第16話 選択
この
底知れない恐怖と拒むことのできない期待が溢れでてくる。
彼女は可能性が視えると言っていた。
もし、本当にその可能性が視えているのなら……
「本当に生き返るんですね?」
扉に向かっていた身体を翻し、椅子に座る前に確認する。
「君が手伝ってくれることが大前提ではあるけど? あと畏まらなくていいよ。
疲れるし」
「……分かった。なんでも手伝う」
「即決か。いいね」
そうして賢者はミアを生き返らせる方法を語り始めた。
「まず、認識の共有をしておきたいんだけど、死者は基本的に生き返らない。
何故か?」
「魔術が修復するのは肉体という器だけで、失った
「そう。失った中身は戻らない。これは何があっても変わらないこの世の
これに無理やり逆らったのが
「……ッ!」
まさか禁忌に抵触しようというのか。
「勘違いしないで欲しいんだけど、私たちが行うのは禁忌には抵触しない。禁忌と定める人達も知らない未知の領域だからね」
不敵な笑みを浮かべながらソフィアはそう答えた。
「……」
未知の領域。
人を生き返らせるというのだから、当然ではあるが凄いことに挑戦しているなと我ながら思う。
「そして、ここで一つ肝になるのは、彼女はまだ完全には死んでいないということ」
「――ッ!?」
あの時、確かにミアは息絶えていた。
もしかして気づかずに彼女を生き埋めに……。
嫌な想像が頭を埋め尽くしていく所で、ソフィアが察して一言付け加える。
「肉体は完全に死んでいるよ。何年も土の中で生きてたら、それこそ化け物でしょ?」
確かに、それはそうだ。
「じゃあ、完全には死んでいないってどういうことだ?」
ソフィアは含みを持たせて言っていた。
肉体は完全に死んでいる――
それはつまり、
「
でも、器が死ねば魂も死ぬ。どういうことだ?
答えが出ることのない矛盾に頭を抱える。
「その通り。
魂は生きている。だが魂は器がなければ生きることができない。
やはり、埋めた肉体に……。
「顔が青いぞー。大丈夫、彼女の魂は君の中で生きている」
「精神的な話はいいです」
人に忘れられた時が、その人の本当の死だと誰かが言っていた気がするが。
そんな話、今は気休めにもならない。
「物理的な話だったんだけど……」
ソフィアはそう呟いて項垂れる。
物理的に魂が自分の中で生きている。なんて、
「正気か?」
「正常ではあるよ」
「……」
正常な判断で魂の物理的な話を言っている。
控えめに言って理解不能だ。
「……本当に?」
「うん。ほんとう」
彼女の瞳に嘘があるようには見えない。
もしこれが本当なら嬉しい限りだが同時に、知らない間に魂がもう一つ増えていたという気持ち悪さが残る。しかし、
「どうして?」
一番の謎について問いかける。
そんな都合のいいことが起きるものなのだろうか。
そう思っていると、ソフィアは淡々と告げた。
「君が末裔だからだね」
「なんの?」
「十英雄の」
「え?」
聞き間違いだろうか。
「だから、十英雄の」
「は? ……えぇぇー!?」
過去一番の驚きに、天地がひっくり返ったような感覚になる。
「……なんで、僕が?」
「知らないけど、先祖に聞けば分かるんじゃない?」
「無理なの分かって言ってるだろ」
村が焼かれ両親が死んだことも知っているだろうに、意地が悪い。
「さて、話を進めるけど君には魂を扱う力がある。
別の未来で確認したから間違いない」
「別の未来?」
「そこは気にしなくていい。それで、君のその力で魂の問題は解決する」
構わずソフィアは話を続けていくが。
「ちょっと待ってくれ」
「なにかな?」
会話を中断され、ソフィアが不思議そうに見てくる。
「僕に十英雄の異能があるとは思えないんだけど」
そんなものがあれば、災厄にだって負けなかった。
ミアが死ぬことだってなかったはずだ。
そんなことを思っているとソフィアは答える。
「彼女が死んで君だけが生き残った理由はなんだい?」
簡単な話だ。
「ミアが助けてくれたからで……」
そこまで言うと思い至った。
あの後、自分一人だけが生き残った理由。
「……そういうことだったのか」
何の疑問も持つことなくこれまで、思い出さないようにしていた。
災厄が逃げた。
その事実が僕が十英雄の異能を受け継いでいることを証明していたのだ。
それに両親から名を明かしてはいけないと言われた理由にも説明がついた。
「じゃあ、話を続けるよ」
疑問が解消されるのを待ってくれていたソフィアはそう言って中断した話を再開させる。
「中身は解決した。そして器に関しては、彼女の遺骨に私の
今、さらっと凄い話をした気がする。
「問題なのはサンプル数だ」
「サンプル数?」
「
「サンプル?」
「あぁ。魂だ」
「分かった。魔物とか魔獣でいいか?」
「いや。魔物や魔獣などの反応も興味深いが、サンプルは人間が望ましい」
「人は殺せない」
人を殺すことで得た生をミアはきっと喜ばない。
人を殺してしまったら、僕は生き返ったミアに顔を合わせられない。
「殺すのはあくまで私だし、世界にはどうしようもない悪人というのがいる。
難しいとは思うが、そんな異常者を狩ることで救われる命もあるんじゃないかな」
詭弁だ。
なんであれ、人を殺すのはよくない。
だが、人を救うためなら。四年前の惨劇のような、悲しみを少しでも減らすことができるなら、いいんじゃないか?
そんな葛藤に苛まれる。
「無理にとは言わない。でもね、行動する事で救われるはずだった命を見て見ぬふりするのは、それも立派な人殺しと言えるんじゃないかな?」
「……」
その言い方は卑怯だ。
どちらを選んでも後悔が残ってしまう。
「……分かった。やるよ」
どちらを選ぼうと後悔するのなら、自分の為にやる方がいい。
「本当にいいのかい?」
そう言ってソフィアは真っ直ぐな琥珀色の瞳で問いかけてくる。
覚悟を問われている。
人を殺す覚悟を。
「あぁ。なんでもやるって決めたからな」
もとより、復讐の為に使うと決めた人生だ。
罪を背負うことで生き返る命や救われる命があるなら安いものだろう。
ミアに合わせる顔はなくなってしまうが、好きだった人が生き返ったという事実だけでその先も生きていける。
「覚悟が決まったならいいんだ。これで次の話に進める。何か質問ある?」
そう言って確認してくる。
聞きたいことは山程あるが、一つ絶対に確認しないといけないものがある。
「一つ聞きたい。僕に協力する見返りはなんだ?」
どうして会ったばかりの人間にここまで協力するのか。
彼女は何処まで視えているのか。
分からないことが、何よりも恐ろしい。
「そうだね、理由は二つある。一つは魂の研究。誰も知らない領域の研究は面白いから。二つ目は、君に恩が売れる。私が困った時、助けてくれると助かるよ」
可能性が視える彼女に困った時が来るとは思えないが。
いや逆か、視えるからこそ一人では避けられない困難があるのかもしれない。
「分かった。僕にできる範囲であれば力になる」
他にも何かあるように思えてならないが、ミアが生き返るのなら断る理由はない。
「よし。では、改めて。テオ・ディースパテル」
そう僕を呼ぶと、彼女は立ち上がる。
「長い付き合いになるだろうけど、よろしく頼むよ」
「あぁ。こちらこそよろしく頼む」
そう答えて差し出された手を握り返した。
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