第二章

第14話 通りすがりの

 災厄に敗北を喫して二カ月が経った。


 今の自分では災厄に勝つことはできない。

 それを突き付けられ、最初こそ自棄になっていたが。


 一カ月ほどで落ち着きを取り戻し、もう一度災厄と対峙するまでに何をするべきなのかを考え尽くしたことで、炎王の言っていた賢者に会いに行くという結論に至った。


 賢者に話を聞けば何か災厄の情報が掴めるかもしれない。


 そんな期待を胸に残りの一カ月を移動と捜索。魔術の研鑽に当てながら、北と南を分断するように連なった聖龍山脈を練り歩き続けていた。


イグニス・ウェントゥス


 両手を向かい合わせて唱える。すると火を纏った風が手と手の間に生まれ、その領域を循環し始める。


「……」


 火の魔術が風の魔術に消されないよう、風が火に軌道を逸らされることがないよう、使用者本人に飛び火することがないように調節していく。


「難しいな……」


 風の魔術である程度のカバーが効くとは言え、やはり火の魔術が苦手な以上どうしても限界が訪れてきてしまう。風の魔術だけだと問題点の両立は難しい。


 そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。


「珍しいですね。こんな山道に人が歩いているなんて」

「……!?」


 少し驚きながらも、後ろを振り返るとそこには荷馬車に乗った青年がいた。

 白髪に紅いローブを身に纏った青年は荷馬車から降り、律儀に名乗る。


「どうもレキシフと申します」

「あ、初めまして。テオです」


 何の用なのか分からないまま挨拶を終え、レキシフは話を切り出した。


「どうです。乗っていきません?」

「……?」


 会っていきなり荷馬車に乗っていかないかという誘い。

 明らかにおかしいのは自分でも分かる。


「大丈夫です。歩いているのにも理由があるので」


 実際、賢者を探すという理由がある。

 荷馬車に乗っていては見落とすかもしれない。

 そう思い、断りを入れるとレキシフは荷馬車を連れて歩き出した。


「……?」


 何故、荷馬車に乗らないのか。

 疑問に思っているとレキシフは振り返り不思議そうに言った。


「何してるんです?」


 お前がな。


 声に出しそうになったのを堪えて、あくまで冷静に問いかける。


「乗らないんですか?」

「歩いていくのも偶にはいいなと思いまして」


 どうやら離れる気はないらしい。


 これでは埒が明かないので、最大限警戒しつつレキシフと道中を共にすることになった。

--- ---

「いやぁ。久しぶりに人と話すので少し嬉しいです」


 山道を歩きながら、レキシフはそう話し出す。


「そうですか。普段は何を?」


 荷馬車は仕事と関係がありそうだが。商人だろうか。


「こう見えて私、商人なんですよ」


 見たまんまだった。


「そうなんですか」

「そうなんですよ。いやぁ。次の街まで暇だったので助かりました」


 暇つぶしだったのか。


「そういえばテオさんは何を?」

「この山に住んでいると言われてる賢者を探しているんですけど、何か知ってませんか?」


 この際、何でもいいので情報が欲しいと思い問いかけてみる。


「……知らないですね。私も会えるものなら会ってみたいものです」

「そうですか……。頂上まで捜索するのに何年掛かるんだろ」


 途方に暮れるように呟くとレキシフが反応する。


「頂上付近は駄目ですよ。早まるのは良くない」

「どういうことですか?」


 言っている意味が分からず、レキシフに説明を求める。


「知らないんですか? 聖龍山脈はその名の通り、頂上に聖龍が棲むと言われています。だから頂上付近に立ち入ることは許されないんですよ。常識じゃないですか」

「そうなんですか……」


 初耳だった。

 おかげで探す範囲が狭まり、立ち入り禁止区域に無断で立ち入る事故も無くせた。


「助かりました」

「テオさんって常識ないんですね」


 レキシフにだけは言われたくなかった。


「それにしても、賢者に聞きたい事って何なんです?」


 少し言うべきか考えた結果。

 情報を得る為に必要だと判断して伝えることに決める。


「……災厄についてです。より詳細な情報が欲しいんですけど何か知りませんか?」

「なるほど。……残念ながら私たち商人にも『出会ったら即逃げろというのが鉄則』という以外情報がありません」

「そうですか」


 分かってはいた。故に賢者の力が必要だと考え、ここまで来たのだ。

 そう思っているとレキシフが切り出す。


「私からも一つ訊いてもいいですか?」

「なんですか?」


 何を訊かれるのか。

 少し身構えていると、予想の斜め上から切り込まれる。


「魔剣って知ってます?」

「魔剣?」


 昔話か何かで聞いたことがあるような。ないような。


「世界に十二本しか存在しないと言われる特別な剣です」

「はぁ」


 世界に十二本とは大そうなものである。


「それがどうかしたんですか?」

「いや、ですね。私、その魔剣を探してるんですよ。何か知りません?」

「知らないですね」


 レキシフに訊かれるまで意識したことすら無かった。


「そうですか。お互い収穫ありませんね」


 レキシフは苦笑しながらそう零す。


「そうですね。

 単純な興味なんですけど、レキシフさんはどうして魔剣を探してるんですか?」


 剣術を嗜んでいるようには見えないが。商人故に仕入れたいということだろうか。


「憧れですよ。世界に十二本しか存在しないと言われる魔剣を手に入れたいと思うのは男の性じゃないですか?」

「はぁ」


 そういうものなのだろうか。

 魔術に憧れを抱いた自分には分からないかもしれない。


「憧れ、ありません?」

「全く」


 そう答えるとレキシフはこの世の終わりの様な顔をしていた。


「……そうですか」


 何も悪くないはずなのに申し訳なってくる。

 空気を換えるために、少し話を変えてみる。


「魔剣って普通の剣と、どう違うんですか?」

「気になりますか!」

「まぁ、それなりに」


 そこまで言うとレキシフは熱を持って語り始めた。


「魔剣と呼ばれる剣には逸話や伝説だったり固有の力を持つ物があるんです」

「逸話や伝説……」


 固有の力があるから魔剣なら分かるが、逸話や伝説で魔剣と数えられるものなのか。

 そんなことを考えていると、察したのかレキシフは一例を出す。


「例えば大昔、十英雄が魔神を討った時に使用された剣などですね」

「なるほど」


 確かにそれ程の伝説であれば、魔剣と言われるのにも納得できる。


「他にも魔を滅する剣と言われているものや、斬れない物はないと言われるものなんてのもあります」

「それは確かに凄いですね」


 それがあれば、災厄を殺すことも叶うのだろうか。


「ただ魔剣は人を選ぶと聞くので、選ばれないと鑑賞用にしかならないんですけどね」


 レキシフはそう言って苦笑するが、言っていることが少し呑み込めない。


「人を選ぶ?」


 それは扱いにくいという話ではなく?


「はい。魔剣は主を選びます。力を最大限発揮できなかったり、最悪の場合は魔剣に殺されたりすることもあるそうです」

「剣に人が殺される?」

「そうです。昔は魔剣という呼び方が浸透していなかったこともあり、呪いの剣と呼ばれていたこともあるそうです」


 所有する剣に殺されるなんて不憫にも程がある。

 レキシフの話を聞き、災厄を殺す為に魔剣を使う事は諦めへと変わった。


 それから少し雑談を挟み、日が落ちかけてくるとレキシフは時間を忘れていたのか。


「納品の期限に間に合わなくなるので、そろそろ失礼しますね。

またいつか会いましょう」


 矢継ぎ早にそう言って荷馬車に乗り、馬を走らせて行ってしまった。


「またいつか、か」


 その時までにお互い目標は達成できているといいな。

 そんなことを思いながら、止まっていた歩みを再開させた。

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