第15話 甘美な提案
レキシフと別れて二週間が経過した。
未だに賢者の手掛かりすら見つけることが出来ていない。
山道が整備され苦労なく歩けることが唯一の救いだが、人里離れた所で暮らすような人物が整備された道の近くに家を建てるだろうか。
そんなことを考えるが、山道から外れてしまえば遭難は確実な上に、広大すぎる山脈をなんの手がかりもなく探すのは無謀すぎると考え直し、山道から外れる案は諦める。
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道中、レキシフから購入していた干し肉や、山道に飛び出してきた獣を狩ったりして空腹を凌いでいると。
「……どこだここ?」
山道を進んでいたはずなのにいつの間にか、獣道に足を踏み入れていた。
疲労が溜まっているせいかもしれない。
普段より多めに休憩をとりながらも、導かれるように獣道を進んでいくと。
「えっ……」
獣道を抜け、開けた視界に映ったのは小さな家だった。
「ここ、なのか?」
思わず希望を持ってしまうが、物好きが住んでいる可能性だって捨てきれない。
なんにしても、住人であれば賢者について何か知っているかもしれない。
「聞いてみるか」
小さな家へと近づき、扉をノックしてみる。
「すみません。誰かいますか?」
静かな森の中、自分の声だけが響き渡る。
もう誰も住んでいないのかもしれない。
そんなことを思い、踵を返そうとすると家の中で何かを落としたような鈍い音が響いた。
「え」
誰かいる。もしくは獣か魔物か。
警戒しながら腰の短剣に手をかける。
扉から一歩離れ、距離を取って警戒していると扉が開き始めた。
人か獣か。
「……意外と時間が掛かったね。歓迎するよ」
そう言って、出てきたのは白銀色の髪を腰まで伸ばした少女だった。
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「そこに座るといい」
出てきた少女に中へと通され、木製の机を挟んで少女の対面に座るよう誘導された。
「……」
この少女は賢者なのだろうか? 想像とはかけ離れているが。
そんなことを考えながら、促されるまま木製の椅子に腰を降ろすと少女は早速、口を開いた。
「まずは、自己紹介を。私はソフィア・フォルトゥナ、君が求めてきた賢者だ」
ソフィアと名乗る少女は、自分が賢者だと言った。
どこから、どう見ても十代前半ぐらいの少女が、だ。
嘯いているようにしか見えない。
嘘か真か。確かめてみる。
「僕は……あなたが賢者かどうか知りません。ですが全知と名高いお人であれば僕の名前を当てられるんじゃないですか?」
訪ねてきた身だ。失礼なのは分かっている。
だが賢者を騙る者であるという可能性も捨てきれない。
偽名を使うことも考えたが、色々と考えると愚策だと思い切り捨てた。
「ふむ。当然の反応だ。……君の名前はテオ。違う?」
「……」
合っている。
だが、事前に準備していたという線も捨てきれない。
そう諦めきることができずにいると、ソフィアは追い打ちとばかりに口を開いた。
「それとも家名も言った方が良かったかな?」
「――ッ!?」
ソフィアの一言に戦慄が走った。
この少女は何処まで知っているのか。
本名は両親から、その時が来るまで誰にも言ってはいけない。
と釘を刺されている。
誰にも言ったことは無いはずだ。
故に炎王や師匠にも、ミアにすら言ったことがない。
それこそ全知でもない限り知る術はないはずだ。
もし本当に知っているならば、賢者である証になる。
「……」
無言でソフィアを促し、賢者を証明する回答を待つ。
「では改めて、君の本当の名はテオ・ディースパテル。違う?」
「……」
開いた口が塞がらない。と言うのはこういうことだろうと我ながら思った。
今まで誰にも話すことがなかった家名。
それをソフィアは、いとも容易く当ててみせた。
「賢者、か……」
認めざるを得ないだろう。
「納得はいった?」
「はい。疑ってすみませんでした」
素直に頭を下げて謝る。
「いいよ。みんな最初は信じないものだし」
「そうなんですか?」
自分のようなものが他にも沢山いるのだろうか。
「うん。なんせこの見た目だしね」
そう言ってソフィアは、ない胸を張る。
「あー。なるほど」
確かに。分かった気がする。
賢者を求めて来たのに、会ってみると十代前半ぐらいの少女だったというのは信じ難いものだろう。
そんなことを考えていると、ソフィアは話を戻す。
「さて、君は災厄について聞きにきた」
ソフィアの確認に頷いて肯定を示す。
「でも残念だけど君では倒せない」
「……」
賢者の口から語られる残酷な現実。
一度敗北を喫した、あの日から分かっていた。
「分かってます。だから――」
「だから聞きに来た。だけど、聞いたとしても君では絶対に倒せない」
可能性すら残されていないと。賢者はそう強く断言する。
「努力すれば、などと甘い考えは辞めた方が良い。残酷だけどね」
「……」
どうして彼女にそこまで否定されなくてはいけないのか。
可能性すら生まれないというのは流石に信じがたい。
「なんで、そんなことが分かるんですか」
「言っただろう? 私は賢者だ」
「……」
そうだ。彼女は賢者だ。だから彼女の言うことは正しい。
「……本当にそうなのか?」
いくら賢者とは言えど、彼女は人間だ。完璧ではない。
完璧ではないなら、それは……。
そこまで考えていると彼女はため息を吐いた。
「はぁ。先が思いやられる」
「……」
「都合のいい未来は信じるのに、自分に都合の悪い未来は受け入れられない。
これだから人間は度し難い」
過去にも同じようなことがあったのだろうか。
そんなことを感じていると彼女は話を続けた。
「そもそも。聞きに来ておいて、忠告は聞き入れないってどういうことかな?」
「……」
思った以上の正論に言葉を返せなくなる。
「正解を求めるのはいい。だが不可能を可能に変えろと押し付けるのは違うでしょ」
「……」
そう言われると、確かにそうかもしれない。
賢者と呼ばれる人なら、こんな状況でも覆してくれる。
そんな期待を無意識に押し付けていた。
「……そうですね。すみませんでした」
自分の弱さを指摘され、反省する。
結局、賢者を訪ねたが自分では敵わないという情報だけが手に入り、これからどうするのか。不透明になるだけだった。
「貴重な意見ありがとうございました。報酬はこれで足りますか?」
皮袋から金貨二枚を取り出し、机に置いて立ち上がる。
有益な情報が得られた訳ではないが、賢者に頼ったのだ。
これぐらいは払うべきだろう。
賢者に頼ればよかったという後悔を潰せただけでも成果はあった。
そう思いながら荷物を背負い、帰ろうとするとソフィアは一つ提案をしてきた。
「復讐を手伝うことはできない。代わりにもっと大事なことなら、力になれるけど。
どうする?」
復讐より大事なこと。賢者の言葉に興味はあったが、今の自分から復讐を取れば何が残るのか。
何より、これまでの努力を侮辱されたように感じ、ソフィアを無視して扉へと向かう。
「もし、死んだ人間を生き返らせることが出来るとしたら?」
衝撃の一言に思わず足が止まる。
「正気か?」
死んだ人間は生き返らない。魔術を極めようとも現代の魔術では不可能だ。
十英雄の伝説にだってそんな話は聞かない。
「正気かどうかと言われれば、間違いなく私は正気ではないだろうし、あらゆる可能性が視えるのに正気な人間がいたらその人間は間違いなく異常と言えるよ」
確かに。それはある意味、正気ではいられないのかもしれない。
そんな感想を抱いていると、ソフィアは核心を突く甘美な言葉を放った。
「それで、死んだ人間……いや、
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