいますよ!?」

「そんなビビるなよ。一発ガツッと言ってやりゃあいいのさ。お前は解雇クビだっ!! ってな」


 そう言いながら、ギルドマスターが俺に向かって指をさす。


「ガツッと、ですか……」

「ガツッと! だ」


 口で言うのは簡単だが、言う相手は簡単じゃないぞ。

 仮にも世界最強という評価を受けたギルドだ。

 所属している冒険者のほとんどが少し――否。かなり問題のある連中ばかりなのだ。

 怒りを買って殺されると言うのは、大げさな話じゃない。


「ギルドを守るため……いやでもなぁ……」

「もちろん結果を出してくれれば相応の報酬はあるぞ!」

「報酬?」

「〈ジンカイト〉を頼むぞ。次期ギルドマスタージルコ・ブレドウィナー!」


 言いながら、ギルドマスターが親指を上げて白い歯を見せている。


 ……そういうことか。

 この苦難の報酬が、ギルドマスターの座なわけか。


「割に合わねぇ~~!!」


 俺は冷や汗が引かないまま、執務室を追い出された。

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